Dr. WAKASAGI at HEI-RIVER(閉伊川ワカサギ博士)

森川海をつなぐ学び合いの活動を紹介します

第6回日本台湾森川海体験交流会を終えて

2023-09-01 | 水圏環境教育
台湾での5日間の森川海体験交流会。台湾の森川海の自然とそこに住む人々と,日本と台湾の一行43名との出会いが「新たな発見」を生み出した。台湾での森,川,海を舞台とした「つながり」や「出会い」が持続可能な社会構築のための概念を引き出す,という新たな発見である。

 日本では,森川海のつながりを理解するための活動が全国各地で行われている。それぞれの地域での取り組まれている努力は秀逸だ。その地域での地道な努力によって体験メニューやアクティビティが開発され,子どもたちに提供されてきた。それらの活動をさらに未来への活動へと拡大していくのも個人の努力に委ねられている。従ってその活動を精緻化し正確な情報を提供するための個人の努力が必要だ。この個人の取り組みを極めることに,相当な労力と時間を割いていのである。

 日本は南北に細長い花綵列島で,海に囲まれ脊梁山脈が走り急峻な山々には,海から蒸発した水蒸気が雨となり山々に降り注ぎ,そこには森が生い茂り,3万本以上の豊かな河川が海へと注ぐストラクチャの中で,私達の祖先は数万年前から生き続けてきた。単なる自然体験活動というよりは,森川海のつながりに焦点を当てた体験活動が多いのは,そのためであろう。北海道の黒松内町,岩手県の洋野町,宮古市,宮城県気仙沼,佐賀県,沖縄県など,北は北海道から,南は沖縄まで森川海のつながりに焦点を当てた活動が特徴的だ。それぞれの地域の活動化の方々が長年にわたる努力によって独自に進化を遂げてきた。これは,台湾も同様であろう。

 岩手県宮古市での取り組みでは,2011年以降,森川海の繋がりに焦点を当てた体験活動が始まった。始まりは,震災復興のために何か自分たちが貢献できることはないか,との話し合いから生まれた。地域住民に対するインタビューやディスカッションの結果から,森川海を行き来するサクラマスに焦点を当てたアクティビティを開発することとなった。その結果,世界サクラマスサミットin IWATEが2013年にスタートした。サクラマスサミットは,今年9回目を迎えた。東京からも親子連れが参加し,源流体験,山登りの体験を通してサクラマスの生活史に触れ,宮古湾産サクラマスと山菜を頂きながら,森川海のつながりについて実感を持って理解するプログラムである。サクラマスサミットは,2014年の環太平洋海洋教育者会議(IPMEN2014JAPAN)を経て,川流れ体験,海洋体験を盛り込んだ日本―台湾森川海体験交流会へと発展していった。

 今回の第6回台湾日本森川海体験交流会では,台湾に存在している森川海と人とのつながりにある価値について理解を深めることができた。森川海のつながりという共通の枠組みの中で,これまでの既有概念を超えた「非日常体験」によって,あらたな気づき「アハモーモント」を与えてくれた。アハモーモントとは,体験を通して,新しいアイデア,考え,気づきが生まれている状態を指す。そして,そのアイデアや考えを参加者とともに共有した。最終日に,台湾と日本の参加者43名全員で印象に残ったことについて振り返りを行ったところ,その内容は,4日間での訪問先での地域に根ざした食によるおもてなし,標高2000mで取り組まれているタイワンマス保護センターでの保護活動,沿岸部でのオニテナガエビの採集と食体験など多岐にわたった。それらの言説には,これまで体験したことがないはじめての体験活動,交流活動「非日常体験」によってもたらされたアハモーモントが語られていたのである。つまり,台湾での体験活動において,台湾オリジナルの森川海のつながりと人の関係に対して,新たな気づきが芽生えたのである。

