ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

トラブルメーカー

2020-03-31 | 雑念
コンビニのレジで揉めているお爺さんがいた。

お爺さんと言っても多分現役の職人さんかなぁという口ぶり。

レジの男性店員は困り顔ながら
(何かを)「確認しましょうか?」と
お爺さんに説明している。

多分、入荷は未定ですという答えは出ている事をお爺さんは無理に問い合わせてもらおうとしているのだと思う。

レジは2つあり、片方はそれで潰れて込んでもないコンビニのレジに1分以上待っている。

お爺さんは結局、起こった様子で「そう言ってくれたらなんて事ないねん」と相手が自分の思い通りにならない事に腹を立てているだけ

男性店員は電話で何かを確認していた。

それを待っているのかと思いきや、お爺さんはガラケーで別の案件で揉めている。

「明日のことやねんからわからん訳ないやろ」

また同じようなことで揉めている。

それを見て思った。

トラブルはトラブルを連鎖し、人に襲いかかってくるのだと。

つまり感情的で非論理的な無駄なトラブルをひとつ引き寄せてしまうと、別の問題が次々に自分の周りに起こるきっかけにしてしまうのではないか

だからたったひとつのトラブルだと無駄に事を大きくしない。

これが幸せに生きる道だと思う。

トラブルメーカーはトラブルを連鎖させ引き寄せる磁石である。

自分という人間

2020-03-30 | 雑念
改めて世界を考える。

ウイルスが蔓延して大混乱に陥っても桜は咲き、雪は降る。

大自然は当たり前のように冷静沈着に生きたいように生きている。

自分の周りが大騒ぎしていようと関係ない。

自分の使命をしたたかに遂行していく。

僕の生きる意味は何だろう?

難しく考えるよりも遊び心を持って自分という大自然に耳を傾けたい。

すぐに答えを出す必要がない。

ゆっくり考え、見つめ直し、考え決める。

ワクワクする事、笑顔が溢れる事、シンプルに楽しいなと感じること

それだけ

その事をシンプルに探し求めて遂行すればいい。

外出するのを自粛しているなら、自宅でできる自分という人間をどう楽しむのか?

ゆっくり楽しみたい。

少しナイーブ

2020-03-29 | 雑念
暖かくなったと思ったら寒さが戻る。

この温度差に身体がぶち壊される。
桜はいよいよなのにキャンプに行こうとする気持ちも削ぐ。

花粉はいつものように全てのモチベーションを下げてくる。

最近体重が増えてきた。

結局今の体重がベストなの?というほどに、今の体重に戻る。

何でだろ?

絶対ベストじゃないのに。

何か精神的にも良くない感じがする。

少しのことでイライラしたり、
何かやる気が起きない。

楽しい事も後回しになる。

ちょっと困った。

仕事が無くなったからかな。

仕事で忙しくする必要はないのだが、
時には仕事が充実することは健康を保つためにも好きことなのだろう。

今はやりたい仕事もぶっ飛んだり

遊び呆けているとは言え、
それはそれで張り合いがない。

適度な緊張も重要な健康法なのだろう。



12モンキーズと仲間たち

2020-03-28 | 雑念
シルク・ドゥ・ソレイユが破産申請するかものニュース

あれほど人を感動させてくれるエンタメもこのパンデミックに冒されつつある。

この流れを河岸から冷ややかに眺めると、12モンキーズ感が漂う。

犯人がどうとかいう意味ではなく、
未来は原因不明のウイルスによって地上は住めないほどに荒廃した世界

それが12モンキーズが関与しているという謎を解き明かす内容なのだが

現実社会として、テレワークやらリモートやら僕にとってはとても難しい働き方が当たり前になりつつあるらしい。

僕も変わらなきゃと言いつつも流石にテレワークは難しいなぁ

体験学習、体感が大切と言い続けてきたつもり

ならば如何にして自分のバリューを発揮するのか?

タイムマシンが発明されたら過去にトリップして原因究明するのか?

過去で出会った女性に恋をしたらどうなるのか?

