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心って何なんですか」---心の定義 「心理学ってどんなもの」(岩波書店より)

2020-05-09 | 認知心理学



心って何なんですか」---心の定義  

20世紀前半の心理学は、自然科学の研究パラダイムをそのまま取り込んで研究が行なわれていました。そんな時代には、おかしな話ですが「心なき」心理学がアカデミック心理学として世の中を闊歩していました。  

「心って何なんですか」などという疑問を持つ余地などなかったのです。観察できる行動とそれを規定している刺激との関係だけを客観的に記述すべしとする行動主義が、心理学の主流となっていました。心とは何かに思いをめぐらす必要のない?動物を使った研究が、「心」理学として当たり前のごとくに行なわれていました。

 もっとも、こうした時代思潮の中でも、J.フロイトの精神分析(Q2・12参照)や、ゲシュタルト心理学などが、「心」理学の研究として細々とではありましたが、行なわれてはいました。  

ちょっと脇道にそれますが、ゲシュタルト心理学について一言。その主張は、  
「心的経験は、部分の総和以上のものである」に集約されています。  図を見てください。一つ一つの物理的な刺激を単に寄せ集めても存在しないはずの輪郭が主観的にははっきりと見えます。それこそ、部分の総和以上のもの、つまり形態質(Gestalt)の創発です。ここに心の特性をみようとしたのが、ゲシュタルト心理学です。明らかに、これこそ「心」理学と思いませんか。 ***主観的輪郭 別添

 さて、こうした隠れ「心」理学の細いが強い流れが、20世紀後半になると、一気に主流を占めるようになってきます。  

きっかけは、知的人工物・コンピュータの開発です。コンピュータで人の知的活動を真似してみようという野心的な試み(人工知能)に触発されて、人の頭の働き(認知機能)への関心が、マグマのごとく吹き出しました。それが、行動主義に対抗するものとして、認知主義の流れを一気に作りだし、現在に至っています。  

「心とは何か」「意識と何か」「自己とは何か」といったような、心をめぐる根源的な問いが、哲学者や工学者を巻き込んで心理学の中で堂々と議論できるようになりました。なぜなら、人工「知能」というからには、「コンピュータに心は埋め込めるのか」「コンピュータに自己意識を持たせることができるか」などを考えざるをえなくなったからです。  

そうした議論の中で出てきた、心とは何かを考える上で基本的な主張を2つほど紹介しておきます。  

一つは、A.チューリングが提案した、コンピュータが心を持っていることを証拠立てる手だて(チューリング・テスト)です。  これは、人とコンピュータとを対話させたときに、その人が、相手がコンピュータであることに気がつかないなら、コンピュータは心を持ったとしようというものです。  言葉を操れれば、それは心がある証拠とするわけです。巧妙な、しかしちょっとずるい感じのする提案です。「心の実験室」に一つの関連した試みあげておきましたので、参考にしてください。  

もう一つは、ソニーコンピュータサイエンス研究所・茂木健一郎氏が最近、脳機能と心に関する主張「クオリア(qualia;質感)こそ心なり」です(「心を生み出す脳のシステム」NHK Books))。  

氏は、クオリアを2つに分けます。  」

1つは、感覚的クオリアです。これは、赤信号を見たときに感ずる、たとえば、「あざやかな赤」「りんごのような赤」というような主観的な感覚の体験(質)のことです。  

もう一つ、志向的クオリアもあります。赤信号という言葉を聞いたときに、それが赤信号という物に「向けられている」という感覚のことです。言葉に意味を感じさせるもの、それも志向的クオリアです。    

いずれも、質問への直接的な回答にはなっていませんが、「心とは何か」をぴたりと答えられたら、それで心理学の研究は終りです。この疑問を解くための終わりなき探求の営みの中から心理学は心についての豊かな知見を生み出してきたし、これからも生み出していくのです。

