鹿児島市の司法書士喜山修三のブログ

相続や売買の不動産登記,会社設立や役員変更,債務整理,成年後見等を業とする司法書士事務所の所長の法律や日々の雑感を掲載。

自衛隊鹿屋航空基地と百田尚樹講演会

2013年11月27日 | Weblog

だから少女はその海を見ない
初めて心を結びあった
背すじのスラリとした青年の
若い命が沈んでいる海
「特攻」の一部  山下千江さん作

 先週の日曜日,鹿児島県旅行業協同組合の開催するツアーに参加しました。
 鹿児島中央駅を出発し,串良海軍航空基地地下壕と海上自衛隊鹿屋航空基地内の資料館を見学し,昼食をはさんで百田尚樹特別講演会を聴講し,中央駅に戻るという日程。昼食は自然飼料で育てられた黒豚のバーベキュー,これで4,800円という大変お得なツアーでした。

 鹿屋航空基地内の資料館があれ程充実していることを知りませんでした。日露戦争で活躍した東郷平八郎に関するものから,太平洋戦争にまつわる武器や手紙など様々な資料が展示されていました。屋外には,飛行機やヘリコプターなど数機の自衛隊機も展示されています。
 

 「特攻基地」というと知覧が有名ですが,特攻出撃戦死者は,海軍の鹿屋基地908名,陸軍の知覧基地436名,海軍の国分基地427名で,続いて宮崎の赤江基地,海軍の串良基地,陸軍の万世基地,海軍の出水基地,海軍の指宿地区の順に多くの戦死者をだしています。(「湾岸タイムズ」5号より)

 南九州にこれだけ多くの基地があったことも,それぞれの基地が陸軍と海軍に分かれていたことも知りませんでした。 
  百田尚樹氏の講演は,『探偵ナイトスクープ』の話を皮切りに,『永遠の0』や『海賊と呼ばれた男』を書いたきっかけを面白おかしく,ときには涙ぐんで話されました。
 

 小説で最も伝えたかったことの一つ,第二次世界大戦で数多くの犠牲者を出したのも,戦後の日本の復興に最も尽力されたのも大正生まれの方々であったということだと思います。
 会場の質問に答える形で,第二次世界大戦を初めとした戦争の歴史に関しては,アメリカや他国から強制された自虐的な歴史ではなく,正確な歴史を学んで欲しい,ということも話されました。

 屋久島に続いて,有意義な日曜日でした,ナンテネ。  まるで模範生徒みたい!

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山歩きと屋久島の太鼓岩

2013年11月21日 | Weblog

 

 先週の日曜日屋久島の山の中を徘徊してまいりました。白谷雲水峡から,もののけ姫のモデルになったと言われる『苔むす森』を通って『太鼓岩』に行って来ました。苔むす森は,文字通り辺り一面が苔だらけで,神秘的な風景が広がっています。ただ,山の中は光りがほとんど入らないので,苔自体は至る所に生えています。

 太鼓岩は,山の上に六畳間ほどの大きな岩が乗っかっていて,眼下には緑豊かな森が広がり,少し見上ると遙か向こうには宮之浦岳が見えます。
 本当にきれいな景色が広がっているのですが,柵がまったく無いので恐い!岩場の先は恐いので,ずっと手許の方から見たのですが,それでも恐い!この文章をかいていてもその時の景色と恐怖心が蘇って来ます。

 さて,山歩きをしているときには,自然とすれ違う人と挨拶を交わすのが,習わしになっています。「こんちちはー」「こんにちはー」という挨拶は,ときには疲れた身体を元気づけてくれます。
 すれ違う人が,2,3人のときはいいのですが,これが5,6人,10人となると話は別です。こちらは1人なので,相手は一回の挨拶ですみますが,こちらはその度に「こんにちはー」を言わなければなりません。こういうときは「皆さんこんにちはー」の一言ですませたくなりますねー。
 
 10年ぶりに山歩きをしました。山歩き,上りは良いのですが,急な下りが辛い。
若いときは,ふくらはぎや太ももの筋肉が痛くなったいたくなったのですが,今では膝が痛くなります。普通は膝が笑うと言いますが,私の場合は膝が泣いていました。そうワナワナと声を立てて泣いているようでした。
 

  案内板には往復4時間と書いてありましたが,私の足では,4時間半かかりました。膝はがくがくになりましたが,少しの時間とはいえ日常とはまったく違う環境で身体を動かしたので,大に気持がリフレッシュされました。

