一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

975  だんまりの子と根比べ夕端居  順子

2013年07月16日 | 

 健常者なのに、全く話をしようとしない人がいる。特に若い女性に多い。私のように、色々つまらないことを考えているのだろうか。

 それとも、何も考えていないのだろうか。そうだとしたら、大変だ。お釈迦様のように、悟りの世界に近いのかもしれないし、それとも反対に、もうボケが始まっているのかもしれないからだ。

 この句の場合、作者のお相手は我が子であろう。親となんか全く話す気がなくて、携帯か何かをいじっているに違いない。パソコンが生まれて人間が大分変わったが、スマートフォンが生まれて若い人たちが更に変わった。

この句は将来、人間の声帯が退化消滅するかもしれない前兆現象かもしれない。

オオバギボウシ


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