平尾バプテスト教会の礼拝説教

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会での、日曜日の礼拝説教を載せています。

2018年2月4日 回復の物語

2018-03-24 15:56:23 | 2018年
私たちは福音を語ることをイエス様によって求められています。福音とは、私たち一人一人の人生において最高のすばらしい知らせです。それは、イエス様との出会いによって与えられます。このゲラサの地で、汚れた霊に憑りつかれていた男は、墓場を住み家としておりました。それは、滅びてしまった人々の亡骸が埋葬されている場所でした。そして、そこで昼も夜も叫び、自分の体を傷つけ、見るに見かねた人々が、彼を鎖で縛ったり、足枷をしたりして、おそらく、自分たちに危害を加えぬようにと拘束していたのでしょうが、それすらもちぎってしまうほどの強暴な振る舞いをしていたのです。イエス様は、彼に向かって「汚れた霊、この人から出て行け」と言われました。彼は、「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい」と言ったのです。イエス様が彼の名を聞くと、レギオンということでした。ローマの約5千人の軍団を表す名前でした。たくさんの汚れた霊が彼のなかに入っておりました。汚れた霊は、イエス様に、自分たちをこの地方から追い出さないで欲しいと願い、ついには、豚の中に乗り移ることを願い、イエス様がそれをお許しになったので、汚れた霊は、豚に入り、そのまま豚は崖を下り湖になだれ込みおぼれ死んでしまいました。その数は、2000匹ほどでした。豚飼いたちは逃げ出して、町や村に告げ知らせ、その結果、その地方の人々は、イエス様にその地方から出て行ってもらいたいと言いました。悪霊に憑かれていた男は、イエス様についていきたと申し出ましたが、イエス様から、自分の家に帰り、身内にイエス様がされたことを知らせるように伝えました。彼は、イエス様がしてくださったことをことごとくデカポリス地方に言い広め、それを聞いた人々は驚いたのでした。彼は、本来の自分を回復することができました。そして、自分にイエス様がしてくださった出来事を物語っていきました。 . . . 本文を読む

2018年1月14日 イエスはその人たちの信仰を見た

2018-03-22 13:00:35 | 2018年
救われた者たちは、イエス様がこのわたしを見ているという意識をどれほどに持っているでしょうか。イエス様が、この中風の人を癒されたのは、何ゆえだったでしょうか。それは、中風の男を癒してもらおうと、その男を連れてきた4人の男たちが、群衆に阻まれてイエス様のいる家の中に入ることができなかったので、イエス様がおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり下ろしたのをご覧になったためでした。そして、イエス様は、「その人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、あなたの罪は赦される』」と言わたしれたのでした。中風を患っている本人をはじめ、彼の信仰に従い、この4人の者たちの信仰も含め、イエス様はよしとされたのでした。人さまの家の屋根を勝手にはぐなど、とても考えの及ばぬことでした。本人の、自分がイエス様に触れてもらえさえすればという気持ちはもちろん、この4人もまた、中風の男をイエス様のところへ連れてきて、触れてもらえさえすれば、きっとこの男の中風は治る、そのように信じたのでした。イエス様だったら、何とかしてくださるに違いない、今できる最善のことは、屋根をはいでまでしても、この男をイエス様のところに連れていくこと、それ以上のことはないと考えたのでした。しかし、待つことはできなかったのでしょうか。彼らにとって、大切なことは、今この時にしかない、といった心情でした。それは、聖書には、随所に書かれていることで、神様からの召命といったことと深い関係があるのでしょう。今、このときに、あなたへの呼びかけが神様からなされている、それは、この瞬間であって、1週間待ってください、そして、よく考えてから決断致します、そういうわけにはいかない性格のものなのです。今、そのときに、決断しなければならないのです。まして、そのことが、罪の赦しと深くかかわっているのであればなおさらでした。 . . . 本文を読む

