鹿児島市の司法書士喜山修三のブログ

相続や売買の不動産登記,会社設立や役員変更,債務整理,成年後見等を業とする司法書士事務所の所長の法律や日々の雑感を掲載。

マスク

2013年12月28日 | Weblog

  冬場,ほとんどの病院や高齢者の施設ではマスクが義務づけられている。
 たまにマスクをすると息苦しくなるので,マスクをして働いているスタッフの姿には,感激してしまう。
 

さて,昨日の夕方仕事をしていると,自然と鼻水が流れ出てきた。ムムッ,水も滴るいい男ではなく,鼻水を垂らす初老の男になりつつあったので,早めに仕事を切り上げた。

 夜中に目を覚まして,マスクをすることを思いつき直ぐに着用。何とも喉の調子が良くなった。

 今朝目を覚ましてからもずっとマスクを付けて行動。妻子からは,「風邪ぶっているー」などと揶揄される。本当は「貴方大丈夫」とか「お父さま大丈夫ですか」
と言いわなければならない者から,そのような言葉をかけられるとは,教育方針を間違えたと言わざるを得ない。

 なんて大げさなことでもありませんが,喉の調子の悪いときは,マスクを付けるのも苦痛にならないものです。ムムッ,新しい発見。

 しかしこうやってマスクを付けていられるのも,仕事が休みだからです。ほんと不幸中の幸いです!!  

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仕事納め

2013年12月27日 | Weblog

 生憎の小雨ですが,本日は官公署の仕事納め。

 民間の場合,別に官公署に合わせることはないと思うのですが,本日が仕事納めの企業が多いのではないでしょうか。
 司法書士も仕事納めの事務所が多い,というかほとんどそうだと思います。当事務所もその例外ではありません。今年は少し風邪気味の仕事納めです。ハークション!!
 

中学性の頃,「光陰矢の如し」という言葉を学びましたが,歳ととともにその意味をひしひしと感じるようになりました。この年になって,改めて漢文や古典を読み直すと面白いかも知れません。

 いずれにしろ今日一日しっかりと頑張りましょう。コホッ。

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巡り会い 『やなせ たかし 明日をひらく言葉』

2013年12月26日 | Weblog

 人とのめぐり逢いも,偶然のようで実は必然だったかな,と思うこともありますが,本との巡り会いはその要素がさらに強まる気がします。

 先日鹿児島の本屋で手に取ったのが,『やなせ たかし 明日をひらく言葉』で,先週博多の本屋で購入したのは『オイドル(オールドのアイドルの意味ですが)絵っせい 人生90歳からおもしろい』という本です。やなせたかしさんは,『アンパンマン』の作者であり,『アンパンマンマーチ』と『手のひらを太陽に』の作者です。
 

やなせさんは,戦争から帰って来て,高知の新聞社に勤めた後に,今の三越伊勢丹に入社しています。包装紙のMitsukoshi文字は,やなせさんのデザインです。仕事の合間に描いたカットや漫画を描くようになるとサラリーマン生活が色あせて見えるようになり,34歳のときに会社を辞めています。

 頼まれる仕事は,何でもやったので舞台美術家、演出家、司会者、コピーライター、作詞家、シナリオライターと活躍し,周りからは,「困ったときのやなせさん」と言われたそうです。山梨シルクセンターから,最初の詩集『愛する歌』を出したら,これがよく売れて,会社も本人も儲かった。その後その会社は,「サンリオ」と名前を変え,キテイちゃんを生み出して世界的な企業に成長する。また,仲間の漫画家が華々しく活躍しているのに,一向に売れないやなせさんは,30歳から40歳までは絶望の連続だったと書いています。

 何故自分は売れないんだろうと思いながらも,徹夜をして,絵を描いたり詩を書いたりしていた42歳のある晩,手のひらを懐中電灯にあてて見たら血の色がビックリするほどすけて見える。本人はこれほど絶望しているのに身体には赤い血が流れていると感動したら不意に,「手のひらを太陽にすかしてみれば」というフレーズが頭に浮かんだそうです。この歌では,「生きているから悲しんだ」が「生きているからうれしんだ」の前に出て来ます。

