感染症診療の原則

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「HIV感染、無断で通知」の報道から

2012-01-14 | 毎日いんふぇくしょん(編集部)
医療者、医療系学生でHIV陽性…の相談は時々受けますが、基本的にはこれまでと同じように働いてください、です。(結核病棟への異動や配置はやめてください)

1月13日に「HIV感染、無断で通知 看護師が病院提訴」というニュースがありました。

「HIVの検査をした病院が陽性との検査結果を勤務先の病院に無断で伝え、退職を余儀なくされたとして、福岡県内の看護師が両病院を経営する2法人に計約1100万円の損害賠償を求めて提訴したことが13日、分かった。提訴は11日付」

2010年4月にも愛知県で退職勧奨されたという報道があり、日本看護協会はステートメントを発表しています。
「HIVに感染した看護職の人権を守りましょう」
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1.保健・医療の現場での感染防止は、スタンダードプリコーション(標準予防策)で対応できます。
標準予防策は「患者⇔医療従事者」はもちろん、「医療従事者⇔医療従事者」の感染防止に有効です。
2.感染者の就業制限はありません。引き続き看護職としての就業が可能です。
3.感染を理由とする解雇・退職勧奨は違法行為です。
4.感染者へのサポート体制を整えてください。
プライバシー保護に配慮しながら、健康管理と治療の継続を支援し、健康状態や本人の希望に対応した勤務上の配慮ができるよう、相談・支援の体制を整えてください。
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今回の関係者はこのことを知らなかった(調べなかった)とは思えませんが。


記事の内容は各社少しずつことなっているのと、記事だけではよくわからないことがあること、事実かどうかも記事だけではよくわからないという限界はあるのですが、

複数の記事をもとに時系列でみてみると、、、、

看護師がどこかでHIVに感染

2011年6月、看護師が目に異常を感じ、複数の病院を受診

そのあと、勤務先を受診
勤務先から紹介されて大学病院を受診→ここでHIV陽性が判明

このとき大学病院の医師から

「患者への感染リスクは小さく、上司に報告する必要もない」と言われた(共同通信)

「看護師を続けることは可能。注射なども自分を刺して患者を刺すということはあり得ず、あったとしても感染させるリスクは小さい。上司に報告する必要もない」(朝日新聞)

「血液内科の医師から「自分を刺した注射器を患者に使うようなことはあり得ず、感染のリスクは小さい。仕事を続けることは可能。上司に報告する必要はない」と言われたため、勤務する総合病院には伝えなかった」(西日本新聞)


看護師は抗HIV薬による治療を開始。副作用で一時欠勤。

ここまではあまり珍しい話ではないのですが、

「勤務先の上司が感染を知っていた」ということがおきます。
検査から十数日後(西日本新聞)だそうです。

まずここで個人情報の取扱い上の問題が生じます。

しかも、看護師の上司ですから、師長/ナースマネージャーや看護部長というポジションの人になります。

単純に考えると、
勤務先の病院(おそらく眼科)→大学病院(おそらく眼科)→HIVが判明したので血液内科
という流れです。
大学病院の血液内科と眼科の医師やスタッフはこの情報にアクセスします。


このあと、別の病院である看護師(患者)の職場の上司(看護師)が知るまでには複数の人が介在すると考えられます。

一般的には、紹介元の病院とは「診療情報提供書」と返信のやりとりがあります。
このときにあまり詳細までは書かないことが多いので、ここで患者の勤務先関係者である人にあててHIV陽性という情報は書かないのではないかとおもいます。(本人の希望があれば別ですが)
仮に書いてあったとしてもそこから院内に情報が無断で広がってはまずいわけです。
(が、一般論として、電子カルテ化されている病院では自動的に読み込まれて保存されるので、その文書だけ記録に入れないということは難しいですが)


ここはよくわかりませんが、記事によると

「原告側が両病院に情報開示を求めた資料によると、大学病院の別の医師が看護師に無断で、勤務先の病院の医師にメールで検査結果を知らせていた。」(共同通信)

メールですと、管理者権限で確認をする必要があります。

(研修医の皆さん、メールであってもネット環境で個人名をいれたかたちで、症例情報扱ってはだめですよ)

「看護師が両病院にカルテ開示を求めたところ、大学病院側から総合病院側に検査結果が無断で伝えられていたことを示す内容が記載されていた。さらに別の病院にも検査結果が伝わっていたことも分かったという。」(西日本新聞)

福岡の大学病院はHIV診療の実績がありますし、ICDやICN(感染管理看護師)もいますので、こんなまずい対応をするのかなあ、、と思うわけです。

もっとも記事にある「別の医師から」ですから、HIVを担当した血液内科の医師ではないのでしょう。
いまどき個人情報をこんなかたちで独自の判断であちこちに流すかなあ、とも思いますが、カルテ記録の開示内容を知らないのでなんともいえません。


記事の展開で行くと、

大学病院の「別の医師」→勤務先の病院 ですが、勤務先の誰につたわったのかというと医師ではないかと想像します。
医師が上司の看護師に伝えたとして、休職の指示までするとなると、いち部門師長の判断とは思えないので、医師や看護部長クラスの関与があったのではないかと想像がふくらみます。

(朝日新聞)「上司は「患者に感染させるリスクがなくなるまで休職してください。規定で90日以上休職すると退職扱いになりますが、やむを得ませんね」と言ったという。」

そして11月末に退職、今回提訴となった、、、です。

なのですが、

感染させるリスクがなくなるまで、とはどういう意味か。

実際にこのような発言があったのかは記事だけではわかりませんし、勤務先の責任者が米国SHEAのガイドライン(肝炎やHIVに感染した職員の対応についてのガイドライン)を知っていたのかも不明ですが、

ガイドラインでは抗HIV療法でウイルスが検出限界以下になっていれば、通常の看護業務は問題なしですから、治療をしているなら休職の必要がそもそもありません。


「「診療情報が患者の同意なく伝えられたのは医師の守秘義務に違反する。休職の強要も働く権利を侵害するものだ」としている。」(共同通信)
は、ごもっともです。

というのが報道を見ながら考えたことでした。


ところで、HIVに感染している人は世の中に一定数います。医療者の中にもいます。

大きな違いは

「感染していることに気づいている」(治療や健康管理・予防をより積極的に行える)
「感染していることに気づいていない」(上記のメリットを知る機会をもててない)

です。HIVは検査をしないとわかりません。

現在は治療がたいへん改善されていますので、仕事や生活への影響を最小限に健康管理をする努力が可能になっています。
ということでは、「気づけていないことが問題」といえます。


施設内は電子カルテ化されて、個人情報へのアクセスはシステム上は可能となっています。
知ることよりもそこから先に伝わっていくことのほうが問題であり、
入職時や中途採用時にも、倫理・医療安全研修として地道に繰り返し伝えていく必要がありますね。

【参考】 2010年2月のブログ記事 「HBV HCV HIVを持つ医療従事者に関するガイドライン SHEA」
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