貧々自適

仕事のかたわらデジカメを構えたり
季節のうつろいや人の優しさに触れ感激する
そんな貧乏オヤジのつれづれ帳です

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夏の大三角

2014-06-20 01:55:54 | 趣味
日付が変わったので今日6月20日は結婚記念日(33回目)、なので仕事は休みにしました。
ということで、夜中にゴソゴソカメラと三脚を車に積んで屋島先端へ。
冒頭の写真は、春の大三角DXの火星が見えなくなっていたので代打「夏の大三角」です。
ぼんやり写っているのは天の川、右のアルタイル(彦星)はちょっと分かりにくいですが、
白っぽく写っているのがアルタイル、横の赤っぽいのはγ星(2.7等級)です。
目で見るより明るく写ります。

ついでに、北斗七星↓

岡山の街灯りが写り込んでます。
北斗七星で、ひしゃくの柄の先端から2つ目、ζ(ジータ)星はミザールといい見かけ上の二重星。
暗い方(4等級)はアルコル、これが識別できると視力1.0?と昔何かで見ました。
都会では難しいかも…
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お灸

2014-06-18 09:27:41 | 想い出話
2年足らず前に記事にしたNHK-BSの「にっぽん縦断 こころ旅」。
今また放映していて、今週は山形県を旅してます。
今朝、視聴者からの投稿で「お灸」の話が出て唐突に思い出した話を。

11年前に死んだ2歳上の姉が、小児喘息で苦しんでいた話は何度か書きました。
尼崎⇒福崎へ引っ越したきっかけの一つだったことは、生前のオヤジから聞いていましたが、
生活の大変さ、長時間通勤を覚悟せざるを得ないほど、尼崎の大気汚染はひどかった。
公立の中学では、一度発作が起きると最低一週間は休むことになり、たいへんだろうと
姉は芦屋の私立中学へ通っていました。(3年の夏休みまで)

姉は幼いころから特に秋になると発作が起き、運動会には出たことがありませんでした。
かかっていたお医者さんから「この子は、二十歳まで生きられるかどうか…」とまで言われ
あらゆる「民間療法」も試したのを憶えています。
胎盤埋め込み・整体・○○を飲ませるなど、果ては新興宗教まで…。
その中に「お灸療法」があり、背中の気管支の真上にお灸をすえるというのでした。
確か須磨(神戸市西部)の方にその治療院があり、小学校低学年のころだったか
三宮から市電に乗って一緒に行った記憶がうっすら残っています。

そんな思いまでして苦しんだ姉も高校進学後は元気になって、運動会にも出られるようになり
就職・結婚・出産という普通の人生を歩むことができました。
昭和40年ころ、発作を抑える薬(エフェドリンといった)を服用、劇的な効果があったらしい。
姉の背中に残った小判状の大きな「やいと」(大阪弁でお灸のこと)の跡を憶えているのが
一人減り、二人減り、姉の家族以外ではごくわずか。
そんな想い出を書き記して残してやれるのは私だけです。

【おまけ・その1】
昨日夕方、帰宅した家内と買い物に出たついでに孫太郎宅へ(笑)。
高松駅を過ぎたところで信号待ちをしていたら前方から救急車が接近。
すると右の道路から路線バスが交差点内へ進入!
思わず『こらぁ~、青(信号)でも入ったらアカンやろ!』と叫んでました
よっぽどバス会社へナンバー控えて通報してやろうかと思ったくらい。
もちろん、乗客のひとりだったら運転手に文句言ってます。

【おまけ・その2】
ワールドカップ、緒戦は残念な結果に終わりましたが、その横に大事な記事(朝日)が。
首相が「同胞を避難・輸送中の米軍艦船を守れない!」と大ミエをきった「集団的自衛権」、
その根底の論議(日本の優先度が低い)がおざなりになっている、ともいえます。
第一、もし「朝鮮半島で有事」となったとき、同胞救出・避難のための民間機・船舶に対して
自衛隊機や艦船を派遣し警護することに『憲法違反だ!』と騒ぐバカがどこにいる?
そんな(アテにならない米軍の警護)ことより、世界中のどこへでも同胞を救出に行ける「部隊」を作れよ。
大多数の自衛隊員の「士気の高さ」は、東日本大震災で証明済み。
国連や赤十字のマークを付け、日の丸を背負って飛んで行くというのは「軍隊の派遣」ではない。
それこそが「自衛隊」、そんな飛行機・艦船を襲撃するなんて国や組織は世界中から相手にされません。
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上空1800mから

