一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

3039  日溜にむしろを引きて梅ソフト  清野美部

2024年02月01日 | 

(ひだまりに むしろをひきて うめそふと)

 あらためて清野の俳句を眺めていると、熱海に引っ越してからの日々が鮮やかに思い返されます。

 一月半ばから熱海桜の開花を待ち、二月は梅見に河津桜、四月は坂井邸のお花見からのタケノコ採り三昧。その他にもワラビ、ニューサマーオレンジ、芝刈り、夏ミカン、梅干しづくり、ビワ、ヤマモモ、天ぷらの会、紅葉ドライブ、サンマの会、干し柿づくり、金柑…。

 熱海に来てから、たくさんのお友達ができて、四季折々のイベントを一緒に楽しませていただきました。ここに改めて、皆様に深く御礼申し上げます。

 この句は夫婦で湯河原梅園に梅見に行った時のものです。当時、湯河原梅園では、梅見の季節には広場に木のチップを敷き詰めて、むしろではなく畳表を自由に借りられるようになっていました。まだ肌寒い季節ですが、チップと畳表が陽に温められて、とても気持ちが良かったのです。「お弁当作ってな。俺、お稲荷さんがいい!」リクエストの声がよみがえります。デザートは売店の梅ソフト。ちびりちびりと舐めながら、梅の間を散歩しました。思い返すとなんと幸せな日々だったことでしょう。まだまだ続くと思っていたのに、最後まで想像のナナメ上をいく男でした。 

 妻 清野さおり記

熱くともひとり風呂吹き無声鍋  美部

 僕が、この俳句を初めてみたとき、「ふろふき大根」という言葉を知らずに書いてしまいました(笑)。無声鍋と詠むくらいですし、僕が一緒に暮らし始めるまでは、やっぱり寂しかったのかなと思います。僕が熱海に来てからは、毎日お風呂に一緒に入ったりしたことを懐かしく思い出します。もう今では、僕が一人風呂になってしまいましたが、なんだかいつも、一緒に入っていた情景が浮かんできて、誰もいないのに水面が揺れたりしたことがあったりなかったりします。まだまだ寂しいですね。        

(合同句集「天岩戸」より 息子 楽聞記)

 

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3038  初孫の生命の画像聖五月  御守 海人 

2024年02月01日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(はつまごの いのちのがぞう せいごがつ)

この句は、海人さんのお嬢さんが送ってくれたお孫さんの写真でしょうか。「生命(いのち)」という言葉に、彼の喜びがあふれています。

 彼は、愛妻家で子煩悩でした。長生きしていたらきっと孫煩悩であったことでしょう。いつも奥さんやお嬢さんの話をしていたし、家族旅行の話も良くしていました。

海人さんと私は、俳句とテニスの仲間でした。彼は、話題が豊富で、よく冗談を言い、いつも明るく、酒が大好きで、周りを楽しませ、和ませてくれる人でした。趣味が広く、真鶴の海辺育ちですから、釣りや素潜りはお手の物、将棋も熱心でした。

 彼は、「引退したら、芭蕉を偲んで、奥の細道を旅したい。一緒に行かないか」と言うので、「そうだなあ、海人さんが芭蕉で、僕が曽良なら一緒に行っても良いよ」と私が言うと、彼は笑いながら「是非一緒に行きましょう」と言ってくれました。

 そんな彼が、若くして癌に倒れ帰らぬ人になってしまいました。本当に残念です。

母と娘の泣いて抱き合う冬一日  海人

「奥の細道」の珍道中も叶わぬ夢になってしまいました。      

 (合同句集「天岩戸」より 釣舟記)

 

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3037  仏掌に木洩れ日しづく夏正午  佐藤 吠冲

2024年01月29日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(ほとけてに こもれびしづく なつしょうご)

至福から法悦へ

二行読むのにも、一週間。それでもまったく理解不能という超難解なマラルメという詩人がいる。そんな詩的な俳句も、おもしろいかなと挑戦!

