の坐すと地と魂の鎭まる地

社や陵、墓所についてや、について勝手氣ままに綴っていきます。

大瀧 / 大滝

2015年03月13日 01時02分30秒 | 
■大瀧■
(14th May 2009)



★大瀧★ 栃木県日光市西小来川

・情報なし。


((コメント))

2009年5月14日

古峯社一の鳥居から縣道十四號線を走り、さらに日光の瀧に出る二百七十七號線に出て進むと、大芦川じゃないほうのしょぼいほうの大瀧があったので寫眞を撮ってきた。が、よく見えなかった。

沈堕瀧 / 沈堕滝

2014年08月13日 03時55分36秒 | 
■雄瀧■
(19th June 2011)



★沈堕瀧★ 大分県豊後大野市大野町矢田

・雄瀧はさ約二十メートル、幅約百メートル。雌瀧はさ約十八メートル、幅四メートル。

・雄瀧は大野川中流、雌瀧は支流である平井川との合流口にある。

・「豐後のナイアガラ」、「大野のナイアガラ」と呼ばれる。

・文明八年(1476)、雪舟が訪れ「鎭田瀑圖」を描いたことでも知られる。ちなみに「鎭田瀑圖」は關東大震災で燒失し、現在は狩野常信による模寫が現存するのみである。

・明治四十二年(1909)、豐後電氣鐵道株式會社によって別大電車のために沈堕發電所が建設されて、雄瀧のすぐ上流に取水用の堰が設けられた。


■雄瀧■
(19th June 2011)
 


■雌瀧■
(19th June 2011)



((コメント))

2011年6月19日

 本宮山への通り道にあったので寫眞の爲に少し立ち寄る。雄瀧の上の方にダムが見えており、水量はあるが非常に殘念な景觀となっていた。

祈りの瀧 / 祈りの滝

2014年08月13日 02時37分21秒 | 
■瀧全景■
(9th April 2009)
 


★祈りの瀧★ 奈良県御所市大字関屋

・水越川源流の一つである祈瀧谷にある。

・落差は約十メートル。

・水はおいしくて有名。


■祠と瀧■
(9th April 2009)
 


■瀧全景■
(9th April 2009)



((コメント))

2009年4月9日

 通り道で、薄暗くなってきていたので日光に邪魔されずにいい寫眞が撮れるかな、と思い、立ち寄ったのだが、暗すぎてぶれることに・・・

蜻蛉瀧 / 蜻蛉滝

2014年08月13日 01時52分38秒 | 
■二の瀧、上方からの姿■
(9th April 2009)
 


★蜻蛉瀧★ 奈良県吉野郡川上村西河

・蜻蛉とはトンボのことである。

・人皇第二十一代雄畧天皇がこの地に行幸の際、狩人に命じて獸を馳り、自ら射ようとしたとき突然、大きな虻が飛んできて、天皇の臂に喰いついた。ところが、何處からともなく蜻蛉が現われその虻を嚙み殺したので、天皇が大いにほめたたえこれより、この地を蜻蛉野(あきつの)と呼ぶことになった。蜻蛉の名にちなんで、この瀧を蜻蛉の瀧と呼んでいる。

・さ約五十メートル。飛沫は太陽に映じて常に虹をつくっていることから、この付近は一名虹光といわれている。蜻蛉の瀧は古く『萬葉集』にも記述されており、松尾芭蕉、本居宣長など著名人が多く訪れている。


■二の瀧、上の段■
(9th April 2009)
 


 


■一の瀧■
(9th April 2009)
 


■二の瀧、上の段、上方からの眺め■
(9th April 2009)
 


■二の瀧、上の段、側方からの眺め■
(9th April 2009)



((コメント))

2009年4月9日

 毎度のことながら、通りかかるとよく立ち寄る瀧。まあ、そんなに美しいというわけでもないが・・・

瀧 / 清滝

2014年08月13日 01時21分13秒 | 
■瀧■
(1st March 2009)



★瀧★ 三重県熊野市大泊町

・瀧の上流には坂上田村麻呂鬼征伐を傳える泊觀音があったことから「觀音瀧」ともいうらしい。


■瀧■
(13th March 2009)
 
(9th April 2009)




■瀧の部分寫眞■
(9th April 2009)
 


((コメント))

2009年3月1日

 この日は、產田社と大丹倉に行くために熊野に來た。瀧には車を停めれないと思っていたのだが、少しスペースを見つけ、ついにゆっくり見ることができた。意外とゆるやかな印象。

2009年3月13日

 雨天のため、水量がえているかと思い、立ち寄ったが、あまり變化見られなかった。

2009年4月9日

 下北山にも行きたいところがあったので、熊野からの歸路を北山周りとした。とちゅう、瀧の寫眞を撮るために立ち寄った。なかなか、水量のある日に出會えない。