2014-06-14 11:15:50 | よもやま話
前回ご紹介した「国土地理院」の航空写真。
その後も暇なときに見てましたが、左の「単写真」ってどういうの?と項目を開くと、
1931年以降10年きざみの航空写真がアーカイブされてました。
地図上にで表示され、終戦直後のものは「米軍撮影」というのも。

当然ながら「ふるさと」の写真はあるかな?(これも一部地域のみ)
なんと1961~1970年(昭和36~45年)の中に発見!。
撮影日付は昭和36年6月19日、私の生家上空1800mから撮影された写真でした。
祖父がその月の1日(ついたち)に死んでいますから、確実にその空の下に私がいて
調べると月曜日、川をはさんだ小学校に登校してたか?(笑)

「高解像度」で見てみると、自宅・倉庫はもちろん近所の2階建の長屋が識別できるうえに
その2~3年前からあったと記憶している、川に浮かべられていた材木までくっきり。
当時あったミツカン酢の工場や工事中だった国道43号※も写っています。
 ※自宅と小学校の間、現在はその上を阪神高速神戸線が通っている

「川の材木で遊んじゃダメ!」というお達しに逆らい、姉と遊びに行きドボン!
とっさに伸ばしてくれた姉の手にすがりつき、九死に一生を得た記憶が…
(ちゃんとした筏のように固定されてなくて、動いた材木の間に落ち込んだ)
カナヅチだったので、そのまま浮び上れずあの世行きは確実、姉は「命の恩人」です。

50年以上の時を経て、インターネットで家のアルバムの写真とは違った視点からの「想い出」が甦る…
便利な時代というだけではなく、「それ」を見ることができる自分の幸せを感謝しなけりゃ。

ちなみに、この36.6.19という日付、ウィキペディアによると「トヨタがパブリカを発売」とか。
パブリカ⇒スターレット⇒ヴィッツと続く大衆車の第一号です。(カローラは昭和41年発売)
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古い航空写真

2014-06-11 23:52:43 | 趣味
↑は夕方、たまたま外へ出たら偶然見えた虹。
デジカメを取りに戻り、電線のないところまで行ってパチリ!
後方の山は屋島南嶺の端です。
(よく見ないと分からないくらい薄かったので、コントラストなどを強調しています)

今日、何気なく「地図」のサイト(いくつかブックマークに入れている)を見ていて、
国土地理院のサイトがリニューアルされているのに気付きました。メインページ
ンッと目に付いたのが左の「写真」、その中に1974年~1978年という項目が。
昭和でいうと49年~53年、私にとっては神戸時代~高知時代になります。
あちこちのぞいて見ましたが、今はある大きな建造物などがなかったり、その逆もあって
懐かしさとさびしさがないまぜ…

私が今住んでいる屋島の塩田跡地、↑の一番古いのでは宅地造成の真っ最中らしき写真があって
帰宅した家内(当時は高校生)に「懐かしいやろ?」。
義父の勤めていた工場や当時住んでいた家のあった場所が写っていました。
県営住宅(現在は29棟)も建っていないし、私の今住んでいる地区も造成工事中。
(次の'79~'83年版には写っているが、子どもたちが通った小学校はまだ)

ちなみに、「ふるさとは今…」で触れた旧国鉄尼崎港駅や引き込み線は写ってました。
生家のあった地区も震災前ですからゴミゴミした街並みがうかがえます。
「全国くまなく」というわけではなさそうですが、昔あった生家がいまはない…というお方、
ひょっとして写っているかも…
(現在のに比べるとかなり不鮮明ですが)
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また暴言

2014-06-10 17:27:39 | よもやま話
今日お昼前、先日録画したNHKの「超絶 凄ワザ!『真球対決』」を視ていました。
前回は広島の「人工股関節の球体部品メーカー」、今回は大阪の「油圧精密部品メーカー」の技術者が、
技術と経験の限りを尽くして、「限りなく真球に迫る」という対決でした。
結果、20メートルの水平な平均台のようなバーを両者とも完走、引き分けになりました。
特に前回は、日本人と中国から(日本の技術にあこがれて)やってきた旋盤工の人が協力、
見事達成した時は抱き合って喜ぶ姿が見られました。
『そうだよ、お互いの気に入らないところばかり論うのじゃなく、いいところを讃えあえばいいのに』
と、日中問題に思いをはせていると「ピンポーン

