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回遊魚の旅日記

時の流れる音をききながら歩いたり歌ったり
少しづつ昔の暮らしをとりもどしつつ。

甲州街道を歩く③日野~八王子~駒木野~小仏

2018-03-12 09:30:37 | 甲州街道
3月10日(土)曇りのち晴れ

春からGWにかけてしばらく忙しくなるので、練習日ではあるけれど午前午後を利用して
前回の続きを歩きました前回はこちら
予定では駒木野までで折り返そうとしていましたが、ちょうど高尾の梅まつりに出くわし、梅につられて小仏まで行ってしまいました。

9時50分。まだひんやりと冷たさの残る日野の駅を出発。



線路に沿うようにして中央高速道をくぐり、大坂上までダラダラと上り、右に広大な敷地の日野自動車工場、


左にコニカミノルタ日野工場を見ながら進む。


コニカは昔、小西六というフィルムを出していて、亡父はこちらを愛用していた。
元々は薬種問屋であったらしい。

八王子と高崎を結ぶ八高線を跨ぎ、もう八王子。



豆腐料理の「うかい」を通り過ぎ、石川交差点からまもなく、右側に真新しい神社の階段が見える。



昨日にでも建てられたような階段と思ったら案の定、つい先月建立と記されていた。



こちらは女階段、新しい男階段をぐるりとまわりこむ。女階段はどこでもゆるく風情があってよい。



境内に昇りつくと、何やらお祝い事のような雰囲気で神主さんが祝詞をあげ地元の方々が介している。
そう!折しも男階段の落成式なのであった!
街道歩きで何が面白いかと云えば、こういう人々とその土地のかかわりが、垣間見られることである。


小高い神社の横からの市内の眺望もなかなか。


日枝神社を後にして、旧道に入ったり出たりしながら浅川にかかる大和田橋にさしかかる。


橋詰めに、太平洋戦争の空襲の際の焼夷弾の説明板あり。

橋に弾が落ちた位置がタイルで示されている。いくつもある。


国道から逸れた道を入り、竹の鼻一里塚でお相撲さんの銅像を見上げて、しばらく行くと枡形と呼ばれる、直角に曲がった道。
それを直角に曲がりるとふたたび国道。
堂々とした八王子の宿場通りに出る。

市の守護神、大鳥神社。


日本橋から45キロほどだから、昔は、ここを甲州街道の最初の宿とした旅人も多かったかもしれない。
当時は女性でも40キロ(約10里)を一日で歩くのも珍しくなかった。
ここで泊まって、翌日の小仏峠越えに備えたのだろう。

八王子織物、お茶屋、コンニャク屋など、古い店舗が新しい街の中に多く残っている。


今回は時間的に無理だけれど、八王子城跡に一度行ってみたい。

12時少し前。
通りの蕎麦屋でタヌキセットを食べる。可愛いお稲荷さんとたぬきそば。キツネとタヌキの化かし合いなものか,美味しかった(^^)
やはり街道歩きのお昼は蕎麦屋に限る。


八王子を後にまっすぐ国道を歩く。このあたりは歩道も車道も広くて比較的歩きやすい。

やがて追分の歩道橋。
歩いていて歩道橋ほど不便なものはないと再認識。近代の最悪の発明(?)だなあ。
ちなみに同行のろくさんは、軽度の高所恐怖症であるから歩道橋の上も苦手なのだそうだ。


このマンホールはなんだろう?田楽に使う鈴のようなものもあるから三番叟かな?


高尾警察の手前あたり。



武蔵御陵、多摩御陵を越して旧道に入ると、黒塀に囲まれた旧家がいくつかあり、水の流れも澄んで山が近くなっていることを感じさせる。



再び国道に出てしばらく行くと、右に駅前ホテル「きくや」があり、左奥に高尾の駅が見えてくる。

名前の由来は天国と地獄の両界か、はたまた此岸と彼岸の両界か、よく知らないけれど両界橋をくぐり、駒木野(「こまぎの」)ヘ向かう途中で人出がいきなり多くなる。
なぜかといえば今や盛りの梅まつりであるらしい。