********** 心の実験室「コンピュータにも心がある?」**********  カウンセリング場面での次の対話の欠けている部分に、あなたがカウンセラー(相談される人)だったらどう答えるかを入れてみてください。

相談者「人は皆同じです」 あなた1「                    」
相談者「いつも何かで私たちを悩ませます」 あなた2「                 」
相談者「私のボーイフレンドが私をここにつれてきました」 あなた3「                 」
相談者「彼が言うには、私はいつも元気がないそうです」 あなた4「                 」
相談者「本当に。私は不幸です」 「解説」  この対話の「あなた」のところに、次のようなコンピュータからの応答が入ります。自分の応

答と比較してみてください。   
あなた1「どういうふうに?」   
あなた2「何か例を思いつきますか?」   
あなた3「あなたのボーイフレンドがあなたをここにつれてきたのですね」   
あなた4「それはお気の毒です」  

この応答は、カウンセリングの基本である傾聴、つまり、相手の言うことに対して「確認」と「同意」をすることに基づいたものです。  

もし、次のような応答だとするとあなたには、カウンセらーには不向きかもしれません。解釈や反論や指示は、カウンセリングでは慎重に、が原則だからです。   
あなた1「そんなことはありません。人は皆それぞれ個性があります」   
あなた2「何かって何ですか」   
あなた3「強制的にですか」   
あなた4「人の見方はそれぞれですから」  

本題は、カウンセリングの話ではなく、人に心があるかどうかの話でした。  

これは、J.ワイゼンバウムという人が作った「イライザ(ELIZA)」という人工知能(というには、実はややお粗末なものなのですが)によるカウンセリング場面での応答例です。あまりにもよくできていたため、秘書がすっかりとりこになってしまったそうです。  

なお、イライザはそこまではやってはいませんが、コンピュータに言語を理解させる試みは、人工知能研究の最大の課題です。場面を限定するなら、現在でもかなりのところまで成功していますが、人間の言語活動に備わっている臨機応変性、柔軟性を作り込んだ汎用人工知能は、実現できていません。今後も無理との悲観的な見方が一般的ですが、あなたが、この隘路からの脱出の手引きをしてくれることも期待したいところです。

ミスとともに(古い古い本「ミスに強くなる」の原稿)

2020-05-09 | 安全、安心、
111112222233333444445555566666
05/2/3海保

終章 ミスとともに 海保 10p

7ー1)ミスに強くなる
●ミスと人と状況と
●ミスに強くなる

7ー2)ミスに強いとは
●ミスをしても事故につなげない
●ミスの影響が拡大しない
●ミスからの回復が速い
●エラー、事故の発生要因の分析と対策が的確かつ迅速

ヒヤリハットの心理学(7)
「平面でないときはそのことがわかる視覚的な手がかりを豊富に」


章扉の一言
「ミスに負けない心と身体作り」

「この傷はよく仕事をしてきた勲章のようなものよ! ミスを恐れてびくびくしていると、もっと大きなミスをしでかすぞ!」

概要****************************
 人はミスをおかす。ミスしたくないなら、何もしないでじっとしているしかない。しかし、これでは、生きている価値がない。ミスをしながらも、生き生き生きていきたいものである。そのためにも、ミスに強くならなければならない。
******************************

7ー1)ミスに強くなる

●ミスの発生から回復まで
 表7−1には、「働く人の安全と健康」(05年3月号)に掲載されていた、最近の事故事例である。あらためて、事が起こってしまえば、起こって当たり前、というような事例ばかりである。あらためて、最後に、事故についての認識を深めた上で、本書のまとめに入りたい。
表7−1 最近の事故事例 すみ

 ミスの発生過程とミスからの回復過程の流れを念頭におくと、ミスに強いとは、人の行為、状況の変化に対して、それがミスに直結しない有効な障壁を用意すること、さらに、発生してしまったミスを押さえ込み、人と状況とを正常な状態に迅速に回復させることである。
 リカバリーファクター(recovery factor)という概念がある。それは、定義的に言うなら、「エラーを一歩手前でくい止めたり、仮に、エラーをしてもそれを事故につなげない、さらにはーーーこれが、言葉からすると最も定義にふさわしいーーー、不具合や事故からの回復をもたらす要因」ということになる。
 以下、リカバリーファクターの概念を少し拡張して、ミスに強い人と状況とはどんなものかを考えてみる。

