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長い間,ありがとうございました。
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日本人の年間死亡者数とその原因を調べてみた。
死亡者数 1,362,470(2018年)
死亡原因
1 悪性新生物(27.4%) 373,316人
2 心疾患 (15.3%) 208,457
3 老衰 (8.0%) 108,997
4 脳血管疾患(7.9%) 107,635
5 肺炎 (6.9%) 94,010
6 不慮の事故(3.0%) 40,874
7 誤嚥性肺炎(2.8%) 38,149
8 腎不全 (1.9%) 25,886
9 血管性等の認知症(1.5%) 20,437
10 自殺 (1.5%) 20,437
その他 (23.6%) 321,542
インフルエンザ 約1万人
転倒 9,645
交通事故 4,596
新型コロナ合計陽性者数 65,653
死亡者数 1,241(8月28日現在)
今年(2020年)のコロナウイルスの死亡者は、多くてもせいぜい4,000人前後らしい。つまり、インフルエンザや転倒死、自殺よりも少ないことになる。
どうやら、毎日放送されるテレビ局の、視聴率を上げるための「恐怖を煽る報道」に、国民のほとんどが乗せられているらしいのだ。
クサギ(臭木)
新型コロナについて、テレビ報道などでは、現在第二波が来ていて、感染者は日々増えつつある。その将来予測は、7月16日の参議院予算委員会質疑で東京大学先端科学技術研究センター児玉龍彦名誉教授の国会答弁がある。
児玉教授「東京型、埼玉型になっている。つまりエピセンター(震源地)が形成されている。これを国の総力を挙げて止めないと、ミラノ、ニューヨークの二の舞になると懸念しております。今日の勢いで行ったら来週は大変になります。来月(8月)は目を覆うような事になります」従って、こういう危機的感染拡大を止めるためにどうしたら良いのか、という議論がマスコミの主流である。
一方、海外の専門家さえ不思議がられている問題がある。日本は、中国沿岸地域、ベトナムなどの周辺国と同様、死亡者数が非常に少ない、という謎である。
これを解明しているのが、京都大学大学院の上久保靖彦教授である。
「最初に先祖型(S型)という弱毒性のウイルスが武漢で発生した。これが昨年12月ごろに入り、世界中に蔓延した。
次に、S型が変異した武漢ウイルスK型が、日本では1月13日から3月8日まで入った。(3月9日は中国からの入国を完全に止めた日)この間、日本では大量の中国人が入ってきており、この時に日本では集団免疫(T細胞免疫)が出来た。(人口比率で55%で集団免疫になる)
その後、変異した恐ろしい武漢ウイルスG型が欧米に入り、毒性の強い欧米型となる。日本にはG型と欧米型が入って来たが、これをT細胞免疫が撃退した。
ところが、欧米にはT細胞免疫が出来なかっただけでなく、S型しか入らなかったことで、ADE(抗体依存性感染増強)という作用で、逆にウイルス強化(劇症化)が起き、感染拡大した。そしてパンデミックになった。日本などとは逆の現象が起こった、というのである。
新型コロナウイルスは、日本人に蔓延したのだが(一度はさらされている)、しばらくウイルスにさらされていないと免疫がすたれてしまう。従って、大事なことは、
折角できた免疫力を維持するために、コロナウイルから隔絶するのではなく、普通に活動できる人は、逆に大いに活動した方が良い。
「もちろん、免疫が確立していない、例えば、ずっと施設にいらっしゃるお年寄りとかは違います。そういう方々への対策は別にとる必要がある」
上久保教授は、「これは仮説ではなくデータを素直に示しているだけです」と言っている。どちらが真実に近いのか、私たちには待つという方法しかない。
アメリカ 累計感染者5,036,387人 死者162,851人
日 本 累計感染者 48,907人 死者 1,048人(8月10日現在)
タカサゴユリ(高砂百合)
