北海道旭川市の永山4遺跡から、縄文時代晩期から続縄文時代初頭(約3千年~約2300年前)にかけて他地域と活発な交流があったことを示す . . . 本文を読む
縄文余話・芸術
「縄文人の造形には芸術や美術といった意識はないはずです」
「縄文人の造形はあくまでも 再生をシンボライズするための呪術信仰的な行為に過ぎません。」
以上は、大島直行さんの著書より引用しています。
北黄金貝塚には底の無い円筒形土器が展示してあるし、それに同じ円筒形土器を煮炊きに使っている絵も展示してあります。
この矛盾は専門家も分かっていても無視していたのだろう . . . 本文を読む
1、土器は発達するものだろうか?
・函館市中野B式土器
・釧路市沼尻遺跡
・浦幌町共栄B遺跡の土器を使わせてもらいます。
2、底のつぶれ
函館市中野B遺跡の尖り底の土器です。
この土器の底の部位がつぶれてきて、平たくなって平底に変化した。
と考える人がいるでしょうか。
即ち、上の尖底土器から下の器形に段階的に発達して変化したと考えるのです。
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1、帯広市八千代A遺跡の土器
「八千代A遺跡は、帯広市街から南西に約30km離れた標高280mの馬の背状の台地にあります。約1万3千m2に及ぶ発掘により、105軒の竪穴住居跡が出土しました。」解説文より
2、土器を見て
・河川の流域に住んでいるヒトは「鉢型」の土器を製作すると考えています。
・「ポツポツ」と穴がありますが「湧水」で続くと「川」になると考えてい . . . 本文を読む
1、函館市中野B遺跡の土器です。
中野A・B遺跡は隣なので同じ遺跡の土器と見ています。同じ遺跡でも土器の器形にちがいがあるのです。時期のちがいや住む環境のちがいもあるのでしょうか?
2、土器の器形
円筒式土器と尖り底土器のちがいです。
円筒式は「深い海」を表しています。海に出て漁をしていたと考えています。
海が浅いと深いのちがいがあると仮定します。
3、思うこと . . . 本文を読む
1、土器は「函館市中野B遺跡」の出土品です。
・中野A遺跡 ・中野B遺跡 ・石倉貝塚遺跡 は一か所の遺跡と捉えても良いかと思います。
2、器形と模様
・「尖り底」は「河口」で生業していると仮定しています。浅い海とも思えます。
・「川」としましたが、湿原や谷地とも思えます。
3、思うこと
・尖底土器の器形が「河口」という仮説を立てている。問題点もあるだろう。
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1、函館空港石倉貝塚の出土
函館空港 石倉(いしくら)貝塚は、集落から離れた位置にある縄文後期初頭の集団墓地を中心とする祭祀の場所です。
汐泊川が流れている。
2、土器を見て
・口縁が反りあがっているのは、山が遠くにそびえているのだろう。
・「川」は三本線を川としているが、刺突で付けたように感じたので「点・点」(川)として扱うことにする。
・「海岸」は波が岸に打つ寄せて . . . 本文を読む
1、函館市中野A遺跡
・草原で平坦な地面 ・川があり ・湧き水もある
2、土器の器形
尖り底と丸底の間の器形もあると思う。この土器は尖り底に近いが、少し丸底に向かっている過程のように感じる。
口縁を平坦と書いたが、少し波打っているので、遠くに山並みが見えると感じる。
3、土器紋様
点々は湧水や川だと思う。点が続けば「川」になるしポツンとは「湧水」と解釈している。
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1、土器は函館市中野A遺跡です
草原で平坦な地面 川があり 湧き水もある
2、土器を見て
・口縁にギャップのある段差が見られる。段丘でもあるのだろうか。
・周りを低いが山に囲まれていると思われる。
・器形から浅くて、底が丸いので干潟ができるような場所と思う。内海かもしれない。
3、思うこと
・丸底は、干潟で海も浅くて広いという印象がある。
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縄文余話・アイヌ文化に
アイヌ文化では、サケ(カムイチエ プ :カムイの魚)が川をのぼり始め、漁を始める時、「アシリ ・チエ プ ・ノミ(新しいサケをむかえる時のカムイへの祈り)」をおこないます。
縄文土器の解読をしていますが尖底土器の縄文模様はサケマス遡上の様子が模されていると仮説を立てています。
アイヌと縄文ヒトとのつながりが強いと思っているのです。
縄文ヒトもアイヌと同じように祈 . . . 本文を読む