●状況の力を活用する
 なお、本書では、「ミスをしない心の訓練」として、メタ認知力を高めてミスを減らすにはどうしたらよいかをもっぱら考えてきたが、ミスに強くなるためには、人のメタ認知力にだけ期待しても限界がある。そこことは折りにふれて指摘してきたつもりである。
 人を取り巻く状況の力にはかなり強力なものがある。人にミスをさせるのも状況だし、人をミスから回復させるのも状況の力が頼みである。状況の力をうまく活用できる「心の訓練」も必要である。これが、「現場力」の強さの一つでもある。
 ここで余談。最近は、企業におけるコンプランアス(compliance;法令遵守)が話題になっている。
 話題になるたびに思うのは、組織がつくり出す状況の力の強さである。法令違反を知ってはいても個人の力ではどうにもならない。しかし、それがミス、事故につながるだけに無関心ではいられない。
 社会経済生産性本部による調査によると、「上司から良心に反する仕事を指示されたらどうしますか」という問に、「できる限り避ける」と答えた割合が、はじめて50%を超えたとのことである。日本のサラリーマンにも変化の兆しがある。

7ー2)ミスに強いとは

●エラーをしても事故につなげない
 エラーがミスなってしまうまでは、いくつかの心理的、物理的な障壁がある。
 まずは、メタ認知上の障壁がある。PDSのサイクルにおいて、 「see(確認)」を確実におこなえば、少なくとも、多くのエラーは、エラーをおかしたとたんに訂正行為が可能である。
 さらに、ほとんどの仕事は、状況(道具)を介しておこなわれので、その状況を適切に設計すれば、エラーが事故に至るのを防げる。
 たとえば、車のハンドルに組み込まれているような、冗長化(遊び)という工夫。
 あるいは、誤って転んでも怪我をしないように、マットを敷いておくような、緩和化という工夫もある。
 いわゆる安全工学上の工夫である。ミスが事故に直結してしまうようなところでは、あらかじめこうした工夫を組み込んでおけばよいのだが、一つはコスト、もう一つは使い勝手、快適さとの兼ね合い(トレードオフ)問題が常につきまとう。

●ミスの影響が拡大しない
 ミスが発生してしまった場合でも、その影響が拡大しないようにすることが、大事になる。
 まず、人、あるいは組織の側で言うなら、訓練がある。危機管理システムの一環として、想定される事故が発生した時にどう対処するかを、手順書の整備も含めて日頃から訓練をしておく。
 さらに、状況のほうでは、fail-down(悪いことが起こったら止まる)という仕掛けが有効なのは良く知られている。飛行機ではこれはできないが、自動車では、不具合や事故の際は、ただちに停止するような仕掛けにしておいたほうが安全なのは言うまでもない。
 最後の手段としては、封じ込めや多層防護がある。防火壁のように、事故の影響が広がるのをくい止めるのである。一つがだめでももう一つというように、幾重にも障壁を用意しておく。これの究極は、発生してしまった損害の補償への対処として保険ということになる。

