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一青窈ジャーナル

ジャーナリズムの中の一青窈/ジャーナリスティックな一青窈

ダ・ヴィンチ 一青窈のふむふむのヒトトキ アラキミドリ(前)

2007年02月26日 23時30分24秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『ダ・ヴィンチ』(2007年3月号・月刊誌)2頁
     <取材、文・瀧晴巳/撮影・冨永智子>【メディアファクトリー】

*連載・一青窈のふむふむのヒトトキ(43回)
 [ アラキミドリ X 一青窈 (前編) ]


ひとと語録①
“私もなんか伝えたいというか……つながりたかったんですよね”

ひとと語録②
“でも私もナルシズムに陥りたくないから、歌いたいけどやめとこうって退いてた時期ありましたよ。ただ、言葉がすごく好きだったから。はずかしげもない言葉もメロディに乗せちゃうと結構言えちゃうかもって”

パピルス 対談・一青窈×Salyu②

2007年01月31日 01時55分16秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『パピルス』(2007年2月号・月刊誌)4頁
         <取材、文・石井絵里/写真・市原織江>【幻冬舎】

*対談・一青窈×Salyu 人と繋がりたいから歌い続ける
    「希望や未来を、素直な気持ちで伝えていきたい」
 

ひとと語録①
“私はそんなに歌唱力に自信があるわけでもないし、抑揚を付けて声を押し出す歌い方だから、Salyuとは全く逆。だからこそ、Salyuの世界観に出会えたことが凄く嬉しかった”

ひとと語録②
“歌い手としてどんどん素直になりたいというのはあるなあ。前は自分で自分の鋳型を作って、こんな歌を歌ったら次からこんな自分を見せよう、と考えたりしたこともあったのだけど今はその鋳型を破壊しながら変わっていきたくて、とにかく素直に言葉を書こうと思ってる

ひとと語録③
“最初は怖かった。デビューした頃は、亡くなった両親に想いを伝えたいと思って歌っていて、その気持ちはずっと変わらないけれども、今は、目の前で生きている人―友達、恋人―に対して何を伝えられるかということをきちんと表現したいと思うようになったかな”

バッフアウト! 一青窈 セカンド・プレイス②

2006年12月07日 22時26分28秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『バッフアウト!』(2006年12月号・月刊誌)2頁<テキスト・堂前茜、
        撮影・須藤秀之>【ティー・シー・アール・シー/幻冬舎】

*一青窈 セカンド・プレイス 創作のための自分だけの居場所 
             世田谷区<CAFE6丁目>
 
「セカンド・プレイス」は、自分の大事にしているものを再確認する場所かな。
「ファースト・プレイス」は再認識するための場所


ひとと語録①
“うん。だから、そのもうちょっと大枠のところでちゃんと表現してきたいなって。それこそ、世界が何のためにあるのかとか、「何で生きてるんだろう?」とかって、小学生くらいの時によく考えたりするじゃないですか?だからそれを改めて(歌詞に)書くっていうのは私の中でそれまでストレートすぎる表現だったんですね。で、それを何かに喩えたり、仮想現実と今の現実とを混ぜていろんな見方で書いてきたけど、そうじゃなくて、もっとストレートに書いちゃおう、みたいに思ってます”

ひとと語録②
“今までは何か自分で先に形を作ることで、「これが一青窈です」、「これも一青窈でした」っていうのが多かったかもしれないんですけど、ここ最近、ほんとに何を伝えたいのかをストレートに表現していきたいなって。ま、歳をとってそうなったってことですかね(笑)”



音楽と人 一青窈 ベストアルバム『BESTYO』

2006年11月12日 11時19分55秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『音楽と人』(2006年12月号・月刊誌)2頁
           <txt・Aoki You>【シンコーミュージック・エンタテインメント】
*FRONT ISSUE N°5 一青窈 

    これまでのシングル曲すべてを収めた一青窈ベストアルバム『BESTYO』
 
“「てんとう虫」は今の一青が懸命にもがいている姿を実にリアルに表している作品ではないかと思う”“一青の次の焦点は、またしても差しかかったこの<踊り場>からどう踏み出すかにある”

ダ・ヴィンチ 一青窈のふむふむのヒトトキ 星野博美(後)

