試験旅行・・・九重の旅
無事に帰ってきました・・・
ひとまず ご報告を・・・
「トッポイところが あるからね 杏子ちゃんは・・・」
先日、イスに足をとられて真後ろに転倒した事で
太極拳の先生からの ゆかいなお見舞いメールの一部です。
このあいだ詳しい骨密度、計測しました。
年齢相応ですね しかし、成人から見ると やはり落ちていますから・・・
正確な判定をみて、これ以上の進行を止めることにしましょうねと いわれて・・・
骨密度検査結果がでました 骨密度の計測の結果表です
●印がわたしの現在です
リハビリで毎日歩いたり、(早足 もちろん!!) 腹・背筋アップ、食生活にも配慮していても、こうなってくる。
2年前の測定時からみると 成人から見たら 腰部の骨密度が 大幅に減少しているのがわかった。
長期の入院生活の影響があったなと 自分でも納得できている。
長生きはせずともいいから、まわりに心配をかけたくはない、
でも 「自分が好きで 病気なんかになっておらんよ」と 叫びたい・・・
ある日 東京の友人から(同級生) 久しぶりに来た手紙には
「自分の達のお墓も近くに建てました ここに落ち着くでしょう」と 寂しい言葉が並んでいて
わたしは すぐに返事を書きたい!と思ったが
やはり いろいろと考えさせられる 友人の手紙・・・でもあり なんといって返事をかこうかと・・・
その後 またもや転倒、 これはちっとも自慢にはならん・・・話
今度はストーブのコードに足を取られて あ”~ッ どっし~ん
左腕をクッションに 左胸部を強打 じいやが またすっ飛んできた
両手で持っていた シクラメンの鉢は横に倒れて、床の上に土が無残にこぼれていた
シクラメンの鉢は左手にしっかり もって 離してはいなかった・・・
「今度はどこば 打ったねッ」
「腕、腕と左胸、肋骨 折れたかも知れん・・・」
「う~ん・・・ 」 うめいて・・・シップ シップ 持ってきて早くぅ・・・」
2~3日様子見 ていたが やはり骨折
い~え、骨折したのは シクラメンの花ビラ でした。
しかし、わたしの左腕の肘と 両足の膝小僧にも 最大で直径6センチ 最小3センチの赤黒い あざができあがっていた。
打撲だけで シクラメンが 身代わりになってくれたのね ごめんね
でも 今日、見たら 葉の影にはかわいい つぼみがいっぱい・・・
葉もいっぱい繁っているので きれいな花をまた 咲かせてくれることでしょう
お騒がせいたしました 皆様もくれぐれもご用心をなさいませ・・・
2~3日 留守にいたします
試験旅行です。
娘たちと春休みを利用して 九重高原へ・・・
お返事が遅くなりますが どうぞお許しくださいませ
お彼岸ですね
「いまから 急いでもち米 買ってきてもらえる?」
「米は ま~だいっぱいあるやんね」
「うん、そりがね、ぼたもち作るよ、いまから・・・」
「あぁ、 ぼたもち よかよ ぼたもちのもち米ねぇ」 と ~
じいやは気軽に 「買い物に いってきま~す」 で
その間に 冷凍していたあずきあんを 弱火で念入りに 練り直しはじめた。
艶々とした大納言のあづきを つぶし お砂糖ちょっぴり控えめ、
ミネラルたっぷりの薄いオレンジ色した岩塩で 味を決め適当に丸めておく
「よしできた、 うまそう・・・」
「ただいま~」 「あれぇ、早かったね~ ありがとう 」
云い忘れていた”白い胡麻!もちゃ~んと一緒に買ってきて
気のきいとるバイ、
さて 急いでもち米を仕込んで しばらくおいて スイッチポン
充分蒸らして 炊きあがったもち米を 丸めてゆく
