貧々自適

仕事のかたわらデジカメを構えたり
季節のうつろいや人の優しさに触れ感激する
そんな貧乏オヤジのつれづれ帳です

最近の数字から(2)

2006-01-31 09:41:02 | 季節の話題
今朝のニュースで「有効求人倍率」が何年ぶりかで1.0倍を越えたとのこと。
表向きは景気回復を象徴する指標のように見えますが、ホントかな?

都道府県別では最高が愛知県の1.61倍、以下群馬・東京と続き、最低が沖縄県の0.41倍。
ニュースでもサラッと触れられましたが、むしろ地域間「格差」は拡がっているとか。

いわゆる統計数字の「マジック」で、人口の多い(≒求人数の多い)県で倍率が上がり、
逆に少ない県で下がったり横ばいでも日本全体としてみれば良くなったようにみえる…
こんな簡単なことは中学生の数学レベルです。
たとえば愛知県で不足している6割を、沖縄県で仕事にあぶれている6割の人にまわして
カバーできるか?って考えるとそれでもまだ不足ってことです。
現実問題そんなことは不可能で、沖縄県の改善ができる訳ではありません。
それから、求人の雇用形態≠求職の雇用形態という現実は透けて見えません。
数年、いやもっと前から雇用形態はガラッと変わっています。

私と同年齢で経理のスペシャリストの元同僚が、「再就職先がない」と悩んでいます。
今は経理事務といってもコンピュータが処理してくれ、伝票さえきちんと入力されてれば
決算書まで出来上がるので、専門知識や経験のある人材の需要が激減しているとか。

大幅に変化している仕事の内容、雇用形態、地域間格差を浮き彫りにする統計なんて
できっこない(分母が変わる要素があれば)のは明白で、複数の指標から読み解いて
個別に対策を考えるしかないわけです。

どうせ政府は景気は順調に回復している!と胸を張ることでしょう。
何事によらず都合のいい数字ばかり取り上げて、「改革」の成果を強調してるんだから…

へんなおじさん(5)

2006-01-27 10:00:37 | シリーズもの
私は、中学1年生の夏休みまで兵庫県尼崎市で育ちました。
南部の工場地帯のすぐ近く、空気は悪いわ、ガラは悪いわ…
したがって、今でも(三つ子の魂、百までとの諺どおり)関西人気質をひきずっていて、
いわゆる「せっかち」&「おっちょこちょい」がしみ込んでます。
50過ぎてもギャグはとばすわ、大ボケかますわ

関西人みんながそうとはいいませんが、吉本の人気者はやはり何らかの共通点があり、
自分の中のそういう共感する部分を笑い、他の人を笑わせるためのネタに結びつける、
というサービス精神が根底にあるのか?と自己弁護

一度しかない人生、しかめっ面して過ごしたって面白ないやん!、笑ろて過ごそ!
コレでしょう。

とりわけ私はツッコミタイプ。
例えば…
1.水戸黄門や○レンジャー
・いくら悪党とはいえ、けが人がたくさん出る前に印籠出せば?
 あとで治療費はかかるし、取調べに時間がかかるやんか!
・なんで最初から変身したり合体して闘わへんの?
 巨大化して闘うから街がメチャメチャになるんや、エライ被害が出てるハズや!

2.竹下景子さん、仲間由紀恵さん、風吹ジュンさんの薬のCM
3人とも私のタイプ
・三択の天才やお千代さんが看病してくれたら、薬なんか飲まんでも風邪なんか治る!
・頭痛がするんやったら寝とき!、オレがお粥作ってやるし、用事は片付けてやるから。
とまぁこんな調子で、家族はあきれてます。

通信簿に「落ち着きがない」と書かれましたが、これでもかなり直ったんですゼ、先生!

トシをとると…(2)

2006-01-24 11:27:40 | 家族のこと
カテゴリは異なりますが、独り暮らしの母(大正12年生まれ)のことを。

以前に書いた通り、親父が早死にし、下の妹が嫁いでからの20年余り、いわゆる
「独居高齢者」の仲間入りをして現在に至っています。
生活は親父の遺族年金+軍人恩給で、家賃の軽減もあってゼータクしなければ充分だ、と
常々言っていました。(国民年金は加入期間が短く、ごく僅か)
公共料金も基本料金なみのつましい生活で、老人会の仲間との「ゲートボール」や
月に一度の食事会を楽しみに暮らしていました。
それ以外でも、同じ団地にすむお友達や妹夫婦と一緒に神戸市内中心部の繁華街へ出かけ
食事したり、近くの有馬温泉に行ったり(老人パスを有効利用)してました。

