鹿児島市の司法書士喜山修三のブログ

相続や売買の不動産登記,会社設立や役員変更,債務整理,成年後見等を業とする司法書士事務所の所長の法律や日々の雑感を掲載。

大晦日

2005年12月31日 | 季節,時節
 大晦日。平成17年も今日だけになってしまいました。このように書くと,毎日同じ時の流れの中にいるのに,なんだか特別な思いがします。うん,不思議!

 ホームページの運営は初めから無理だと思っていましたが,ほんの気紛れからブログを作り,毎日小学生のような文章を書いている内に早4ヶ月が経過しました。

 このブログは,気分転換のつもりで始めたので,有意義な情報等を提供することはできませんが,来年の8月までは続けるつもりです。

 時間があるときに気楽にお読み頂ければ幸いです。

 どうぞ良い年をお迎え下さい。

  

 
コメント

路面電車

2005年12月31日 | Weblog
 師走になりまして,天文館に行くときに,二度路面電車に乗りました。
 
 電車は,タクシー等の交通機関に比べると運賃が極端に安く,また,交通渋滞の時でもほとんどその影響を受けないのが魅力です。最近では,できるだけ歩く機会を増やすという意味でも,電車やバスを利用するようになりました。

 鹿児島市の場合,電車の乗車賃は160円で,バスは180円です。普段自家用車にばかり乗っている方は,この値段を知らないのでは。

 私が乗った2回ともほぼ満員状態で,鹿児島にもこんなに多くの人がいるんだと少々ビックリしました。下車する停留所は,騎射場,高見馬場,天文館が多いようです。

 電車に乗って少し残念なことは,乗車した人達が,乗車口付近から動こうとしないことです。電車一杯に均等に立つと,いくら満員でももう少し快適に電車の中は過ごせると思うのですが・・。

 電車やバスには,老若男女色々な人が乗っているのっで,結構面白いですよ。



コメント

音声ワープロ

2005年12月30日 | パソコン周辺(ブログ,デジカメ,メール)
 パソコンに文字を入力するという作業は,結構たいへんです。タッチタイピングができない私は,特にそう思います。

 そんな悩みを解決してくれるというので,3年ほど前に音声ワープロのソフトを購入しましたが,当時の音声ワープロは,実用にはとても耐えられるものではありませんでした。

 何しろ,普通に使える様にするために一定の文章の読み上げが必要で,やっとその文章の読み上げが終わっても,中々私の声を正確な文字には変更できませんでした。

 そんな時間があったら,キーボード入力の方がよっぽど早いので,音声ワープロを諦めたことがありますが,最近のそれは性能が向上したのでしょうか?
それとも,3年前とそれ程変わらないのでしょうか?

 早く欲しい,正確な音声ワープロ。


コメント

穏やかな晦日です

2005年12月30日 | Weblog
 昨日,今日と大変良い天気が続いています。こんな穏やかな晦日が迎えられるのは,さすが南国鹿児島であります。

 昨日は二つの忘年会に出席しました。一つはゴルフ好きな司法書士のそれで,もう一つは城西中学の変則的同窓会です。司法書士の方は早くから予定されていたのですが,中学のは約一週間前に急に決まったものです。

 政治家ではありませんので,忘年会の梯子はしたくなかったのですが,どちらも気の置けない仲間達との飲み会だったので,二つとも参加しました(単なる欲張りででしょういか?)

 中学の仲間達とも一年ぶりの再会なので,少々無理をしても会いたかったということもあります。無事これ名馬ではありませんが,卒業して33年も経っているので,無事に会えるということだけでも大変に幸福なことです(年をとってくるとこういうことが分かってみますねー)。

 来年も是非会いたいものです。そうそう体重を量って見ましたら,去年より3㎏も太っていました。一年ぶりに会うと体重の変化に一目で気づくようです。
 来年は,今年よりはスマートになってお会いしたいものです。

 写真は県庁の一階のロビーの写真です。すっかり正月を迎える準備がなされていました。

コメント

「奄美」の写真集

2005年12月29日 | 
 専門書を購入する時はインターネットでも良いが,実際に本屋に行くと思わぬ本にめぐり会うことがあります。

 この本も先日行った紀伊国屋書店で購入した本で,珠玉の写真集です。と言いましても,1962年の奄美を知っている人にとりましては,というただし書が必要かも知れません。

 著書は,沖本平九郎氏で,東京都出身で,同所に在住の方です。同書に「エラブ」の海に惹かれ,当時の日本の最南端奄美を目指したのは,学生生活最後の春であった,との記述があります。

 1956年に日本の最南端に生まれた私は,1975年に,学生時代の最初の夏休みに日本の最北端の島「礼文島」を目指して,初めてのひとり旅を経験しました。青春は,人を旅に誘う。著者の気持ちが判りますねー