2018年1月7日 神の国は近づいた

2018-03-21 21:33:15 | 2018年
2018年は、マルコによる福音書から始まります。マルコがとらえているイエス様のお姿があります。それは、他の福音書記者であるマタイ、ルカ、ヨハネとは違います。少なくとも、マタイやルカと違い、イエス様のご降誕に際しての物語には、関心がないように見えます。マルコにとっての福音の中身は、イエス様の十字架と復活がその中心であることに変わりませんが、それだけに限定されません。ガリラヤでの生き生きとされた活動や語られた話の内容もまた、福音の中身だとも言えるでしょう。イエス様の公的な活動は、荒野から始まります。荒野で悔い改めのバプテスマ(洗礼)を授けていたヨハネから、イエス様ご自身がバプテスマを受けます。そのとき、天から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」との声がしたとあり、このときからイエス様は、完全なる神の子として、神様から全権を委託されて、神の福音を宣べ伝える働きをされていくのです。その冒頭で、イエス様は、これまた荒野でサタンの誘惑を受けます。そもそも荒野という場所は、神様の敵対する諸力の住む場所、人間の命を脅威にさらす混沌とした場所、と同時に、神様のおられる場所、そのようなところでした。また、40日という数自体も誘惑と試練に満ちたときを意味しています。マタイやルカと違い、そこでサタンに勝利したという記述はなく、野獣と一緒におられ、天使たちも仕えていたとあるだけです。つまり、マルコでは、この世にあって、イエス様は、神様に反する、あるいは、神様不在のこの荒野のような現実の世で、サタンと戦い続けていき、そしてまた、その戦いは常に勝利し続けるものであることを伝えているのです。イエス様は、ガリラヤに行かれ、そこで活動をされます。それは、神様の救いからほど遠いと思われていた人々へ「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と呼びかけるためでした。 . . . 本文を読む

2017年12月24日 クリスマスの喜び

2018-03-20 22:06:35 | 2017年
この2章の1節から21節のお話は、3つの場面から成っています。一つは、皇帝アウグストゥスの勅令によって、ローマの全領土の住民が自分の出身地に行って住民登録をしなければならなくなり、ヨセフとマリアも、ベツレヘムに戻ってきたという話です。そして、そこでマリアは月が満ちて、イエス様を産んだけれども、宿屋がなくて、飼い葉桶に寝かさなければならなくなったという場面。もう一つは、丁度その頃、その地方で、羊飼いたちが野宿しながら、羊の番をしているところへ、天使たちが現れて「わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。その方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」と言われた場面です。そして、三つ目は、この天使たちの御告げを信じた羊飼いたちが、実際にベツレヘムへ行って、飼い葉桶に寝かせている乳飲み子を探し当てたという場面です。身重でありながら、権力者の一存で、命の危険にさらされるマリアでしたが、それは、マリア一人に限らず、まさに、大勢の人々が、右往左往させられたことでしょう。何といっても、最初の住民登録だったとあります。それから、神の独り子でありながら、宿屋がなく、家畜小屋の飼い葉桶に寝かされることとなったというのは、最初から、この方は、世の権力者とは違う形のメシアであるということです。そして、羊飼いたちは、野宿しながら羊の番をしていたというのですが、住民登録には、これらの人々は、手続きしなくてもよかったのでしょうか。住民登録は、権力者が税金を集める元となる台帳を作るためのものでした。そうした対象者として、羊飼いたちは考えられていなかったのでしょうか。もしそうであれば、そうした貧しい者たちの所へ、一番にメシア誕生の知らせが届いたということです。 . . . 本文を読む

2017年12月10日 主があなたと共におられる

2018-03-19 22:04:22 | 2017年
天使ガブリエルは、エリサベトが身ごもってから、6ヶ月目にガリラヤのナザレという町に神様から遣わされました。それは、ダビデ家のヨセフのいいなずけのマリアのところに行くためでした。ガブリエルは、「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさ。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」と言いました。マリアは、咄嗟に「どうして、そのようなことがありましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と言い、ガブリエルは、「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」と言いました。ガブリエルの御告げは、マリアには、とても恐ろしいことだったに違いありません。そして、それは、とても恵みとは思えないことだったでしょう。ヨセフにどのように説明をすればよいのか、ということもあります。マタイでは、天使がヨセフにそこらのことを説明したことになっていますが、ルカにはそこらの記事はありません。ただ、マリアを納得させるものがあったとしたら、親類のエリサベトが年をとっているけれど、神様のお力で男の子を宿し、既に6ヶ月になっているということくらいだったでしょう。マリアは、ガブリエルの「神にはできないことは何一つない」という言葉を信じました。そして、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と告げました。マリアは、これから自分の身に起こること、そして、それがどのようなリスクを伴う出来事になるかもしれないことを覚悟したことでしょう。それらのことを誰にも相談することなく、自分一人で決め、受けていくのです。「主があなたと共におられる」そのことだけを頼みとして。 . . . 本文を読む