2006年11月09日 22時11分55秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『ダ・ヴィンチ』(2006年12月号・月刊誌)2頁
     <取材、文・瀧晴巳/撮影・冨永智子>【メディアファクトリー】

*連載・一青窈のふむふむのヒトトキ(40回)
 [ 星野博美 X 一青窈 (後編) ]


 「一青さんが記憶とか思い出に固執して、
      それを作品に出しているところは自分と通じるものがある気がする」

ひとと語録①
“残したいものや好きなものはせつないんだ、はかないんだと思うと、集めたいものはもう何もないという気になって……空虚感でちょっとボーッとしてしまうんです”

ひとと語録②
“アウトプットとインプットの時期ってありますよね。私はでも壊れたい衝動が強くて。Mなのかなあ(笑)”

ひとと語録③
“私、結構、日記のような感覚なんですけど、書くんです、遺書。両親を亡くした経験から、もし突然死んじゃったらどうしようって、子供の頃でも「全財産は友達の誰に」って書いてたんです”


ひととpic up
星野博美写真集『華南体感』

リクウ 隈研吾x一青窈・ここちよさの時代に③

2006年11月07日 01時00分30秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『リクウ』(2006年12月号・中央公論増刊)6頁
         <撮影・谷口京、構成・編集部>【中央公論新社】

*隈研吾x一青窈 ここちよさの時代に
  
          世界的に流行の兆し―「和」ブームをどう読むか

ひとと語録①
“上手い下手ではなく、なにを伝えたくて、どこにメッセージを投げているかが大事だと思いますね。さきほどの図面のコミュニケーションと同じく、歌詞もエゴイスティックだったりナルシスティックだったりするのではなく、きちんと人に伝えようとしているか、つながっていこうという気持ちがあるかどうかが大事ですよね”

ひとと語録②
“私も台湾では裸足でした。台湾には5歳くらいまでいて、いまも家があるので帰るんですけど、田舎に行くと昔の日本みたいな懐かしさを感じる風景に出会います”


タイトル 一青窈 x 青木淳 ニッポン縦断!建物探訪

2006年09月30日 09時29分48秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『タイトル』(2006年11月号・月刊誌)5頁
       <txt・Akari Matsuura/pho・Mori Kohda>【文藝春秋】
*ニッポン縦断!建物探訪  一青窈 x 青木淳 
           青森県立美術館で、ふたりだけの観覧会。


ひとと語録①
“それは音楽も一緒で、曲の中に、ある程度の隙間がないと、歌う必要性を感じなくなってしまう。すでに出来上がってしまったものに無理やり詩をのっけたところで、聴き手にとっては、トゥマッチだし……。やっぱり人間って、クリエイターも、子供も大人も、気持ちのいいバランスってそんなにかけ離れていないと思うんです”

ひとと語録②
“私は今まさに自分がつくってきた鋳型を壊そうとしている最中なんです。「つくられたものではない何か」を探す再確認作業。ライブでは自然とその場で起きるハプニングを大事にしたいから……”

MYLOHAS 一青窈x吉岡徳仁③

2006年09月10日 11時50分09秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『MYLOHAS』(2006年9月増刊号・月刊誌)6頁
     <撮影・甲斐裕司、構成/文・深沢慶太>【インフォバーン】
*一青窈x吉岡徳仁 
   CREATEVE RESONANCE 響き合う感性が照らし出す世界


ひとと語録
〝私はいまは、これまで「これが一青窈だ」といって積み重ねてきたものを、逆に脱いでいこうとしている時期だから、そこで裸になったときに、それでも「あ、一青窈だ」とわかってもらえるように、詞をつむいでいきたいと思っています〟

音楽と人 一青窈の新曲「指切り」が導くもの

2006年07月05日 22時36分20秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『音楽と人』(2005年12月号・月刊誌)2頁<txt・Aoki You>
                 【シンコーミュージック・エンタテインメント】