 さて同書には,1962年の奄美と200年か,2004年か,2005年の奄美の同じ風景が撮影されておりまして,当時を知っている方には大変懐かしい風景が広がっております。

 私の故郷与論島の1962年当時の写真も掲載されておりまして,未だ開発されていない頃の,私の原記憶にある風景が撮影されております。1978年頃までは与論の海も美しく,50メートルも泳ぐと美しい珊瑚と色鮮やかな熱帯魚が泳いでいました。

 自然というのはそのままが一番美しく,一度人間の手が加わると不自然になってしまいます。

 
 
 

コメント

仕事納め

2005年12月28日 | Weblog
 今日は仕事納め,以前はご用治めと言っていた日です。

 今日一日頑張りましょう。
コメント

風邪と病院

2005年12月27日 | 健康,ダイエット
 1人の事務員さんが風邪にかかってしまいました。先日の三連休のときも家にいたというのですが,未だ治っていません。「今度の風邪はしつこい」とは,彼女の弁です。

 こんな時,1人の人間としては,「風邪だから家でゆっくり休んでいなさい」と言いたいのですが,現実には「早く帰って(定時は過ぎていましたが)休みなさい」としかいえません。なにしろこの時期1人でも休むと仕事が消化できません。

 さて,風邪の時には,病院に行った方が良いのか,行かない方が良いのか結構考えます。高熱がでてどうしようもない,という時でいたら悩む必要はありませんが,それ以外の時です。

 なにしろ,病院は病気になった人が行きますので,そこには目に見えないウイルスや菌がうようよしていると思います。そんなところに,身体が弱っているときにいくと,別なウイルスや菌にやられてしむのではないでしょうか。
 実際過去に,病院に行った直後にもっとひどくなったことが数回あります。ひょっとしたら,たまたま悪くなる時期と重なったのかも知れませんが。

 そんなこともあり,また,現在の医学では,風邪に直接効く薬はないということなので,風邪の時は専ら家で休む様にしています。でも,今の時期は絶対寝込めないナーというときには,本の少し風邪の症状でも行くことにしています。

 病院に行くタイミングも結構難しいですね













コメント (5)

残り3営業日

2005年12月26日 | Weblog
 今年も残すところあと3日の営業日になってしましました。

 今年中に出したい案件が幾つかあります。
 
 実は,こんなことをしている場合ではありません。

 いつも試験の前に思っていたのは,あと一月あれば,とかあと一週間あればという気持ちでした。

 いまもつくづく思います。せめてあと一週間あれば。

 
コメント

偶然

2005年12月25日 | Weblog
 昨日の夕方,紀伊国屋書店で村上春樹氏の「東京奇譚集」を立ち読みしていましたら,外国人の女性から話しかけられました。

 本のある文字を指さして「あのーすみません。これ」というので,漢字が読めないのだろうなと思い「よろんとう」と読んであげました。
 
 「よろん,ですか」「はい」という簡単な会話でしたが,私はビックリしました

 これだけ多くの人がいるのにも拘わらず,与論出身の私のところに訊きに来るとは。偶然って,必然よりドラマティックだわ。


コメント

クリスマスイブの夜

2005年12月25日 | Weblog
 冬至が過ぎましたので,これからは少しづつ昼が長くなります。それにあわせるかのように,道ばたの山茶花も花を咲かせるでしょう。やはり昼が長い方が,気分も明るくなります。

 さて,昨日はクリスマスイブ,皆さんはどのように過ごしたのででしょうか?我が家では,家族と長男の友人とテレビを見,クリスマスケーキを食べて過ごしました。ケーキというのは,幾つになっても十分美味しいので,食べ過ぎない様にするためには理性による抑制が必要です。

 冬の華,女子フィギュアスケートはオリンピックの出場をかけて熾烈な戦いを来る広げております。競技に臨む女子のスポーツ選手は凛として美しく見えますが,浅田真央選手は,実力と可愛らしさも兼ね備えております。このような選手がオリンピックに出場できないというのは誠にもったいない話であります。

 さて,昨日の夜いつもの様に二男と布団を並べて眠ろうとすると,二男が枕をうんと足下によせて,頭の上に大きスペースを作るではありませんか。不審に思い「なんでそんなに,下に枕を置くのよ」と訊くと「サンタさんが大きなプレゼントを置けるように」と答えるではありませんか。

 ウ~~~ン,可愛いというか,欲張りというか,笑うしかありませんでした。




 
コメント

写真

2005年12月24日 | Weblog
 旅行に行くときには,小型のデジタルカメラを持って行きます。それはもちろん,行ったところの人や風景や自分自身の姿を写す為です。