●ミスからの回復が速い
 不幸にもミスによる事故が発生して被害が出てしまったら、そこからどうやって元の状態に戻すかである。これが、まさに言葉の本来の意味でのエラーリカバリーになる。
 筆者の使っているパソコンは実にしばしば動かなくなる。しかし、再起動すると、たいていの不具合は解消する。不具合の発生を押さえるよりも回復のほうに力を注いでいるかのようである。もしそうだとすれば、これはこれで一つの立派な設計思想である。
 折しも、昨日の朝日新聞に、「自ら直す電算システム」との見出しで、システムの管理や保守を担う「自律型コンピューティング」開発の記事が掲載されていた。
 しかし、通常の事故ではこういうわけにはいかない。やもうえず起こってしまった事故の早急な回復をどうするかを、そのたびごとに考えていくことになる。
 回復すべき目標ははっきりしているが、事故の規模が大きくなればなるほど、段階を踏んで少しずつ元へ戻さざるをえない。その段階は、大きく分けると、次の3段階になる。
1)緊急対応
 怪我人が出れば、それをただちに救わなければならない。壊れそうなものは応急処置をしなければならない。破損物は一箇所に集めなければならない。
 緊急なだけに、想定される対応については、その場にいる誰もが即応できるようにしておかなければならない。応急措置や人工呼吸など、あらかじめ訓練によって身につけておかなければならない。
2)タスク・フォースの形成と回復手順の実行
 状況が落ち着いてきたら、現状復帰に向けての作業をおこなうことになる。そのためのメンバーとリーダーを決めて、そこで計画を練って実行に移すことになる。実行にあたっては、リーダーの役割が重要になる。
 中越地震で上越新幹線が壊滅的とも思えるダメージを受けたのを、年末の帰省までに間に合わせるための復旧工事の総指揮をとった猿谷賢三氏を同僚が評してこういう。
 「猿谷が仕切るともつれた糸がほぐれる。交渉力を備えた珍しい存在」(朝日新聞、04年12月29日付け「ひと」欄より)
 なお、想定される事故については、あらかじめ回復手順を文書などにしておくことになる。
3)ケア・グループの形成とケアーの実施
 ミスはそれを起こしてしまった本人も、事故に巻き込まれてしまった人々も、心身への打撃を受ける。それをケアーするグループも必要となる。 
 損害賠償などが出てくる可能性があれば、弁護士もメンバーに入れておく必要がある。
 心のケアーも必要である。当事者は落ち込んでしまう。被害者は心に傷(トラウマ)を負う。それを癒す臨床心理学的な対応が求められることもある。

●エラー、事故の発生要因の分析と対策が的確かつ迅速
 仮に事故からの回復がうまくいったとしても、その事故がどうして発生したのかの分析を、そのたびごとにきちんとしておかないと、実効性のある事故の予防対策が出てこない。また誰かが同じ状況で同じミスをおかすことになりかねない。
 「誰がやったか」ではなく「どうしてそうなったか」の分析を徹底してやってみる。そのためのタスク・フォースを作り、原因を究明して、それを取り除く対策を人と状況の両面で構築していくことになる。


ヒヤリハットの心理学(8)
「平面でないときはそのことがわかる視覚的な手がかりを豊富に」
1
2事例「段差のある廊下」
3 絵と文章 データベースからそのままを使う
4 (オフィスヒヤリハットより)
5

●解説」
 平面を歩くときは、ずっと平面であるとの前提で歩きます。そこに突然の段差や斜面があったりすると、それがほんのわずかであってもつまずきます。下手をすると転んで怪我をすることもあります。
 人の行為は予測によってガイドされているからです。
 自然の中には人の行為の予測をそれとなくガイドする条件(アフォーダンス)が整っています。平面なのか斜面なのか、凸か凹かなどは、光線の加減や土の色具合などから自然にわかります。
 しかし、人工環境では、同じ色や模様でしかも光線も多方向からくるようになっていることが多くなっていますので、平面ではないことを示す情報が瞬時にはわかりません。結局、つまずいたり転んだりしたあとで気がつくことになります。
 こうしたことを防ぐためには、段差を作らないことが一番ですが、どうしても作らざるをえないときは、色彩や模様を使って、あるいは表示によって、平面ではないことに気がつかせるようにする必要があります。

●類似ケース」
○観光バスは座席が高いので、入り口に何段もの階段がある。降りるときに、段差に気がつかないでヒヤリとすることがある。
○複雑な模様の床だったため階段のはじまりがわからず、あやうく転びそうになった。