◎天の色やがて地の色柿落葉 一慶
我が家には、4年前にホームセンターで苗木を買って庭に植えた柿の木が一本ある。しかし、未だに花も咲かないし実も生らない。しかし、春の若緑、夏の濃緑、秋の紅・・・はなかなかのものだ。特に、秋の鮮烈な赤と緑のコラボの柿の葉は、見事としか言いようがない。
この句の、天の色は緑だろう、落葉は冬の季語で、地の色=朽葉の色(色を失った茶色)つまり緑は「生の色」やがて茶色は「死の色」しかし、私は、朽ちる前の鮮やかな柿の葉の赤が大好きだ。
◎春の雷音に濡るるといふことも 一慶
ここで問題になるのは、「濡れる」とは何か、ということ。当然、これは雨に濡れることだろう。しかし、海やプールでの水泳や風呂やシャワーのことでもなかろう。今私たちは、日常生活で、服を着たままずぶ濡れになる、ということがめったになくなってしまった。
さて、作者はこの句の「音に濡れる」にしてやったりと思っているに違いない。確かに、私がこの句を採ったのも「音に濡れる」があったからだ。このタイプは、作者の俳句にたびたび登場することになる。但し、ここで疑問に思うのは、季語「春の雷」。
◎はるかなる闇くぐりぬけ滴りぬ 一慶
静岡県駿東郡清水町に「柿田川湧水」がある。富士山周辺に降った雪や雨が地下に潜り、何キロも離れた清水町に、突然こんこんと湧き出て大きな川になるのだ。私たち熱海市民は、その柿田川湧水を飲料水として使っている。それは、間違いなく神の恵みである。この句の「はるかなる闇」には、作者の神や自然への畏敬と感謝が表現されているのではないのか。
◎虹消えて川音川に戻りたる 一慶
三猿「見て見ざる、言って言わざる、聞いて聞かざる」というのがあるけれど、集中したり、夢中になったりすると、周りが消えてしまうことがある。
この句の意味は、素晴らしい虹を見ていたとき、聞こえていた川音が聞こえなくなった。そして、虹が消えたとき、川音が作者の耳に戻った、ということだろう。
「虹消えて川音吾に戻りたる」の「吾」を、「川」に替えてみると、俳句が面白くなる。
◎終戦日ラヂオは隅に追ひやられ 一慶
私は、昭和25年生まれだから「戦争を知らない子供たち」の一員である。そして、静岡の田舎育ちで決して豊かではなかったが、戦後の食糧不足や物不足をほとんど知らない。この句の、終戦とラヂオと言えば、玉音放送のことだろう。私は、敗戦日だ、と思っている。
さて、テレビが幅を利かす現代。終戦の時に幅を利かせていたラヂオは、家庭の隅に追いやられているらしい。作者が、TBSの元アナウンサーで、又ラヂオのパーソナリティをしておられたことを思うと、この句は、身に染みているに違いない。
私は、NHKのラジオ深夜便を、ほぼ毎日聞きながら寝ている。残念ながら、民放はほとんど聞いたことがない。コマーシャルが嫌なのだ。
◎庭石の海こひしがる残暑かな 一慶
彼岸も近づき、ようやく酷暑が収まってきた。とは言っても、最高温度が30度を下回り、25度ほどになった程度である。
さて、現在の日本列島のほとんどは、元海底だった。庭に据えられた石が太陽に熱せられ、50度以上にでもなれば暑がって、あの冷たい海底を懐かしく恋しがっている、と想像するのは理にかなっている。
その根拠としては、大陸移動説(プレートテクトニクス理論)がある。地球は、
40億年前に誕生して以来、表面の地殻であるプレートが年間数センチ移動し続けているからだ。
大陸が移動しているという根拠は、南北アメリカ大陸の東岸とヨーロッパ・アフリカ大陸の西岸を合わせると、ぴったり合うことから発見したのだという。
◎秋風の迷いたき露地ありにけり
「ろぢ」には、路地と露地がある。この句は露地で、茶室に付随する茶庭を指す。この句の面白いところは、「迷いたき」は秋風か作者か又は両方か、読者を迷わせているところにある。
昔、養老孟司氏の「バカの壁」が400万部を越えるベストセラーになったという。私も買ってしまった一人だが、今思うと、買った動機は「バカの壁」の「の」に惹かれたのではないのか。つまり、「バカが壁そのものである」のか、又は「バカには壁が立ちはだかる」なのか、そのどちらかは、読んでみないと分からないから、つい買ってしまったのだ。この句の「の」と似ている。