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妻の女友達

2013年11月19日 | Weblog

その昔♪女は愚かで可愛くてー♪と梓みちよさんは『メランコリー』という曲で歌っていました。女は可愛いいものと思っているのは男だけかもしれません。『メランコリー』も作詞は喜多條忠さんです。

 この小説の主人公の妻も,控えめで縫い物を趣味としている温和しい人です。おまけに友達想い。主人公は,市役所の戸籍係に勤めている無難が一番と考えているごく平凡な男性。

 妻の女友達が突然主人公の部屋を尋ねてくるまでは,幸せに満ちた生活をしていた。少なくとも主人公はそう考えていた。事態は,妻の友達が来てから急変する。

 この本を読んで女は恐いと思った。しかし,考えて見ると,世の中には恐い男も優しい男もいるので,女もそれと同じだと考えると納得がいく。
 それにしてもこのストーリーは恐い!

妻の女友達 (集英社文庫)
クリエーター情報なし
集英社
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11月のコート

2013年11月12日 | Weblog

朝,夕すっかり寒くなりました。昨晩天文館に出かけたのですが,薄手のコートを着用しました。これまで12月の忘年会の時期でさえコートなしで出かけていたのに,今年の寒さはどうしたことでしょう。

 寒くなると同時に夜明けも遅くなりました。夏場は朝4時頃には目だ覚めていたのですが,今は5時を過ぎても眠ったままです。
 夏場の一時期,「このままでは睡眠不足になる」と思っていたのですが,今はむしろ起きられないことの心配です。世の中,うまく回っています。

 この時期桜島を見ると,夏場より近くに感じます。空気もきれいになっているのでしょうね。イレブンPMにはドキドキさせられましたが,PM2.5は迷惑なだけです。何の影響もなく,静かな師走を迎えることができればいいですね。

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幸せは、突然やってくることもある。

2013年11月09日 | Weblog

 不幸は突然襲ってくるが、幸福が突然やってくることはない!と思っていた。
 ところが幸福も希にではあるが、突然やってくることがある。
 昨日、司法書士会鹿児島支部と土地家屋調査士会鹿児島支部、社会保険労務士会鹿児島支部の合同のボーリング大会があった。
 

半ば、義理で参加した大会ではであったが、何と堂々の4位に入賞し、オーブントースターを手にした。
 持って帰る途中、「こんな重たい物を景品にしやがって、もっと軽くて価値のあるものを賞品にしてよねー」とぶつぶつ言いながら帰ってきたのであった。

 中身を見て一番喜んだのは妻であった。 なんと「ちょうど買い換えようと思っていた」とか。

 ボーリング会場の前でタクシーがなかなか拾えなかったので、メインストリートまで「よっこらしょ、どっこいしょ、なんでこんなに重たいのか、いっそ捨てて帰ろうか」と思いながら、持って帰ってきた品であった。
 考えて見ると昨年は、直ぐに電気ケトルを貰ったので、この大会とは相性が良いのかもしれません。

 幸せも、希にではあるが、突然やってくることを学びました。

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ご馳走

2013年11月08日 | Weblog

 ここ数年は,B旧グルメが流行です。そう,饂飩(書けといわれたら,この漢字は絶対にかけないでしょうね)とか焼きそば,お好み焼き,ホルモン炒めなどの身近な食べ物です。
 バブルの頃のグルメ番組は,あまりに自分の世界とかけ離れていたの見る気もしなかったのですが,B旧グルメはいつか行けると思うので,見る楽しみがあります。

 ご馳走といいますと,私が小さい頃,昭和30年代は,カレーライス(当時はライスカレーと言っていましたが)はご馳走でした。カレーの中には今のように牛肉が入っている訳はなく,豚肉かミンチが入っていたのでは。それでも,特別な日に食べたにカレーライスは旨かった。  
 その後,時代と共にご馳走と呼べるものは,焼き肉やハンバーグ,お寿司などに変わって行きました。今では,カレーライスはもちろんのこと焼き肉やハンバーグも気軽に食べることができるようになりました。寿司にいたっては,なんでも100円という大手の回転寿司が身近にあります。それでは今のご馳走とは?
 
