令和になって,早13日。テレビではそろそろ沖縄・奄美の梅雨入りの時期が話題になっている。連休が6日月曜日まであったので,すでに月半ばである。
平成から令和に代わる時期はまるでお祭り騒ぎであった。元号が代わることがそれほど嬉しかったのだろうか。テレビで,お酒を飲んで騒いでいる人たちを見ると,「単にお酒を飲む口実ではないの」と突っ込みたくなる。きれば,私も「去りゆく平成に乾杯!!」「これから迎える令和に乾杯」と友人たちと,あるいは家族で心ゆくまでお酒を飲みたかった。しかし,現実は左足の痛みに耐えて,静かに平成を見送り令和を迎えた。正しく耐え難き痛みを,痛み止めを飲んでひたすら耐えていた。あ~~悲しい。
忘れもしない4月26日金曜日に,人生2回目の痛風の発作があった。その前日は,ある仲間たち一緒に,大いに飲み。そして歌って楽しい5時間を過ごした。ところが,それから2週間あまり,痛みをこらえながら生きてきた。楽しい時間5時間,痛い時間2週間,まったく割が合わない。 それまでは,毎日1万歩以上歩いていたのに,発作が起こってからというもの10メートルを歩くのもやっとである。老人が,横断歩道をゆっくり,ゆっくり歩く気持ちがよく分かった。
痛い時期があまりに長いので,一時は「本当に良くなるときが来るんだろうか」と不安な気持ちになったりしたが,今日からはだいぶ痛みが弱まってきた。 このように書くと,痛くて辛いことだけで何一つ良かったことはなかったように思われるかも知れませんが,やはり物事はそんなに単純ではない。良かったことも,一つや二つはあるものです。
まずどこにも行けなかったので,結構本を読むことができた。元気なときは家の中にいるのがもったいない気がして,本を読む気になれないが,動くことができない時は読書が唯一の楽しみになる。 また,禁酒をしていたら,2週間で2キロ近く痩せた。これは全くの想定外であった。まったく動いていないので,太ったかなと,半ばおびえつつ体重計に載ったら,体重が減っていた。普段,呑むときにいかに食べていたかが証明されたようなものである。
これからは,週2日の休肝日を護って,二度と痛風の発作に苦しまなくていいような飲み方をしようと,心に誓った5月13日の夜である。