何か荷物が届いたか、セールスか?と出てみると、初老の婦人の二人連れ、
「こんにちは、今日はタバコの害毒についてお話を…」
当然ながらカチン!、『私はタバコを吸いますから、そのお話を聞く気はありません

過去2度に渡って暴言を吐いている私、話の内容は分かってます。
「WHOがタバコは有害と認めている」「タバコとガンの因果関係が証明されている」
「喫煙者のみならず家族にも健康被害が…」「(タバコに起因する)医療費が○兆円」

高血圧や糖尿病の数値が厳しすぎ、「病人にされてしまう」という話を聞きます。
医者と製薬会社が結託、リベート&薬の売上げにタッグを組む、という悪いうわさも。
医者といっても千差万別、「グレーを黒」と言い張る人がいないとも限らない。
前回の暴言のときに書きましたが、「無害なタバコ開発」の話は聞かないなぁ。

ちなみに、ヘビースモーカーだった伯父は95歳まで長生きして老衰で亡くなり、奥さんも93歳まで。
同じくオヤジは60歳で早死にしましたが、死因はすい臓ガンでした。
30年以上連れ添った母は90歳まで長生き、因果関係はどのへんに?

JTガンバレッ(笑)
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春の大三角DX~2

2014-06-07 23:50:42 | 趣味
冒頭の写真は、先日の「じいじの出番」になった日に撮った、ウチでくつろぐ孫太郎。
おすわりが上手になったのはいいけど、ほふく前進のハイハイを始め、目が離せん
後ろの座布団は、コンセントガード(笑)
ひも状のものに興味があるのか、すぐ引っ張りに行き口に持っていくので危ない危ない。

当地は梅雨の中休み、「春の大三角DX」を撮ってきました。

右下のにじんでいるのは半月、そのすぐ左から順に「火星・スピカ・土星」で上の端がアークトゥルスです。
少し薄い雲がありましたがなんとか。
月を入れようとしたためアークトゥルスがギリギリ、今度はもう少し暗いところへ行ってちゃんと入れます。
↓は火星(右)とスピカのアップ。

色の違いがはっきり分かります。
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三瓶明雄(さんぺい・あきお)さん

2014-06-07 06:54:00 | 訃報
三瓶さんといっても一部の方しかご存じないかも…
日本テレビ系で日曜日の夕方放映されている「ザ!鉄腕!DASH(ダッシュ)!!」の農業の達人の方です。
昨日、福島・伊達市内の病院で亡くなられたそうです。(84歳) 読売の記事

欠かさず視ていたというわけではありませんでしたが、「TOKIOのメンバーに、できっこないやろ?」って
ツッコミ入れながらたまに。(手間暇かかる農作業のほとんどはスタッフがしているはず)
でもまぁ、いくつかのエピソードには「農業にたずさわる方々の苦労」が垣間見えました。
例えば、「無農薬…って簡単に言うが、使わないと(作物が)病虫害にやられ、収量がガタ落ちになる」と。
農家の方の苦労がしのばれ、バラエティでも「大事なこと」を教わることがあるもんです。

ちなみに、DASH村の所在地は秘密でしたが、私は「ある方法」で知っていました。
福島第一原発事故で「浪江町」と判明、企画も中止され公になりました。
三瓶さんも避難されましたが、最近は体調を崩され入退院を繰り返されていたとか。
原発事故で人生の晩年を狂わされた「被害者のひとり」といえなくもないでしょう。
(DASH村の企画でTOKIOや若い人たちから元気をもらいながら農業を続けていたら体調を崩さなかったかも…)
「朴訥」という言葉がピッタリの風貌の方でした。

TOKIOのメンバー、告別式に参列するのかな?
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また投稿

2014-06-05 22:59:18 | 趣味
今日夕方、前回の記事でお知らせしたNHKの番組で、私の投稿写真が放映されました。
(用事で出かけていたので録画して確認)
投稿写真のコーナーは番組の最後の方、「今か今か…」と視ていてくださった方にはゴメンナサイ
3人の投稿者の写真が放映され、私のがトリ!(笑)
後日NHK高松放送局のホームページにも載せられるそうです。
 ⇒リンク先のコンテンツ一覧「撮っておき」のバナーをクリックすると表示されます
女性キャスターがほめてくれ、嬉しかったです