●対策「他の人よりつまずくことが多いようなのですが、どうしたらよいですか」
 バリアーフリー(barrier-free;障壁のない環境)という言葉を耳にしたことがあると思います。高齢者や障害者の移動の障害になっているものを取り除いて、楽に移動ができる環境にしようということです。
 こうした設計を大小とりまぜて自分なりに工夫したり、周囲にその必要性を訴えのがよいと思います。
 高齢になると、運動能力、とりわけバランス感覚が低下してきます。ちょっとした段差などで転倒してしまうことがあります。それを防ぐのに有効なのが、バリアーフリーの仕掛けです。
 つまずきやすいのは、もう一つの可能性として、「せっかち」ということもあります。せっかちとは、身体の動きの速さ以上に気持ち(心)のほうが先に行ってしまう傾向です。目的地に速くいかなくてはとの気持ちが無理な身体移動をさせます。当然、つまづくことも多くなります。
 せっかちは性格特性でもありますし、老化の兆しでもあります。
気持ちゆったりの生活を心がけるとよいと思います。

●自己チェック「あなたの”せっかち度”はどれくらい?」*******
自分に「最も当てはまるとき”3”」「まったく当てはまらないとき”1”」「どちらでもない”2”」の3段階で判定してください。
( )行列に並ぶのが嫌い
( )よく失敗する
( )あまりじっくり考えないほう
( )あれこれ仕事をするのが好き
( )座っているより動いているほうが多い
*10点以上なら、かなりせっかちとなります。












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05/2/3海保

終章 ミスとともに 海保 10p

7ー1)ミスに強くなる
●ミスと人と状況と
●ミスに強くなる

7ー2)ミスに強いとは
●ミスをしても事故につなげない
●ミスの影響が拡大しない
●ミスからの回復が速い
●エラー、事故の発生要因の分析と対策が的確かつ迅速

ヒヤリハットの心理学(7)
「平面でないときはそのことがわかる視覚的な手がかりを豊富に」


章扉の一言
「ミスに負けない心と身体作り」

「この傷はよく仕事をしてきた勲章のようなものよ! ミスを恐れてびくびくしていると、もっと大きなミスをしでかすぞ!」

概要****************************
 人はミスをおかす。ミスしたくないなら、何もしないでじっとしているしかない。しかし、これでは、生きている価値がない。ミスをしながらも、生き生き生きていきたいものである。そのためにも、ミスに強くならなければならない。
******************************

7ー1)ミスに強くなる

●ミスの発生から回復まで
 表7−1には、「働く人の安全と健康」(05年3月号)に掲載されていた、最近の事故事例である。あらためて、事が起こってしまえば、起こって当たり前、というような事例ばかりである。あらためて、最後に、事故についての認識を深めた上で、本書のまとめに入りたい。
表7−1 最近の事故事例 すみ

 ミスの発生過程とミスからの回復過程の流れを念頭におくと、ミスに強いとは、人の行為、状況の変化に対して、それがミスに直結しない有効な障壁を用意すること、さらに、発生してしまったミスを押さえ込み、人と状況とを正常な状態に迅速に回復させることである。
 リカバリーファクター(recovery factor)という概念がある。それは、定義的に言うなら、「エラーを一歩手前でくい止めたり、仮に、エラーをしてもそれを事故につなげない、さらにはーーーこれが、言葉からすると最も定義にふさわしいーーー、不具合や事故からの回復をもたらす要因」ということになる。
 以下、リカバリーファクターの概念を少し拡張して、ミスに強い人と状況とはどんなものかを考えてみる。

●状況の力を活用する
 なお、本書では、「ミスをしない心の訓練」として、メタ認知力を高めてミスを減らすにはどうしたらよいかをもっぱら考えてきたが、ミスに強くなるためには、人のメタ認知力にだけ期待しても限界がある。そこことは折りにふれて指摘してきたつもりである。
 人を取り巻く状況の力にはかなり強力なものがある。人にミスをさせるのも状況だし、人をミスから回復させるのも状況の力が頼みである。状況の力をうまく活用できる「心の訓練」も必要である。これが、「現場力」の強さの一つでもある。
 ここで余談。最近は、企業におけるコンプランアス(compliance;法令遵守)が話題になっている。
 話題になるたびに思うのは、組織がつくり出す状況の力の強さである。法令違反を知ってはいても個人の力ではどうにもならない。しかし、それがミス、事故につながるだけに無関心ではいられない。
 社会経済生産性本部による調査によると、「上司から良心に反する仕事を指示されたらどうしますか」という問に、「できる限り避ける」と答えた割合が、はじめて50%を超えたとのことである。日本のサラリーマンにも変化の兆しがある。