*FRONT ISSUE N°8  一青窈 

 混沌とした世界、崩れ落ちていくような感覚はいったい何なのだ
 今までにない領域に足を踏み入れている一青窈の新曲「指切り」が導くもの
 
“両者(一青と小林武史)の出会いはBank Bandが7月に行った<ap bank fes'05>への出演オファーが発端で、曲作りはその時期をまたぎながら進められていったという。この過程では彼女の作詞作業においても小林側からかなり厳しいチェックがあったらしい。その結果仕上がったこの曲で、一青は引き裂かれそうなほどアウト・オブ・コントロール状態に陥った自分をさらけ出していたというわけである”
“自分の感情をえぐり出すように唄う一青に対し、戸惑いを覚えるファンもいるかもしれない。なにしろ彼女は家族愛だとか他者を求める思いの切実さなど、とても尊い心理を描いてきた人である”“人間なんだから、ほんとはもっと汚いところも危なっかしさもあるんじゃないか。どうしようのない、ネガティブな一青窈だって、絶対どこかにいるはずだよ……と”“不安な心をしぼり出し、涙ばかりか血までも見せかねないこの歌が今後に導くものはとてつもなく大きいのではないだろうか”

SWITCH 一青窈 揺れない笑顔

2006年06月28日 22時37分59秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『SWITCH』(2006年1月号・月刊誌)2頁<写真・松岡教飛
               /文・菅原豪>【スイッチ・バブリッシング】

*一青窈 揺れない笑顔 
この『指切り』というシングルを作ってから、ものすごい勢いで曲が一気にウワーッと出来てきたんです。なにか、一種の覚悟のようなものがこの<指切り>で生まれて、そこでひとつ腹を据えた感じがあったんですよね……


ひとと語録①
“たとえば、ひとつの歌の中で一人称、二人称、三人称を敢えて交錯させて歌詞を書いていくのが私のやり方だったんですが、小林さんからそこをはっきりと示すように言われたんです。でも、それを止めると私らしくなくなってしまうかもしれない。それはちょっと怖かったんです。それでも一度書いてみた上で、上手くいかなければ元に戻してもいいから、やってみようと……”“でもやっぱりap bank fesは大きかったですね、本当に。”“「バンドってすごく羨ましいな!」と、すごく思いました。もちろん今までもすごく楽しかったんだけど、それってどこか父性というか、全部任せてしまえる安心感のようなものを求めてやっていたところが往々にあったんですね。でも、ap bank fesの場合は「任せとけ」というよりはみんなそれぞれが自分の音をしっかりと出して……”

ひとと語録②
“これまでの作り方っていうのは、自分の周りを見回して誰もそれをやっていないなら敢えてやってみようか、みたいな気持ちだったんですよね。今何をしたらみんなびっくりするかな、って。でもそういうことではない別の方法で、もっと音楽に対して真摯に向き合ったときに何ができるんだろう、というのを「ap bank fes」あたりから考え始めるようになりましたね。いつまでもうだうだと、煙玉をバッと出してドロンさせていただきます、みたいなことはやってられないなと思って”

ひとと語録③
“自分で「これが一青窈だ」って思い込んで鋳型を作っていって、そこに入ることで安心していた部分があると思うんです。三年かけて鋳型を作って、そこに入って「ああこれ一青窈だ、安心」って。そこに対してこれから三枚目、四枚目と作品を出していったときに、「それで楽しいの?」と問いかけられたような気がして。それはそれで求められる部分でもあると思う、でも、変わりたい自分もどこかに必ずいるんです。これまでのものを壊すとか誰かの色に染まるのではなくて、自分がどうしていきたいのかということをもとに、もうちょっと鋳型を外して広いところで暴れん坊将軍になってもいいんじゃないかなあ、と(笑)”

ひとと語録④
“自分のことをネットサーファーだと豪語していたからじゃないけれど(笑)、それこそそうい問題ってインターネットで簡単に得ることができるじゃないですか。でもそこにはやっぱりリアリティが無くて、頭ばかりがどんどん大きくなっていくんですよね。それを自分に突き返すと、結局なんにもやってないじゃん、ということになってしまう。大きなことばかり言って詞を書いていることが、すごく恥ずかしいことのように思えてしまったんです。それだったら今自分が本当にリアルに感じていること、たとえば「ちょっと失恋しちゃって本当に死にそうなんです」みたいなことを歌うほうがいいのかなって「指切り」を書いたときは、そんな心境でもあったんです”

流行通信 一青窈 身の周りのデザイングッズ

2006年06月25日 12時08分02秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『流行通信』(2004年9月号・月刊誌)1頁
        <イラスト・Kaoru Inoue>【インファス・パブリケーションズ】