 一方アンパンマンのマーチは,「そうだ!嬉しいんだ生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも」と「嬉しい」の歌詞が先に来ます。やなせさんになんらかの心理的な変化があったのでしょうか。
 

そのアンパンマンは,50歳になって書き始め,1973年に絵本になりましたが,当初評判は散々で,後日何十年も売れる絵本になるとは思っていなかった。ところが,70歳になる直前の69歳のときにアンパンなのアニメ化の話があり,それから,ご存じのとおり大ヒットしました。

 東日本大震災の直後,アンパンマンのマーチのリクエストがたくさんあり,大人も子供も涙を流して喜んだという話がありました。私もちょうどその頃国分からの帰りの車の中で聞いていたのですが,大変感激した記憶があります。

次にやなせさんの言葉を紹介します。「 好きなものであればコツコツ努力することも決して辛くありません。楽しみながらいつの間にかつかむことができます。」

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サンタは何処へ行った

2013年12月25日 | Weblog

 小さい頃はサンタさんが来てくれた。サンタクロースがいるとは思っていなかったが,枕元に何らかのプレゼントがあると嬉しかった。
 

さて,今度は自分が親になった。子供たちが小学生の頃までは,枕元にクリスマスプレゼントを置いていたが,いつから置くのを止めたのか……??
 枕元へのプレゼントをいつから止めたかはっきりとした記憶はありませんが,とりあえずここ数年間は,我が家ではサンタさんは活躍していなかった。

 先日,山形屋ショッピングセンターに行ったら,銀色の靴の形をしたクリスマス用の菓子袋を発見。あの靴型の容器は,幾つになっても可愛いと思う。
 さて,その靴を買いたいが,我が家には小さい子供はいない。……小さい子供はいないが,大きな子供はいる。大きくても子供は子供である。

 ということで,早朝(ここ数年子供より先に眠ってしまうが,起きるのは私の方が早い)子供たちの枕元に銀色の靴を置いてきました。大学生と高校生の息子がどんな反応を示すのだろう。

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銀のデート

2013年12月23日 | Weblog

テニスの練習を終え建物の外に出ると,冬とは思えない良い天気。
 たまには,母を連れて食事にでも行こうと,アミュプラザに出かけた。
 駐車場は,予想通りほぼ満車状態。屋上にやっと駐車スペースを見つけて,和食の店へ歩を進める。
 なにしろ母は大正生まれ,足腰もそれなりに弱って来ているので,行ける店はほんの数件。どの店の前も十数人の方が席が空くのを待っている。鹿児島にもこんなに人がいるんだと,改めて感激。

 空席待ちの紙に,「カウンター,座敷いずれも可」と書いたが,二人しかいないにも拘わらずお店の人が,6人掛けの座敷に案内してくれた。高齢者がいることをお店の人が考慮してくれたのだろう。心の中で感謝!

 母と食事をする時はいつものことだが,量が多くて自分で食べきれないおかずを私に「残すともったいないから,食べなさい」と言う。戦中,戦後と少量不足のときに青春時代を過ごした世代である,その気持ちは無理もない。
 「うん」と返事はするものの,私も五十代半ば過ぎ,世間では「腹7分が適切」といわれる世代,人のおかずまで食べられる訳がない。
 そこで「今の時代は,食べ過ぎは身体に悪いから,残した法が良いんだよ」と言うと「そうか」と分かったような,分からなかった様な返事。母にしてみたら,子供はいつまでも子供なんだろう。

 で話す内容もここ数年は,7割か8割は同じことである。まさか「その話はこの前聞いたよ」とは言えないので,「ウンウン」と適当に返事をする。
 考えてみると,妻との会話の時(その大部分は妻が喋っている)も「ウンウン」と適当に返事をしている。
 夫や子供の役割は,「ウンウン」と適当に頷くことかも知れない。

