珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

夫の日記

2018-10-31 | 娘と夫の話
出会った頃だけど、夫の実家で、大学ノートに書かれた日記を見せてもらったことがある。
といっても高校時代のもので、中味はあまりにもくだらなすぎた。

「おとといはA子ちゃんとキスをした。昨日はB子ちゃんとキスをした。今日はC子ちゃんとキスをした。
でもC子ちゃんはキスが下手」

とかなんとか、そんなようなものだった気がする。

進路希望には高2まで「ジャニーズ」と書いていたそうで、夜は明け方までラジオを聞いていたと言っていた。
当然朝は眠くて朝食もとらずに、梨をかじりながら登校したと。
勉強してたのかと訊いたら
睡眠学習機とレッド・キャツポーは試してみたと言った。
これ、ご存じの方はおられるだろうか? 
当時「中一コース」などの通販広告に載ってた、手をかざすだけで集中力が劇的にアップだとか、寝ている間に魔法のように暗記ができるらしい(んなわけあるかい!!)昭和の学習教材である。
私も当時は本気で欲しかったが、買ってもらえなかった(笑)

壁一面には、雑誌のヌード写真と一緒に、アホ面ではしゃいでいる写真が貼ってあった。


今夜は娘の家庭教師の支払いだった。(この金は生きてるんだろうか?)
少なからず夫よりはまじめに見えるけど、時々こんなんで大丈夫かと思う。

そんな時、こんなしょうもない日記の記憶が、励みと慰めになる。
忘れてるだけで、この子の親からして、威張れるようなことなどしていない。
でも、なんとかなったなあと思う。




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信じること

2018-10-31 | 日記
ポストに、ピザ宅配のパンフなどと混ざって
「不倫調査賜ります」
とデカデカと印刷された、探偵会社のチラシが入っていた。
ドラマの中の話かと思っていたけど、この辺で需要があったのだろうか( ;∀;)

自分に関わることならともかく、不倫の一般論など私は知らん。
する方も暴く方も、せいぜい頑張りやーと思う。

ちなみにパートナーの携帯をチェックするのが好きな人の対策に、相手の名前を「会社名」にしたり、逢引を「会議」などの隠語にしたりという、涙ぐましい対処法があると聞いた。
多くが、風呂に入っている時に狙われると知って、スマホをビニール袋に入れて「クライアントから、いつ緊急の電話が入るかもしれないから」と言い訳もアルアルだそうである(笑)

こんな攻防をするより、ストレートな信頼関係を築く方がてっとり早いと思うが、これも価値観だなんだろうか。
人をとことん信じられるなんて実は超厳しくて、相当な修行を積まなきゃ与えられない、ある意味奇跡みたいなものかもしれないけどね。
「青くも、甘くもない」ってことである。

信じることは、騙されることと表裏一体と思う。

強く信じるからこそ得られる、絶対的な安心感や快楽や信頼関係。
だが物事には常に両面があり、甘事にはリスクがある。
愛憎同様に、信じて身を預けるいう快楽には騙されることも同時に引受ける覚悟がいることを知るべしと思う。

蛇足。
私に「人を見る目がない!!」と指南下さった方からの、現実に役立った具体例である。

話を大袈裟に盛る人。
お涙頂戴にもっていく人。
自己アピールが強すぎる人。

これらは人がいいと「紙一重」なので注意である。

PS:ルフランさん、誠実なコメントありがとうございます(__)!!





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真っ向から書きます4

2018-10-30 | S教団関係
強く信じるものがあることは、「何であれ」単純に力になる。

実際に可愛いか可愛くないかは別にして、「うちの子超美人」と思えばそれが育児の力になるし、恋のお相手がどんなにお粗末でも「素敵すぎる♡」と信じれば生きる励みにもなる。

実際に美人か否か、パッとしないか素敵かはともかくである。

実際に「詐欺」かどうかは置いておいて、強く「詐欺だ!!」と信じることが、人を満足させることもある。
詐欺であるという理論が正しいとか正しくないではなくて、その人にとってそう信じきることが
「これなくしては生きられないくらい、救いになり、慰めになり、心の支えになっている」なら、一つの価値はある。

違いますかね。

「それはよかったですね。私には理解できない理屈だけど、あなたがそう思うことで満足ならいいんじゃないですか?」と思う。

誰だって、励みになることを取り上げられたり、けなされたら面白くない。
毎日叫ばずにはいられない「××は詐欺だ!!撲滅させたい、気づいてください」という信念と使命感を、もし奪われたら貴方は辛い。
それこそ生きていけないくらいに。

ならば「××が大切だ」と思っている人からそれを奪うのも同じではないのか?