*一青窈 身の周りのデザイングッズ 素lowライフなあたし

ゆうるり生活送ってますくぁ?シエスタもない都会生活に「あー日本人ってわーかほりっくだワ」なんてごねたって仕様がない。自分で幸せの波を立てませう。そこでかなり行き過ぎたモデルだとは思いますが、我流のスローライフをちらり見せちゃい升。 

ひとと語録
“まずはなんといってもイチオシは時計です。・・・動きません。電圧が違うんだもぉん、って言い訳でもあるけど此のスプールクロックはオークションで”“mid centuryの家具を扱うインテリアショップでネルソンロックは定番だけどもこれぞ元祖!しんぷるな木の柔らかさ、だいすき”“開放後一番手にするのはcordialのdetox。JURLIQUEサロンでいつも買います”“デビューしてから大枚をはたいたのがこいつ、Amana。いいでしょ?”“夜ご飯timeの照明はF.L.ライトのタリアセンでしっぽりと”“仕事部屋のデスクライトもこだわってます。BIOLITE”“ちなみに加湿器はELECTROLUXでアマロっちゃってます。お掃除も使えばつかう程、羽が落ちてくるはたきであたしの心をカラフルに踊らせます。MARKTEでひっそり佇んでいたところをゲットしました。あぁ、余計に時間を遣うって至福”

“いつか病院の敷地内に野外音楽堂を実現させたい!という願いも、灯りも含め、バストイレにぐぐっとこだわってcozyな音空間を実現させるは”“あたしヒTOTOヨウは一時期トイレに凝っていました。人が生活していく上で毎日することのひとつ。でしょ?こ洒落たcafeでいそいそとまずは水回りをチェック。トイレがいけてるお店は大概、ご飯もいけてる”“ちなみに自宅改装→いまの有力候補はkohler(独)です。”

“移動の新幹線でパントンのペンがマストアイテム。お手紙かきかき、インク漏れしたり、手についたり、乾くのを待つのも相手を思うためにすべてある。いまもっとも重宝しているのが切手ケース!それでウキウキぽすとにぽんっです”

“光と水の中で。一青窈のセカンドライフは時間を止めるのです。だって頑張った自分へのご褒美、YES、YES ゆったりらっくす LIFE!!”

NHK 一青窈 京都 夢街バンスキング

2006年01月29日 20時19分45秒 | 一青ジャーナル・スタイル
◆『一青窈 京都 夢街バンスキング』(2006年1月28日OA)
                            60分【NHK】
*2005年8月16日 京都・祇園甲部歌舞練場 
            ライブ「京都 夢街バンスキング」
 SETLIST 夢なかば ホチKiss  昭和歌謡メドレー 江戸ポルカ 
      もらい泣き  かざぐるま ハナミズキ てんてこ舞い 
         (番組エンディング・いろはもみじ)
 

あれ啄木鳥かしら 恋かしら 目覚まし時計が起きる間に 今宵夢待ち 京の街 女心のあやしさで 一人手繰るは赤い糸

ひとと語録①
“(昭和歌謡について)もう好きっていう一言に尽きるんですけれど、なぜ好きかといえばたぶんいくつか理由があって、母がすごく聴いていたから、そんな母が喜ぶような音楽を私は作りたいと思ったからというのがあって、やっぱり私にとって昭和歌謡っていうのは、すごく切り離せないファクターなんですよね”

ひとと語録②
“(「江戸ポルカ」について)「もらい泣き」だけの一青窈じゃないんだよっていうのを、とにかくもっとたくさん他にも興味あるっていうのをみせたくて、そのひとつに昭和歌謡というエッセンスがあって…あの時期に出すことで、裏切られた感を抱いたのかな、みんな(笑)。でも、たぶんこの歌舞練をみてもらえれば、ほんとに、あ、好きだったんだというのが分かると思うんで。自分の中ではちゃんと繋がってるんですけどね。その見せ方をもうちょっと考えなきゃいけないのかもしれないですね”

ひとと語録③
“ちょっと語弊があるかもしれないけれども、今まで結構ちょっと作ってきた部分があるんですよね、一青窈を…この言葉遣いをするから一青窈らしいみたいのを作りすぎてきちゃって、3年かけてその鋳型をきっちり作って、で、そこに窮屈だと感じた自分に今気づいて、だから今後どんなのをしてきますかっていったら、もうちょっと今までとは違うもっとフラットなところに、もっと恋愛にシフトしていくんじゃないかなと、今すごく感じてますけどね”