ところが去年意識を失って倒れてから、他の人に迷惑をかけるといけないと思い出し、
足の衰えや暮れの寒さとあいまって、ほとんど外へ出かけなくなったとのこと。
あげくに正月に帰省した際、親父や姉に「早く迎えに来て」と毎日仏壇を拝んでいるのに
オヨビがかからない、と言い出す始末。
まぁ(親父も姉も)もうちょっとそっちにおれや、ちゅーこっちゃろ?と慰めたものの
黄信号が点滅しかかってる可能性が出てきました。

冷静にみて、トシ相応の物忘れレベル(前回の表)なので、下の息子が卒業するまでの
あと一年あまりなんとか頑張ってくれれば、と思っています。
そしたら私がしょっちゅう行ってやれるし、こちらの生活も多少楽になるとの思いで、
ジリジリしています。
こういう時間は経つのが遅い…

以前に書いた通り、歯が丈夫(本人曰く、子どもの頃の貧しい食生活のおかげ)なので
何でも食べられる ⇒楽しみ
4人の子、10人の孫がちゃんとマトモに育ってくれ、幸せだ ⇒大事にされている
というキーワードの2つは充足されているようなので、とにかくもうちょっと…


日曜日からひどい腰痛に悩まされ、3日続けて休み。明日もヤバイ!

トシをとると…

2006-01-22 09:41:29 | よもやま話
一昨年から団地自治会の役員(副会長)をしています。
保健委員会の地区委員も兼務ですので、年7~8回委員会兼勉強会があり、
先日のテーマは「認知症予防」、講師の内科医からレクチャーを受けました。


上の写真は配られたレジュメの1枚で、物忘れがひどくなった私にとっても重要なこと、
認知症か?、単なる老化現象か?の比較表が一番下に。
昨日の晩飯のメニューを憶えていないことが「しょっちゅう」の私は、
さしずめかなり老化が進んでいるらしい…

講師の先生の話でもう一つ、認知症の進行を遅らせるには、
(1)美しいと感じること
(2)楽しいと感じること
(3)大事にされていると感じること
を毎日の生活の中にたくさん取り入れることが重要だそうです。

なんのことはない、これは「心豊かに生きる」ための大切なキーワードでもあります。
逆にいえば、現代生活では(2)ばかりクローズアップされてるんじゃないか?
それも「お金」を出して手に入れるのがアタリマエって。
ちょっと考えさせられました。

阪神・淡路大震災

2006-01-17 00:51:54 | 想い出話
今日1月17日は、11年前に私のふるさと「阪神地方」に壊滅的な被害を与えた
「阪神・淡路大震災」の日です。
6,000人もの死者を出した大災害、「関西には大地震は来ない」という伝説(迷信)が、
音を立てて崩れ去った日…
今でも、一瞬のうちにそれまで営々と築き上げた様々な「もの」を失なってしまわれた
大勢の方々のことを思うと、言葉がありません。
家族、マイホーム、友人、勤め先、そして思い出さえも…

当地高松でもあの日の朝、地の底からのドーンという音(が聴こえた気がした)に
私も目が覚め、すぐ激しい揺れに襲われました。当地は震度4でした。
私は結構冷静でしたが、海のすぐそばに住んでいたにも拘らず、津波が来るかもって
頭の片隅にもなかったなぁ…
家内と長男はとび起きましたが、小学校低学年の下二人は目を覚まさず…
寝ぼけ眼をこすり、何はともあれテレビを点けました。なかなか速報が出なかった。
まず豊岡や彦根が震度5と出たので、震源は日本海かな?とノン気に視ていました。
情報が混乱、震源地が特定できなかったのかも知れません。
ようやく神戸が震度6と表示され、ただ事じゃない!

独り暮らしの母が神戸市北区、上の妹夫婦が東灘区の山の手に住んでいます。
かなりの被害が出ているもようとの第一報が出て、すぐ電話しましたが全くかからない。
やきもきしていると7時半になって、妹のダンナから街は大変なことになっているが、
母も妹の家族も無事、と電話がかかってきました。
あとで聞いた話ですが、甥っ子が危うく倒れてきた本棚の下敷きになりかかったとか、
家具がずれてもう少しで落ちかけたとかあったそうです。

当時私が勤めていたフェリー会社も東神戸港の岸壁が崩れ運休、一番損傷が少なかった
他航路用の岸壁を使用し運航再開するまで、港近くの被災された人々に「おフロ」を、と
高松で水を満載、各社(計6隻)交代で神戸に向かったことがありました。
被災地の公衆電話に行列ができ、電話機の上に余った10円玉が積み上げられて次の人に、
というイイ話も後に聞きました。

