平尾バプテスト教会の礼拝説教

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会での、日曜日の礼拝説教を載せています。

2013年4月14日 子供は死んだのではない

2013-07-09 23:11:05 | 2013年
マルコによる福音書5章21~43節
子供は死んだのではない
(召天者記念礼拝)

 本日は、召天者記念礼拝です。すでに神様の御元に召された方々のことを想い起こすと同時に、残されて、それぞれの人生を歩んでいる私たちが、今の歩みやこれからの歩みを見つめ直すときともなればと思います。そして、私たちの希望の源が、どこから来るのかを、ご一緒に考えることができればと願っています。
 先ほど、読んでいただいた聖書の物語には、二人の女性が登場します。一人は、会堂長ヤイロの12歳になる娘です。もう一人は、12年もの長きにわたって出血の止まらない女性です。二人とも願いは叶えられました。
 しかし、それまでに至る経緯を見ますときに、私たちには、イエス様によって願いを叶えていただくに際して、いくつかのことを教えられます。ヤイロの娘の場合はどうでしょうか。ヤイロは、会堂長でした。最近、町で評判になっているイエス様と弟子たち一行が、会堂でどのようなことを話しているか、どのような業を行っているかは、会堂長のヤイロは、聞き及んでいただろうと思います。ひょっとして、自分でも話を聞き、病を癒すという奇跡を見ていたかもしれません。
 それと同時に、イエス様たちが、従来の律法に対して、どのような立場をとっている者たちかもわかっていたのではないでしょうか。安息日に対しても幅のある考え方をしていたイエス様は、ユダヤ教の指導者たちから反感をかわれておられました。ヤイロは、イエス様たちに対しては、複雑な心境でしたでしょう。しかし、いざ、自分の娘が、病で死にかかっている状況に至ったとき、娘を癒してくれる人は、もうイエス様しかいないと判断したようです。
 「イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った」とあります。そして、こう言ったのでした。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手をおいてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」。ヤイロは、イエス様が、娘の上に手をおいてくれさえすれば、病は治ると信じています。治るかどうかわからないけれども、やってみて欲しいというのではありません。助かると信じておりました。それから、この出血が止まらない女性もまた、そうでした。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思って、そのようにしました。イエス様から、この女性は、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」と言われました。
 ところで、このお話にはハラハラドキドキのドラマがあります。ヤイロは、使いのものを差し向けるのではなく、自分でイエス様を直々に呼びに行きました。それは、何が何でも、イエス様に来ていただきたい、一刻も早くに、自分の家に来ていただきたいと願ったからでしょう。娘は、瀕死の状態にあります。できるだけ早く、イエス様を娘のところに連れて行きたいと思いました。
 ところが、途中で、この長く出血が止まらない女性がそれを阻むのでした。この女性もまた、イエス様を待っておりました。彼女は、12年もの間、この症状が治まらず、それで、多くの医者にかかったのですが、かえってひどく苦しめられることとなり、全財産を使い果たすということになりました。おまけに、医者にかかった結果、体はますます悪くなっておりました。イエス様のことを聞いて、群衆に紛れ込み、後ろからイエス様の服に触れました。
 当時、死体とか血というものに触れると汚れが移ると考えられていた時代でしたから、このような女性は病気の中味がわかると、おそらくひどい差別を受けたものと思われます。ですから、人前においそれとは出ることもできなかったでしょう。そのようなこともあって、彼女はそっとイエス様の服に触れたのでした。そうすると、すぐに出血が止まって病気が癒されたことをこの女性は、感じました。同時に、イエス様も、自分の体から力が出て行ったことに気付いたのでした。
