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若手医師セミナー2015 第7回 池田 正行 先生 Q&A

2015-11-20 | Aoki Office
池田先生からQ&Aを頂きましたので、掲載させて頂きます。

1.30代 老年病科医
本症例の場合、血糖値をみていないので低血糖による脱力の可能性が否定できないと思います.これでtPAは危険ではないでしょうか. CTだけでは甘いと思います. DWI(拡散強調画像)なら映ります.


回答:低血糖で脳卒中様症状を呈することがあるとの知見は私と聴講者の間で共有されていることを前提に今回のお話を進めました.そのことは,セミナーの後半を聴いていただければ質問者もおわかりになったと思います.また拡散強調画像(DWI)の偽陰性,偽陽性の危険性についても,セミナーの話の後半を聴いていただき,質問者にもご理解いただけた事と思います.
その上で御質問の趣旨を考えてみますと,「DWI で脳梗塞が検出できればそれでよし,DWIで脳梗塞が確認できなければ,低血糖による脳卒中様症状を検討すべきだ」との主張のようですが,果たしてそうでしょうか?
低血糖を原因とする脳卒中様症状は、DWIが出現するはるか以前から知られています.しかしDWIが出現する前と後で,低血糖を原因とする脳卒中様症状の診断が変わったとの話は寡聞にして存じません.そして現在でも,MRIの普及度が日本の1/8に過ぎない英国を含め,日本以外の多くの国では,DWI無しで低血糖を原因とする脳卒中様症状の診療が行われています. 以上より,低血糖を原因とする脳卒中様症状の診断がDWIに依存していないことは明白です.DWIがあろうとなかろうと,低血糖を原因とする脳卒中様症状を見逃してはならないのです.


2.医師 内科 50代
tPA療法ではなく、カテーテルにて血栓除去術をする際に、事前にMRAがあると術者に有用な気もしますが、いかがでしょうか。自分がカテ術者であれば、迅速さとバイタルの安定を優先して、MRA、MRIはしないように思います。


回答:ご質問の趣旨は「急性虚血性脳卒中に対するカテーテルによる血栓除去術における脳血管造影モダリティの選択肢をどう考えるか?」でしょうか?だとしたら,今回のセミナーの趣旨は全く別のところにあるので,他の然るべき場で議論していただければよろしいかと存じます.なお、脳血管造影のモダリティの選択肢を論じる際には、MR angiographyに限定することなく、CT angiographyも同列に論じて比較すべきだと私は考えています。たとえば、脳出血における出血源血管同定にはまずCT angiographyを行い、CT angiographyで陰性ならDSA(digital subtraction angiography)を行うべきであるとされています。なぜなら、CT angiography で得られなかった所見がMR angiographyで得られることは希だからです(Diagnostic yield and accuracy of CT angiography, MR angiography, and digital subtraction angiography for detection of macrovascular causes of intracerebral haemorrhage: prospective, multicentre cohort study. BMJ 2015;351:h5762)。
ちなみに、今回のセミナーの目的は,これまで世界中で何千回何万回と繰り返されてきた「脳卒中の診断におけるMRI/MRAの有用性」を繰り返すことではありませんでした。なぜなら、セミナーの聴講者の皆さんは、もうそんなことは聞き飽きたと思っていらっしゃるだろうと考えたからです。



3.医師 産婦人科 30代
症例2では、拡散強調画像で病変が見つかる可能性もあり、その場合には早期治療につながるので、必ずしも『撮影可能な状況下での、とりあえずMRI』が悪いとは思わないのですが。偽陰性の可能性などの落とし穴を考慮していればよいのではないでしょうか。


回答:質問者におかれましては,『撮影可能な状況下での、とりあえずMRI』という環境における『偽陰性の可能性などの落とし穴を考慮』という教育・学習の実行可能性について今一度考えていただきたく存じます.その際,MRIの普及度が日本の1/8に過ぎない英国から,脳卒中や画像診断に関する優れた臨床研究論文が,むしろ日本からよりも数多く出ている事実は大いに参考になるかと存じます.



4.30代老年病科医
めまいだけで来た患者でいつもBPPVとの鑑別に悩みます. 耳鼻科医のいない時の一般医の対処を教えてください.


回答:めまいの診断における切実な問題意識から出てきたご質問とは思いますが,回答しようと思うと1冊の本ができてしまいます.また、本セミナーの趣旨とは別の問題ですので、ここでは,誰でも自由にダウンロードできるようネット上で公開されている、めまいの診療に関する私のスライドを御紹介するにとどめておきます
スライド:めまい診療に極意無し


5.医師 内科 50代
意識障害があるとき、低血糖とビタミンB1不足を是正してから、画像診断にいくと、昔は教わりましたが、最近はすぐに画像診断ができるので、いいことも悪いこともあるようです。意識障害の際、画像診断の前に、少なくともやっておくべき診察、検査が他にありましたらご教示ください。


回答:意識障害の診断における切実な問題意識から出てきたご質問とは思いますが,これまた回答しようと思うと1冊の本ができてしまいます.ここでは,論文を一つだけ(Ikeda M et al. BMJ 2002;325:800)お勧めするにとどめておきます.
Ikeda M et al. BMJ 2002;325:800



6.医師 小児科 50代
日本でMRIが多いのは、医師の技術料が評価されず、検査の保険点数に頼らざるを得ないからではないでしょうか。


回答:セミナーの中で紹介したOECD加盟32カ国のデータを見ても,単位人口あたりのMRI台数と医療保険制度の間に何らかの関係があるとは結論できません.特に医療保険制度が全く異なる日本とアメリカ合衆国が単位人口あたりのMRI台数の1位と2位を占めているのに対し,日本と同様の国民皆保険制度を維持している英国における単位人口あたりのMRI台数が日本の1/8(32カ国中26位)である事実は,単位人口あたりのMRI台数が日本で飛び抜けて多い理由を医療保険制度に求められないことを示しています.