2017年12月3日 沈黙をしいられるとき

2018-03-16 18:27:29 | 2017年
今日からアドヴェントに入ります。聖書の箇所は、バプテスマのヨハネの誕生に際してのお話です。彼の父親は、ザカリア(「神が思い出してくださった」という意味)といい、母親は、エリサベト(「神は我らを守ってくださるために誓いを立てられた」という意味)でした。ちなみに二人に与えられたヨハネは「神は慈しみ深い」です。ザカリアもエリサベトも「神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがない」者たちでした。しかし、エリサベトは不妊の女性で子供がなく、おまけに二人とも既に年をとっておりました。祭司であったザカリアは、くじで聖所に入って香をたくこととなり、そのようにしていたところに天使ガブリエルが現れ「ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。・・彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる・・」と言いました。まず、子供が与えられることをザカリアは諦めることなくずっと願っていたということがわかります。その願いを神様はお忘れになることはなかったということです。あるいは、彼の願いを神様は思い出してくださったのでしょうか。また、この名付け親は、神様ですから、この子が単なる我が子ではないこともわかります。そして、このとき、ガブリエルを通して神様は、二人に対して誓いを立てられたということも言えます。そして、このヨハネをとおして、慈しみ深い神様は、イスラエルの多くの人々を神様のもとに立ち帰らせることを望まれたのでした。ザカリアは、この天使に、告げられた内容が真実であるという証拠(しるし)を求めました。天使は、「わたしの言葉を信じなかった」と、告げたことが実際に起こる日まで、ザカリアが話すことができなくなると告げます。私たちが年を重ねて弱り果てようとも、神様が必要とされればいつでも「勇者よ」です。 . . . 本文を読む

2017年11月26日 主の僕

2018-03-15 22:38:22 | 2017年
主の僕とは誰なのでしょうか。第二イザヤその人という説があります。それから、捕囚の民となっているイスラエルの人々、三つ目が、来たるべきメシアを指しているのではないか、ということです。ここに登場する僕の外見は、「見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない」とあります。それから「多くの痛みを負い、病を知っている」ともあります。つまり、彼は、風貌はさえなく、誰がみても病人であったということです。それから、彼は「わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた」とあり、差別されておりました。しかし、彼がしたことは何であったかが書かれています。「彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった」、「彼が射し貫かれたのはわたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのはわたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」、そして、それらのことはどうしてなされたのかというと、「わたしたちは羊の群れ、道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わされた」、「わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを」、「わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために彼らの罪を自ら負った」、「彼が自らをなげうち、死んで、罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのはこの人であった」、とあります。この僕は、実際は誰であろうと、キリスト者たちの多くは、この主の僕の姿とイエス様の姿が、特に十字架に至るまでの、そして、十字架上のお姿があまりにも合致すると思うのです。福音書記者たちは、当然、このイザヤ書53章の内容は知っていたはずですから、そこに、イエス様のお姿を見出し、それとの重なりを意識しながら福音書を記していったのでしょう。 . . . 本文を読む

2017年11月12日 何事も用いられる神

2018-03-11 21:48:20 | 2017年
キュロスというペルシア帝国の王が、自分たちを苦しい状況から救い出す人物となるとは、捕囚の民、イスラエルの人々は考えもしないことでした。キュロスは、ユダヤ人たちへの解放令やエルサレム神殿の再建許可などを出しました。彼は、植民地について寛容な政策をとりました。「主が油注がれた人キュロス」とあるように、神様が立てた人でした。そして、「わたしは彼の右の手を固く取り、国々を彼に従わせ、王たちの武装を解かせる。扉は、彼の前に開かれ、どの城門も閉ざされることはない」とありますが、ここでは、キュロスが、バビロンと壮絶な戦いをすることなく入城を果たしたことがわかります。神様が、用いる者はすべてこのようだとは言い切れませんが、ここでは、そのようなやり方で勝利を導かれました。「むなしいしるしを告げる者」、「占い師」、「知者」とは、バビロンの占星術師たちを指していますが、彼らは、相変わらずバビロンの支配を語り続けていたのでしょう。しかし、神様は、着々とご自身のご計画を進められ、エルサレムに再び人が住み着き、ユダの町々が再建され、廃墟となっていたところを再興することを告げられます。それは、かつてエジプト脱出のときに葦の海を渡らされた神様の偉大な力を彷彿させるのでした。そのためにキュロスを用いられるのですが、神様は彼のことを「わたしの牧者、わたしの望みを成就させる者」だと、言われます。私たちは、神様はいかなるものをも、ご自身のご計画のために用いられると、理解させられます。たとえ、敵であろうと思しきものをも、そうされるのです。今日は、礼拝のなかで子ども祝福式をします。子どもにとって、幼稚園や学校は、最初の社会性を身につける場となります。そこでは、自分を守ってくれる親以外の、ある意味では、相性の合わない者との共生も必要となることを教えられます。神様は、意外な手段を用いて、人間の成長や救いをお考えになることがあります。 . . . 本文を読む