 それで、イエス様は、私の服に触ったのは誰かと言われて、辺りを見回したりしておられました。弟子たちは、群衆がこのように、イエス様に押し迫っている状態なのに、誰が触ったかなど、何を言っているのだろう、と思いました。しかし、イエス様には、この癒された女性と直に出会うことが必要でした。女性は、恐ろしくなり、震えながら進み出て、ひれ伏して、すべてをありのままに話しました。すべてをありのままに話す、これは、イエス様に祈り求めるとき、今の私たちにも求められていることです。
 イエス様はこの女性に「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気で暮らしなさい」と言われました。何とありがたい言葉でしょうか。このような言葉を誰しもが、期待しております。もし、癒されたかもしれないけれど、そのままであったならば、イエス様との人格的な出会いはなかったでしょう。
 イエス様と出会ったからこそ、イエス様から、あなたの信仰が実はあなた自身を救ったのだ、ということ、また、もう安心して、これからは歩んでいったらよいこと、もう二度とこの病気に恐れることなく、元気で暮らすことができることを、宣言されたことは、どんなにか、彼女の力となったでしょうか。彼女は、自信と勇気と希望と平安をいただくことができました。これまでは、臆病で、失望と不安のなかにあった彼女でした。イエス様との直接の人格的な出会いによって、彼女は新しくそれまでとは違った人生を歩むことになったのでした。
 一方、ヤイロは、このようなイエス様に苛立ちをおぼえていたに違いありません。一刻も早くに、危険な状態になっている娘が待つ、自分の家に帰りつきたいのに、どうして、そのことをわかってくれないのだろうか。そうこうしている間に、娘が死んでしまったらどうなるのだ、頼むから急いでほしい、そういった気持ちでしたでしょう。
 ところが、イエス様が、この出血が止まらない女性とまだ話しているとき、ヤイロの家から人々がやってきて、「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう」と告げたのでした。ついに、ヤイロが恐れていたことが現実のものとなりました。だから、急いで欲しいと願ったのに、と、ヤイロは、口に出して言っていませんが、彼は、絶望の思いとやるせない思いで、胸が張り裂けんばかりだったでしょう。
 そしてまた、このヤイロの娘の死を知らせに来た人々の反応は、至極当然のことと思われます。死んだのであれば、もう、おしまいであって、これ以上は何もできないということです。「もう、先生を煩わすには及ばないでしょう」。
 さて、この物語では、イエス様が成そうとしていることを妨げる出来事が起こります。成そうとしていたのは、ヤイロの瀕死の状態にある娘を癒すことでした。そして、それを妨げた出来事は、長い間出血の止まらない女性の癒しでした。この女性の癒しの出来事さえなければ、間に合っていたことでしょう。しかし、これこそが聖書が私たちに教えている大事なことなのではないでしょうか。
 ヤイロの立場になれば、一刻も早くに家に帰りつくことが第一です。しかし、この女性にとっては、自分の病を癒してもらうことが第一です。彼女はもう十分過ぎるくらいにひどい目に遭ってきました。彼女は癒されねばなりません。イエス様との出会いは、双方にとって癒しを可能にしてくれるのです。私たちが、忍耐して他者へ愛を注ぐという行為は、まさに、このイエス様の愛を自分の内に持つということです。自分が真実に癒されるということは、他者が癒されるという出来事のうちになされるのでなければ、本当ではないのです。
 イエス様は、この両者をつなぐのです。私たちは、このイエス様にふりかかる妨げの出来事を喜んで歓迎することです。他者の救いが優先される、そのことを喜び、自分の番を待つのです。自分の番が来ないことはありません。イエス様のなさったことを通して、ヤイロは、きっとのちにそのことに気づいたのではないでしょうか。イエス様は、人間に仕えるためにこの世に来られました。ご自分を求める者がいる以上、イエス様は寸暇を惜しんで、その者に仕えられます。
 さて、ヤイロに伝える人々の話を聞いているヤイロの絶望に満ちた顔をイエス様は見たでしょう。イエス様は、「恐れることはない。ただ信じなさい」とヤイロに告げました。この期に及んで、いったい何をどう信じろと言うのでしょうか。家につきますと、人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのをイエス様はご覧になりました。そして、「なぜ、泣き騒ぐのか。子どもは死んだのではない。眠っているのだ」と言われます。
 人々は、イエス様を嘲笑ったのでした。もちろん、子どもは、既に死んでおりました。人々は眠っていると言われるイエス様をこの男は何ということを言うのだ、ちょっと変な奴だと思ったようです。しかし、私たちにとっては、このイエス様の「子どもは死んだのではない。眠っているのだ」という言葉は、大きな希望です。イエス様には、死は、そのように捉えられる事柄なのだということです。