◎追憶は絹の手触り十三夜 一慶
旧暦8月15日、十五夜の、ひと月遅れの十三夜、今年は10月11日である。作者の句に、色っぽさを探せば、第一にこの句になるだろう。大気はひやひやとして、虫の音はかすかになり、月は煌々と輝いている。作者の指先は、女の絹に触れている。「追憶」が、ちょっと淋しくはあるが、とても色っぽくて上品な句だ。
◎返り花誰を見送るためならむ 一慶
春夏の花が何故秋冬に咲くのだろう。これを科学的、生物学的に論じても始まらない。文学的俳句的に言えば、人間的ということになる。
この句の場合、「誰に」と疑問文にして問うているけれども、作者ははっきりと誰であるかは分かっているはずだ。作者にしか分かりえない「ある人物」なのだ。ぼかすことも句作の妙味。何故なら、読者の想像を掻き立てるからだ。
◎売るほどの福見あたらず熊手売 一慶
「買うほどの福」とするのが常識的。「俳句をひねる」というが、買うを売るに替えただけで読者の関心を惹きつける、作者の作句法。
◎ひなまつり次女も長女も寄りつかず 一慶
この句の面白さは、長女ではなく次女が先だということ。作者の次女との関係が想像されるのだ。次女は、長女より優しい性格だ。作者の家が次女の住む家と近い。次女とは気が合う、等々。これ以上の想像は、不要かもしれない
◎この先の狂気は知らず初桜 一慶
東京の開花宣言は、指定木が数輪咲いた時だという。これが、初桜だ。さて、それから満開を経て散ってしまうまでの2週間ほどを、作者は「狂気」と言った。この狂気は、桜のことでもあるだろうが、「人間」のことも言っているのではないのか。
例えば、上野の花見の新入社員の場所取りのブルーシート敷き、ロープまで張ってある。そして、どんちゃん騒ぎ。終わればゴミが散乱し、人間界は正に狂気の沙汰である。
◎昆虫の貌に鼻なき秋暑かな 一慶
例えば、ゾウムシのような長く伸びた鼻のような部分は、鼻ではなく「口吻」と呼ばれている。哺乳類のような空気を取り入れる鼻は、昆虫にはない。昆虫には、気門という空気を取り入れる穴が体の横にあるそうだ。
そうか、言われて気が付くバカがいる。私もその一人であった。
◎この世だけつながる電話いわし雲 一慶
全くこの句の通りである、としか言いようがない。しかし、それで終わりではない。「この世だけ」の「だけ」があるから、作者はあの世のことを言いたいのだ。あの世の誰かと交信したい作者がここにいる。透き通った秋空に浮かぶ鰯雲を眺めている作者がここにいる。お相手ははたして誰だろうか。想像は、読者の勝手。
◎無頼派と呼んでもみたき熟柿かな 一慶
無頼派を勝手に想像すると、太宰の心中、檀一雄の放蕩、三島の割腹自殺、坂口安吾のようなやや上等な「堕落論」もあるが・・・戦争を生き残った男たちの、闇屋、売春、ヒロポン、カストリなどが思い浮かぶ。
さて、作者は、あのぐじゅぐじゅに熟れた柿を、なんと無頼派と呼びたいらしい。作者にとって、無頼派とはどんなものか、聞いてみたいものだ。それにしても、熟柿は実に美味い。
◎村ぢゃうの顔知ってゐる桜かな 一慶
この句の桜は、100年以上の大木で、立派な花を咲かせるのであろう。だから、全ての村民が毎年必ず見に来るのだ。村民と言っても、せいぜい100人くらいを想像すればよい。村民の全員の顔を知っているのは、桜だけではない。当然作者も知っているのだ。
ところで今、地方が荒廃し、過疎化が進んでいる。東京の一極集中に歯止めがかからない。そんな時に、オリンピックまで東京でする神経が、私には理解できない。
◎走り梅雨星野高士はうつむかず
私は残念ながら、星野高士氏を存じ上げない。ところがこの句は、高士氏の性格やものの見方、考え方などをズバリ言い当てているではないか。何故、走り梅雨を採り合わせたのかは不明ではあるが。多少の困難なことが生じても突破する高士氏なのだろう。
【その他の秀句】
蛍火や主役は闇に他ならず
噴水の退屈きのふけふあした
色鳥とまとめて呼ばれたくはなし
後悔は十八画やおでん酒
蓮の花散りておのれを解体す
行秋や半眼にして見ゆるもの
