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一青窈ジャーナル

ジャーナリズムの中の一青窈/ジャーナリスティックな一青窈

ダ・ヴィンチ 一青窈のふむふむのヒトトキ 吉田戦車(後)

2005年05月10日 02時43分29秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『ダ・ヴィンチ』(2005年6月号・月刊誌)2頁【メディアファクトリー】
*連載・一青窈のふむふむのヒトトキ(22回)
 [ 吉田戦車 X 一青窈 (後編) ]
 

共通の知人を介して面識のあった二人。ニアミスのような邂逅を経て、ついにガチンコ対談。

ひとと語録
“今回のアルバムでは一青語みたいなものは敢えて封印して普通の言葉でどれだけ広げられるか挑戦中なんですけど、普通が難しくて”


ひととpic up
吉田あ~みん/惣領冬実/パスカル


ダ・ヴィンチ 一青窈のふむふむのヒトトキ 穂村弘(前)

2004年12月10日 22時51分31秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『ダ・ヴィンチ』(2005年1月号・月刊誌)2頁
    <取材、文・瀧晴巳/撮影・冨永智子>【メディアファクトリー】

*連載・一青窈のふむふむのヒトトキ(17回)
 [ 穂村弘 X 一青窈 (前編) ]


 せつない、と一青さんは言う。笑ってしまうのにせつない、と。

ひとと語録①
私、ファンレターに返事ってあえて書いてないんです。夢は夢のまま。自分は歌で返そうと思ってるんです

ひとと語録②
赤い糸みたいなのは信じてますけどね、私も。ただ私の場合、あの映画の肇ちゃん(浅野忠信)みたいな関係性が多い。男女関係にならないままなんとなく続いていくんだけど、ほんわかしたものもちゃんとあるみたいな



ダ・ヴィンチ 一青窈のふむふむのヒトトキ 横尾忠則 (後)

2003年11月11日 23時46分13秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『ダ・ヴィンチ』(2003年12月号・月刊誌)2頁
    <取材、文・瀧晴巳/撮影・冨永智子>【メディアファクトリー】

*連載・一青窈のふむふむのヒトトキ(4回)
 [ 横尾忠則 X 一青窈 (後編) ]


 横尾アトリエでの対談後編。ゲストブックに大胆にも似顔絵&詩のメモを残す。

ひとと語録
“私は普段こうして話しても理性でコントロールしている感じが強くて、歌っている時だけがたぶんそうじゃない。素直な、さっきいってくださったような子供みたいな感じなんです”


ひととpic up
細江英公写真集『Humanbody』


SWITCH  「いなくていい人」観劇ノート 一青窈

2003年04月17日 00時34分11秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『SWITCH』(2003年5月号・月刊誌)2頁<文・吉田大助
             /写真・伊藤和則>【スイッチ・バブリッシング】

*GO TO THEATER 「いなくていい人」 観劇ノート ゲスト・一青窈

 2003年3月15日、土曜日。一青窈と劇団♪♪ダンダンブエノの公演を観劇する。

ひとと語録①
“(「いなくていい人」はたまの曲から取られたもの)聞くというか見ちゃいますよね、たま(笑)。気になっちゃいます。楽器の一個一個が〝えっ〟っていう形をしているんだもの。鳥の形をした笛とか、銭湯のオケで作ったドラムセットとか……。〝歌い手・一青窈〟として見たら、たまの位置に非常に興味がありますね”

ひとと語録②
“演劇の知識はお姉ちゃんからもらっているんですよ。お姉ちゃんが劇団寄りな芝居をやっているのと、役者をしている友達がいるので、私も必然的に芝居を見る機会が多いです。好みの芝居は、日常ある出来事を芝居に変換して喜怒哀楽を詰め込んだもの”

ひとと語録③
“私は芝居にエンターテインメント性を求めているんだと思います。ダンスとなるともう少し、写真とか絵と同じアートの感覚で見ています。どっちも好きなんですよ。アートとエンターテインメントの配分がその人のバランス感覚だと思うし、私は、例えば自分のライブはエンターテインメントであっていいと思うし、その他の、CDやリリックノートがアートというか、エンターテインメントでないところにあればいいと思っていて”