 新渡戸稲造は,著書「教育とは何か」(1907)において,最も強調しているのが,「人格」の教育だ。明治の初期にパーソナリティは「人格」と訳されたが,パーソナリティは,パーソンに由来する。人知を超えた「超越的なパーソン」が心の中に備わっていることによって自分を対象化し,常に自分の行動を律することができる。それゆえ,「人格」者は,絶対的に揺るぎない「超越的なパーソン」と自分自身とを対象化することによって,自ら判断し,行動を起こすことができる。その上で,横の関係すなわちソシアリティ(Sociality:社会性),人と人との関係が必要である。新渡戸は,縦の関係とともに横の関係を重視すべきことだ,と機会ある毎に強調した。パーソナリティを重視した生き方が個人個人の生活の豊かさ(Well-being)を高めると同時に,パーソナリティの状態をお互いが尊重し合う横の関係=ソシアリティを重視することによって豊かな社会の構築につながるということである。

 これらを,森川海のつながりをテーマとした体験活動にあてはめると,縦のライン「パーソン」が各地域の体験活動,そして,横のラインすなわち「ソーシャル」としては,今回のような日本と台湾とが連携して実施した森川海体験交流会が該当するであろう。

自然と人の関係に対する新たな気づきが芽生えるプロセスを整理すると,
1.自分たちの住む地域で,森川海と人とのつながりが存在していることに気がつく。
2.今回の台湾での体験活動のように自分たちの地域と異なる(自然)環境での「非日常体験」によって,自然と人間との関わりについての「アハモーモント」が生み出される。
3.その「アハモーモント」によってその地域の固有価値に気づき,
4.その地域の人々と固有価値との関係性が共有される。
5.共有された関係性には,その流域・地域の誇りが存在し,称賛に値する価値を持ち,それらには関係価値がある。
6.最終的に,他地域における活動に参加することによって,地域特有の森川海と人のつながりの価値に気づいていく。

 この一連のプロセスは,異なる環境における「非日常体験」が,関係価値を向上させる上で重要であることを示している。これまで,体験活動は,生きがいややりがいを生み出すためあるいは新しい知識を容易に理解するために必要とされた。海洋教育は,「海に親しみ,海を知り,海に学ぶ」ことが大切であると言われてきた。あるいは海洋リテラシー教育も海洋と人間との関わりを理解して活用するために必要であるとされてきた。それだけではなく,新たな空間における新たな体験による事象への新たな気づき「アハモーモント」が生まれる。その気づきから生み出される関係価値を理解し,多くの人々と共有すること。そのことが人々を幸せに,自然を大切にする心が芽生え,自然環境やそこに住む人々を尊重し,思慮深い行動へと変容していくものと考えている。これは,新渡戸の言説にある,横のラインである「ソーシャル」の世界が重要であることを示している。

 それぞれの地域での活動を推進することは大変重要だ。それに加えて,異なる流域での「非日常体験」によって交流を深めることで,さらなるアハモーモントを生み出す。しかし,これまでそのような交流のシステムが存在しなかった。確かに,それぞれの地域に根ざした活動を重視することは重要だ。しかし,地域に根ざした活動だけでは,新たな気づきを共有することはできない。我々が今取り組むべき事は,多くの人々が,自分たちの流域をよく理解した上で,他の流域を訪問し,非日常体験によって,地元の人々と訪れる人々がお互いに関係価値の存在を認めあう仕組みの構築だ。合わせて,森川海のつながりにある関係価値の理解をうながす水圏リーダーの育成が求められる。これらのことを今回の第6回台湾日本森川海体験交流会において参加者の皆さんと理解を深めることができた。
このような森川海体験交流を目的とした国際交流は世界的にも珍しい。研究者や教育者を中心とした縦のラインでの取り組みではなく,横のライン,すなわち立場の異なる様々な参加者(研究者,教育者,薬剤師,看護師等の医療関係者,介護関係者,子供,高校生,大学生,保護者等)が横につながり二国間の関係価値を共有することが,非常に重要である。そのことを,参加した皆さんとともに再認識できたことは本当によかったと思う。今回の大きな収穫である。参加した皆様に御礼申し上げたい。

 森川海体験国際交流会がこれからも継続し,すべての人々が,私たちの生活が森川海とその繋がりの中で密接に関わっていることをより深く理解し,そしてその理解を実践していくことで持続可能な社会構築につながることを強く願い,台湾海洋大学のRAY教授をはじめ台湾の皆さんへのお礼の挨拶としたいと思います。