冬の蝶待つも待たるることもなく
去年の7月、一通の葉書が届いた。年一度だけ、年賀状をやり取りする友人からだった。「れいわ新撰組、山本太郎」を応援する、という参議院選挙用の葉書だった。確か、タレントから議員になった若者だ、と言うくらいの知識しかなかったので、Youtubeで調べてみた。すると、日本全国で彼の行った2時間ほどの街頭演説が、実に沢山あった。
彼の街頭演説は、政治に絶望し、政治に無関心だった私の心を揺さぶった。これは、どうしても選挙に行って一票を投じねばならない、と思い投票したのである。
以下の、最新版のおしゃべり会をお聞きください。
山本太郎(れいわ新選組) おしゃべり会 松江市 2020年1月23日
早出始めた フキノトウ(蕗の薹)
日時 2月5日まで
場所 小田原飛鳥画廊 ←クリックして下さい。
32年にわたり、ご指導いただいている私の俳句の師匠、小澤多留男先生の「俳画展」を開催しています。
先生は、俳句の他に絵画も親しまれ、しばしば私達弟子に俳画の色紙を下さいました。私だけでも、50枚近くあり、画廊に展示しきれない程です。
江戸時代末期の人口は、およそ3,100万人で、現在は1億2,800万人だから、およそ4分の1だった。
黒船の来航によって、開国を迫られ、植民地にならないように、必死になって西洋に追いつけと頑張った。当時としては致し方ないが、富国強兵という明治政府の考えに基づき、「産めよ増やせよ」という標語を掲げて人口爆発を招いたのだ。
私は、この狭い日本国土の人口を、江戸時代の3,000万人程度に減らすべきだ、と思う。人口が少ないと、様々な利点がある。例えば4分の1になると
1、食糧自給率は、100パーセントになり、食糧輸出国にだってなり得る。
2、電力使用量などあらゆる天然資源(オイル、金属など)の使用も4分の1。
3、車の渋滞もなくなり、ゴミも電力もCO₂の排出量も4分の1。
4、全国民が兎小屋ではなく、牛小屋くらいの4倍の広い土地や家に住めるだろう。
外国に、私の考える理想的な国がある。スウェーデンである。スウェーデンの人口は、わずか890万人(日本のわずか7パーセント)。国土は、日本の1,2倍もある。つまり、日本の理想的な人口は、1,000万人ぐらいが適当かも知れない。
そして現在、有難いことに日本の人口は、減少しつつある。まだ20年余りかかるが、私達団塊の世代が死んでしまえば、高齢化問題はかなり解決するだろうし、人口も1億を切るのではないか。
だから、少子化対策などする必要は全くないのだ。子供手当など出す必要はなく、子沢山の家庭により多くの税金を課すのがよい。
地球の人口が、70億を越え、更に爆発的に増加を続けている。100億もそう遠くないという。どうしたら、地球の人口を減らせるか、が人類にとって最も大きな問題である。日本だけ減らしても、どうにもならないからだ。
タムラソウ(田村草)
あと10日で立春。しかしそれは、あくまで暦の上でのこと。まだまだ、寒い日は続く。
『「三寒四温」という季語がありますが、「春ですか?冬ですか?』と問われたら、大概の人は「春」と答えるのではないかと思います。3より4の方が多いのは、子供だって知っていますから。しかし、実際は冬の季語です。こういう納得しがたいことも結構あります。
さて、今回の兼題は、「冬萌」です。こんな言葉と出会うと、日本人に生まれて良かったなあとつくづく思います。
・野良猫の冬萌の庭すうと抜け 2gawa
・冬萌の枝の高みに飛行雲
・冬萌の枝の張りけり素脚の娘
さて、季語には、、素敵な言葉があります。今回の兼題は、「山眠る」です。
春は、「山笑う」夏は、「山滴る」秋は、「山装う」そして冬は、「山眠る」
これは、4つセットで覚えましょう。
蛇足です。ご存じでしょうが、もう一つのセット。色も
青春・朱夏・白秋・玄冬(げんとう)
玄は、玄人(くろうと)と言うように黒のことです。たしか五木寛之さんの小説にこのタイトルの4部作がありました。
山眠るスカイツリーの見えぬ町 パピー
朝日受け眠れる山も薄目開け
大寒やモクモクモクとサウナ風呂
遠景の塊となり山眠る 優
