※“The Nightingale and the Rose” (Oscar Wilde: 1854-1900)
(10)ナイチンゲールは「死によって完成する愛」について、「墓のうちで死に絶えることのない愛」について歌っていた!
So the Nightingale pressed closer against the thorn, and louder and louder grew her song, for she sang of the birth of passion in the soul of a man and a maid.
そこでナイチンゲールは薔薇の棘をより深く刺しこんだ、また歌声はどんどん大きくなった。なぜならナイチンゲールは男と女の魂における情熱(passion)の誕生を歌っていたからだ。
And a delicate flush of pink came into the leaves of the rose, like the flush in the face of the bridegroom when he kisses the lips of the bride. But the thorn had not yet reached her heart, so the rose's heart remained white, for only a Nightingale's heart's-blood can crimson the heart of a rose.
やがてピンクの微妙な輝き(flush)が薔薇の木の葉に射した、それは花婿が花嫁の唇にキスする時、花婿の顔に射す輝き(flush)のようだった。しかし薔薇の棘はまだナイチンゲールの心臓に達していなかった。だから薔薇の心臓はまだ白いままだった。なぜならナイチンゲールの心臓の血だけが薔薇の木の心臓を赤く(crimson)することができたからだ。
And the Tree cried to the Nightingale to press closer against the thorn. ‘Press closer, little Nightingale,’ cried the Tree, ‘or the Day will come before the rose is finished.’
そして薔薇の木が、ナイチンゲールにむかって、薔薇の棘をもっと深く刺さしこむように(to press closer against the thorn)と叫んだ。「かわいいナイチンゲール、もっと深く刺しこんで」と薔薇の木が叫んだ。「そうでないと赤い薔薇の花が完成する前に、昼が来てしまう。」
So the Nightingale pressed closer against the thorn, and the thorn touched her heart, and a fierce pang of pain shot through her. Bitter, bitter was the pain, and wilder and wilder grew her song, for she sang of the Love that is perfected by Death, of the Love that dies not in the tomb.
そこでナイチンゲールは薔薇の棘をより深く刺しこんだ、そして薔薇の棘がナイチンゲールの心臓に触れた、すると恐るべき激痛がナイチンゲールを刺し貫いた。苦痛はますますひどくなり、ナイチンゲールの歌はますます激しくなっていった。というのもナイチンゲールは「死によって完成する愛」について、「墓のうちで死に絶えることのない愛」について歌っていたからだ。
And the marvellous rose became crimson, like the rose of the eastern sky. Crimson was the girdle of petals, and crimson as a ruby was the heart.
そして(青白かった)不思議な薔薇の花は、(夜明けの)東の空の薔薇のように赤くなった。花びらの輪は赤かった、また(薔薇の木の)心臓はルビーのように赤かった。
But the Nightingale's voice grew fainter, and her little wings began to beat, and a film came over her eyes. Fainter and fainter grew her song, and she felt something choking her in her throat.
しかしナイチンゲールの歌声はより微かになり、彼女の小さな翼が痙攣し始め、そして薄い膜が彼女の眼を覆った。ナイチンゲールの歌はますます微かになっていき、そしてナイチンゲールは何かが彼女の喉を詰まらせるのを感じた。
Then she gave one last burst of music. The white Moon heard it, and she forgot the dawn, and lingered on in the sky. The red rose heard it, and it trembled all over with ecstasy, and opened its petals to the cold morning air. Echo bore it to her purple cavern in the hills, and woke the sleeping shepherds from their dreams. It floated through the reeds of the river, and they carried its message to the sea.
その時、ナイチンゲールが歌の最期の一声を上げた。白い月がそれを聞いた、そして月は夜明けを忘れ、空に漂い続けた。赤い薔薇はそれを聞き、そして恍惚で全身を震わせ、ついい赤い薔薇はその花びらを冷たい朝の空気のうちに開いた。(森のニンフである)木霊(コダマ)が、ナイチンゲールの歌の最期の一声を、丘の間にある紫の洞窟に運び、眠っている羊飼いたちを夢から醒めさせた。ナイチンゲールの歌の最期の一声は川の葦たちの上をはるかに漂い、葦たちはナイチンゲールの歌のメッセージを海にまで運んだ。
‘Look, look!’ cried the Tree, ‘the rose is finished now;’ but the Nightingale made no answer, for she was lying dead in the long grass, with the thorn in her heart.
「見て、見て!」薔薇の木が叫んだ。「赤い薔薇が今、完成した!」しかしナイチンゲールは答えなかった。なぜならナイチンゲールは、薔薇の棘が心臓に達し、死んで長い草の上に横たわっていたからだ。
《感想10》「死に値する《愛》」以外に「死に値する」ものがある!
Ex.1 「万死(バンシ)に値する」:「死をもって償うべき」とか「死んで詫びるべき」という場合で、「何度も繰り返して死ぬくらいの責め苦を負うべき、そのくらい罪深い」という意味・ニュアンスを込め用いられる。
Ex.2 「死にがい(甲斐)」:「生きがい」が生きるための希望(理由・意義・意味)であるのに対し、「死にがい」は死ぬにあたっての理由・意義・意味である。例えば「特攻」で「自分が死ぬことで平和がもたらされる」なら「死にがい」があるとされる。
Ex.3 朝井リョウの小説『死にがいを求めて生きているの』では、「死に甲斐」とは、「死」において完成する「生き甲斐」だ。「死」が希望となり、「死」が美化される。「存在」(有)の意味(「生き甲斐」)が「無」(死)の意味(「死に甲斐」)へと移行させられる。
(11)「わーすごい、何と素晴しい幸運だ!」学生は叫んだ。「ここに赤い薔薇がある!」
And at noon the Student opened his window and looked out.