初夏のある日、欝蒼とした庭でハンモックを楽しむ。木々の薫り・鳥のさえずり。室内からB・エヴァンスの「流れの下で」が流れてくる。ハンモックに身をゆだね、独特の浮遊感を味わう。さまざまな思念が、浮かびまた消えていく。至福の時である。正午を回ると、風がでて葉々が揺れ、薄暗き世界に木洩れ日が、雫となって降り始める。光の雨の中で、自分という存在が希薄になる。ハンモックも抱擁感だけになり、なにやら御仏の掌の中で、生かされ生きるという法悦を味わう。この法喜の世界を、「しづく」という多義語を用い、詩的な俳句で表現した。「しづく」は、若い時に出遭った語で、名詞として、雫の意味を持つ。また動詞として「①水底に沈む②水面に映っている」の意味を持つ。御仏の光の海に溶け沈んでいるのだが、ただ沈んでいるのではなく、水面にも映し出される我ともいえぬ法悦の我。独りよがりの極みの句だが、まあそれもよし。

(合同句集「天岩戸」より 佐藤吠冲記)

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3036  初詣明るい方へ歩きだす   佐々木コトリ

2024年01月29日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(はつもうで あかるいほうへ あるきだす) 

 夢溢れる若い頃、私にも叶えたい夢がありました。けれどもその夢は、突然道半ばで途絶え、叶えられませんでした。それからの年月、心ここに在らずで、ただ淡々と日々を過ごしていました。

 そんな中、3・11東日本大震災…。ハッとしました。人はいつ死ぬか判らない。私はもう一度やりたい事(陶芸と料理)を中心にちゃんと生きようと決心し、動き始めました。

 そして出会ったのが、岩戸窯、釣舟先生でした。先生は私の話を聞いて下さり、『四十過ぎじゃ遅いかもね。でも、やってみれば』と岩戸窯に通う事を了承して下さいました。有り難い事に、それから八年私は、陶芸中心の生活を送る事が出来ています。

 そして、岩戸窯に通わせて頂いている当初から、俳句の事も聞いていたのですが、7年目で漸く、参加させて頂く事になりました。

 この句は、悲しい事や愁う事の多い世の中、一個人は小さい存在ですが、一人ひとりが、日々幸せに暮らす事で、世の中全体も明るい方へ歩き出せたらな、と思い作りました。

(合同句集「天岩戸」より 佐々木コトリ記)

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3035  満月や月下美人の香り嗅ぐ  船山 伊豆山人

2024年01月28日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(まんげつや げっかびじんの かおりかぐ)

 俳句と合気道、二つの伝統文化に浸って

 定年を機に住み慣れた横浜から熱海市伊豆山に転居して2年。夫婦で散歩中に寄った処がことりカフェ。ベランダからは山櫻越しにハマの遠景が、卓には野鳥の餌台に山雀が出入りする。ここは自然の極楽空間。

 誘われるまま句会に。句歴は1年。自分の思いを四季折々の風物に託し、自分の言葉で表現する「心の詩」と、趣味の合気道とは、通じ合うものがある。合気道で重要なのは「執着しない」こと。心が自由でなければ体を自由に動かせない。状況を捉えるも、それに捉われず自在に動けることが肝要。俳句も心が自由でなければ新たな気付きは望めない。

 合気道の祖・植芝盛平が「真の武道と宇宙と一つになることだ」と残したが、これは芭蕉の教え「造化に従い、造化に還れ」と重なる。諸芸行き着く所は同じ。どんな状況にあっても一度心を花鳥風月に寄せ、短時間、極楽の境地に心を置く。

 一方、心身共に疲れていても、一度稽古をすれば呼吸法と気の錬磨で身心が晴々となる合気道。俳句が「極楽の文学」(虚子)なら、合気道は「極楽の武道」と呼べる。

赤白二龍和す伊豆山の住人

(合同句集「天岩戸」より ・船山伊豆山人記)

ヤブツバキ(藪椿)

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3034  道をしへ仙厳園の観音岩  周 翠風

2024年01月28日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(みちおしえ せんがんえんの かんのんいわ) 

この句は、2013年10月に初めて九州を旅した時の句です。

 太宰府天満宮で俳句と短歌と出逢いました。私に小さな詩の芽が出てきました。熊本城地震後復興のために「雲に乗って」の写真を応募して入選したので、写真展を見にいきました。