大きな駒木野病院を過ぎて宿場あたり。

小仏から移設された関所の碑もとなりにある。

宿場跡は小さい公園になっていてここでも賑やかに梅祭り、真っ最中。


右に中央高速、左に野生の梅を見ながら、そのギャップの中に生息する山里の道を登ってゆく。
いわゆる裏高尾である。


流れているのは小仏川。春のうららかさを絵に描いたような、穏やかないい道だ。


このあたりに来ると梅見客もまばらになってくる。



JRのトンネルをくぐり


しばらく登ると変電所があり、その先に小仏のバス亭。
高尾方面から来るバスはここで終点となる。


15時10分。バスが発車。

テクテクテクテク歩いてきた道を「あっ」という間にバスは下って15時半に高尾駅着。


ここから関東西の鉄道網を屈使して練習場へ向かいました。
歩いているのは全然平気だったけれど、この電車乗り継ぎにはハプニングのおまけつきで閉口~~(-);;

予定より遠くまで歩いたので、次回は小仏峠越えが楽になります(^^)v
本日の歩行距離、約17km。

甲州街道を歩く② 千歳烏山~府中~日野

2018-03-05 13:46:00 | 甲州街道
3月4日(日)晴れ

花粉飛散率高く、気温も20度を超えるかもしれないという予報におののきながらも歩いてまいりました。

前回終わった千歳烏山に9時到着。前回はこちら


京王線に沿って20号甲州街道を歩く。

歩きはじめてほどなく、一里塚を発見。


甲州街道は、東海道、中仙道とちがって一里塚や、遺構が少なく(おまけに資料もとても少ない)、ここもビルの谷間ではありましたが初めて街道の目印を
発見しました。

仙川近辺。左側になんだか見慣れたお人形とロゴマークがあるなあ、と思ったらキユーピーエッグ ワールド トレーディングでした。ここで9時半。


土手に春の色を纏った野川の流れを見ながら馬橋を渡り、


国領のあたりで道は二股に分かれ、コンビニの左の道をとり、旧甲州街道に入る。


旧街道は道幅も狭いのだけど、地元の人々の生活の道。
布田付近の道の角にあるお不動さま。

地蔵堂のたくさんのお地蔵さんや手入れの行き届いた可愛らしい庭も印象的。


やがて調布。ここは合唱や伴奏関係で何度か来たことがあるけれど、駅が地下に埋め込まれると、のどかな田舎の風景が一変しニョキニョキと
スーパーやら遊び場ができてなんの美しさもない街並みになってしまった。


しばらくして上石原(西調布)、云わずと知れた新撰組の近藤勇の出生の地であり、西光寺では座像が鎮座まします。


中央高速をくぐり、右に見える競馬場、左にビール工場~♪、なんて、いつも高速に乗って歌っている歌詞が、習慣で口から出てくる。
(もちろん、今回は旧甲州街道なので、両方とも左にある。)

京王線、武蔵台の駅の手前あたりで、11:20分。
予定ではお昼は府中にするつもりだったが、お腹が空いてきたので「コメダ」で軽食。
暑かったのでアイスコーヒーが美味しかった。


このあたりは京王線を軸として、西武多摩線やら京王競馬線やら南武線やらが錯綜していて面白い。


最近建ったような高層マンションのビル風にきゃあきゃあ言いながら府中に到着。観光案内所で市内地図をゲット。


さすがに国府のあった場所。お天気に誘われてお参り客の数も多く賑わっていました。


大国魂神社の境内の甘味屋さんでクリームあんみつをいただき、せっかく来たのだからと参拝。
鐘楼ならぬ、鼓楼という櫓もありました。機会があったら聴いてみたい。

道に戻って、街角左側に保存されている高札場を通り過ぎ、


人並みも途絶えたあたり、高安寺という曹洞宗のお寺あり。

水子地蔵の華やかな色とりどりの風車や静かな境内がなかなかよかった。
「奪衣婆」なんて初めて聞いた・・・。


この辺からまた車の量の多い20号と合流し、歩道が狭くなるので歩きづらい。
いくら車があっても広々とした歩き道か、狭くても車の通らない道がいいものだと痛切に思う。
日光街道も今市までは、ずっと4号の車道に沿って歩くので辟易したのを憶えている。
まったく街道歩きの最もつまらない道の典型である。



谷保の天神さまに立ち寄り梅見。


青柳の常夜灯を通り過ぎてまもなく、ドドーンと5差路の日野橋交差点。


もう立川市に入っている。


20号はここで直角に曲がって多摩川(日野橋)を渡るのだが、我々は旧甲州街道をたどるので、(愚直にも)ここの交差点の奥多摩街道に進路をとる。


そしてこの道はすぐさま、旧甲州街道と名前を変えるのだから、土地の不思議につままれたような感じ。


ぐるりと北側に一度まわりこむような感じで旧街道は、浄水場の前で今度は新奥多摩街道の横断歩道を渡ることとなる。

そして、信号を渡ったら土手がどんつきにあり、そこを登れば、多摩川が開ける。川のある風景は実に気持ちがいい。


橋の上を多摩モノレールが走る立日橋(立川と日野を結ぶ橋の意:たっぴばし)を渡りついに日野市!