そして極めつけは、倒壊した家屋の下敷きになった人を助け出せずにいたとき、火の手が
迫り、助けにきた家族や隣人に「私はもういいから、みんな逃げてくれ!」と言い残して
死んでいった人が何人もいたと新聞で読み、涙、涙…

私らはその人達の分まで、生きなくてはいけません…

やなせたかしさんの詩

2006-01-15 14:01:52 | 想い出話
私のブログをご覧になっている方ならもうお分かりでしょうが、
私には詩・短歌・俳句の素養が全くありません。
文章といえば散文しか書けません。

そんな私でも、今でも憶えている「詩」が一編あります。
「昭和43年」で書いた職場の先輩(かなりインテリ)のアパートに泊めてもらったとき、
○○くん、この詩はいいだろ?、と教えてくれた「やなせたかし」さんの詩。

『ある一日があった。一日中海を見ていた。
ただそれだけのことなのに、その日のことを憶えている』
(漢字の誤りがあればご容赦)

先輩曰く、「…忘れない」じゃなく「憶えている」というところがイイだろ?。
なるほど、と思って昭和43年のいろいろな想い出とともにずっと心に残っています。

やなせたかしさんは同じ四国・高知の出身、アンパンマンであまりにも有名ですね。
アンパンマンミュージアムは、378万アクセス!という大人気。
以前何かで見ましたが、アンパンマンでは誰も(登場人物?を)殺さない、
というのが人気の秘密だとか。
たしかにバイキンマンとの闘いでも、殺してやる!というセリフはないなぁ。

東映の時代劇同様、主人公が悪者に窮地に追い込まれ、観客がハラハラドキドキのとき
救援が現れて逆襲に転じ悪は滅び正義が勝つ!という展開は、今も昔も変わらない
日本人って、そういうのが好きなんでしょうねぇ…
もちろん私もその一人。

巨大梨

2006-01-13 22:51:16 | よもやま話
デ、デカイ梨!小さめのメロンくらいあります。
岡山の特産で「晩三吉」というそうです。

図体に似合わず、意外に繊細な酸味があり、新鮮な味です。

娘が国体のとき、「民泊」でお世話になったお宅から、暮れに届いた最後の1コ。
お礼を、と家内と相談して学校に住所を尋ねたら、
「お礼を送った『お返し』なので、改めて何か送らなくても…」とのこと。
いくらのお礼を送ったのか分かりませんが、「持ち出し」じゃないのかなぁ…

食事は別の場所で他県の選手達と摂り、民泊のお宅では調理しなかったそうですが、
なにせキャピキャピの女子高生がいっぺんに3人、想像するだに…
さぞや生活のペースが乱れたことでしょう。
試合の応援にも来て下さり、まずまずの好成績で応えられて、よかった!

「国体」という地域あげてのイベントを支えてくださるボランティアの方々。
ホテルや旅館より、むしろ「いい想い出」に残るものかも知れません。
娘も民泊先の「歓迎 ○○様」の札をもらって帰り、自分の部屋に貼っています。

○森様、娘がお世話になったうえ、結構な品を頂戴し、ありがとうございました。
お礼が遅くなり申し訳ありません。改めて心よりお礼申し上げます。

さぁ、最後の1コ!ボチボチ食べようか…

へんなおじさん(4)

2006-01-12 01:24:26 | シリーズもの
嫌いな食べ物
子どものころは、母に「偏食気味」と言われるくらい好き嫌いが多かった私です
社会に出て寮生活、給料が安く「出されたものを食べないと」という切迫感で少し直り、
結婚して(家内とは食事の好みが合うという幸運)またマシになり…

ナンバーワンは「納豆」
若い頃に比べ、トシ相応に好み全般も変化してきましたが、やっぱりダメ…。
関西育ちですから、子どものころはほとんど見たことすらありません。
寮でも賄いの人が、関西の人はダメな人が多いからねぇ、と別メニュー(笑)
もちろん挑戦してみたことはありますが、一口で吐き気が…
我が家では、私と娘以外は箸をクルクル回して、ウマそうに「食べよる
あの箸使いは、作法に合っとるんかぃ!とツッコミ入れるくらい、好きになれません。

他には「レバー」
うなぎは大好物ですから、鰻丼などについてくる「肝吸い」は薬と思って飲み込みます。
根がセコイので、外食のときは「全てたいらげる」のがモットー
じゃぁ貧血か?というと、意外にも献血時「比重が重い!(濃い)」と看護婦さんがニッコリ。

「体や健康にイイ!」っていわれるものになぜか苦手が多い…
ああいうのは、たいてい都合のいいデータを誇張してる!と醒めた目でみてます。
納豆がホントに効くなら、茨城県人*は長寿日本一かぁ?なんてへらず口。
*H16年の納豆購入額(都市別)をみると、水戸は福島市に抜かれ、全国第2位に転落(笑)

バランスよく、腹八分目で、おいしい!と感謝しながら食べてれば健康食品なんて不要?
煙草スパスパ、コーヒーガブガブでも、カゼもひかず元気に生きてます。
歯は丈夫、血圧も低いし、糖尿の心配もない。
ありがたいことです。母に感謝!