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方言

2013年12月19日 | Weblog

 じぇじぇじぇの天ちゃんのお陰で方言が見直されている(と思う)。
 奄美では驚いたときや感動したときに「ハゲー」という。
 奄美出身の人に「今でもハゲーと言いますか?」と尋ねたら。「ええっ,使いますよ。ハゲー 久し振りとか」と答えた。
 もし,もし言われた方の髪が薄かったら誤解を招くのでは……。

  私が小学生だった頃,昭和30年代は「学校で方言を使わないようにしましょう」という標語があった。
 これは,都会に出て恥ずかしい思いをしないようにとの思いやりから生み出されたものである。その是非はさて置き,今ではテレビの影響で,方言が話せる子供たちがいなくなったという。

  東京の大学に行った人が,夏休みなどでの帰省した折に,妙に標準語っぽい言葉を使たがる人がいるが,あれは聞いている方が,身の置き場に困る。

 私の友人で,福岡の大学に進学した後,東京の企業に就職した奴がいるが,彼はどこでもバリバリの鹿児島弁で喋っていた。

 お互いが福岡にいるとき「ワイは,鹿児島弁でげんねくなかかよー?」と尋ねると「何がげんねーとよ,これが普通やらいよ」と言った。
  
 この自信さえあれば,日本全国何処に行ってもOKです。

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風にも負けず,風邪にはかないません

2013年12月18日 | Weblog

今朝は風が強かった!!ほんま,吹き飛ばされそうでした。
傘を差して散歩に出かけましたが,傘の骨が一本曲がってしまいました。

 今の時期は花が本当に少ないのですが,クロガネモチは,赤々と美味しそうな実をつけています。しかし,小鳥たちの姿が見えません。今日は天候が悪かったかなら,いなかったのでしょうか。

 今年も残すところ,2週間を切りました。訳もなく,少し淋しい気持になるのは,〇〇を切りましたという表現のせいでしょうか。去りゆく時の流れに惜しむ気持でしょうか。あるいは,単に歳のせい?

 いずれにしても健康に気をつけて,師走を乗り切りましょう。シュワッチ(ウルトラマンが飛び立つ音です)

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テレビの夢に与える影響

2013年12月14日 | Weblog

 昨日の朝は,目覚めが悪かった。何しろ夢の中で刑事に「お前の行動は全て分かっている。お前はブログを書いているだろう……」と,訳の分からない夢で目覚めたのである。

 そういえば,木曜日に見た『科捜研の女』で,刑事が少年に自白を迫る場面がありました。
 しかしその数日前は,もっと恐ろしい夢で目が覚めた。「お前の指をちょん切るぞ!」と何者かに脅されるのである。

 その前日,火曜日でしたっけ?殺す前に被害者の指を切断するというドラマを少しだけ見た。
 元来私は「夢見る少女」ではなく,「夢見見る中高年」であるから,恐いテレビを見ないのであるが,ボートしてテレビを見ていると,そういう場面を見ることもあるものである。

 これだけテレビが夢に大きな影響を与えるのでしたら,楽しいテレビを見た方がいいですね。
 しかし,そうすると,ニュースは見ることができなくなる。なにしろテレビで放送されるほとんどのニュースが,悲しくなるニュースですから。 

 

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謎の手話通訳士

2013年12月13日 | Weblog

世の中には,時々予想外のことが起こるものである。
 例えば,私が歌手としてデビューするとか,桜島が休火山になりましたとか,ということは太陽が西から昇る時代が来ないと無理か。

 先日行われたマンデラ元大統領の追悼式のテレビ中継で「こんなに多くの要人が一同に会することは,極めて珍しいことです」というアナウンスと共にクリントン夫婦の映像が流れて,不覚にも涙しそうになった。

 それは「立場上どこの要人も難しいことを言わなければならないが,本当はあらゆる国の人と,仲良くなりたいと望んでいる」と勝手に推測したからである。

 オバマアメリカ大統領がスピーチをしているときも,話題の主は一所懸命手話通訳をしていた。しかし,その手話と思えたその動作が,まったく手話になっていなかったことが判明。