J*GM 一青窈インタビュー

2006年01月20日 01時58分00秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『J*GM』(2006年2月号・月刊誌)14頁【ジェイロックマガジン社】
 *表紙写真
 *一青窈 周りとしっかり手をつないで立っているから


 撮影用の小物として使う写真集や画集を抱えてスタジオに現れた一青窈は、「ものをつくる人」のオーラがあふれていたという。3rdアルバム『&』での心境の大きな変化を語る。

ひとと語録①
“(&は生身の一青窈という感じがするが)やっぱり、守っていた自分の部分…ある程度プライベートとして守ってきたのを、見せなくてはいけないんだな、ということにすごく気付いたというか、「ああ、いつまでも守ってても、だめなんだな」みたいな。”

ひとと語録②
“これまでは、十分に練習したり考えたりして、頭で臨んでたんですね。それをもうちょっと肉体的なほうにシフトしよう、ってのが今回のアルバム(&)で”

ひとと語録③
“境遇からして頑張って生きてる女とか、いろんな見方で見ていただいているとは思いますけど、実際はものすごく周りとしっかり手をつないで立っている、みたいな感じですね。”


H 一青窈 「10年後ちゃんと一青窈はいるの?」

2005年12月08日 00時58分59秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『H』(2006年1月号・月刊誌)2頁<text・MAMI IIJIMA
          /phot・CHIKASHI KASAI>【ロッキング・オン】

*一青窈 「来年は?再来年は?
             10年後ちゃんと一青窈はいるの?」
     自分が苦しくても張り手をされてもちゃんと立っていたい。
     そう願う気持ちが、新たな道しるべ『&』を生んだ
 

ひとと語録①
“(シングル『指切り』で自分をさらけ出して)逆に不安感みたいなのは募りましたね。やっぱりパブリックに対して、プライベートをさらけ出すっていうのは、今まで守ってきたことだったんで。そのたがが外れた部分で、自分が今後どうなっていくのか―まあ、それは裸になっていくしかないんですけれども、それによって失うものがあるのかなっていうのは、不安としてつきまとうという”

ひとと語録②
“ある意味フォーマットにのっとったものはすごく簡単だけれども、それで今年乗り切れて、来年はどうなるの?再来年はどうなるの?10年後ちゃんと一青窈はいるの?っていうときに、やっぱりそうじゃないなと思って。自分が苦しくても、両方から張り手されてもちゃんと立ってたいなって”“きっと根っこに『俺のルーツミュージックはこれなんだ!』みたいなのがあったら、バーッとそれを出せるんだけど、私はまだ〝インターネットで検索世代"なんで(笑)”

ダ・ヴィンチ Studio Interview 一青窈

2005年11月10日 02時37分28秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『ダ・ヴィンチ』(2005年12月号・月刊誌)2頁【メディアファクトリー】
*表紙写真
*Studio Interview 一青窈
  「好きな写真をコピーしては『自分ブック』をつくってましたね」


 表紙の写真で持っているのは、『かざぐるま』のビジュアルイメージという須田一政の写真集『風姿花伝』。湾岸戦争の写真展では、その場でぶっ倒れ、気づくと医務室のようなところで寝かされていた。

ひとと語録①
“あんまりお金もなかったし、写真集とかバンバン買えないじゃないですか。だから図書館でいいなと思った写真をコピーしてファイリングしてました。”“ファイリングは私にとって処世術みたいなものじゃないですかね。迷いやすいので。いつもちょっと揺れるんです。…でも、そういう時にファイルした『自分ブック』とかこういう写真集眺めて、いや、いいんだ、間違ってない、これで、大丈夫なんだと確認できるという” 

ひとと語録②
“自分で自分の鋳型をハメたくなくて、抜け出したい、でも戻りたい。その葛藤と戦うことですよね、結局創り続けるってことは”


ひととpic up
杉本博司写真展『時間の終わり』/荒木経惟/森山大道/須田一政写真集『風姿花伝』/寺山修司/劇団『天井桟敷』/アンリ・カルティエ=ブレッソン/ルイス・バラカン邸