最近の数字から

2006-01-10 10:14:28 | 季節の話題
朝日の天声人語「最近のことばから」ならぬ、最近見聞きした数字から。

高松市が、人口42万人の中核市に
今日付けで周辺5町を編入・合併し、香川県人口の5分の2を占める中核市の誕生です。
詳細はこちらです。
残念?ながら、四国№1は、あいかわらず一足先に合併・巨大化した松山市(51万人)。
数が多けりゃイイってことではありませんがね。
元々高松市に住んでいる人間にとっては何も変わらず、編入された5町の方がいろいろ
「今後」に問題を抱え、たいへんでしょう。
合併で、香川県香川郡香川町(3つ並んでたのはココだけ?)がなくなってしまった、
新高松空港(開港時から旧香川郡香川・香南両町にあった)がやっと高松市内になった、
とかありますが、牟礼・香川・国分寺3町の田舎争いに終止符が打たれた、ということも。
昔の同僚が言い争ってましたが、決め手は「マクドナルド」がある!だった笑い話が…

縁起かつぎもほどほどに
病院を退院する日をわざわざ「大安」にする、という縁起かつぎのため入院日数が延び、医療費の増大が全国で年間数十億円!との試算もあるそうです。
特に50代以上に目立つとか。
大安に結婚しても成田離婚する夫婦はいるし、凝った名前をつけても事件・事故に巻き込まれる子どももいるし…
とはいえ「友引」の日のみ、葬儀屋・火葬場(公営)が休みというのも分かるし、微妙です。

自動車グリーン税制のまやかし
排ガス・燃費に優れたクルマを買うと自動車税の減免を受けられるという制度ですが、政府の予想より対象車を購入する消費者が多く、86億円ほどの減収になったので基準を段階的に厳しくするというオソマツ。
当然それだけ新車が売れたんだから、好調な決算の自動車メーカーから法人税を巻き上げれば穴埋めできるでしょ?
本気で環境改善に取り組む気がない!というひとつの表れ?

ネタに困ったら、今後もコレでいくか

「えべっさん」

2006-01-08 08:34:37 | 季節の話題
あっ!という間に新年も1週間過ぎました。
関西人の私ら(私はいまだに納豆がダメ)にとって、正月の次のイベントは
なんといっても「えべっさん!」、いわゆる十日戎です。
有名な今宮戎(大阪)、西宮戎(兵庫)はニュースにもなり、賑わいは初詣並み。
1月9日~11日、宵戎・本戎?・残り福と三日がかりの神頼み。
ありがたーい「商売の神様」なんだから、力の入れようがちがう(笑)

関東にいたころ、朝顔市やほおずき市には行ったことはありますが、
三社祭やお酉様?とは縁がありませんでした。
会社から神田明神はそう遠くなかったんですが、ついぞ行く機会がなかった。
生来のひねくれ者で、お祭りで浮かれるのが余り好きじゃない、というのもあります。

また神戸時代、営業所の倉庫の前の道が近所の戎神社の参道(三日間のみ)になり、
参拝客がトラックの出入りの妨げになるので、
「商売の神さんが商売の邪魔してどないするねん!」とツッコミ
えべっさんは「一年を三日で暮す、よい男」ってことわざもあったなぁ…

えべっさんが終わると正月気分も抜け、寒さも本番。
春まで体を縮め、耐え忍ぶ日々が続きます…

今なら分かる

2006-01-05 11:44:23 | 想い出話
週明け9日は「成人の日」
成人式といえば、「ある思い出」があります。

私も30数年前(昭和45年)、当時住んでいた兵庫県の田舎町の式典に出席しました。
昭和43年」に書いたとおり、その前年は丸一年療養所暮らし、退院してすぐでしたが
一生に一度だけ(アタリマエ)なので会場だった近くの小学校へ出かけました。

当時は高度成長の真っ只中、ようやく世の中が物的な豊かさに満たされかけた頃でしたが
田舎のこととてあまり華美なのは…という配慮からか、「晴着等で来ないように」という
通知が事前に来ていました。
ところが会場に入ると、一人だけ「振り袖」を着ている女のコがいました。
知らないコで、私らとは違う中学校(当時3校)だったと思いますが、100人あまりの
新成人の女のコの中でたった一人ですから、そりゃあ目立ちます。

