ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。世界中の人がファシリテーターになればイイのに。

一松

2012-01-31 | 雑念
2012年も1月が終わろうとしている。



壮絶な「四国のお遍路の旅」も映像編集の最中である。その経験や感情は自分達のチカラとなって身体に染み込んでいった。



また激しく「遊びたい」衝動が出てくる。



そして今回はどうしても「オリジナル」にこだわりたい。


そう考えるとやはりいちプロの頭脳と呼べる彼らとの作戦会議は楽しくそして有意義だった。


昔がよく見える懐古主義なのか、私の悩みはそれに尽きる。


仲間のブログやFacebook、Twitterを拝見するにつけ自分は楽しめていないんじゃないかと劣等感を抱いたりもする。


しかしそれは幻想だ。被害妄想なのだ。


幸せは必ず自分の手で拾うモノ。つまり必ず自分の周りに落ちているのだ。


ライフスタイルのひとつ「いちプロ」も鹿児島に来たからコレをしよう、片道1000kmだからこうしよう。とアダブテーション(順応)していく。





私は今まで住む場所や職にもこだわらず、楽しそうと思える場所に足を運び、定住をしなかった。いや出来なかった。





しかしその優柔不断さと好奇心と飽き性が「順応性」を育てた。





とココでも何に順応するのかと言えば「楽しいと思えるか」という主観的な見方でしか評価していない。





つまり周りから見たらサプライズ。青天の霹靂なのだ。それほど驚きや波紋はないのかもしれない。少なからず飛ぶ鳥は水面に波紋を残す。





そんな媚びない、省みないサウザーの様な北斗の者をユリアは本当に愛してくれるのだろうか。





とにかく寂しがり屋の天邪鬼(あまのじゃく)は、かまって欲しいのだ。ちょっかいをかけて欲しいのだ。しかしリアクションは出川やダチョウの様に巧妙ではない。だから厄介だ。





Googleプラスでのグループチャットも簡単とは言いながら形にできていない。


そしていちプロの第25回の話も。




よし思い立ったが吉日。



今夜、Googleプラスで遊んでみよう。

誰も来てくれなくてもイイじゃん!



そんなことでへこたれるミーではニャーのだ。



さぁ何をするわけでもなく、Googleプラスに集うのだ!本当にグループビデオチャットがWeb上で展開できるのか?



定期的にやってみよう。飽きるまで。



じゃ、本日は試運転。



不具合や問題点、改善点を洗い出そう。



最終目的は遠隔地でもLIVEで話が出来る様になる!である。そして「第25回いちプロ」を考える、である。



突然、ミーから携帯メールが届いたら、それはこれであるからして。返答するように。
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初めて薩摩

2012-01-23 | 雑念
セグウェイ乗りました。

そしてその旅路を「ついキャス」しました。http://twitcasting.tv/hokutoman/movie/3494836

兵庫でもセグウェイ体験は興味があった。近くに行けば乗れていたのだが足を運ばなかった。

鹿児島に来てから近くではないセグウェイ体験に男4人で小さなミラジーノにギュウギュウになって行くことになったのだ。

偉いもんでプライベートであまり絡まなかった同僚達と募る話もあるのだ。

4人で4時間かけてたどり着いた。丁度セグウェイは4台あってツアーに出た。

松林をオフロードセグウェイで走る。この初めての感覚。バイクとも違う。一輪車の不安定感も無い。

しかし掃除機が立っている様な佇まいは仮の姿。彼らは電源を入れて重さを感じたら決して倒れない。

ボクサーなら世界チャンピオンだ。

モーター音がうぃーうぃーと鳴る。1時間以上は乗ったが全く衰えることはない。

そのエコさ加減には脱帽する。

「セグウェイはとても安全な乗り物です」

インストラクターは危険な乗り方さえしなければコケることはないと言う。

みんなには黙っていたが動画を撮影して片手運転をしたり、カメラを同僚に渡して被写体となっていた私は急な方向転換でセグウェイから振り落とされた。

プチ事故である。

撮影していた彼も「今の事故ですか?わざとですか?」と確認するくらいの微妙なドリフトだった。

インストラクターも「自己責任で」とカメラ野郎たちを放置していた。

そんなこんなで無事にゴール。

念願のセグウェイ体験と同僚達との愉快な旅も思い出となった。

鹿児島に来て初めて鹿児島の友達と遊んだかもしれない。

そう。人見知りの私は移住2年の歳月を経て少し鹿児島人に近づいた。
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ポッチャリ

2012-01-10 | 雑念
四国八十八ケ所お遍路の旅のリバウンドが凄い。

普通の業務に戻ったが死ぬほど辛い。あれだけ死ぬほど辛いと思いながら八十八ケ所を巡ったお遍路より事務所の業務が辛いのだから不思議なものである。

そして私は正月の食事と不規則なコンビニ食事のお遍路の旅で太ったらしい。確かに道中の白装束が馴染んでいるのはポッチャリしているからだろう。

和服はポッチャリが似合う。

いや!何の修行をして来たのか!?太ってはいけない。何故なら3桁の大台に乗りそうだからだ。

ただでさえ態度と口振りがビックな私が見た目もビックになると印象が「大男」になってしまう。

私は「人見知り」の「草食系男子」なのである。ただ肉は好きである。

特に「チキン南蛮」と「唐揚げ」に目がない。そりゃ太るわけである。

そしてたちの悪いことに筋トレが大っ嫌いである。しかし背に腹を変えられない。

少しずつでも腹筋や背筋、スクワットなどをして引き締めと基礎代謝をあげる必要がある。

あー、めんどくせぇ!