今私はそんなふうに思っている。
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変身願望

2018-10-29 | 日記
ハロウィンが盛り上がっているが、子どもの頃からの馴染みがないせいか、個人的には全く興味が持てないでいる。
自分が興味がないもんだから、子どもにも仮装などさせず、パーティーなどもせずに来たら娘も興味ないと言う。

私自身は、別人になるとか、変身願望がないんだと思う。
「装う」とか「造る」ということ自体が興味ないというか、向いてないというのもあるのかもしれない。

結婚式のドレスでさえ、義母に泣いて頼まれたので着たは着たけれど、スナップ以外は写真にも残さなかった。
どうも、そういうのが一切苦手なのである。

ストレスや人間関係は、テキトーに「演じて」やり過ごせばうつ病にもならないと聞いたが、私はむしろ演じたりするとストレスがたまるようで、単純に本音がラクチンなんだと思う。
これで病みもせず、ひねくれもせずウン十年笑って生きてきた。

キャラクターも一辺倒で飽き飽きでしょうが、本音のままこれからも書こうと思っています。




キャンドルは好き
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NOという力2

2018-10-28 | 日記
以前いた会社で、業務の都合上、毎年春の一定期間だけ、学生のアルバイトを複数募集していた。
その面接官から、私はある仕事をよく頼まれた。
それはごくたまにあった不採用になった学生に断りの電話を入れることだった。
面接担当からは、自分はそういうことが苦手で、でも他に頼んでも誰もが嫌がる中、海は嫌な顔をしないで引き受けてくれるからと言われた。

いやそういうと私が非情な人間みたいだけど、自分としては何の他意もなく、明るくサバサバと断っていただけである。

アルバイトは定員が埋まるまで、よほどのことがないと落とさないので、不採用は実は「よほど」というか、明らかに心配な感じの子だけだった。
だから電話をしても、ボソボソとハイ…とつぶやく返事もロクにできない子だったりした。
 そういう学生に「今回は誠に残念ながら。また次回おねがいしまーす」と明るく伝えて電話を切る。
それが適役のようだった。

断るということが苦手な人が多いらしい中、私はこれに関してはあまり悩んだことがないと思う。
これまで断ったからといって、しつこくされたことも、確執が生まれたこともなかったと思う。

皆が悩む新聞の断りも、お茶を出して笑って断ったら次の日から止まってしまって、「今月いっぱいはOKですよ!!」と慌てたことがあったくらいだった。

娘が小学校の時、行きたくもないマラソンの朝練に誘われて「行く」と言ったもの、だんだん行きたくなくなってそれを断れずに、しまいに泣き出したことがあった。
誘った友達は一緒に行くことを楽しみにしていたので、言い出せなくなったのである。

「一回だけだよ。次から自分で断って」
最初に断れば(これが大事)ここまで苦しむことはなかったのに、と私は一喝して、友達のお母さんに断りと詫びの電話を入れた。
笑って電話を切った私を見て、娘から少々尊敬の眼で見られたようだが、これは人生で結構役に立つと思う。
「嫌われる勇気」じゃなくて「断る力」

以前、chで私は「無痛人間」と書かれたことがあるが、確かに断ることには無痛かもしれない(笑)
しつこく勧誘などしてくる個人や団体なども、そういう意味では平気というか(断ればいいんだから)、ケロッと見られるところはあるのかなと思う。
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隣の芝生

