11月に入りすぐに植えたムスカリの球根
かわいらしい芽がすくすくと伸びて背比べです。
紫色の優しい花さくのがまたれます。
あの日、父は言った。「今日は祭日で仕事も休みだし、泊まっていかんかね・・・」
「う~ん、泊まりたいけどAさんが(夫)今夜も夜勤なので、家空けられないから今日は帰るね」
残念そうな父の顔見ながら、まだ幼かった長女を抱いてバスで帰った。
そして、翌日の明け方
狭い社宅の玄関の戸をどんどんと叩く音に目が覚めた。
「姉ちゃん、姉ちゃん 父ちゃんが・・・」
あの頃まだ、高校生だった今は亡き妹が自転車にのって、父親の急報を知らせに走ってきたのだった。
前日まで元気だった父は、初孫である私の長女をかわいがり、自営業の仕事をやすんでは
孫逢いたさに汗をかきながら、自転車にのって我が家によく遊びに来たものだった。
一言、「頭が痛い・・・」と傍の母に告げたのが最後のことばになった。
元気でいれば確か今年で106歳。 6人の子だくさんに恵まれた。
初孫誕生には雪の中を病院に駆けつけて、父は喜びをあふれさせた。
そして、たった一人の孫を抱いただけでひとり旅たった。
あの日、父の言葉にしたがい泊まっていけばよかったと、50数年過ぎた今も悔やまれてならない。
11月23日 勤労感謝の日
そして今日24日は、父の命日になった。
甘いものが好きだった父、昨夜は団子がたくさんはいったぜんざいと、炊き込みご飯で
亡き父と母をしのんだ。
親はいくつになっても恋しいものです
亡くなって何年になられるんですか?
でもこうして思い出してもらえたのですから
きっとあちらでお喜びでしょう
今日は思い出に浸る日ですね^^
父親の年齢をはるかに超えたいま、夢のなかの父は
白髪も見えず若いままの姿です。
初孫である私の長女が、2歳になる少し前で、その長女がやがて56才になります・・・
54年余の歳月がながれました。
早世した父の分まで母が長命で、97歳まで生きてくれました。
先日、少し早めに両親の墓参もすませてきました。
夫婦の縁は深いもので、母の祥月命日が明後日の26日です。
亡き両親の初ひ孫の結婚報告もしてまいりました。きっと喜んでいてくれるとおもいます。
さて、この私は何歳まで元気でいられるか・・・なんてこの頃しきりにおもうことでもあります。
寒くなりましたね。
お父様の命日ですか…
お父様もお母様も、毎日見守ってくれていますよ。
杏子さんが思ってくれる限り、魂は生きているものです。
ぜんざいと炊き込みご飯、喜んで召しあっていますね。
美味しそうです
そしていい思い出しか残らない
【親の年になったら分かる】と言われますが 本当にそうですね
その時々の両親の気持ちが今はよく分かります
ぜんざいと炊き込みご飯 よろこんでおられることでしょう
寂しいとき、気がめいった時、後先考えず車にのり
お墓参りにいきます。
お線香の煙にゆらゆらと両親の姿を思い、ひとしきり涙してかえります・・・。
間もなく12月、多恵さんのご命日もちかくなりましたね。先ほど多恵さんのブログをよみかえして、ブログでお付き合いできた頃がなつかしくなりました。
この年になってもやはり父ちゃん、母ちゃんと呼んでは
子供に還ります。
今夜も夢で逢えるとうれしいけれど・・・
コロナのせいで、今年も両親のお墓参りも帰省できませんでした。
来年はどうなるのでしょうね。先行きが不安だらけで、何とか前向きに生きたいですね。
ニュースでみましたが、新潟県のいたるところで熊の多出現で人が襲われたとのこと、人里迄住み着いて餌をもとめるのだと、熊の世界にも異変あり。おそろしいことですね。
新コロナは衰え知ることなく、東京他いろいろと制限きびしくなりましたね。来年はどうなるのでしょうか・・・
お墓参りもできずに、心さびしいこととおもいます。