7ー2)ミスに強いとは

●エラーをしても事故につなげない
 エラーがミスなってしまうまでは、いくつかの心理的、物理的な障壁がある。
 まずは、メタ認知上の障壁がある。PDSのサイクルにおいて、 「see(確認)」を確実におこなえば、少なくとも、多くのエラーは、エラーをおかしたとたんに訂正行為が可能である。
 さらに、ほとんどの仕事は、状況(道具)を介しておこなわれので、その状況を適切に設計すれば、エラーが事故に至るのを防げる。
 たとえば、車のハンドルに組み込まれているような、冗長化(遊び)という工夫。
 あるいは、誤って転んでも怪我をしないように、マットを敷いておくような、緩和化という工夫もある。
 いわゆる安全工学上の工夫である。ミスが事故に直結してしまうようなところでは、あらかじめこうした工夫を組み込んでおけばよいのだが、一つはコスト、もう一つは使い勝手、快適さとの兼ね合い(トレードオフ)問題が常につきまとう。

●ミスの影響が拡大しない
 ミスが発生してしまった場合でも、その影響が拡大しないようにすることが、大事になる。
 まず、人、あるいは組織の側で言うなら、訓練がある。危機管理システムの一環として、想定される事故が発生した時にどう対処するかを、手順書の整備も含めて日頃から訓練をしておく。
 さらに、状況のほうでは、fail-down(悪いことが起こったら止まる)という仕掛けが有効なのは良く知られている。飛行機ではこれはできないが、自動車では、不具合や事故の際は、ただちに停止するような仕掛けにしておいたほうが安全なのは言うまでもない。
 最後の手段としては、封じ込めや多層防護がある。防火壁のように、事故の影響が広がるのをくい止めるのである。一つがだめでももう一つというように、幾重にも障壁を用意しておく。これの究極は、発生してしまった損害の補償への対処として保険ということになる。

●ミスからの回復が速い
 不幸にもミスによる事故が発生して被害が出てしまったら、そこからどうやって元の状態に戻すかである。これが、まさに言葉の本来の意味でのエラーリカバリーになる。
 筆者の使っているパソコンは実にしばしば動かなくなる。しかし、再起動すると、たいていの不具合は解消する。不具合の発生を押さえるよりも回復のほうに力を注いでいるかのようである。もしそうだとすれば、これはこれで一つの立派な設計思想である。
 折しも、昨日の朝日新聞に、「自ら直す電算システム」との見出しで、システムの管理や保守を担う「自律型コンピューティング」開発の記事が掲載されていた。
 しかし、通常の事故ではこういうわけにはいかない。やもうえず起こってしまった事故の早急な回復をどうするかを、そのたびごとに考えていくことになる。
 回復すべき目標ははっきりしているが、事故の規模が大きくなればなるほど、段階を踏んで少しずつ元へ戻さざるをえない。その段階は、大きく分けると、次の3段階になる。
1)緊急対応
 怪我人が出れば、それをただちに救わなければならない。壊れそうなものは応急処置をしなければならない。破損物は一箇所に集めなければならない。
 緊急なだけに、想定される対応については、その場にいる誰もが即応できるようにしておかなければならない。応急措置や人工呼吸など、あらかじめ訓練によって身につけておかなければならない。
2)タスク・フォースの形成と回復手順の実行
 状況が落ち着いてきたら、現状復帰に向けての作業をおこなうことになる。そのためのメンバーとリーダーを決めて、そこで計画を練って実行に移すことになる。実行にあたっては、リーダーの役割が重要になる。
 中越地震で上越新幹線が壊滅的とも思えるダメージを受けたのを、年末の帰省までに間に合わせるための復旧工事の総指揮をとった猿谷賢三氏を同僚が評してこういう。
 「猿谷が仕切るともつれた糸がほぐれる。交渉力を備えた珍しい存在」(朝日新聞、04年12月29日付け「ひと」欄より)
 なお、想定される事故については、あらかじめ回復手順を文書などにしておくことになる。
3)ケア・グループの形成とケアーの実施
 ミスはそれを起こしてしまった本人も、事故に巻き込まれてしまった人々も、心身への打撃を受ける。それをケアーするグループも必要となる。 
 損害賠償などが出てくる可能性があれば、弁護士もメンバーに入れておく必要がある。
 心のケアーも必要である。当事者は落ち込んでしまう。被害者は心に傷(トラウマ)を負う。それを癒す臨床心理学的な対応が求められることもある。