2018-10-27 | 娘と夫の話
幼稚園の運動会の時。
隣にいた、いつもは毒舌で言いたい放題している奥さんが、別人のようにお淑やかで引きつった笑顔をしていると思ったら、横に座っているのがお姑さんということがわかった。
私がお弁当が終わるとさっさとシートを片づけて散歩に行こうとしたら、「自由でうらやましいわ」とつぶやかれた。

子どもの運動会に「家族大勢で参加=幸せ」で、「母一人子一人の参加=可哀想」とは限らないんだと気づいたのは、その時がやっとである。

当時は、土日祝日になると、きちんきちんと家族揃って出かける人たちを見て
「どうせこれから美味しいものでも食べにいく絵に描いたような幸せ」にしか見えなかった。
ちょっと思考を働かせることもできないくらい疲れてたんだと思う。
今なら当時の私に言ってあげられる。

土日なんてどこ行っても混んでいるだけ。
せっかくの休みに家族サービスに付き合って、激混みのフードコート辺りで余計な出費する旦那様がどこまで機嫌がいいんだろうか。
いやいや、超絶にいいのかもしれないけど、人の家庭なんて実際のところはわからんもんだよねー。

娘が反抗的な口を聞くので「××ちゃんなら親にそんなこと言わないと思うよ」と、できるだけ「いい子」をもってきてやったら驚いたような顔をされた。
「そんなことあるわけないよ」

この子はそういうことには騙されないのか。

「あそこの子は優秀で羨ましいわ」
「どこそこの旦那様はやさしいから、奥さんは幸せよね」
そんなこと言う親なんて、相当にくだらないもんねと反省した。

そして私も言われたくない。
「よそのママはキャラ弁作ったりするよ」

そんな繊細さは私には持てない。それは勘弁して~!!
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閑話休題(ラザリスさん)Mr.Children「himawari」from TOUR 2017 Thanksgiving 25

2018-10-26 | 閑話休題
Mr.Children「himawari」from TOUR 2017 Thanksgiving 25



しばらく女性ボーカルが続きましたので、男性ボーカルいきます。
この動画、文句なしに素晴らしいです。
情熱的なボーカルと、ギターとドラムとベース、目が覚めるくらい上手いですね。当たり前ですけど。
ミスチルは、もう20年以上前の「アトミック ハート」のアルバムあたりですでに完成されたバンドだと思いますが、これほどの長きにわたって日本の音楽を牽引してきたことは凄い事だと思います。
歌詞の最初、「優しさの死化粧で わらってるように見せてる」この言葉でいきなりこころを持っていかれます。

この歌がテーマ曲になってる映画、「君スイ」でしたっけ?
正月休みにでも、DVDを借りてゆっくり観たいと思います。





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真っ向から書きます3

2018-10-26 | S教団関係
改めてSを詐欺とする言い方について、でしゃばって書こうと思う。

政党まで持つ巨大宗教法人は、
自分たちの教えこそ唯一力があって、他は邪教であり、他宗の存在がこの世の不幸の根源という、とてつもなく排他的な思想
むしろ逆手にとり、これこそを最大の売りにして急成長させてきた。

もっともらしく教学体系を創作し、それが「思想」を超えた真実のように、本に刷り、自前の新聞に書き、口から口に伝えて
「自分たちだけが、特別な秘密を知っているかのように」信じ込ませたということである。

落ち着いて考えれば
そんなわけないでしょ(笑)
どこの神様も、信じるのは自由。
純粋に祈って常識的な行動をとれば、信仰って信じる人には何であれ救いになって力になる。
極めて当然のことである。

故に、Sになんだかんだと不満があるのなら、信者の最大の特徴である「これしか正しいものはない」が魅力で信じ込んでる人たちに、
「正体は祈る力であって、実は教えは何でもよかった。ただ、そういえば(唯一正しいと言えば)、信じて祈る力が強まるからそうした」
と目を覚まさせれば済むことではないか。

こんなの多かれ少なかれ、どこの教団もやっていることである。

S教団はそれを「明確に白状しないだけ」で、とっくに認めている。
気がついたら過去のデタラメはなかったことにしている真意に、あとは会員が気づけばいいだけのことである。

私がそうだったように多くの人は、別に宗教が好きなわけでも何でもなくて、
「唯一の法則というものがある」という魅力にひかれただけなのでは?と思う。
そういう人は、Sが特別なものでもなんでもなくて他の宗教と同じと気づけば、なーんだとさっさと辞めると思うが。

これじゃダメだろうか?

