鹿児島市の司法書士喜山修三のブログ

相続や売買の不動産登記,会社設立や役員変更,債務整理,成年後見等を業とする司法書士事務所の所長の法律や日々の雑感を掲載。

幸福の木の花

2022年01月30日 | Weblog

1月11日から、幸福の木(ドラセナ)の花が咲き始めました。
 この花は香りがとても強く、事務所に足を踏み入れた途端に匂いが分かります。これまでは、あまりの匂いの強さに堪えられなくて、咲き始めると直ぐにの花瓶に挿していたのですが、今回は約3年ぶりだったので、花を見ることにしました。
 ネットで見ると、幸福の木の花は2,3年周期、または5,10年周期に花を咲かせるのでととも貴重な花だと書かれている記事が多いのですが、事務所の木は、一時期、毎年の様に花を咲かせていたので、貴重な花との認識はありません。
 十年くらい前、ネットで調べると、花を咲かせるのは、木にストレスが加えられ時に咲かせると説明されていました。すなわちストレスを与えると、子孫を残すために花を咲かせるんだとか。
 久しぶりの花なので楽しみにして毎日見守っていたのですが、あまりの匂いの強さに堪えられず、一週間で花を切りました。
 幸福の木の花が咲いたので、何か良いことがあるかなと思ったのですが、変わったのは、新型コロナウィルスの感染者が爆発的に増えたことです。
 鹿児島では昨年、10月11月は新規の感染者が0という日が何日も続いたので、このまま終息することを期待していたのですが、全く逆の現象が起きています。
  目に見えない物って本当に恐いですね。早く終息することを祈るだけで

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脊髄損傷の患者にiPS細胞を移植

2022年01月15日 | Weblog

先日、アメリカで豚の心臓を人に移植する手術をしたとするニュースを聞いて驚いたが、今度は日本で脊髄損傷の患者にiPS細胞を移植したとする記事が今朝の南日本新聞に掲載されていた。
 新聞によると「慶応大学の岡野栄之教授らのチームは、14日人工多能性幹細胞(iPS細胞)から変化させた神経のもとになる脊髄損傷の患者に移植する世界初の手術を昨年12月に実施したと発表した。」詳しいことはよく理解できませんが、世界初というのがすごい。
 「手術では、京都大学が備蓄するiPS細胞から作製した神経のもとになる細胞約200万個を損傷部部に注入した。」とあります。200万個ってどうやって数えるのだろう。(小学生か!)
 医学はめざましく進歩しています。人の努力ってすごいですね。今は無理だと言われている病気も数年後には、治療が可能になるかも知れません。 
  iPS細胞については「 https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq_ips.html」のサイトに詳細な説明がされています。

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寒い日のマスク

2022年01月12日 | Weblog

 昨日も寒かったが、今日も寒い。
寒いので、マスクを着けたままゴミ出しに行ったら、マスクが風よけになった、
息苦しいいマスクも寒空の下で役に立つものである。
 先日妻の運転する車でスーパーに買物に行った。
  車から降りてマスクがないのに気づいて、ズボンや上着のポケットを探してもマスクが出てこない。車に落としたかと思い、座席の上や下を探しても見つからない。
 妻に「マスクがどこかに行った」と言ったら「あんた馬鹿じゃない。顎を見てごらんよ」と言われた。
 自分で自分の顎を見ることはできないので、右手で触ってみると、確かにそこにマスクがあった。
 それにしても「あんた馬鹿じゃない」は余計な一言である、「顎にかかっているよ」の一言で済むことである。
 昭和40年代の女子教育は間違っていたと、妻を見ていて思う。
 それにしても、漫画の一コマのようなことが日常で起きるようになったんのである。

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令和4年「太陽とともに走ろう」

2022年01月03日 | Weblog

令和4年の正月3が日はとても穏やかな天候に恵まれた。
 元旦の朝、「太陽とともに走ろう」に出るために鴨池の陸上競技場に向かいながら、ポケットからマスクを取りながら昨年のことを考えた。
 昨年はマスクはしていなかった、しかし感染者は今年よりずっと多かったはずだ。何故マスクをしなかったのか。
 一昨年はまだ新型コロナウィルスという言葉がなかった、当然マスクもしていない、昨年は……、とここまで考えて昨年は「太陽とともに走ろう」中止になったことをやっと思い出した。一年前のことも直ぐには思い出せないものですねー。
 開始直前に競技場に着いたが、いつもの入り口が閉まっていた。そのまま見知らぬ人について行ったら入り口にたどり着いた。そこには関係者が待機して、参加者の連絡先を記入するカードの記入や、体温の測定、手指の消毒をお願いしていた。関係者の皆様、ご苦労様です。という訳で、当然入り口は一カ所に限定されていた。
 会場には、例年の太鼓を叩いたり、凧を上げたり、示現流の稽古をする人がいなかった。このご時世仕方ないと思いつつも、一抹の寂しさを憶えた。
 今年は、雲が少なかったので、初日の出の、太陽の光がとてもまぶしく、まともに見ることができなかった。
 若い頃は「良いことがありますように」「楽しいことがありますように」と祈っていたが、今は「穏やかな年になりますように」「悲しいことが起きませんように」と祈るようになった。
 さてさて、今年はどんな年になるのでしょう。寅年だから何かにトライしよう、なんてテレビで誰かが言っていましたね。私も何かにトライしましょうか。

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