(これがまた適当なおおきさで、大小まざりが 我が家の特徴なり)
ラップをひろげて 丸めたあんこを 円形に平らに伸ばしてその上に
先に丸めていた ごはんを中心にのせて そっとつつんで、軽く握って
そっとラップをはずしたら ハイッ できあがりぃ~
あとは白いゴマをちょっぴりのせて 不揃いのぼたもちが 完成しました。
(去年の今ごろは ぼたもちどころの騒ぎではなかったものね)
写真はその中から なるべく美人と美男をえらんで
『 は~い・ポ~ス 』
あ~ちゃんたちが来るかな ひそかな願いはかないませんでした。・・・
あ、そうだ 今日は あ~ちゃんは 「そろばんの検定試験」だと
いっていたのをすっかり忘れていました・・・
明日は来るかも・・・
じいやが あんまり食べ過ぎないように 別々に お皿に盛りつけました。
いただきま~す
「うまか~、また格別じゃ~」・・・ と じいやは満足げでした。
先日、熊本の病院からの帰り
気分をかえて 「今日はデパートでもいってみる?」 じいやの誘いに
「うん、うん 行こうか」
熊本城が目の前のHデパートです。
地元で随分探しましたが 今はボールペン、サインペンの流行で、地元ではとうとう
見つからず、あきらめていた 万年筆 のお話です。
文房具売り場をウロウロしていた じいやがニコニコして
「あったよ~、見てみらんね ほら パイロットも あるじゃんね」
「え~ ・・・アラ 万年筆、 色々 いっぱいあるねぇ・・・」
「さすがデパートばいね、来てよかったじゃんね、早よ 買わんね、どれがよかとね」
矢継ぎ早やの じいやもうれしそう・・・です
昭和30年代、高校卒業前の関西方面への2泊3日の修学旅行、
当時 お小使いは3,000円と決められていて、知恵をしぼっての買い物です。
大阪 一日目の夜です
道頓堀付近まで 女子は数人の団体行動、時間制限付の夜の外出は21時まで
珍しいものばかり目にはいります。
ある文房具店へはいりました
え~っと 万年筆は・・・ あっ あった 赤、黒、茶、紺・・・
色々あって迷うこと数十分・・・ 決めました 渋い赤です
「これください・・・」
「はいはい、赤色のですね サービスですから お名前いれましょうね」 親切な店員さんです。
機械にいれて まさに名前を入れようとした瞬間、「ちょっ と待ってくださいッ 」
友人たちも何事か?とびっくり
残りの陳列ケースの中をよ~く見たら その万年筆 なんと一本が 5,000円 の値札が・・・
あ”~
丸い小さな紙の値札が クルリと万年筆に巻いて貼ってあり、
最後の 0 が 私には見えていなかった
500円だとばかり 思っていたのです・・・
もちろん頭をさげて すぐにお断りしました。
あの当時 高校生が 一本5,000円の万年筆、簡単に買える訳がないと思ったでもあろうに
「い~え いいですよ~」とやさしい店員さん もし 一文字でも削っていたら
お友達から 割り勘で 500円づつ借りても 10人から・・・
50年余、経過した今でも思い出して ぞ~っとする話です。
そこで 現実に戻ります
今度は じいやが確認しました。
ピンからキリまでありますが 下段の値札を確認して私は
一本5,000円のに決めました
もちろん 探し求めていた”パイロット万年筆”です。
「これを下さい・・・」
「丁度 今日から 20パーセント割引ですから 税込みで 8400円でございます。」
え なんで 一本5,000円のが
「20パーセント割引ですから税込みで 8400円でございます」になるの?