 それにしても,全世界に放送されるあのマンデラ氏の追悼式で,あの方が何故起用されたのか。手話通釈者としての仕事がなされていないと判明した時点で何故変わりの人を出さなかったのか。

 手話通訳といえば,鹿児島で開催される講演会のときでも,二人の手話通訳士の方が,15分か30分ごとにかわって通訳をやっている。にもかかわらず何故あの方は,一人で4時間も通訳の任に当たっていた。

 誠に不思議な事件である。そう。世の中には,予想外のことが起こるものである。それが人生の面白い所だと言えなくもないが,今頃関係者は頭をいためているでしょうね。
 

 でも,もし言葉が通じるのなら,……「大丈夫です,後一週間もすれば,みんな新たなニュースで,そのことを忘れますから」,と言って励ましてあげたい。

 

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冬の風物詩

2013年12月10日 | Weblog

 寒くなると朝起きが辛くなります。目が覚めても中々布団から抜け出せません。
直ぐに起きられる良い方法はないものでしょうか。

 この時期になると,冬眠できる熊がうらやましくなります。同じようなことを昨年も書いた気がします。まったく進歩がありません。

 冬の散歩は,歩き始めは初めは辛いのですが,身体が温かくなるにしたがい少しずつ気分も上昇してきます。  ただ,この時期は花が極端に少なくて,気の早い山茶花がチラホラ咲き出しているだけで,ほとんどの山茶花はまだ蕾の状態です。

 ♪サザンカ サザンカ 咲いた道 落ち葉だ 落ち葉だ 落ち葉たき♪ではなく

♪サザンカ サザンカ 咲いた道 たき火だ たき火だ 落ち葉たき♪
  と歌われましたが,たき火を目にすることはありません。風物詩も変わりました。

  でも,マフラーを巻いた女性は相変わらず可愛く見えます。

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負けず嫌い

2013年12月04日 | Weblog

  女はいつから強くなったのか。もう歯止めも効かず,取り返しもつきません。
 先日妻に「5時20分に天文館に送ってくれ」と言ったにも拘わらず中々来ないので,電話で呼び出したときのことです。
「5時20分に出ると行ったのに,なんで来ないのか」強い口調で言う。
「ハァ,5時30分て聞きましたけど」
「イヤ,俺は5時20分と言った。お前が勝手に5時30分と思い込んだんだろう」
「ハアー,滑舌が悪くて,5時30分に聞こえた」
いつから自分の思い込みを,人のせいにする女になったのでしょう。

またある日
「大変。 今日,すっぴんで事務所のお客さんとすれ違ったがよ」
「別にスピンでも,化粧していても たいして変わらないと思うよ」
「いや,あんたの子供だと思われたかもしれない。どうよう」
「まさか。 むしろ,ゾンビと間違われたんじゃないね」
「あんたバカじゃないこんなきれいなゾンビがいる訳がないがネー」
加齢のために,判断能力が失われたとしか思えません。

 戦後強くなったのは,女性と靴下(ストッキング)だと言われています。こと,女性(妻)に関してだけは戦前の男性が羨ましい!!

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勝手に流行語大賞を決める

2013年12月03日 | Weblog

 今年の流行語大賞は「じぇじぇじぇ」「おもてなし」「倍返し」「今でしょう」の四つに決まりましたが,更にその中で妻と二人で,流行語大賞の中の大賞を検討しました。

1 「じぇじぇじぇ」。
  能年さんは清楚な感じで可愛いし,東北の元気を取り戻す意味でも有力な候補ではありますが,私自身「あ   ま ち ゃん」は数えるほどしか見ていません。ということで,残念ながら対象から外します。

2 「おもてなし」
   おもてなしの心は大切であるし,オリンピック招致活動でのパフォーマンスは印象的でしたが,あの一連の動作が,あまりに日常生活とかけ離れているので,これも対象外です。