 私たちの死は、いっときの眠りに過ぎず、イエス様がこの世に再び来られるとき、私たちは復活に与り、イエス様と共に永遠に神の国に生きる者とさせられるという希望に私たちは生きています。テサロニケの信徒への手紙一の4章15節からのところでパウロも述べています。「主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで、生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。
 すなわち、合図のラッパが鳴り響くと、主ご自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります」。
 イエス様がそこにおられた、その娘のところにおられた、そのことが、娘は眠っているだけである、という事柄を可能としているのです。生も死もすべてを司っておられる神様には、それは、眠っているに過ぎないのです。むしろ、その後の永遠に続く、神様の国、私たちのほんとうの故郷での生が、大事なのだと私たちは教えられています。イエス様は、そこにいた人々を皆外に出して、ペトロとヤコブ、ヨハネ以外の弟子たちを一緒に連れて行くことはなさらず、娘の両親と共にこどものいるところへ行きました。
 そして、子どもの手を取って、「タリタ・クム」、と言われたのでした。どうして、この言葉だけが、そのままの言葉として残っているのでしょうか。この「タリタ・クム」というのは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味であると説明がなされています。もともと、イエス様はアラム語という当時のガリラヤ地方の方言で話をされていたと言われています。
 共通語は、ギリシア語でした。その方言の音がそのまま残っているのです。それほどに、このお話は、この物語を語り伝えていった当時の人々にとって、とても印象深いものだったのだろうと思われます。私たちもまた、このイエス様の差し伸べられた手を握って、起き上がることができるでしょう。
 それから、この少女は、すぐに起き上がって歩き出しました。聖書は、「もう十二歳になっていたからである」と説明しています。女性で12歳と言えば、6年生か中学一年生くらいです。大人のちょっと手前です。この娘のことをヤイロは、イエス様に「私の幼い娘が死にそうです」と訴えました。ところが実際は、12歳だったのです。この子は、障害があり、ずっと寝たきりだったのではないか、と私には思えます。
 父親にとっては、いつまでたっても幼い私の愛する娘だったのでしょう。そして、病気になり、イエス様から癒されたのをきっかけに歩けるようにもなった、それで、「もう十二歳になっていたからである」というような書き方になっている、という理解です。そうであれば、病になる前以上の祝福を受けたことになります。これは、あくまでも想像ですので的を得ているかどうかはわかりません。はっきりしていることは、この子は、年齢相応に元気になったということです。
 そして、イエス様は言われました。「食べ物を少女に与えるように」。彼女が、日常の生活に戻ったということを表しております。あの出血が止まらない女性にもまた、「もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」と言われました。人々が、自分の生活に戻っていくことをイエス様は願われています。しかし、同時に神の国に希望をおくことを通して、今の生活を絶対化したり、逆に今の生活に落胆したりすることもないように、解放されて生きていくこともまた、教えておられます。
 私たちの最終的な希望は、死でおわらないもの、「娘は死んだのではない」ということです。聖書では、罪の報酬が死です。罪の結果、人間は死で滅びます。しかし、イエス様がわたしたちのために十字架におつきになったことで、その罪は赦されました。死で終わることのない、永遠の命が約束されています。
 召天者記念礼拝の今日、私たちは、既に天に召された方々のことに思いを馳せております。一人の死は、この地上では、一人の存在が見えなくなり、とても悲しく、寂しくなる出来事ですが、しかし、天においては、一人の人が増え、そこで、神様がその方とずっと共にいてくださる出来事であって、そのことのゆえに私たちは平安でいられます。


平良師

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