修学旅行の再来です
「よ~っと 見てみらんね」 じいやは落ち着いています、笑っています、にくらしい程です。
万年筆を飾ってあるショウ・ウィンドウには 値札が万年筆の上段につけてあったのです
だから、わたしが決めた 5,000円だと思った万年筆は 10,000円だったのです。
「いいの 買って?」
「うん、よかよ 早よ決めんね」 じいやはニコニコです
・・・ そして私は10,000円を 差し出しました。
「ありがとうございます」
店員さんはニコにこ(*^_^*)で 「しばらくお待ちくださいませ・・・」
念願の ”パイロット万年筆” 私の手元に ついにやってきました。
帰ったらすぐに使おうと・・・
でもまだ、使っていません なかなか使えないのです 思い出すともったいなくてです。
は 「早よ 使わんね」と言ってくれます
そして ・・・
今日はいつもの ”あ~ちゃん” ではありません が
春休みになったら
おばあちゃんちへ 遊びに行くよ~と 電話の約束はできていますから・・・
http://blog.goo.ne.jp/himawari_008_may/e/2d186d8fb6a590c421faf364a8150627
いきなりですがの記事中、
”5月の風にのって” 追悼集より 妹の短歌の一首
『 幼子を 両手に抱きいつくしむ 小柄な嫁に 力こぶでき 』
小柄な嫁、(妹の次男の妻)の 長女、 ゆ~ちゃん からの手紙です。
硬質文字を習っていて、その作品展で
入選したことを おばあちゃんの姉である私に 教えてくれた手紙でした。
ゆ~ちゃんには お兄ちゃんがいます
お兄ちゃんは おばあちゃんにも逢っています。
おじいちゃんと おばあちゃんの 初めての孫だったからです。
ゆ~ちゃんは 本当のおばあちゃんには 2才頃の時までしかわかりません
(一度も逢ってはいませんは わたしの思い違いでした・ごめんなさいね)
おじいちゃんにはおばあちゃんのぶんまで とっても かわいがってもらいました。
お正月に おじいちゃんは おばあちゃんのところへ遊びにいって、
なかなか帰って来ません。
だからどうしても 逢うことはできないのです・・・ これからもです・・・
ゆ~ちゃんに
おじいちゃんと おばあちゃんは
今日もきれいな青空から 「にこにことながめているのですよ~」
つたえてあげたくて・・・
父の葬儀を終えて 亡き父親への想いを綴った甥の手紙です
葬儀に参列できなかった 叔父、叔母のわたしたちへの報告の手紙でした・・・
先日、1月に亡くなった 義弟の長男から 電話がありました。
「父の49日 法要を 無事にすませました・・・」
遠い栃木県に住む 甥からの電話でした。
手紙も来ています。
最後の行に書かれた便箋に ” 父の残した万年筆にて ”
と書かれた 甥からの手紙 涙あふれて読みました、大切に残しています。
「両親とも亡くなってしまい 僕には もう実家はありません・・・」
「なにをいっているの?ここが実家と思っていいのよ・・・」後は言葉になりません
5年の間に 両親の思いがけない早い旅立ちへの想いが 切々と綴ってある一枚の
便箋、 わたしの胸を 悲しく染めていきました。
しかし、後の電話では 新婚ホヤホヤ、やさしい新妻との楽しく、
愛情いっぱいの生活ぶりもご披露ありで・・・
初盆の法事には キッとみんなに逢える
いや どうしても お墓参りは 出来る体になっていたいと ・・・
万年筆を買いました 念願の”パイロット”です。
わたしには 熱い想いが込められた 万年筆でもあるのです
悲しいこと、嬉しいこと、ちょっぴり ほろ苦い思い出も・・・
ほとんど毎日 整形外科に歩いて通院しています
15分の電気(低周波)治療は究極のタイム 私にピッタリです。
背中をむけて端っこのベットで壁を見て ピリピリと腰部に来る低周波は
痛んだ神経の回復につながるひとつの道
「紐がついとるなら ひっぱるばってんがねぇ」
「もう そろそろ出てこらす頃じゃなかろか?」
「どげ~ん 力ば いれたっちゃ出らっさんとたい、俺も 待っとるとばってんがねぇ・・・」
「うん」 隣で わたしは気になり じ~っとそのまま聞いていた
それぞれマッサージの治療を受けながら気持よさそうに話している 年配の男性と女性
赤ちゃんだ、きっとお孫さんの誕生を待っているのだろうな~と
わたしも 初孫誕生の時を思い出していた。
「あ~ そらねぇ、う~んと野菜類と水分ばとらんね、すぐ出るよ」と女性のマッサージ師
ううん、 これはおかしか、 「俺もて・・・」 男が赤ちゃん?