 10年ほど前になりますが,数多くのグルメ番組に登場した梅宮辰夫さんが,「今まで食べた中で一番美味しかったのは,寒い雪の中のロケで食べた饂飩。その饂飩も乾麺だった!」とあるテレビ番組で話していました。京懐石やフランス料理ではなく,饂飩というのが印象的でした。
 
 しかし考えてみると,ご馳走というものは意外とそんなものかも知れません。空腹は最高の調味料なり。年中お腹を空かしていた大学時代は,何を食べても旨かった。そして大事なのは,愛情なのでは。やはり男性にとりましては「お袋の作ったカレー」「妻の作ったカレー」が,今でも最高のご馳走かもしれません。ナンテネ。

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ご飯にファンタグレープをかけて食べる人

2013年11月05日 | Weblog

 先日ちゃんぽんに酢をかけて食べていた人がいたので,「いつも酢をかけるんですか?」と訊くと「いや,たまたま目の前に酢があったのでかけただけです。でも旨いですよ,酢は健康にも良いし」との返事。そういえば山形屋の焼きそばにも酢が用意されていたっけ。

 私が大学生の頃,年代でいえば昭和50年代前半の頃は,カレーライスにソースをかけて食べるのが流行っていました。私も何度か挑戦しましたが,カレーの味が,引き立つような気がしましたが,あれは本当に美味しくなったのだろうか。それとも,流行に勘違いしただけだろうか。

 私と同年代の友人の話ですが,その当時(昭和50年代前半)ちゃんぽんにソースをかけたり,チャーハンにソースをかけたりした人もいたとか。ちゃんぽんにソースはまだ理解できるのですが,チャーハンにソースをかけていたとは。

 世の中には変な人がいまして,私の大学時代の友人に,ご飯に牛乳をかけたり,ファンターグレープをかけて食べる人がいました。見ているだけで気持悪くなりましたが,彼は「美味しい!」と言って食べていました。まったく人のの好みは分かりません。

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久し振りの打ちっ放し

2013年11月04日 | スポーツ

  先月久し振りにゴルフにいった,インとアウトのスコアーは忘れてしまったが,合計が116であった。「同伴者に,どうせなら後2つ叩けば,除夜の鐘+10だったんですが」と自虐ネタを言った。
 

 このセリフの中には,「イヤーどんなに間違えてもこれ以上打つことはありませんよ」という思いがあった。後から考えるととんだ思い上がりであった。
  土曜日にゴルフに行った(行きだすと行くものである),何とイン57,アウト67の124であった。先日これ以上打つことはないと思っていたのだが,そう思ったのはカラスの勝手であった。

 今日息子に誘われて打ちっ放しに行った。今年に入って何回目だろう?記憶によると2回目である。
 何しろ,練習場がイオンの先にあるので,車の渋滞を考えるとついつい足が遠のいてしまう。
 

 しかし,今日のドライバーはまずまずであった。先の二つのコースでは,怪我をしないようにとドライバーをできるだけ短く持って,かつテークバックを浅くしたのだが,今日はいつもの長さで売った。それでもテークバックは浅く。

 そうしたら当たる当たる(飽くまでも私個人の基準であり,他の人と比べたものではありません),いやーこれなら100を切りことはないにしても,110は打たないだろう,という所まで修正することができた。 
今度こそ倍返しで良いスコアーであがるぞ!と決心するのだが,その意気込みは,一週間も持たないでしょうね!?

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思秋期

2013年11月02日 | Weblog

 秋深し隣は何をする人ぞ!11月2日土曜日、今年も後2ヶ月を切りました。今年一年何ができただろう?なんて考えると,俯きがちになるので,「息」なんて答えるとどうだろう。無視されるか,「ガキか」と言われるのがおちでしょうね。

 先日岩崎宏美さんが歌った『思秋期』を聴きました。窓の外はコスモス,目と耳と空気が秋です。やはり一度はこの歌を聴かないと,冬の準備ができません。

 過ぎ去ったことを思い出しながら紅茶を飲み,そして絵はがきを書いている18歳の少女の姿が目に浮かびます。♪お元気ですか皆さん いつか会いましょう♪のフレーズがが,胸にしみます。

 そういえば,3,4年前,高校時代の同級生から三十数年ぶりに電話がかかって来ましたし,2,3年前に乗ったタクシーの運転手さんが中学時代の同級生でした。こちらは40年ぶり,生きていれば会えるものです。

 しかし考えて見ると,再開したのは「野郎」ばかりです。それはそれで大きな感激でしたが,あの頃可愛かった何とかさんや何とかさんと偶然会うことはありません。できれば,何とかさんや何とかさんにお会いしたいものです。 

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