当時は「何や、振り袖なんか着て来て」って思いましたが、今ならそうは思いません。
一生に一度きりの日なんだから、娘に着せてやりたいという親心も分かるし、
親がそう言うのなら(仮に通知が来てても)、私だけじゃないだろうし、と
袖を通した女のコの気持ちも分かる。
ねだったんではない(だろう)証拠に、いたたまれなかったのかそのコは途中で退席。
今にしてみれば、そういう気持ちだったろうと信じてあげたい。
いずれにせよそのコにとっては、いい思い出にならなかった「成人式」だったでしょう…

ちなみに式典後、中学時代生徒会長だった同級生(選挙のとき私が応援演説)から
「町長と新成人の座談会」に出てくれって言われ、そちらも出席しましたっけ。
招かれたのは10人(新成人は確か300人あまり)程でしたが、彼(阪大の秀才)は
私なら出席しても多少はマトモなことを喋ってくれそう、と声をかけたんかいな?
何を喋ったか、全く記憶にありません。

もうひとつ、数年前ですが当時の部下(20歳くらい)のコが私に
「高校生の弟に親がケータイを買った。何考えとんや!と思いますよ」って。
これも、彼の親が共稼ぎで子どもに寂しい思いをさせているに違いない、何かあっても
ケータイがあれば連絡が取れるし、という親の気持ちを理解してやれよ、と諭しました。
もちろん、ゼイタクだ、というキミの気持ちも大事なことだ、と。

悪戦苦闘して子どもを育て、やっと「見えてくるもの」があるもんです。
やっぱり私の持論(自論でもいいらしい)、「子どもが親を親らしくさせる」は
間違っていない(笑)

帰省して

2006-01-03 13:26:59 | 季節の話題
元旦から2日間、神戸の独り暮らしの母の元へ世間並みに帰省。
大晦日に先発していた長男と合流、娘を除く我が家の4人+妹夫婦の家族4人が
母の住む狭い2DKの公団住宅にひしめき、大騒ぎ(笑)

年々衰えが進む母が気にはなるものの、「住み慣れた今の家を離れたくない」
と言われれば首に縄をつけて連れて来るわけにもいかず…
特に足が弱り、たまには気晴らしに来ないか?と言っても私が住む団地の4階には
とてもとても、と断られ思案投げ首です。
二人の妹が、どちらも車で1時間足らずのところに住んでおり、通院の付き添いを
頼めるので今のところはいいのですが、いつまでもというわけにもいかず…。


妹のダンナと久しぶりに話していて出た話。
今のあちこちが「おかしくなったこの国」は、戦後の一時期を除き高度成長期のころから
現在も、将来も、と欲張りすぎてこうなったんじゃないんだろうか?
今我慢して将来に備えるか、今無理してでも良くして将来その遺産を守って我慢するか、
という二者択一をせず、どっちにしても我慢しない方策を採ってきたんじゃないか?
その結果あちこちにアンバランス・きしみが出て、にっちもさっちもいかなくなった、
そんな気がするなぁ、と。

その最たる例が農業でしょう。(妹の嫁ぎ先は兼業農家)
せっかく戦後「農地改革」を占領軍の主導とはいえ成し遂げたのに、そのあとの舵取りを
誤ったのか、片や「土地神話」の元凶となり、もう一方では「食糧自給率の低下」…
炎天下だろうが、冬は豪雪に閉ざされようが、ほとんど年中無休で働いて、それでも
「農業」だけでは生活できないなんて、何か間違ってるとしか思えない。
自分達が食べる食糧を自国でまかなえない!なんて、どう考えてもおかしいでしょ?
その一方では「飽食の時代」を謳歌している…

気候とかで生産できないものならともかく、国内産の食糧が高い!という現状を見るに
やはり農業政策とか国内産業の将来を見据えた、いわば「この国のありよう」に対する
ビジョンを持ちえなかったからではないのか?
一流大学で何を学んだのやら…
高級ホテルや料亭で、ウマイもんばっかり食ってるから分からんようになったのか?
いまごろ多額の年金や恩給貰って悠々自適の生活を送っている、高級官僚のOBさん達!
アンタらのせいやで

また話が大幅に横道にそれてしまった。
今年の「怒り初め」というオソマツ。

追記:
食糧自給率のリンクを貼りました。本文をクリックして下さい。愕然とします…
ちなみにコレのtopページには、いろいろ面白い統計数字が。ヒマな時にご覧ください。