7.医師 内科 50代
自分の年齢や施設にもよるかもしれませんが、今まで救急外来で緊急頭部MRIをオーダーしたことがありません。緊急で頭部MRIを撮らなければいけない状況がありましたら、ご教示ください。


回答:質問者のご指摘と同様,私も,どうしても緊急で頭部MRIが欲しいと思った記憶がありません.それはおそらく,小脳・脳幹梗塞,くも膜下出血,脳炎といった,緊急に治療介入が必要で,MRIの方がX線CTよりも感度が優れていると言われる疾患でも,MRIの感度が必ずしも100%ではなく,MRIで陽性所見が得られないからと言って,治療を遅らせることはできない,ましてや疾患を否定することなどできないからだ考えています.


8.脳炎の場合はいかがでしょうか?

回答:単に「いかがでしょうか?」と言われましても,残念ながら質問の趣旨が明確ではありません.もし「脳炎の場合には,MRIの感度の方がX線CTの方が優れている.だからMRIの有用性を認めよ」との指摘でしたら,その指摘は今まで我々が,耳にタコができるくらい聞かされてきました。しかし、その「MRIの有用性」って一体全体何なのでしょう?御質問を受けて「脳炎の診断におけるMRIの有用性」について考えてみましょう。
確かに,一般的に脳炎ではMRIの方がX線CTよりも感度が高いと言われます.しかし,「感度が高い?それがどうした?」という素朴な疑問にどう答えるのでしょうか?脳炎に対するMRIの感度がどこまで脳炎の診療向上に貢献し,どう患者さんの予後改善に結びつくのでしょうか?以下の事実を考えれば,脳炎の診療におけるMRIの意義・有用性に大きな疑問が湧いてくるのです.
●臨床的に髄膜炎と脳炎を厳密に区別することが困難であること
●MRIにせよX線CTにせよ髄膜炎に対しては診断的意義がほとんどないこと
●MRIでも脳炎に対する感度は100%ではないこと
●MRI画像では脳炎の病原体を特定できないこと(例:ヘルペス脳炎か否かは髄液検査が必須)
たとえば,臨床的に脳炎を疑った事例でMRIを撮影して,異常陰影が捉えられなかったとしても,脳炎を否定することはできません.そしてそれがヘルペス脳炎か日本脳炎か,はたまたクリプトコッカス髄膜炎か鑑別し,治療方針を決定するためにはMRIは何の役にも立たず,髄液検査が必須となります.脳炎の診断に際し,MRIの情報はあくまで参考情報に過ぎず,決め手にはならないのです.MRIの情報があろうとなかろうと,脳炎あるいは髄膜炎を疑う症例では、結局は臨床診断を元に髄液を採取して病原体を含めて診断を確定しなければならないのです.


9.30代老年病科医:椎骨動脈解離とか緊急MRIの方が有利ではないでしょうか?

回答:ご質問の趣旨は「椎骨動脈解離における緊急MRIの有用性」の主張でしょうか?だとしたら、そのような主張はこれまで世界中で何千回何万回と繰り返されてきたことを指摘しておきます.私が同様の主張を繰り返さなかったのは、セミナーの聴講者の皆さんは、もうそんなことは聞き飽きたと思っていらっしゃるだろうと考えたからですが、そうではなかったのでしょうか?


10.医師 リウマチ科 30代:急性の後頸部痛で解離を疑ったらMRI/MRAでないと除外しきれないのではないでしょうか?

回答:上記と同様です.


あとがき:質問を拝見して

今回のセミナーの趣旨は,画像診断のベネフィットばかりでなく,リスクも踏まえて,リスク・ベネフィットバランスの最適化を心がけ,画像に使われずに,画像を使うようにしようということでした.というのも、聴講者の皆さんは「MRI賛歌」なんかもう聞き飽きたと思っていらっしゃるに違いない。私はそう考えたからです。それだけに、いや、まだまだ聴き足りないという要望が質問の形で寄せられたことに驚きました

MRIを含めて,どんな検査も決して人間を越えられません.セミナーの中で急性虚血性脳卒中に対するMRIの感度を論じたランセットの論文(Lancet 2007;369:293)に触れましたが,その論文の中でもgold standardは臨床診断です.MRIが患者を救うのも殺すのも,MRIの出した結果を判断する人間の判断にかかかっています。

CTでは見えないものが見えるMRIは「魅力的」かもしれません。しかし、それは誰にとってのどういう「魅力」なのでしょうか?Seldingerが大腿動脈アプローチで初めて血管造影を行なったのが1953年。星の王子様が書かれたのはそれより10年も前です。しかし「大切なものは目に見えない」という言葉は、画像診断が発達するほどむしろその価値が高まるように思えてならないのです。
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