■本殿背後の磐座■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/85/150bd12573c9c8b0fb6d7fbd7a948451.jpg)
★天岸野社★ 奈良県五條市北山町1289
・延喜式内社、大和國宇智郡、天岸野社、鍬。
・舊社格は村社。
・祭は天岸野。古くから市杵島姬を祀ると傳えられ、江戸時代には岸野辨財天とも呼ばれたと言う。
・創祀年代由等不詳。
・千早峠と久留野峠との中に位置する辨天山と言われる山の中腹、標約八百メートルの所に鎭座。
・本來の祭祀は失われている。
■鳥居■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/d8/69c3b3900723bbe3f9ad4f9aac8a7207.jpg)
■參道■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/4a/6bb31ff5f7ad645e48a3569c8050a71d.jpg)
■拜殿■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/c2/96d05346ffa01341c2c2382ca70b5ee6.jpg)
■本殿■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/cb/0868e72e9c94d841f886f69693bfa7f5.jpg)
■本殿下に置かれている石■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/68/e8362e97d35d9c2db2da7b7d84e1f310.jpg)
((コメント))
2009年2月21日
五條市北山町にあるわかりにくい金剛山登り口より社に向かい歩き始めた。途中、平地になっている建物蹟らしきところに出会う。實は山部にある水田蹟らしい。さらに行くと、水田が廣がるのが見える。そして、そこを抜けると再び、山道に戾る。
しばらく行くと左に折れる小道があり、左に行くと天岸野社や龍頭があるとのこと。人が入った形蹟はない。あまり、誰も來ないところなのであろう。左の道に入り、少し進むと、不穩な空氣が流れ始める。そして、少し雰囲氣の変わる地點があるのだが、そこでは道を閉ざすように木が倒れていた。そこを抜けていくと、まるで結界かのように急に靈體が浮遊している狀態となり、これ以上は入るなと警鐘を鳴らしているかのように木木が軋む音を立て始め、竹が目の前の道を防ぐように倒れ始める。地形を見ると、明らかに建物の蹟というのが想像できる。龍頭はこのあたりのはずだが、見つけられなかっただけかもしれない。龍頭は龍頭寺蹟といわれるので、おそらくはそうなのであろう。木がなく、上が開いている空があったが、そこには塔が建っていたのかもしれない。その後方には、木橋が見え、少しくぼみがあった。どうも、池のあとのような氣がするのであるが、自信はない。ただ、そのような感じる。そこから五分弱ほど步くと、赤い鳥居が目の前の方に見えてきた。
さて、域であるが、流石に山の中、すがすがしいところであった。
その少し離れたところにあった重苦しい雰圍氣や靈魂も域には來れぬようで、ひと時の休息を味わった。ものすごく、すごい、というところではないが、なんとなく、綺麗な氣のところというか穢れを祓ってくれるような所であった。
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/85/150bd12573c9c8b0fb6d7fbd7a948451.jpg)
★天岸野社★ 奈良県五條市北山町1289
・延喜式内社、大和國宇智郡、天岸野社、鍬。
・舊社格は村社。
・祭は天岸野。古くから市杵島姬を祀ると傳えられ、江戸時代には岸野辨財天とも呼ばれたと言う。
・創祀年代由等不詳。
・千早峠と久留野峠との中に位置する辨天山と言われる山の中腹、標約八百メートルの所に鎭座。
・本來の祭祀は失われている。
■鳥居■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/d8/69c3b3900723bbe3f9ad4f9aac8a7207.jpg)
■參道■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/4a/6bb31ff5f7ad645e48a3569c8050a71d.jpg)
■拜殿■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/c2/96d05346ffa01341c2c2382ca70b5ee6.jpg)
■本殿■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/cb/0868e72e9c94d841f886f69693bfa7f5.jpg)
■本殿下に置かれている石■
(21st Febrary 2009)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/68/e8362e97d35d9c2db2da7b7d84e1f310.jpg)
((コメント))
2009年2月21日
五條市北山町にあるわかりにくい金剛山登り口より社に向かい歩き始めた。途中、平地になっている建物蹟らしきところに出会う。實は山部にある水田蹟らしい。さらに行くと、水田が廣がるのが見える。そして、そこを抜けると再び、山道に戾る。
しばらく行くと左に折れる小道があり、左に行くと天岸野社や龍頭があるとのこと。人が入った形蹟はない。あまり、誰も來ないところなのであろう。左の道に入り、少し進むと、不穩な空氣が流れ始める。そして、少し雰囲氣の変わる地點があるのだが、そこでは道を閉ざすように木が倒れていた。そこを抜けていくと、まるで結界かのように急に靈體が浮遊している狀態となり、これ以上は入るなと警鐘を鳴らしているかのように木木が軋む音を立て始め、竹が目の前の道を防ぐように倒れ始める。地形を見ると、明らかに建物の蹟というのが想像できる。龍頭はこのあたりのはずだが、見つけられなかっただけかもしれない。龍頭は龍頭寺蹟といわれるので、おそらくはそうなのであろう。木がなく、上が開いている空があったが、そこには塔が建っていたのかもしれない。その後方には、木橋が見え、少しくぼみがあった。どうも、池のあとのような氣がするのであるが、自信はない。ただ、そのような感じる。そこから五分弱ほど步くと、赤い鳥居が目の前の方に見えてきた。
さて、域であるが、流石に山の中、すがすがしいところであった。
その少し離れたところにあった重苦しい雰圍氣や靈魂も域には來れぬようで、ひと時の休息を味わった。ものすごく、すごい、というところではないが、なんとなく、綺麗な氣のところというか穢れを祓ってくれるような所であった。