一生懸命祈って、大切にしている人に向かって、「詐欺に加担している」などと犯罪でも犯しているかのような侮辱をし、自分を前科者みたいに卑下して誰が得をするのかな。

これに違和感を感じる人が多いのではないだろうか。
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暗記力

2018-10-26 | 娘と夫の話
今は昔、竹取の翁といふものありけり…で始まる竹取物語の数行が、「ここまで覚えなきゃいけない」ということで只今トイレに貼られている。
私も中学の時、出席番号で読まされる英文をトイレの壁に貼ったなあ。

娘が一時期タレント事務所にいた時、「声だけ出演の携帯電話のCMのオーデイション」という仕事があった。
それは緊急の連絡で
「突然ですみません。一時間以内に以下の台詞を、見ないで喋っている動画を送って下さい」
というものだった。
台詞は以下。

「××をお使いの60歳以上の方は安心してスマホを始められます。アフターサポートも充実。
 シニア、初めてのスマホ割り」


即刻これを暗記させて、カメラを向けてハキハキと喋らせる。
一見、簡単なようだけど、数回撮り直して時間ギリギリでの送信だった。

テレビや映画で俳優さんたちは、いとも簡単そうに台詞を喋っているように見えるけれど、実際にやってみれば、どんなにスゴイことをやっておられるかが解ると思う。

夫の職業柄、家にはドラマや映画の「台本」がうず高く積まれていている。
作品がオンエアする前に見るのはつまらないので私はあまり読まないんだけれど、たまに読むと、こんなのどうやって覚えるのかと、ほとほと不思議でならない。

車か降りる。
ただ歩く。
いや、立っているだけで「さま」になる人たちを見て、プロとはこういうものかと思う。

天才子役と言われた女の子が、ある映画で「帰宅してカバンを置く」という芝居を
「彼女なら投げるんじゃないか?と思って、放り投げた」というエピソードを聞いた。
一時期「女優になりたい」なんてほざいていた娘も、それを言ったら甘い願望は口にしなくなった。
教科書の一文を暗記するだけで精一杯な凡人とは違う、それは才能のしのぎを削る世界なのである。

CMは当然というべきか他の子が起用されて、そのオンエアを見た時に「うちの子の方が上手い」と笑ったのはただの親バカである。
その動画は思い出に大切にとってあるけどね。
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文系?理系?

2018-10-25 | 娘と夫の話
娘が苦手な日本史で、点数稼ぎする方法がわかったと言っていた。
「テストは諦めてノートをがんばることにした。で、オネエのハートをしっかり掴むの」
「オネエ」とは、娘がひそかにつけている先生のあだ名である。
顔はゴツくてどう見ても男なのに、喋り方が女っぽいからだそうである。

ノートの最後には「まとめ」を書く課題があるそうで、
一度『××時代は戦争があったが、今、平成時代は争いがなくて平和でよいと思った』と書いたらAを貰えたの。
ああ「比較」すればいいのかと思って、次も『××時代の人類は木の実などを食べていが、今、平成30年の人々はラーメンやスイーツを食べている』と書いたらまたAだったよ」
「うん、ラーメンもスイーツも確かに昔はなかったけど( ;∀;)先生、心広いなあ」

夫も歴史が嫌いだったと言っている。
そういえば出会ってから彼の口から「源頼朝」とか「武田信玄」とか「藤原鎌足」とか発するのを聞いたことがない。(もしかしたら知らないかもしれない)
うっかりそんなこと言おうものなら
「俺は人間の歴史なんかに興味ない。言っとくけど昆虫や恐竜の歴史の方が全然長いからね。それより太陽黒点の数の推移なんだけど…」
とか始まるので、歴史認識についての意見交換など皆無な我が家である。