これから私はダイエットが出来る企画をしなければいけない。

なのに1/21には「セグウェイ」に乗りに遊びに行く。

全く筋肉を使わない。

またセグウェイ遊びの報告は後日。(^-^)/
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お遍路の旅

2012-01-08 | 雑念
イベント名:
第24回いちプロ「チキチキ四国八十八ケ所お遍路の旅~それぞれの想いを~」
日時:2012年1月4日(水)ー7日(土)
集合解散:JR舞子駅
全走行距離:1628km
全走行時間:87時間
内容:閏年に逆打ちを行うとご利益があがるとのことで四国八十八ケ所お遍路の旅を88番霊場から1番霊場までを車で巡拝した奇跡の道中記。
参加メンバー:ホクトマン、ゆーみん、ぢゅんこ、まーちん夫妻、らいあん
応援メッセージ、願いでの参加者多数
感想:
まず道が狭い。そして1月は雪が降る。と事前に調べれば分かることで苦労した。

道中は地図を準備せずiPhoneのGoogleマップのみで道案内を行った。電波の届かない場所では大体の方向性を決めて前に進んだ。たどり着いたのが不思議だ。

元企画TVの「水曜どうでしょう」の撮影地を巡るミーハー集団の様でもあった。

観光客にはなんてことない坂や建物も、ここで「大泉が滑ったところ」「ここで喧嘩してた」などの思い出話に花が咲いた。

完全な「マニア」である。

車はダイハツジーノ。小さな軽自動車に大きな大人3名を詰め込んだ。荷物も詰め込まれ、車中泊が出来る状態ではなかった。それでも車中泊を主張するホクトマンと絶対宿のゆーみんが対立した。

結局両者引き分けの選択をすることになる。

1日目は「結構順調です」とビジネスホテルに向かった。すると完全に見た目「古いマンション」だった。内装も1DKの1人暮らし用賃貸マンション(鉄筋コンクリート)だった。

布団が快適過ぎたのか「明日は朝7:00出発ね」としたが、男は寝坊した。罰として朝マックでの食事で思いつきの罰ゲーム「キッズプレイランドで無邪気に遊ぶ」を指定したが、時間外で利用できず命拾いしていた。

運転の話
初日本州の舞子駅から88番を目指すと思っていた以上に遠かった。淡路SAで食事をし大窪寺に着いたと思ったら雪だった。

チェーンをこんなに早く使用するとは夢にも思わず、テンションも急上昇。

無事に?たどり着いた頃には相当な時間と労力を使い果たした。まだひとつ目なのに。

雲辺寺も2日目の一つ目。朝からチェーン着脱。テンションが急降下した。

地元のドライバーの運転にも苦労した。「曲がってこないだろう」「出てこないだろう」の「だろう」運転はことごとく裏切られた。出てくる。影から、細い路地から、対抗右折車線から。

何度もブレーキを踏んだ。
自然環境にも人間にも試練を与えられながら、1日目2日目と順調に進んだと思われた。

2日目が終わりそうな段階で足摺岬にはたどり着きたいのにまだ。ただし足摺を目指せば、車中泊決定の状況の中「走り続ける」を選択した。3日目の朝は土佐湾から昇る朝日で走る車窓から見た。美しかったが辛かった。

そのまま寝ずの高知県疾走となる。

しかしそのご褒美なのか、その日の夕日は室戸岬から拝めた。

コンビニでの食事。サンクスやミニストップなどの品揃えをより好める状況ではない中、iPhoneでコンビニを探し、ガソリンスタンドも探した。

出光やコスモなどより好みはできない。

給油や食事は比較的スムーズだった。しかしある「ほっかほか亭」のチキン南蛮のマズさに落胆し、「大阪王将」のからあげのパサパサ感に泣いた。

徳島県に入る頃、完全巡拝のめどが立ち始めた。ビジネスホテル泊、そして近くの先頭へ。3日間の垢を流し布団で寝た。

4日目の朝は元気になった。
また男は寝坊した。でもみんなご機嫌だったからスルーした。
走り出したが、チェーンも着けなかった。

辛い山路にも慣れスムーズに進んだ。途中運転の荒い対向車や後続車にも出会うが気にならない。楽しく追い返した。

遂に一桁のカウントダウンが始まると早い。怒涛の様に1番霊山寺にたどり着いた。

距離ゲージは1500kmを超え、白装束は薄汚れていた。無精髭やむくんだ顔も伝説の証。

我々はやり遂げた。

多くの応援メッセージや支援してくれた人が浮かんだ。

1400年の歴史があるお遍路の旅らしい。

そのいにしえから辛い修行だったことが想像できた。そして結願した時に道中の出会いや故郷の大切な人が浮かぶんだろう。

そんな歴史と現代のお遍路がつながった。その時代を超えた「それぞれの想い」が本当の意味での旅路なのかもしれない。
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