夕日受け影絵となりて山眠る
故郷よ瞼の奥に山眠る
懐かしき校歌の中に山眠る
友の父母天に召さめし山眠る
部屋の回りを見回してみましょう。見慣れた光景で、感動もないかもしれませんが、そこで1句ひねってみて下さい。何か音がきこえませんか?何か香りませんか?誰かそばにいませんか?それら全てが、俳句の材料です。
私がやってみますね
冬籠ラジオパソコン血圧計
こんな風にあなたもどうぞ作ってみて下さい
成すべきを明日へと延ばし冬籠 優
冬籠犬の散歩も滞り
会いたいね口先だけで冬籠る
冬籠ブログにはまり夜更かしす
相槌の旨くなりたり冬籠
堂々と朝寝をしおり冬籠
又一つ蜜柑箱増ゆ冬籠
冬籠春を待ちおり服重ね
冬籠去年の編みかけ持ち出して 2gawa
冬籠あなたがいなくてもう五年
冬籠ビオラは識らず咲きており
冬籠老いたる母へ甘酒を
冬籠捨てきれず服また仕舞う
冬籠サウナ水泳エアロビクス パピー
「ふゆごもり」は、「冬籠り」ではなく「冬籠」と表記します。 これは、歳時記に準拠します。 ふゆがまえも「冬構え(へ)」ではなく「冬構」です。 歳時記で確認してください。
尚、動詞として使う場合は、 当然ですが「冬籠る」と「る}を使って下さい。
優さんは、8句。2gawaさんは5句。一つの季語(兼題)でこれだけできれば、 言うことはありません。 歳時記から、今時にふさわしい季語を探して、どんどんお作り下さい。 |
俳句をやっていると、必ず壁にぶち当たることがある。私も何度か経験している。
長い時は1年以上俳句ができなかったこともあった。しかし、今では止めないで本当に良かったと思っている。
では、一体どうしたらこの壁を打破できるのだろうか?
① 俳句をうまく作ろうと、思いがちです。学校の成績が気になったように、私達はついつい人と自分を比較してしまいます。しかし、
私は私なんです。なんら恥じることはありません。
NHKの絵手紙の先生の言葉ですが、「下手が良い」というのがあります。「下手で良い」ではないんです。「下手が良い」んです。
私ぐらいの年になると、「テニスなどで下手を自慢していますが」、そこまでいかなくとも、せめて「恥ずかしい」は止めて、開き直りましょう。
裸の素ッピンピンで、町を歩けと言っているのではありません。その気になれば、誰でもできることです。
この開き直りこそが、実は上達の秘訣なのです。
そして、見えたまま、聞こえたまま、感じたままを、素直に、正直に言えばいいのです。
決して、上手に作ろうとしてはいけません。
コツが分かれば、たまには嘘をついたり、騙したり、冗談を言ったりと遊び心も余裕も生まれてきます。
そこで問題です。
下の写真をようく見て下さい。私の知り合いのブルドッグです。どうぞ、一句作ってみて下さい。
ちなみに、彼の名前は「遊(ゆう)」君です。生まれてまだ3カ月です。
上五に、季語の「寒の入り」にします。あと、7・5を入れて下さい。
私が、やってみますね。
寒の入りあなたはなんて可愛いの
こんな風にあなたも作って下さい。
寒の入り犬と皺を競い合い パピー
寒の入り遊に負けたシワの数
寒の入り私もこんな服欲しい
寒の入り犬寒かろと着膨れる 優
寒の入り犬着膨れてふて腐れ
寒の入りふて腐る犬ポーズ取り
寒の入りポーズ取る犬悦に入り
寒の入り遊と名づけて遊ぶ犬
パピーさん、優さん
さすが、パッと思いつく所がすごいですね。
善し悪しを考えず、感じたことを素直に言う。
そして、沢山作って沢山捨てる。こんな調子で
2,30句作れば、ハッとするような句がいくつかできるものです。
寒の入りもうすぐ春だと九十歳 2gawa
寒の入り閉じ込められて一句かな
寒の入り上戸の人ぞ羨まし
寒の入り以前の誘いに返事する
寒の入り長座しかねる庭のチェア
寒の入り犬飼い主に似ると言ふ パピー
寒の入り幸せ背負って犬来る
寒の入り赤い服着たお犬さま
gooブログには、「ブックマーク」というのがあって、友達のブログやHPにリンクを貼ることが
できます。ブックマークという言葉が、なんのことか分からなかった。
やり方は、以下です。
ブログ画面→編集画面→サイドバーの「ブックマーク」