 非力なので,できるだけコンパクトなカメラを持って行きます。数年前に少々無理をして買った重たい一眼レフカメラは,ほとんど活躍の場が与えられません。

 しかし,今のデジタルコンパクトカメラのシャッタースピードは余りのも遅すぎます。被写体が動いて人物の時には,自分の狙った時にシャッターが切れたことがありません。シャッターボタンをを押して1,2秒経った後にしかシャッターが切れません。だから,動いている人物の写真はどれもこれも間抜けな写真になってしまいます。

 一方風景はといいますと,これも自分が感動したものの1分の1も伝わって来ません。これはシャッタースピードは関係ありませんが,風景の大きさのせいだと思います。肉眼で見るときは,大きな風景が圧倒的な美しさで迫ってきますが,写真にすると,ほんの小さなスナップになってしまいます。

 折角写した写真も,プリントアウトした後はほとんど1度か2度しか見ません。それなら撮らなければ良いのにとも思うのですが,写真を撮ることが好きなので,旅行に出かける時には,カメラを忘れることはないでしょうネ。

 好きなものというのは,合理的な解釈はできないようです。
 


コメント

1リットルの涙

2005年12月24日 | Weblog
 先日1リットルの涙というテレビドラマを初めて見ました。初めて見たテレビは最終回でしたが,大変感動的なドラマでした。

 実話だそうで,脊椎小脳変性症という病気のために25歳の若さでなくなった女性のドラマでした。この病気は身体を動かすことができなくなる病気で,ドラマでは,先ず歩けなくなり,字を書くことができなくなり,そして食べ物を飲み込むことさえできなくなりました。

 不自由な身体で書いたその女性の日記と会報への寄稿が,他の患者に勇気を与,感動を与えたという内容のドラマでした。

 その女性の口から「何で病気はあたしを選んだの?」という台詞がありました。その答えは誰にも回答することができません。

 最近,親戚の人が3人入院するという事態が発生しました。2日前に1人は退院しましたので,現在では2人が入院しています。幸いその2人は深刻な状況にはありませんので,盆休み正月休みが一緒に来たと思って静養に励んで欲しいと思います。

 生きているだけで,元気で働けるだけでも十分幸せなことです。クリスマスプレゼントなんかを要求したら,...。

 



コメント   トラックバック (1)

危うく無銭飲食

2005年12月23日 | Weblog
 休みになると子供2人を連れて,良く近くの本屋に行きます。天気の良い日は自転車で行くのですが,雨の日は車になります。

 今日も3人で本屋に行き,近くの焼き肉屋に行きました。普段は本屋からそのまま帰るのですが,今日は何となくご飯を食べて帰ろうということになり,子供の好きな焼き肉を食べることにしました。ランチメニューだとラーメンの値段とそんなに変わらないことも魅力の一つです。
 
 焼き肉を食べ終わり,いつものように「ご馳走様」と言って外に出ました。すると子供が「お金払った?」と言ったので,その時に初めて支払いがあることに気づきました。

 いつもは愛妻がお金を払うので,家族で出かけた時の私には,お金を払う習慣がありません。今日は愛妻がいないにも拘わらず,当然支払ったものとの錯覚に陥ってしまいました。

 イヤハヤ,危うく無銭飲食をするところでした。習慣は恐い!


コメント

心のもちようーADRの研修を参考にしてー

2005年12月21日 | 心のもちよう,思い出
 昨日,シナリオの原稿の催促がありました。

 そこで,「1日は24時間しかなく,その内8時間は睡眠に充てるので,残りが16時間しかない。16時間の内,10時間は仕事をしているので,残りの6時間で3度の食事をし,風呂も入るので,とても平日はできない」と答えると
 
「この前のADRの研修会で勉強したように,後6時間しかないと考えるか,後6時間もあると考えるかで,できないと思っているものも,できるようになるのではないか」との回答が返ってきました。

 言われた時はナルホドと思いましたが,同じ人から「手が回らないので,講師への就任の依頼の文章を作って欲しい」と言われました。

 ナルホド彼は色々なことをしているので仕方ないと思ったのでが,「手が回らないと考えるか,まだまだできると考えるかで,自分で作りたくなるのではないか」と回答すれば良かった。

 まだまだディベート術が身に付かない師走です。
コメント (3)

一年ぶりの変則的同窓会

2005年12月20日 | Weblog
 中学2年の時に隣のクラスにいた同級生から,一年ぶりに同窓会をしようよという電話がありました。
 
 私が,城西中学校(当時日本一のマンモス校)を卒業したのが昭和47年で,その友人と知り合ったのは,中学2年の時ですから,昭和45年の話です。

 最近不動産取引の立会いに行っても,昭和45年生まれの方が珍しくなくなってきていますので,思えば年を重ねてきたもんです。

 去年の同窓会が,昨日のことのようですが,楽しい酒は幾つになっても良いものです。飲み過ぎると大変ですが・・・
 
コメント