横のベットのわたし・・・
「う・クックックッ・・・」 ふきだしてしまった
な~んだぁ
「杏子さん おかしかろ?なんて思うとった?」と女性のマッサージ師がいいそうな気配に
また おかしくなってしまった。
毎日 こんな感じのリハビリ室の模様でした
お蔭で だいぶん痛みも 我慢できるようになりましてよ。
ブログ読者のみなさまには すでにお分かりでありましょうから、
あえて なんの話だったかは 申しませ~ん・・・
が・・・しかし さっさと出ました・・・
じいやが「一寸・・・」 手まねきした
いつのまに 気がつかず 里道 にニョキニョキと・・・
つくしんぼう・・・
~春がきた きた~
そ~ッと・・・・みてごらん
メダカがスーイ スーイ~
「トッポイ 杏子ちゃんだからね~」
ひさしぶりの太極拳 K 先生からのメールを見て 一人で うフフフ・・・
散歩してても うフフフ・・・
どうみても 春爛漫の 杏子さんですよ、このごろは・・・
といっても わからんよねぇ~
では 白状しますね
先日 熊本の病院から帰ってから、夜のことです
いつもの家計簿をつけてから
(じいやにとっくに 引導渡してあるのですが この頃サボりまくりだ)
それで わたしがやはり書いています。
「さぁ~っ 終わった」と立ち上がった瞬間
じいやの車付きのイス(コレがまた よく滑るのです)に右足のふくらはぎが
ほんのちょっとふれて・・・
そのまま真後ろに転倒
「ドッシ~ン!!」お尻、仙骨あたりをいやッというほど
台所の床板にぶっけました
とにかくものすごい音がして、
じいやが 2階から転げんばかりに すっ飛んできたそうです。
「すっ飛んできたそうです」とは 杏子は一瞬気を失っていて・・・
そして呻き始めましたと・・・
「いたぁ~~~~」・・・・
そっ~と少し 体を動かしてみたら なんとか立ち上がることはできて・・・
「あらぁ~ 一番でけんところば また打ってしもたねぇ 湿布はろうか?」
お尻あたりをさすってはくれましたが・・・
「よかよか 自分で出来るけん」
翌日、整形外科に受診、「その歩き方なら あんまり心配はいらんよ~」
拍子抜けの先生の笑顔 安心して帰りました
「でも本当は紙一重、寝たきり・・・になるところだったよ、
杏子さん 転び方、うまかったけん言うけどね」と先生の ”一言 追加あり”
ぞ~~~~~~
やっぱりトッポイのかなぁ?
じいや、がんばっています
サークルの皆さんと、 女性軍に押され気味・・・
1年前のお話で恐縮です。
体育館、卓球サークルに週3回 行っています。(今も 行っていますが・・・)
「Aさん、今日 こられた方は 孫さんですか?」 といわれた
なるほど、確かに若いからねと思った。
「60才 過ぎていますよ」といったらびっくり
「このサークルに入会されたら?」 と いうので
「東京に住んでいます」 と いったらまたびっくり
これは杏子の弟、じいやの義弟を サークルにちょっとだけ練習に 一緒に行った時のことでした。
(やはり若いよねぇと 私も 自慢の義弟です)
ついでに こんなお話、よかったら聞いてください
「このあいだ お母さんが おじいちゃんを 車に乗せていきよんなはったよ~」と 近所のパン屋の おじいさんが話してくれたよ
「あれは父親です」 と 答えたらびっくりしていた。(15年ぐらい前の次女の話です)
一体 杏子さん夫婦は どげんなっとっと
は~い じいやは今年は年男 ばあやは2才年下のさんです。