橋を降りると整備された近代的な街並みがしばらく続くが、古い家の壁や街の角に街道時代の写真が掲示され、街興しに取り組んでいるのがわかる。
街道の左側には甲州街道に残る3軒の本陣のうち一つが現存している。


本陣に到着したのが4:00。
閉館時間は4時半なので、ぎりぎりセーフ。
ラッキーなことにちょうど雛祭りの飾りイベントの最終日にあたり、中で美しいお雛さまたちやつるし飾りを堪能。

ここでお手伝いをしている街のおばさまたちのフレンドリーで楽しい応対が忘れられない。


JR日野の駅もこんな感じで旅心をかきたててくれました。17時ちょうどの特別快速に乗れたので家まで1時間10分でした。


本日の歩行距離、約21、5㎞。
次回はちょっと短く、日野から高尾までを予定。

甲州街道を歩く① 日本橋~内藤新宿~高井戸~千歳烏山

2018-02-13 18:58:58 | 甲州街道
2月12日(月・祝)晴れ

五街道のうち、東海道、中仙道、日光街道を踏破したので、今度は甲州街道にチャレンジ!
この日は、マゴッチ一家も一緒に歩きました。
もちろん、起点は日本橋。


甲州街道は小仏峠、笹子峠を経て下諏訪に降り、そこで中仙道に合流します。その約210㎞の間、宿場は俗に44宿ほどあるもいわれるようだが定かではない。

9時30分出発!



東京駅から皇居に出て、現在は「新宿通り」と呼ばれている甲州街道を歩きます。
今日は「建国記念日」の振り替え休日。そのせいで国旗がはためいているのかしら。


お堀の水が思いのほかきれい。


二重橋あたり。皇居マラソンは相変わらずのにぎわい。



法曹会館、旧法務省、最高裁・・・・、

お堀を右に見ながら、興味のある建造物が続くので飽きない。



国立劇場のベンチでおにぎりタイム。


甲州街道は当初、江戸城と甲府城を結ぶ軍事目的を主眼としたものだったらしいが、こんな風に江戸城の周りを下諏訪に向かう街道があったなんて
江戸時代はいったいどんな様子だったのでしょうね。


半蔵門から出てもさらに東京のど真ん中を通る。
もう昔の道は何度も掘り起こされ、往時をしのばせる遺構はなにもありませんが四谷見附のあたり、新宿追分のあたり、
坂の名前に、昔の名称が遺されているのを見るとホッとします。




四谷を過ぎ、新宿御苑の散策路を歩き、最初の宿場である内藤新宿となります。


しかししかし・・いったいどういう景色だったのだろうなあ。
街道歩きでいつも思いますが、道は何層も何層も時間と共に重ねられたミルフィーユのようです。
たくさんの年月が、たくさんの人々がどんな街の変遷を見てきたのかしら?
タイムマシンがあったら、是非とも時を遡って同じ道を歩いてみたい。

さて、もうすぐ新宿。マゴッチはまだまだ歩けそう(^^)v


新宿でお昼を食べ、再び歩き出します。
ビルのフォルムも近代的ですてき。都会ってそれなりにいいものです。


初台の新国立劇場の前を通り、笹塚あたりからはずっと首都高の下の道になり、日陰で寒くて飽きるので、ときどき脇道や路地をさがしてあたたかい道をたどります。




京王線代田橋からマゴッチ一家は帰宅。それでも日本橋から約14㎞歩いてきたのは本当にあっぱれでした!


さて、わたしたちは明大前を右に見てさらに進みます。


コンビニでしばしコ―ヒータイム。
地図を見ながら復習と予習。イートインがあるのはホントに助かる~☆


3番目の宿場のあった高井戸あたりからは首都高が西北の方角に離れてゆくので、甲州街道は京王線に沿うような感じで左側の道に入ってゆく。


烏山の商店街に入ってゆくと長泉寺、そして意外や、昔の橋場の跡も見つけることができました。こんなところに川がながれていたわけです。


午後4時。陽が長くなってきたのでずいぶん楽です。
今回はこの千歳烏山から帰宅。


本日の歩行距離、約20km。山登りに較べるととかなり楽チンです(^^)