太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

10%向上社会

2016-02-13 07:45:49 | 社会観察

このところのニュースと言えば、国会議員のスキャンダル、株安・円高、原油安だ。スキャンダルはよくもまあこんな人が議員になれたものだと呆れる一方、次から次へと問題が出てくるからついつい最新のスキャンダルに目を奪われ、スキャンダルを忘れさせるには新たなスキャンダルを、状態である。議員になれたことを最上の喜びとし、なることが最終目標だったとしか思えない輩が実に多いこと。経済ではヒタヒタと不況の足音が聞こえてくるが、「ゆるやかに回復基調」と言っておけばまず間違いと反対は無い。10年、20年、30年スパンで考えれば現在の苦境がこの期間を通じて続くと予測する方がよほど難しい。それくらいかければ回復するだろうと思って当然である。

経済社会は何故こんなに閉塞感に満ち溢れているか。多分、個人の感覚では現在と過去の良い時と比べているのだろう。経済指標は前年度比であろうが、例えその指標が昨年より少し良くなっても満足どころか及第点すら貰えない。経済の基本は「消費」にあると思うが、かって中国の知人に「日本は中国に勝てない、原因は胃袋の数にある。」と冗談を言ったら一笑されたが、現実の日本を見ると少子高齢化社会は避けれらない。これが消費と直結する。その一因をなしている団塊世代に居る者として責任は感じるが、昔ほど食べられない、燃費向上でガソリンは半分しか使わない、偶に旅行しても30年以上前の貧乏旅行と使う金はあまり違わない、流行を負わないから衣服は破れるまで着る、これが欲しいというものも別に今でなくとも構わない、と右肩上がりの消費など望むべくもない。

どうすれば良いのか、問題は目標の設定にある。達成できなければ満足感も得られないし、及第点も貰えないその目標のことである。提案するのは10%向上社会である。例えば社長が前年度比10%の改善をしたなら褒める、尊敬する(不祥事は減る)。各種経済指標が10%向上したら健全な発展と看做す。高齢者はせめてご飯は1膳半食べ、車でコンビニ(安全に)行き、若いころ行った旅行先を再訪し(新しい発見も)、たまにはこじゃれた服装で(ポケットチーフまで行くと胡散臭い)、通信販売を覚え、スマホを使いこなす。ただし、厚化粧で消費に貢献だけは勘弁して欲しい。

何故10%なのか、それはあらゆる社会現象を、測定(観測)誤差を排除しても進歩・向上と認められる閾値と思う。太陽電池の劣化も測定値が10%変化すると何か起こったなと確信できるし、市場もかってのように年率30%も伸びないことを覚悟し、10%なら良しとする。10%を認める社会なら日本もできそうである。肩が凝るほどの右肩あがりを望む社会は不幸である。

吾唯足知

 



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