貧々自適

仕事のかたわらデジカメを構えたり
季節のうつろいや人の優しさに触れ感激する
そんな貧乏オヤジのつれづれ帳です

センセイ

2008-07-27 00:56:07 | よもやま話
「先生」に関する記事が続いたので、やっぱりコレに触れないわけには
いかないでしょう。 参考記事
市区町村から国会に至るまで、その議会議員も「センセイ」と呼ばれます。
もちろん、公務員としての高潔な理想を胸に、立派な見識を持たれている方が
大多数と思われますが、中には履き違えている方もおられるようで…
いわゆる「支持者」からの請託を受け、合否を事前に聞き出すということが、
『すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない』-日本国憲法第15条2
に抵触している、とは思わないのでしょうか?
「センセイ」と呼ばれるようになって、常識が欠落してしまったのか?
もちろん、すり寄って「おこぼれ」に与ろうとする支持者も同罪ですがね。
そして議員に貸しをつくって予算獲得に便宜を、という安易な手段に手を染めた
教育委員会に「教育」を語れる資格があるのか?
「仕事」で予算なんてとってくるもんだろ?

さる「良識ある」知人から聞いた話で、別に告発するつもりはありませんが、
↓を。

左の写真、最初は坂上にある一軒家への登り道と思っていました。
知人の話によると、この道ができるまでは上に小さなため池があるだけの山道で
何もなかったそうです。
池の補修や山崩れ防止のための道路改修という「ふれ込み」で工事が始まり、
完成後、近所に住む市会議員の娘婿の住居が建ったので驚いたとか。
右の写真は、100mたらず登ったところで右隅にその住居が。
道はさらに2~30mつづら折に続き、荒れ果てたため池横で途切れています。
ため池付近は草ボウボウ、水路は枯れ枝や葉っぱが残り、自殺者も出たとか。
幅4mたらず、ガードレールがついた立派な舗装道路の途中に娘婿の家がある、
なんてちょっと「出来過ぎ」って言われてもおかしくない。
 ※事実関係を再確認、7.28夜加筆訂正しました

私が以前住んでいた家、何度も高潮で床下浸水したというのを前に書きましたが、
近所の人が「市会議員に言って、何とかしてもらったら?」と。
私はそんなことが好きじゃないので断って、引っ越しました(笑)

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2 コメント

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先生は道を説く人 (林の子)
2008-07-31 14:28:44
相変わらず(?)冴えた弁舌…、と読みながら苦笑しています。
慣習通り、前例通り、それが「先生」たちの道だし、
慣習・前例を少し外れると「先生」ではなくなるものだそうです。
ごく一部の…、悪事が表沙汰になるとその周囲の方たちは
自分にはどうしようもないことだった、悪いとは気がついても
止めることが出来なかった、と保身に回っている。

日本人の、寄らば大樹の影根性が一番如実に現れるのでしょうね。
新聞などもその悪事に一方では加担しながら、ばれてしまうと、
徹底して持っている情報を組み合わせてばら撒く。
だからこそ、持ちつ持たれつの記事が横行しているのだと思います。
私など、「気ままな人生、波風立てても所詮はあと20年の命」、
そう思って暢気に好き勝手なことをほざいています。
誰も本気で正そうとしないのなら、イライラばかりを
募らせる方が無駄だし、政治家先生になるだけの「金」も持ち合わせていないのですから。

先生は、道を説く人だった筈ですけれど、今では税金で道を造る人になってしまったようです。


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「健在」かなぁ…(笑) (讃岐の団塊オヤジ)
2008-08-01 01:22:37
『上司の言うことにハイハイと従わないヤツ』って、確か30年たらず前に言われましたっけ(笑)
未だに「そんな部分」が残っているとしたら、進歩がないのか、ポリシーが変わってないのか…
自分では多少「カドがとれてきた」とは思ってるんですけどね。
もちろん、林の子さんの「影響」も大ですよ、感化されやすいですから(笑)

中一のとき福崎に転校し、中二・三年の担任の先生(教科は国語、部活は陸上競技)を忘れられません。
個人的に何か言われた、ということは憶えてませんが、仰るとおり「道を説く」ということだったのでしょう。
もちろん戦争体験があり、病気で休まれていたとき自宅へお見舞いに行ったら「軍刀」を見せてくださいました。
教え子が「それ」を見て何を感じ取るか、ということだったのかな?と今にして思えば分かるような気がします。

時代のせいにするのは好きじゃないけれど、「先生の存在価値が変わってしまった」のかもしれませんね。
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