映画の主人公になりそうな役割が僕のバリューじゃなさそうだ。

あんなにドアップで銀幕に映し出されても恥ずかしい。

というわけで、今僕にできることはデイキャンプとモルックとボードゲーム、愉快なお喋りくらいで。

来週は公園でテーブル広げてのんびりしながら、エンタメゾーンでも始めようかな。



冒険教育と僕019

2020-03-27 | 雑念
僕は冒険教育を学んだ後、体験学習ファシリテーターとして飯を食べている。

そりゃもう細々と、と言った方がいい。

いつ飯を食えなくなってもおかしくないくらいの「売れない芸人」である。

でも、それでも「僕じゃなくてもいい仕事」は少しずつ距離をとっている。

もうこの業界からフェードアウトしているが如く

今、この仕事に憧れて「どうしたらファシリテーターになれますか?」と聞いてくれる若い人もいる。

そんな人に偉そうにお勧めはできないが、このスキルや哲学はどんな仕事にも生きると思う。

いや仕事だけじゃなくて、子育てや人生の豊かさを考えるきっかけになると思う。

だから「こんな儲からない仕事しない方がいいよ」とは言わない。

逆に「力を抜いて気軽に体験会に参加してみたら?」と誘うようにしている。

周りのフリーランスの人たちは大抵、大学の先生かNPO団体のような社会福祉として活躍している人が多い。

僕はどうもどちらにも縁がなく、ヤケになったのか天邪鬼が発動したのか

「どーせ、どーせ、僕なんて」と拗(す)ねている。

自己肯定感が低い(時もある)。

長く付き合っている人は周知の事実である。

虚勢を張って生きているのだろう。
かなりその虚勢は板についていて、僕を相当な自信家で孤高の人と評する人もいる。

違うっ!

ただその塗り固めた虚勢に説得力を鏤(ちりば)めるのが上手のだ。

今回のブログも僕が名刺を持たず、自分を営業しない理由を書いている。

たちが悪いのはそれを正当化して、さらに頑固であること。

「そもそも何で売れなきゃならんのだ?」
と思っている。(正当化)(虚勢)

名刺を配ったり、ビラを作ったり。昔、共同でやったもんだ。

僕はそこでサボり癖が発動して、疑問を感じながらやる気も中途半端に営業活動をしていた。

当然そんなダメ人間に仕事が舞い込むはずもなく、安全で安定した仕事に飛びついた。

月金で九時五時のサラリーマン的な仕事は僕の精神を蝕(むしば)んだ。

その反動だろう。

僕にとっての人生の幸せは。
とても楽しい冒険教育の手法を用いた体験学習を使って、僕は何ができるのだろう?

同時に僕自身も幸せになりたい。
同時に参加者も幸せになってほしい。
本当に僕にできることは何だろう?

そんなことを考えて、正当化も鏤めると…

やっぱり「ホクトマン、あちらの席にお願いします」という売れっ子キャバ嬢の指名制度のようなプロジェクトをお手伝いするようになった。

さらに一緒に働くメンバーについても考えるようになって、「誰とでも仕事します」という状態ではなく、「あの集団スゲェな」というメンバーと仕事をしたいと考えるようになってきた。

こうなるとかなり仕事は無くなる。

何故ならニッチな世界でありつつ、更に少ない座席を椅子取りゲームのように取り合っているから

どうやら僕は自分の幸せのために売れない芸人の道を選んだのだ。

それでも「後継者がいない」と嘆いている自分は本末転倒のような気がしている。

そもそも後継者を増やす事に注力する必要はないのかもしれない。

時代は変わり、体験学習のコンテンツは多種多様になった。

プログラミングなどはここ数年の話。

僕自身が生まれ変わらないといけないのだと思う。

「人はいつでも変わることができる」

別に名刺を持って、仕事を選ばず、媚を売る自分になる訳ではない。

勝手に自分で作った「こだわり」をもう一度考え直して粘土の様にグニャグニャにして、作り替えたい。

自分の人生と天職を考えるワークショップ?

一緒に考えましょう(^^)