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ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

若き青年のある日の日常

2016-01-29 | 雑念
昨日職場で出会った初めましての青年の話

25歳の彼は23歳の彼女と高校時代のバイト先で出会い長く付き合っている。

メガネ男子は物腰も柔らかく毒もないので話しやすい。

すると彼女がジェラシーがすごいという。

バイトの女子大生が混じった食事にも行くことさえも、まかり通らない。

ましてやLINEのやりとりなぞ、もってのほか。

見つかって激怒され、彼は平謝る。

本当に謝り倒すらしい。

「女の子と話す距離が近過ぎる」のが激怒の理由

その話を聞きながら、仲良いねとも思ったが

正直面倒くせ

と思った。

7年間も付き合っていて、
浮気もせず、ちょっと女性と話しただけでオコだという。

彼の見聞は広がるのか?

多くの人間関係での重要な体験を、
制限できる権限を可愛い彼女は有しているのだろうか?

同性とばかり接していたらいいとでも?

仲良いのはいいのだが
相手の魅力はドンドン失われて、
結婚する頃には鬼嫁好みの奴隷が出来上がる。

そういう男が好きなのだろうか?

絶対に人間的な魅力を求めるはずなのに、
自分自身が相手をコントロールして量産型ジムのような型にはめた相手を作りあげる。

男も男で、平謝りをしている段階で
自らの意思や行動力は削られ、
自分の気づかないうちに心は「羊たちの沈黙」になってしまう。

そして自分自身ではその「羊たち」になっていることさえ気づかない。

でも

でも

でも

人の価値観

正解がないところにこの話の盲点がある。

僕が勝手に思っている「羊たち」は本当は羊になりたいのかもしれないし、
そもそも羊なんかじゃない可能性もある。

多くの人間関係との関わりがその人を成長させるとは限らないからだ。

ストレスでダウンしてしまう人もいるだろう。

その平謝りをする彼が、楽しくて彼女の束縛も可愛く感じて仲睦まじくいれば問題ないのだ。

最後に「7年間もつきあって、仲良いね」と締めくくったら

我慢してます。とのこと。

じゃ、あかんがな(;´Д`A