家族でも思想が違うと喧嘩になるというが、思考方向が違いすぎると平和なもんである。

蛇足だが、理系、文系、体育系の夫がいるとして、理系は意外に、家計に細かくないというのは本当だろうか。
他は知らないけど、お金や歴史認識に神経質じゃない夫とは、日常生活を送る相手には気楽な面はある。
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お知らせ

2018-10-24 | 日記
昨日の深夜から今日終日にかけて、前ブログでお世話になった009さんとよくよく話し合いを持ちました。
 正直、最初は私の方に相当な不信感しかなかったんですが、
数々の一発触発を乗り越え( ;∀;)
一対一でとことん話せました。

私はよほどのことがない限り自分からコミュニケーションは投げませんが、彼もここまでとは正直驚きましたね。

拙ブログの記事の一部は削除させて頂きました(__)

不人気の記事に耐えて下さった方、いやそれこそが好きだった方。
共に申し訳ありませんでした&悪しからず。

※別に今後仲良しになるわけではないのですが(重要)、とりあえず終結のご連絡まで。


毒は健在の珈琲ブログ 管理人でした~~-y( ̄▽ ̄*)
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夫のボヤキ2

2018-10-24 | 娘と夫の話
「この冷蔵庫ってさ、モーター音がうるさいんだよ。一回開けたらしばらく止まらんないのわからない?最悪の買っちゃったな。
お前はさ、デザインとかで選ぶからダメなんだよ」

 
こんなことで怒られたことがある奥さんがいたら教えてほしい。
私、買ってから数年たった未だに言われるんだけどo(T^T)o

今の冷蔵庫は、消費税が変わった直後に買ったものである。
皆が「消費税が上がる前に」と殺到した大型家電だったため、店頭にいったらそれは品薄だった。
私は気に入ったそれの「白」が欲しかったが、「パールグレー」というわけのわからん色しかなかった。

確かに選択幅がちょっとなかったかな。

だけど、モーター音なんかチェックするか?ふつー?!
 

今日は仕事が休みだったので、朝からステレオで音楽を聴いている。
「最近、スピーカーの右の音が微妙にちがう」そうである。
かけている音楽を聴いて、ベースが強すぎだとか、最後のここだけなんでリズムが走るの?
まあわざとなんだろうけど、うーん…とかブツブツ呟いている。

こういう男を無視して、音楽の授業の歌のテストで

10点満点中「4点」と耳元でささやかれた娘。

ドアをバタン!と閉める妻。

彼の修行は続く。
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真っ向から書きます2

2018-10-23 | S教団関係
久しぶりにS関連の記事を一つを書く。
といっても教団から退会した人の話だけれど。

先日、今まで一体何を言ってるのか外国語を聞いているようにチンプンカンプンだった「ネット工作員」(という妄想)がやっとわかった。

5chの暇人の呟きには、
アンチを作為的を陥れたいと考える、ネット工作員という人たちがいる。
目的は元々仲良くしていたアンチ同士を仲たがいをさせて、分裂させ、攻撃させることで退転者の見せしめとして使うためである。
或いはアンチ同士が結託することで、もっとも怖い財務集団訴訟を防げるため、仲良しを分断させているのである。


…………( ;∀;)

そして私宛に書かれているあの下世話な中傷は、殆どが彼らの仕業によるものであり、
彼らから狙われている海さん、彼らの餌食にならないようにくれぐれも気をツけてください。

…………( ̄_ ̄ i)

先日、私宛に要領の得ない長文を頂いて、三度くらい読み直してやっと意味を理解した。

信濃町の本部には、おっさんかおんばはんか知らんけど、アンチブログなどを閲覧してる人がいるらしいくらいしか知らなかった(そんなこと驚くことだろうか)私は、ポカーンとしてしまった。

はああああああああああ、すごい妄想する人がいるんだなあ。
陰謀説のようなものが、根から好きな体質としか思えない。
しかし、どこまであんな団体に脅えてるんやら。

人なんて、そりゃいろんな考えの人がいるよね。
ネットなんて、まして5chなんて年中くだらない言い合いしてるもんなんじゃないの?
退転者の見せしめって、どこの誰かもわからん名無しの悪口を、教訓にでもする人がいるの?

