犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

ある日の刑事弁護人の日記 その30

2013-08-24 23:58:06 | 国家・政治・刑罰

 刑事政策学では、「被告人の人権保障と被害者保護は両立する」「両者の権利は矛盾しない」といった理論が述べられる。そして、人が理論と実務の融合の困難に直面するとき、嫌でも思い知らされるのは、現場の悲鳴が聞こえない場所で展開される机上の空論の気楽さと、うんざりするほどの理屈っぽさである。

 自動車運転過失致死罪の刑事弁護の職務に就いているとき、加害者と被害者を両立させてしまえば、人は恐らく気が狂う。弁護人はこれを避けるため、空間的・時間的に加えて政治的な意味で、物事を遠近法で捉える。近いものは目の前にあり、遠くのものは豆粒にしか見えない。ここでの両立は、矛盾と同義である。

 加害者と被害者の権利が漫然と両立するとき、両者は「立ち直り」という共通項で括られる。ここには、(1)もう立ち直った、(2)まだ立ち直らない、の二種類の状態しかない。この強制的な二者択一は、「いつになったら立ち直るのか」という催促の圧力を必然的に伴うことになる。

 死者は時間性を失う。死者にとっては1日も100年も同じである。死者は、生者の中の記憶が存する限りで時間的な存在であり得る。遺された者において時間が止まり、何年が経過したという計算が無意味になるのは、比喩ではなく論理である。過去から未来への単純な時間軸の上に話をまとめるのは、あまりに軽薄なことだ。

 
(フィクションです。続きます。)