雪です。この冬は降らないかと半ばあきらめていたのに、空からは綺麗な白い結晶がヒラヒラと舞い降りてきました。しんとした世界。冷たいけれど、凛とした厳しさと清廉さを感じさせてくれる雪が、僕はとても好きです。
雪はけがれなく、静かに天から地上に降り立ちます。窓の外を眺めながら、去年のある雪の日のことを思い出しました。
会社の昼休み、ご飯を食べようといそいそと外に出ようとしたら、同じく昼食をとりに行こうとしていた同僚とエレベーターの前ではち合わせました。同僚は、僕がラーメン好きなのを知っていて、一緒にラーメンを食べましょうと誘ってくれました。
外に出ると、降り積もった雪が綺麗に白く輝いていました。僕の行きつけの、おすすめのラーメン屋に向かいました。せっかくだから(僕の方がかなり年上なので)同僚にはラーメンをご馳走してあげようと密かに考えました。ところが、財布を開いたら自分のラーメン代にすら満たない額しかありません。冷や汗を流しながら同僚にそれを伝えると、まったく気にしない様子で、優しく笑ってお金を立て替えてくれました。思いきりかっこ悪い自分に恥じ入りながら、なんていい人なんだろうと思いました。その人が見せてくれた、混じりけのない素朴な小さな優しさが、なぜだか今でもずっと心に残っています(それにしても、その日僕がひとりでどこかのお店に入っていたら、どうなっていたのでしょう。無銭飲食で逮捕されているところでした)。
それから桜色の春がきて、真っ赤な夏がきて、切ない茶色の秋がきて、冷たく白い冬が訪れました。そして今日、またあの日と同じように雪が降りました。ラーメンも美味しく温かかったけど、人の小さな優しさをやけに温かく感じたあの日のことを、僕に思い起こさせながら。
今の僕には、大きな愛、大きな優しさを語ることはできません。僕にできることは、これからの日々のなかで、小さな優しさや愛情をまた誰かに届け始めることです。そのひとつひとつは雪の一片のように小さなものかもしれないけど、いつか誰かの心に降り積もってくれたらいいと思います。あのとき同僚が見せてくれた優しさが、いまでも僕の心に残っているように。
「雪ね! 冬彦」
「うん」
「ママはね、正直もう今年はあきらめてたのよ...あんた、やればできるじゃない」
「降らせよう、降らせようと頑張っていたときには、できなかったのに」
「人生、そんなものかもしれないわね。でもね、あんたがずっと願い続けてきたからこそだと思うわ」
「肩の力を抜いて生きることが大切なんだね」
「それにしても雪ってきれいね。神秘的だわ。そういえば、昔ね。パパが言ってくれたわ。雪もきれいだけど、ママの方がもっときれいだって」
「へえ。パパもロマンチックなとこあるじゃない」
「それが今じゃ、日がな一日ブックオフに入り浸りだわ...」(ため息をつく)
「ただいま」
「おかえり、パパ。何その荷物は。今日もブックオフで無駄遣いしてきたのね」
「冬彦のお祝さ。『冬のソナタ』のDVDセット、安かったよ」
「もうパパったら! でも今日は特別ね。さっそくみんなで鑑賞しましょ」
挿入歌:『冬のソナタ』
問題は、雪が積もったらランニングができなくなること。あと、マラソン本番に雪がふったらおそらく死ぬほど体が冷えて、冗談抜きで死ぬかもしれないことです。でもともかく今日は、雪が降ってくれて本当によかったです。
雪はけがれなく、静かに天から地上に降り立ちます。窓の外を眺めながら、去年のある雪の日のことを思い出しました。
会社の昼休み、ご飯を食べようといそいそと外に出ようとしたら、同じく昼食をとりに行こうとしていた同僚とエレベーターの前ではち合わせました。同僚は、僕がラーメン好きなのを知っていて、一緒にラーメンを食べましょうと誘ってくれました。
外に出ると、降り積もった雪が綺麗に白く輝いていました。僕の行きつけの、おすすめのラーメン屋に向かいました。せっかくだから(僕の方がかなり年上なので)同僚にはラーメンをご馳走してあげようと密かに考えました。ところが、財布を開いたら自分のラーメン代にすら満たない額しかありません。冷や汗を流しながら同僚にそれを伝えると、まったく気にしない様子で、優しく笑ってお金を立て替えてくれました。思いきりかっこ悪い自分に恥じ入りながら、なんていい人なんだろうと思いました。その人が見せてくれた、混じりけのない素朴な小さな優しさが、なぜだか今でもずっと心に残っています(それにしても、その日僕がひとりでどこかのお店に入っていたら、どうなっていたのでしょう。無銭飲食で逮捕されているところでした)。
それから桜色の春がきて、真っ赤な夏がきて、切ない茶色の秋がきて、冷たく白い冬が訪れました。そして今日、またあの日と同じように雪が降りました。ラーメンも美味しく温かかったけど、人の小さな優しさをやけに温かく感じたあの日のことを、僕に思い起こさせながら。
今の僕には、大きな愛、大きな優しさを語ることはできません。僕にできることは、これからの日々のなかで、小さな優しさや愛情をまた誰かに届け始めることです。そのひとつひとつは雪の一片のように小さなものかもしれないけど、いつか誰かの心に降り積もってくれたらいいと思います。あのとき同僚が見せてくれた優しさが、いまでも僕の心に残っているように。
「雪ね! 冬彦」
「うん」
「ママはね、正直もう今年はあきらめてたのよ...あんた、やればできるじゃない」
「降らせよう、降らせようと頑張っていたときには、できなかったのに」
「人生、そんなものかもしれないわね。でもね、あんたがずっと願い続けてきたからこそだと思うわ」
「肩の力を抜いて生きることが大切なんだね」
「それにしても雪ってきれいね。神秘的だわ。そういえば、昔ね。パパが言ってくれたわ。雪もきれいだけど、ママの方がもっときれいだって」
「へえ。パパもロマンチックなとこあるじゃない」
「それが今じゃ、日がな一日ブックオフに入り浸りだわ...」(ため息をつく)
「ただいま」
「おかえり、パパ。何その荷物は。今日もブックオフで無駄遣いしてきたのね」
「冬彦のお祝さ。『冬のソナタ』のDVDセット、安かったよ」
「もうパパったら! でも今日は特別ね。さっそくみんなで鑑賞しましょ」
挿入歌:『冬のソナタ』
問題は、雪が積もったらランニングができなくなること。あと、マラソン本番に雪がふったらおそらく死ぬほど体が冷えて、冗談抜きで死ぬかもしれないことです。でもともかく今日は、雪が降ってくれて本当によかったです。