ブックマークの画面が出たら、「表示順位」を選び、「サイト名」「URl」を入れるだけです。
実に簡単でした。
教えていただいた、「優さま」有難うございます。
江戸時代まで1,000年以上にわたり、日本の暦は、月の運行に基づいた「月暦」を使っていた。
「月暦」は、正式には、太陰太陽暦という。旧暦ともいう。
明治開化後、西洋の暦「太陽暦」を取り入れた。これが、私達が今使っている、カレンダーの暦だ。グレゴリオ暦とも、新暦ともいう。
ここで大事なことは、旧暦と新暦にほぼひと月の誤差があり、旧暦が遅れていること。
例えば、今日、新暦の10月23日は、旧暦ではまだ9月16日、十六夜(いざよい)である。一月と七日遅れている。
これは、新旧が併記されている暦があれば、簡単に確認できる。
俳句を始めて気が付いたのだが、旧暦から新暦に変わって、うまくないことが山ほどあるのだ。
例をあげて説明してみよう。
① 正月
新暦の場合、正月のあとに一番寒い大寒(1月23日ころ)がやってくる。
しかし、旧暦の場合、一ト月遅れだから、立春の頃が正月だ。年賀状に新春とか初春と書くのも、旧暦だからこそなのである。
中国など東南アジアでは、旧正月を大事にしている国が多い。
② 七草(七種)
1月7日に、春の七草を食べる風習があるが、これもあくまで旧暦でのこと。
新暦の正月では、寒くて七草は生えていない。
③ 西行忌は、旧暦の2月16日。
旧暦の2月16日は、新暦では3月末、つまり桜の咲く頃である。
願わくば花のもとにて春死なむその如月の望月のころ
と西行は詠っている。
如月(2月)の満月の頃、15日に死にたいと言っている。つまり、お釈迦さまが亡くなった日だ。
西行は、断食をして、2月15日に死のう、と計画し、一日違いで死んだのではないか、と言われている所以である。
というわけで、上げ出したら切りがないので、このへんで止めておくが、
旧暦の載っている暦を手に入れて、月の満ち欠けなどを毎日チェックしてほしいものだ。
日本の伝統的な様々な行事が、旧暦で行われることを、私は切に願う。
7月末、切妻の屋根の片面、南西方向にソーラーパネルを乗せた。
読者の中には、ソーラーパネル設置を検討している方もおられるかもしれないので、費用なども具体的に書いておく。
9月末、初めて丸々一か月の清算書が来た。買電5,000円、売電12,000円差し引き7,000円の収入である。それまでの電気代が約10,000円だから、実質17,000円の利益を上げたことになる。(売電と買電、発音が何故同じなのだ、ややこしい)
こういう数字が成り立つのは、1kwhあたり、買い電21円、売り電48円、つまり、倍以上の値段で買ってくれるからだ。国の政策によって、これは10年間保証されている。
この夏の猛暑では、発電モニターを見る楽しみがあった。ソーラーパネルは、太陽が出るとみるみる発電量が上がる。直射日光が頼りなのだ。
しかし、気温が高すぎると発電量は下がるそうで、5月に最も発電するのは、気温の影響なのだ。
メーカーや機種によって、性能や価格が違うので、良く検討する必要がある。業者もしっかり調べよう。
発電中の昼間は、売買の差額によって、自家消費するより売った方が得だ。しかし、電気を使っていないはずなのに自家消費が最低300wはある。調べてみると、犯人は、2台の冷蔵庫だった。
又、できるだけ消費を減らすため、ほとんどをLED電球に替えた。白熱灯の60wに対して、LEDは3,4wだから消費電力は、17分の1。寿命は、10倍。値段はまだまだ高いが、それでも1,2年で元が取れる計算だ。
設備投資に230万、市と国の補助金が約30万だから、実質200万の投資。これを回収するのに、試算では11年ほどかかるという。
ソーラーパネル設置の第一のお勧めは、別荘をお持ちの方。消費せずに売る一方だから、もうかりまっせ。
現在、日本にある太陽光の総発電量は、原子力発電2基分に相当するそうだ。おどろき、おどろき。
地球温暖化や石油の枯渇が叫ばれている。それは、人類存亡の危機でもある。まあ、その一助にでもなればと設置したが、これも猿知恵なのかもしれない。