誰が、私みたいなどこにでもいる主婦を相手にするの?

団体がひとたまりもなくなるような大規模な集団訴訟て、そんな面倒くさいこと誰がするの?
それこそまた、うんざりする組織統合と団結力を必要とする話でしょ。
裁判ってお金も時間も労力もとられるし、自分から寄付したものを返して下さいって、そこまで脅えるなら、自分もそんなこと考えてるのだろうか?

「気をつけて、海さん。そんなに苦しまないで」って、あなたこそ、ヘンな妄想にとりつかれないように気をつけて…
いや私、ブログのボヤキなんてそんなたいそうなものじゃないので。

昨日まで一緒にお茶飲んでた、ただのおばちゃんをゾンビと恐れたり、ネットの5chを餌食にされる陰謀が渦巻いてると言い出したり、大袈裟な人ってどこにでもいると改めて考えてしまった。
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ラザリスさんの歌 back number (思い出せなくなるその日まで)アコースティックカバー

2018-10-21 | ラザリスさんの歌

https://drive.google.com/open?id=1g3VREwR3-yGHer0QiqRDGeoMgcZ3U8SE

 
アコギ
Fender CD60S

今日は、朝5時前に起きて、車で30分ほど移動したところにある特設スタジオ(現場事務所)で、発声練習を兼ねて1人リハーサルをしてました。
そこで録音したのが、この音声です。
今回は、コンデンサーマイクを使ったので、若干音質はよくなってる気はしますが、やはり微妙なピッチ(音程)のズレが気になります。
自分では、音程に気をつけて歌っているつもりでも、録音してみるとやはり合っていません。
歌い込みが足りないのだと思います。
先にアップした、凛さんの完璧な弾き語りに比べて、ずいぶん質が低下して公開処刑状態ですが、とりあえずの現状をお聴きください。

今日のミニライブは、イベントの視察に佐賀県から大勢の方々が来られて、若干緊張しましたが、まずまずの出来でした。
この歌と、「3月9日」と「糸」の弾き語りをやりました。
back number と、レミオロメンのファンの方もいて、喜んでくれました。
また、12月にミニライブをやりたいと思っているので、さらに練習を重ねて頑張っていきます。

 

 

 

 

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他人の揉め事

2018-10-21 | 日記
他人の揉め事ってそんなに面白いのだろうか。
そんなに面白いなら、面白い話を書こうか。

私が、悩み事のような話を友人にしたところ、事情を聞いた人は皆、強い興味をもって身を乗り出して話を聞いてくれた。
「そんな話くだらん」と全然熱をもってくれなかったのは夫くらいで、あとは半端ない熱意を注いでくれたのである。
それこそ涙が出るくらいに。

アカの他人が私なんかのことを、それだけ心配してくれていたのか?

いいえ、揉め事の内容がおもしろくて、刺激的でたまらなかったのである。

それを証拠に話を聞いた二人ともが、好奇心が満たされた後に、一方的に「距離を置きたい」と言ってあっさり去っていってしまった。
それこそ喧嘩したわけでも揉めたわけでもなく、ほんの昨日まで笑って話をしていたのが、話をすっかり聞いた後にそうなったのである。

いや、理由は全然そうではなく、私のボケでどうしようもない部分が気にいらなくなっただけかもしれない。
苛っときたり、うんざりしたり、勘に触ったのかもしれない。
理由は全然違うところにあったんだと思う。

ただそんな、ほんの一月ほど話しただけの、よく知りもしない、いつ嫌気がさすかもしれない相手に、
揉めた話を聞いている間は
菩薩の如く真剣な目をして、時間を割き、旧知の友のような、無二の親友のような情熱を傾けてくれたのである。

他人の揉め事話というのは、人によるが、こうまで人を虜にさせるという話である。
あなたもそうですか?
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