もちろん、一種の「気恥かしさ」も感じましたが、「老後の楽しみ」の一つとして、
これからも「これは!」という写真が撮れたら投稿してみようかな?
それを味をしめるというんや!って声がどこからか(笑)

今日は仕事を休みましたが、娘からの「救援要請」はなし(笑)
孫太郎の風邪?は落ち着いたようです。
(孫太郎は見るからに丈夫そうだし…)
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じいじの出番

2014-06-04 20:22:37 | 家族のこと
昨日のお昼ごろ、仕事に出ようとしたら娘からに着信。
「ン?、ひょっとしたら…」の予感的中。
『孫太郎の熱が下がらないらしくて、保育所へ迎えに行ってやって』
その前の夜「風邪気味で熱がある」と連れてきていたのですが、孫太郎は元気いっぱい。
熱も37度ちょっとだったし、明日様子をみて…ということだったのです。
聞けば38度前後出ているらしく、「じいじの出番」と相成りました。

孫太郎を保育所に預けることになったとき、こういったケースは誰が?と協議。
「パパが休みか明けで翌日が公休⇒パパ」だけはすんなり決まりましたが、それ以外の平日は
ママ&ばあば×2はフルタイムなのでムリ。
当然ながら「一番時間的に余裕があるじいじに」と決定(笑)
ただし「バイクで」というわけにいかず、家内の会社まで車※を取りに行き保育所へ。
 ※チャイルドシートを家内の車に装着した理由がコレ

美人の保育士さんに抱かれた孫太郎、「なんでじいじが来たん?」って顔をしてましたが、
鼻水で鼻のまわりがカパカパ(笑)
車に乗せ、娘のアパートに寄って(パパは明け)、おむつや粉ミルクを受け取りウチへ。
ものの2キロも走らないうちに孫太郎はチャイルドシートで
午後休みをもらった家内と子守りならぬ孫守り(私は2時間あまり仕事)
夕方、ダンナを夜勤に送り出した娘が引き取りに来て、じいじ&ばあばのお役目終了。
あげくに晩メシをおごらされました(笑)←孫太郎が這い回るので目が離せず支度ができなかった

【NHKで放送】
今日、配達途中に家に戻りPCのメールボックスを開くと、NHKからメールが。
先日投稿した写真が採用され、「明日(5日)放送します」とのこと。
まぁ、高松ローカルだし、夕方の忙しい時間帯でもあるし…
ごく一部の人にだけ知らせました。
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勤続10年

2014-06-02 18:10:23 | よもやま話
毎日、屋島の西山麓をバイクで走り回っているメール便の配達。
今月の5日(木)で「丸10年」になります。(ブログ開設の前の年から)
まぁ、正規の勤め人ではなく、委託配達員※という待遇。
 ※契約は3ヵ月ごとに更新
なので、「10年」といっても別に記念品や特別休暇をもらえるわけではありません。
でもまぁ、多少のトラブル(バイクの転倒など)はあったものの、大きな事故に遭うことなく、
「節目を迎えられる」というのは幸せなことにちがいない。
当日は休み!(笑)、たまにはランチでも行くかぁ。(ショボい)
ちなみに、117ヵ月(最初の3ヵ月は毎日配達ではなかった)で休んだのは、のべ176日
月一ならぬ、月1.5日平均になる計算ですが、2~3年前から「必ず月2日は休んでください!」とのお達し。
このごろは月に3日は休んでます。(半日仕事なので平気)

【前回記事の補足】
「金星の東方最大離角が今年はない」
次の金星の東方最大離角は'15年6月初旬だそうです。
前回は'13年11月で、その後地球を追い越して西方最大離角(=明けの明星)が今年の3月。
つまり金星はこれから太陽の向こう側を回り込む(東方⇒西方より距離・期間が長い)ことになり、
宵の明星として西の空に姿をみせるのはおそらく年末前、との計算※です。
 ※西方⇒東方がおよそ14ヵ月あまり、地球から見て太陽に近すぎるとほとんど分からない
ちなみに、金星の「1年」は(地球の)225日弱ですが、「1日」は(同)243日もあるそうです。
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