3 「倍返し」
  確かに『半澤直樹』は面白かった。日曜日のテレビドラマを楽しみにしたのは ずいぶん久し振りで,ドラマはどの回も面白かった。が,やはり「倍返し」とい うネガティブな言葉をグランプリにする訳にはいきません。

4 「今でしょ」
    この言葉を広めたのが大手予備校の講師なので,当初はその予備校の宣伝ぽいっというイメージがありましたが,今ではそのイメージを置き去りにして,完全に一つの言葉として認知されているのでは。決心したら即行動。このポジティブなイメージは良いですね。ということで,私たち夫婦の間では,今年の流行語大賞の中の大賞は「今でしょ」に決定しました。
 

   たまには夫婦の意見が合うこともあるもんです。じぇじぇじぇ!

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カサリンチュの軌跡 :マルヤガーデンズシネマ

2013年12月01日 | Weblog

 マルヤガーデンズで上映された,『カサリンチュの軌跡』を見て来ました。ん~~ん,最高でした!!。

 チラシには,「デユオ結成からプロデビューまで。MBCが独自取材した5年間の記録」とあります,MBCの取材陣は,彼らがここまでブレイクする予想したから,取材を続けて来たのでしょうか。

 ここまでブレイクと書きましたが,彼らの歌声は,これからどんどん全国的に広がり,来年もしくは再来年には,あのNHK『紅白歌合戦』に出場するかもしれません。ん~ん,是非出場して欲しいと島んちゅのオジサンは心から願うのである。

 カサリンチュの『夏がおわるまえに』は,8月か9月頃MBCラジオの『ジャンプ アップ ミュージック』で毎日の様に聞いていました。そうですそのソフトな声質と柔らかなハーモニーがとても心地良く耳に残っていたのですが,昨日『てげてげ』のビデオで初めてそのお顔を拝見しました。

 正真正銘のサラリーマンの顔をした「タツヒロ」と何処の居酒屋でも働いていそうな「コウスケ」。見かけは平凡でも,歌声は非凡,素晴らしいハーモニーです。 ASIBIの経営者である麓さんの「島でも音楽はできるんば」の一言で,島で生活しながら音楽活動をして行こうと決心した二人。先輩の一言は大きい!

 会社の上司の平山さんが仰ったとおり「日本チュ」「世界チュ」になるように頑張って欲しい。

 大きな感動を与えてくれる映画なので,皆さんにも是非見て頂きたかったのですが,上映は本日まででした。誠に残念! おまけに本日は「映画の日」とかで,入場料が1,000円でした。本当にラッキー。

   

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真砂町がいっぱいの『六月燈の三姉妹』

2013年12月01日 | Weblog

六月燈の三姉妹
 長女はバツイチ,次女(吹石一恵)は離婚調停中,三女は不倫中と何とも複雑な設定。真砂町商店街が,いっぱいの映画です。普段見慣れた光景が映画に度々出てくるのは不思議な感じです。

 熱めのお湯がお好きな方にお薦めの真砂温泉を筆頭に,散髪の青空,お肉の明治屋,真砂市場など見慣れたお店がたくさんでてきます。
 特に面白かったのが居酒屋「京ちゃん」。今年の夏,ある会社の方と飲んだときに,その方が「時々『京ちゃん』に行きます」と言ったので,私も1人で散歩の途中に寄ったことがあります。
 店の様子を鮮明には覚えていませんが,カンターと畳の間とカラオケが置いてありました。お店には,先客が1人いましたが,確かにあんな様子だったと思う。

 それにしても吹石一恵さんはきれいですね。きれいな女優さんだとは思っていましたが,今回の映画を見て特にそう感じた。吹石さんが出ている場面は,何だか場面は,風景が引き締まって見えた。華のある女優さんの存在は偉大である。
 鹿児島と真砂町にゆかりのある皆さんは是非ご覧下さい。鹿児島弁と真砂町が画面いっぱいに広がります。。

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