ひととpic up
近藤芳正主催・劇団♪♪ダンダンブエノ/たま/竹内郁子/ゴスペラーズ/ラーザス/水と油『不時着』/鈴置洋孝プロデュース『煙が目に染みる』/宇宙レコード

H 特集・わたしたちのオルタナティヴ・ウェイ Hitoto Yo 

2003年03月20日 22時18分30秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『H』(2003年4月号・月刊誌)4頁<text・Naoko Saito
          /phot・Kenshu Shintsubo>【ロッキング・オン】
*特集・わたしたちのオルタナティヴ・ウェイ Hitoto Yo 
 
 Alternative=既存の何かにとってかわるもの。その人の姿勢や生き方がオルタナティヴだと思える人たちを特集。

ひとと語録①
“(「大家」のso she tearについて)ああ~。それは〝tear"の"泣く"と"引き裂く"って意味と、「そして」って読めるのの3つをかけて―それ多分ね、脱皮したい自分を引き裂きたかったんだ。なんか、元に戻りたい自分と、先に進みたい自分を引きちぎって切り離したいみたいな”

ひとと語録②
“(楽しいことは詞になりにくい?)あんまりその「全開楽しい」っていうのは他に人におまかせしている部分があるかも。わたしにしかできないことっていったらこの視点かなあと。何か終わるものが見えた状態で、楽しいって言える視点”

ひとと語録③
“(「座り」について)"アリガ十々〝を録っているときに、異質の空間で録るのにあまりにも慣れなくて、緊張して上手く声が出なかったんですよ。でもう「家でやってるみたいにしていいよ」って言われて、ペタッと下に座ったっていう。そしたらなんか、すごく楽ちんにできて。それから、ライブとかテレビもずうっとそうやってて。リラックス。

BREaTH 青き涙一粒 一青窈①

2002年10月25日 00時46分05秒 | 一青ジャーナル・スタイル
■『BREaTH』(2002年11月号・月刊誌)6頁
       <撮影・浜崎昭匡/文・木村由理江>【ソニー・マガジンズ】

*青き涙一粒 一青窈
 
 台湾人の父親と日本人の母親の元に生まれた一青窈はインタビューの前日に26歳の誕生日を迎えた。「32歳か37歳まで(人生を)まっとうできれば」と笑う彼女は、どこかクールで凛としいてお茶目でもあるよう。

ひとと語録①
“文化に関しては、日本の文化は台湾が追い求めているものだから何ら変わらなくて。他の文化でいえば、両親ともほとんど日本人に近いし、かつ、昔、台湾は日本の植民地だったから、老人たちも日本人張りに日本語をしゃべるんで、何も日本と変わらないって感じですね。ただ食べるものが違うくらいで”

ひとと語録②
“〝なってやる!〟とは思わなかったです、いつの時代も。弁護士とかお医者さんとか看護師とかスチュワーデスとかを選ぶ感覚で「歌う人」になってやろうと思ったんではないんですね。本当に好きだと何でもゲーム感覚で乗り越えられるから、(歌っているうえでの)挫折もなかったし。だからべつに、デビューして嬉しい!っていうんじゃなくて、自分としては、本当にただ継続しているという意識なんですが”

ひとと語録③
“たぶん最初は、電話ボックスで電話がつながっていないのにお母さんに電話するとか、切手貼ってないのにポストに投函、みたいなのと同じで、日記書いて読まれるわけでもないけど枕元においとく、みたいなのが…。でも歌うっていう行為が一番通じそうな気がません?(笑)”

ひとと語録④
“う~ん…。私、ライブとかいっつもいやがってますよね(とスタッフに)。なのになんでやるんだろう(笑)”“だから〝いやあ今日はちょっとこんな気持ちだから、歌っちゃおうかなあ〟ってときに人がいたらいいなあって(笑)。友達のホームパーティで歌ったりするその延長にあれば、それはいやじゃないんですね”

ひとと語録⑤
“小学校4年か5年生のときに、空想画コンクールみたいなので賞をいただいて、教科書に載せていただいたんですよ。それでなんか調子に乗って描きはじめて(笑)。でも一番、頭が空の状態になりますね。歌っているときもたぶんそうだし。気持ちいいですね”