 阿蘇草千里が浜から阿蘇山の火口まで歩いて、帰りはヘリコプターに乗り、空から火口を俯瞰して、心臓がドキドキしました。

 手形で黒川温泉へ入り放題でした。町の黒い雰囲気に魅力されました。高千穂峡はまるで緑の宝石箱でした。指宿、砂温泉に入って、撮った写真は何年後に入選しました。

 そして最後は、鹿児島藩島津別邸の仙厳園でした。とても綺麗な虫が、石階段で私の前に導いてくれて、曲がって待ってくれました。私が写真を撮っていると、滝の前で止まってくれました。突然虫がいなくなりました。観音岩がありました。二十分間も私に付き合ってくました。

 後で調べて見るとそれは、ハンミョウ(斑猫)という虫でした。別名「道おしえ」と呼ばれていることが分かりました。

(合同句集「天岩戸」より 周翠風記)

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3033  数え日や闘い切って夫逝けり  森下 心

2024年01月27日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(かぞえびや たたかいきって つまゆけり)

 金婚式迄あと五年、六九歳の貴方は六七歳の私を置いて逝ってしまいました。大分県佐伯市生まれの貴方は、漁師の祖父の影響からか趣味は一にも二にも海釣りで、挙句の果てに漁船まで造り稲取港の漁師の仲間入り迄して、休日は釣り三昧でした。

 覚えてますか、貴方が私に猛アタックしてお付き合いが始まった事を。身体が弱くて、そそっかしくて怪我が絶えない私を心配して、いつも「俺は百歳まで生きるから、心配要らないよ。みっちゃん」て言ってくれてたことを。「老後は二人であちこち行こうなって」って言ってた事を。

 そんな貴方が思いもよらない病に!そこからの三年八ヶ月、二人して必死でしたね。「女房が泣き虫だから本当の事は言わないで」とお願いされてましたと、ドクターから聞かされました。

 あれからやがて十年が経ちます。思えば二人の結婚生活は、最後の最後までハラハラ、波乱万丈でしたが、貴方のことがずっとずっと大好きでした。貴方が迎えに来てくれる日まで一日一日丁寧に生きていきます。

早くしないと知らないおばあちゃんになっちゃいますよ 。

(合同句集「天岩戸」より 森下心記)

 

 

 

 

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3032  春愁のまなざしかへす伎芸天  古田 凛

2024年01月27日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

 (しゅんしゅうの まなざしかえす ぎげいてん)

 学生時代というと、今からもう半世紀も前のことになります。春、夏、秋、冬 奈良に行っては日吉館にお世話になっていました。奈良公園に面した小さな宿で、当時、国文学、建築、美術を専攻する学生、卒業生の常宿でした。いまでいう民宿のようなところです。

 昭和十一年に、高浜虚子を関西に迎えて俳句会を開催した平畑静塔、西東三鬼、秋元不死男たちが、発奮して奈良俳句会をこの日吉館で始めることにしたのでした。橋本多佳子も参加して米2合を持ち寄り、夜を徹して句作するという、多佳子の自伝に出てくる凄まじい[日吉館俳句会」が昭和二十一年から二十七年まで続いたということです。その十年後の昭和三十七年、私ははじめてこの日吉館にお世話になりました。

 旅籠(はたご)のような飾り気の無い宿でしたが、和辻哲郎、会津八一、亀井勝一郎などの直筆の色紙や掛け軸が無造作に置いてあり、ここが「古寺巡礼」の起点なのだと感じるものがありました。

 まなうらの大和路の寺京の寺  凛

(合同句集「天岩戸」より 古田凜記)

サザンカ(山茶花)

 

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3031  ふるさとの段々畑曼珠沙華  中山 信天翁(あほうどり)

2024年01月25日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(ふるさとの だんだんばたけ まんじゅしゃげ) 