2017年11月5日 慰めよ

2018-03-10 14:02:43 | 2017年
イザヤ書では、1章から39章に、南ユダがバビロン捕囚に遭う前の生活が描かれ、40章から55章が、捕囚が終わる頃の生活、そして、56章から66章に、捕囚後の生活が語られています。そして、40章から55章は、第二イザヤという人物が記したと言われています。つまり、イザヤが活躍したのは紀元前740年頃なのですが、捕囚から解放されるのは、それから約150年後のことです。ですから、1人の人間がそこまで生きて働くことは難しいということで、この第二イザヤという人物の存在が考えられているのです。第二イザヤは、当然預言者イザヤの流れを汲む人であったと言われています。そして、聖書教育では、1節から8節の召命記事だけを扱っていますが、私たちは11節までを一つの区切りとして考えたいと思います。ここでは、イスラエルの捕囚の民が、故国へ帰還することになるという内容になっています。そして、同時にこの部分は、第二イザヤ全体の序にあたる部分ともなっています。イスラエルが南北に分裂した後のこと、北イスラエルはアッシリアに滅ぼされ、南ユダは、紀元前586年にバビロンに滅ぼされました。そして、多くの主だった人々が、捕囚となって、バビロンに連れていかれました。それから、50年ほどして、ようやく解放され、あのエルサレムに帰還できるときがやってきたのです。神様は、「慰めよ、わたしの民を慰めよ」と言われます。南ユダが滅ぼされ、故国を失ったイスラエルの民、バビロンで捕囚として苦しい日々を強いられた人々を神様は第二イザヤに「慰めよ、わたしの民を慰めよ」と言われました。これが、第二イザヤに与えられた召命の意味するところでした。その中身は、捕囚から解放されること、救済されることでした。そして、この40章から55章のなかに、捕囚の民の解放の前提となる罪のゆるしの宣言と、苦難とその意味が述べられています。 . . . 本文を読む

2017年10月29日 勇者よ、主はあなたと共におられます

2018-03-09 12:46:02 | 2017年
3人の友人が来て、ヨブを慰めようとしましたが、ヨブが自分は正しいと強く確信している姿を見て、それに答えるのをやめます。そこで、次にエリフという人物が現れて、ヨブに言います。彼は、ヨブが神様よりも自分の方が正しいと主張するので怒り、同時に、ヨブの3人の友人が、ヨブに罪のあることを示す適切な反論を見出せなかったので、彼らに対しても怒ったのでした。彼は、3人よりも年下であったので、議論に加わりたいところを我慢しておりました。エリフは、ヨブの発言内容を「わたしは潔白で、罪を犯してはいない。わたしは清く、とがめられる理由はない。それでも神はわたしに対する不満を見出し、わたしを敵視される。わたしに足枷をはめ、行く道を見張っておられる」と捉え、ここにヨブの過ちがあると主張します。彼は、「なぜ、あなたは神と争おうとするのか。神はそのなさることをいちいち説明されない。神は一つのことによって語られ、また、二つのことによって語られるが、人はそれに気がつかない」。つまり、エリフは、ヨブの神様としている格闘の姿を理解できない、と述べるのです。神様が、どうして、そのような苦難をヨブに与えたかについては、おそらく深い意味があるのであって、それをいちいち説明することはなさらない、というのがエリフの考えでした。さらに、そうは言っても、実は、少しは神様はそれを察することのできるしるしをいくつか与えているのですが、人間はそれに気づくことはないとも考えていました。そのようなエリフの語りのあと、神様は、嵐の中からヨブに答えられました。それは、まさにエリフの言うとおりのことで「これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて、神の経綸を暗くするとは」というものでした。その時のヨブには、「そのとおりです」と答えたように、全く頷けることができました。おそらく、ヨブは神様が応答してくださったということだけで十分だったのではないでしょうか。 . . . 本文を読む