●エラー、事故の発生要因の分析と対策が的確かつ迅速
 仮に事故からの回復がうまくいったとしても、その事故がどうして発生したのかの分析を、そのたびごとにきちんとしておかないと、実効性のある事故の予防対策が出てこない。また誰かが同じ状況で同じミスをおかすことになりかねない。
 「誰がやったか」ではなく「どうしてそうなったか」の分析を徹底してやってみる。そのためのタスク・フォースを作り、原因を究明して、それを取り除く対策を人と状況の両面で構築していくことになる。


ヒヤリハットの心理学(8)
「平面でないときはそのことがわかる視覚的な手がかりを豊富に」
1
2事例「段差のある廊下」
3 絵と文章 データベースからそのままを使う
4 (オフィスヒヤリハットより)
5

●解説」
 平面を歩くときは、ずっと平面であるとの前提で歩きます。そこに突然の段差や斜面があったりすると、それがほんのわずかであってもつまずきます。下手をすると転んで怪我をすることもあります。
 人の行為は予測によってガイドされているからです。
 自然の中には人の行為の予測をそれとなくガイドする条件(アフォーダンス)が整っています。平面なのか斜面なのか、凸か凹かなどは、光線の加減や土の色具合などから自然にわかります。
 しかし、人工環境では、同じ色や模様でしかも光線も多方向からくるようになっていることが多くなっていますので、平面ではないことを示す情報が瞬時にはわかりません。結局、つまずいたり転んだりしたあとで気がつくことになります。
 こうしたことを防ぐためには、段差を作らないことが一番ですが、どうしても作らざるをえないときは、色彩や模様を使って、あるいは表示によって、平面ではないことに気がつかせるようにする必要があります。

●類似ケース」
○観光バスは座席が高いので、入り口に何段もの階段がある。降りるときに、段差に気がつかないでヒヤリとすることがある。
○複雑な模様の床だったため階段のはじまりがわからず、あやうく転びそうになった。

●対策「他の人よりつまずくことが多いようなのですが、どうしたらよいですか」
 バリアーフリー(barrier-free;障壁のない環境)という言葉を耳にしたことがあると思います。高齢者や障害者の移動の障害になっているものを取り除いて、楽に移動ができる環境にしようということです。
 こうした設計を大小とりまぜて自分なりに工夫したり、周囲にその必要性を訴えのがよいと思います。
 高齢になると、運動能力、とりわけバランス感覚が低下してきます。ちょっとした段差などで転倒してしまうことがあります。それを防ぐのに有効なのが、バリアーフリーの仕掛けです。
 つまずきやすいのは、もう一つの可能性として、「せっかち」ということもあります。せっかちとは、身体の動きの速さ以上に気持ち(心)のほうが先に行ってしまう傾向です。目的地に速くいかなくてはとの気持ちが無理な身体移動をさせます。当然、つまづくことも多くなります。
 せっかちは性格特性でもありますし、老化の兆しでもあります。
気持ちゆったりの生活を心がけるとよいと思います。

●自己チェック「あなたの”せっかち度”はどれくらい?」*******
自分に「最も当てはまるとき”3”」「まったく当てはまらないとき”1”」「どちらでもない”2”」の3段階で判定してください。
( )行列に並ぶのが嫌い
( )よく失敗する
( )あまりじっくり考えないほう
( )あれこれ仕事をするのが好き
( )座っているより動いているほうが多い
*10点以上なら、かなりせっかちとなります。