私のふるさとは山間の自然豊かな所です。春はすみれ、たんぽぽ、つくしんぼ、ほたるぶくろ、色取り取りの花が所狭しと咲き誇っています。

夏の野道は、雑草がひと雨毎に大きく姿を変え、山には百合が咲き、香りを四方に届け、清々しさを辺りに届けます。

秋には、段々畑を曼珠沙華が赤々と萌え、一見不気味にも感じます。そこを通り抜けて彼岸参りをし、気分も爽快になり、畑道を折り返して、軽い足どりで帰ります。秋は、驚くほどの紅葉は無く、庭には栗、柿、ざくろ、みかん等々、たわわに枝を賑やかに、静けさ一色です。

冬の山々は静かに、辺りは眠りへとたどって行く。自然の尊い営みの感動を胸に込め、大自然に有難うと、日々に感謝するのです。

(合同句集「天岩戸」より 中山信天翁記)

ハナユズ(花柚子)

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3030  冬の月泣かないための赤ワイン  大澤黒薔薇

2024年01月25日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

 熱海の山腹に位置する自宅は、正面に山の稜線と広い空、夜空に月と星が輝く場景です。

 大寒を迎えての月の高度は高く、空気は澄み渡り冴え冴えと鮮明です。冬の月の光は、物寂しく寂寥感が漂い涙する気持ちが湧きます。ときには、キラキラと輝く美しい月。

 私には、短期間に父・母・弟そして夫との悲しい別れがあり、ひとりぽつんと残されて、人生の目的「人生をどうとらえるか」「何ができるか」を見失いながらも、弱った心を充電して俳句と出会いました。私が見る夜空に浮かぶ月は、悲しみと喜びが入り交じって見える静かな白月。この感情は、どなたでも持つのでしょうか?感情は、コントロールできるのでしょうか。感情にとらわれないひとつに無心になりたいと思うことだと・・・。

 しかしながら、私は、感覚感情を大切に実感判断して、生業である華道家元としての創作意欲に心を打ち込む所存でございます。

因みに、この句の赤ワインは、好物の仏ボルドー産〝サン・テミリオン〟

 俳句という世界は、たおやかな日本語のリズム感、季節や自然を感じることができる有意義なひとときですから、今後も思考を深めて参りたいと思います。

(合同句集「天岩戸」より 大澤黒薔薇記)

マンサク(満作、万作、金縷梅)

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3029  一望を一筆にして綴る秋   岡 流水

2024年01月23日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(いちぼうを ひとふで(いっぴつ)にして つづるあき)

 「この道は、基本を忠実にくり返し学ぶ事、そして常に、変わり続け流れ行くもの『流行』を好奇心を持って追いかけ続ける事」

 恩師のこの言葉をバイブルに、歩んだ美容道も、早五十数年が過ぎ、今も現役続行中の私です。良く働き、良く遊びをモットーに何事にも好奇心を忘れずに、大勢の時も、一人の時も、動いて居る時も、静かなひとときも、いつも楽しく時を重ねることができるのは、どんな時も「なる様になるわ。ケセラセラね」と言っていた母親譲りなのだと思っています。

 そんな日々を小さい言葉で綴り残せる俳句は、私の今を彩る素敵なメモリーとなりました。五十の手習いで始まった俳句ですが、私の人生のラストランに寄り添う、脳トレアイテムとして、又移り行く時の流れを拾い集めて、句作をする瞬間も、これからは、もっともっと大切にしていきたいと心からそう思う今日この頃です。

 今見ているものを感じたままに一文にしてみる俳句的目線で暮らす日々は、毎日が面白い。

 掲句は、人・物・自然について、一歩深く感心を持って指を折りつつ、ようやく一筆に収めた秋の景色です。

(合同句集「天岩戸」より 岡流水記)

スイセン(水仙)

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3028  耳遠きことにも慣れて五加木摘む  西行 紅

2024年01月22日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(みみとおき ことにもなれて うこぎつむ)

 米沢藩主、上杉鷹山公が推奨した五加木は、隣家との垣根として植栽されました。ザルを抱え、棘を避けながら摘み取るのが、子供の頃の手伝いでした。生家から株分けした五加木は、鉢植えにして春先には一番先の芽吹きとなり楽しませてくれます。

 二十年前の事、茶の湯の恩師に「茶の湯は季節感が大切よ」と諭され誘って戴いたのが、俳句を始めた切っ掛けでした。当時、多留男先生は、耳が不自由であられ、句会ではいつも隣席で陶子さん(現、釣舟先生)が添削後の質問や会話を取り次いで下さって居りました。

入会してからも、中々想う様な俳句ができず手探り状態でした。その頃、金沢へ一人旅した折の、

「秋灯や十三階の旅の窓」

の句を多留男先生が「いいよと」思いがけない「天」を下さいました。それで少なからず句作への意欲が湧いてきた気がします。

 私は、近頃難聴になり、釣舟先生や句会の皆さんのご理解の中、後少し俳句を楽しみたいと願っております。

(合同句集「天岩戸」より 西行紅記)

スイセン(水仙)

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3027  炎帝やマスクマスカラ背にリュック  関谷豊狂

2024年01月20日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

 令和二年二月、豪華客船ダイヤモンド・プリンス号において何か得体のしれない伝染病が蔓延したという「ニュース」が伝えられました。やがてその原因が新型コロナウイルスと判明し、連日、テレビや新聞で全世界の国々の感染状況や死者数が報じられるようになりました。半面自分の周りでは全く見えないために、当初は、まだまだ他所事の様に受け止めていました。

 ところが、その内にソーシャルデスタンスだの何の彼のと新型コロナ感染防止の施策が次々と日本社会に打ち出され、否応なしにその空気に押し流されいつしか感染予防が日常生活に溶け込んでいきました。

 このような状況の中、日本で開催されるオリンピックが延期されたり、ロシアのウクライナ侵攻が勃発するなどこれまでの常識では考えられない重大事件が次々と起こり、正に世紀末の様相を呈しました。

 掲句は、日常必需品のマスクを付けているギャルの様子ですが、コロナは感染法上、「五類」に移行しマスクは本人の判断と言われていますが、当面マスクは日本社会から消えることは無いと思います。

私には異常と言う他に言葉がありません。

(合同句集「天岩戸」より 関谷豊狂記)

キスイセン(黄水仙)

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3026  今日揚羽きのう金蚉あなたなの  石井稱子

2024年01月18日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

(きょうあげは きのうかなぶん あなたなの) 

 昨年の四月に五十四回目の結婚記念日を祝い、その三週間後に夫は旅立ってしまいました。別れというものは、あっけなくやってくるということを、今さらに口惜しく思います。夫との別れを詠まずにはおれませんでした。私の気持ちが彼に届いてくれると信じて・・・・・

一瞬に白牡丹散り夜のしじま

夫逝きし春繰り返すありがとう

雪解富士遠出約束そのままに

遺影の笑顔揺れ止まぬ葉桜よ

森閑と返事相槌無きおぼろ

居る人の無く徒然や夕桜

 岩戸窯で、俳句の会「多留男会」に出会い、早二十数年が経ちました。自然を愛で心の折節を詠んで参りました。修練も足りず、努力、不勉強を恥じながら過去の日々を懐かしく辿っている・・

 ささやかな自分史かとも思います。また、句集にしていただけますこと、何より感謝致しております。

(合同句集「天岩戸」より 石井稱子記)

ロウバイ(蠟梅)

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3025  青嵐洗濯物が肩を組む  片岡淡白

2024年01月16日 | 多留男会合同句集「天岩戸」

 自宅居間からベランダに干してあった、洗濯物の長袖下着が風に吹かれて、隣の大型箱型ハンガーの洗濯物の上に両袖を乗せてまるで人が後ろから前の人の肩に、両腕を乗せて踊っている様子を見て思い出しました。

 それは高校生時代、地区の高校の集まりでフォークダンスをした思い出です。男子校だったので女生徒と縁が無く、ワイワイ、ガヤガヤと悪友たちと同じような妄想を持ちながら参加したのです。

手を握り「オクラホマミキサー」等の演奏で一緒にフォークダンスをしたのですが、今では信じてもらえないかもしれませんが、ビクビク、ドキドキそしてワクワクしながら踊ったのです。

 結果はお付き合いどころか友人関係にも進展しなかった、淡く切なく、楽しかった私の青春時代を思い出したのです。

(合同句集「天岩戸」より 片岡淡白記)

スイセン(水仙)

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