そして昼、学生は窓を開き、外を見た。
‘Why, what a wonderful piece of luck!’ he cried; ‘here is a red rose! I have never seen any rose like it in all my life. It is so beautiful that I am sure it has a long Latin name;’ and he leaned down and plucked it.
「わーすごい、何と素晴しい幸運だ!」彼は叫んだ。「ここに赤い薔薇がある!このような素晴らしい薔薇は自分の人生で見たことがない。この薔薇はとても美しく、きっと長いラテン名をもつだろう。」学生は体を下に傾け、薔薇の木から赤い薔薇を摘んだ。
Then he put on his hat, and ran up to the Professor's house with the rose in his hand.
それから学生は帽子をかぶり、赤い薔薇を手にもって教授の家にまで走って行った。
《感想11》ナイチンゲールが《命》にかけて、つまり《死》とひきかえに「赤い薔薇」を咲かせた出来事の始まりは、この若い学生が「僕が彼女に赤い薔薇持って行けば、あの人は僕とダンスしてくれると言った」、「でも僕の庭には赤い薔薇がない!」と叫んだのをナイチンゲールが聞いたことにある。
☆1. ナイチンゲールは、この学生について「ついにここに《愛に真に生きる人》(a true lover)がいる!」と思った。
☆2. ナイチンゲールは「愛」の至上性について語る。「愛はエメラルドより高価で、オパールより魅力的だ。真珠でもザクロ石でも愛を買えないし、愛は市場で売られていない。愛は商人から買えないし、金(gold)の重さで価値を計ることもできない。」
☆3 . 学生は「世界の真理」を求め学んできた。彼は「賢い人々が書いた本すべて」を読み、「哲学の秘密のすべて」を会得した。だが今や彼は、「世界の真理」以上の価値が「愛」にあると思った。(Cf. 学生のこの心理状況は、「恋は盲目」と呼べる。)
☆4. 「学生は、赤い薔薇がほしくて泣いてるんだ!」とナイチンゲールは思った。
☆4-2. そして《愛に真に生きる人》(the true lover)のみが知る「愛の神秘」(the mystery of Love)が何であるかを、ナイチンゲールは知りたかった。
☆5 . 薔薇の木は、ナイチンゲールに言った。「《赤い薔薇》が欲しいなら、あなたは月光の音楽から形作った薔薇を、あなた自身の心臓の血で染め上げなければならない。あなたはあなたの胸に棘を突き刺して私に歌を歌わなければならない。一晩中ずっとあなたは私に歌い続けねばならない。そしてその棘があなたの心臓を貫かねばならない。あなたの心臓の血が私の葉脈へと流れ入り、そして私の血にならなければならない。」
☆6. 「死は赤い薔薇に支払うべき偉大な対価です」とナイチンゲールが叫んだ。「《愛》は《命(life)》以上(better than)です。」
☆7. 「幸せになって!」とナイチンゲールが心の中で、学生に向かって叫んだ。「幸せになって!あなたは赤い薔薇を手に入れるでしょう。」「私は赤い薔薇の対価として死を受け入れました。《命》を支払いました。」「お返しとして私があなたにお願いするのはただ、あなたが《真に愛に生きる人》(a true lover)になることです。」「というのは①たとえ《哲学》が賢いとしても、《愛》は《哲学》よりも賢いからです。また②たとえ《力》が強大だとしても、《愛》は《力》よりも強大だからです。」
(12)「《愛》などなんてバカバカしいんだ」と学生が歩き去りながら言った!
The daughter of the Professor was sitting in the doorway winding blue silk on a reel, and her little dog was lying at her feet.
教授の娘は玄関にいて、座って糸巻きに青い絹糸を巻いていた。そして小さな犬が彼女の足元に横たわっていた。
‘You said that you would dance with me if I brought you a red rose,’ cried the Student. ‘Here is the reddest rose in all the world. You will wear it to-night next your heart, and as we dance together it will tell you how I love you.’
But the girl frowned.
「あなたは、私が赤い薔薇をあなたにあげれば『私と踊る』と言いました」と学生が言った。
‘I am afraid it will not go with my dress,’ she answered; ‘and, besides, the Chamberlain's nephew has sent me some real jewels, and everybody knows that jewels cost far more than flowers.’
「赤い薔薇は、私のドレスに似合わないのではないかと私は心配だわ」と教授の娘は答えた。「それにまた、チェンバレンの甥が私にいくつかの本当の宝石を贈ってくれたわ。宝石が花よりずっと高価なことはみんなが知っているわ。」
‘Well, upon my word, you are very ungrateful,’ said the Student angrily; and he threw the rose into the street, where it fell into the gutter, and a cart-wheel went over it.
「何ということだ、あなたはとてもひどい人だ。」学生が怒って言った。そして学生は赤い薔薇を道路に投げ捨てた。それは道路の溝に落ち、馬車の車輪が赤い薔薇の上を通った。
‘Ungrateful!’ said the girl. ‘I tell you what, you are very rude; and, after all, who are you? Only a Student. Why, I don't believe you have even got silver buckles to your shoes as the Chamberlain's nephew has;’ and she got up from her chair and went into the house.
「失礼だわ!」と娘が言った。「私があなたに何を言ったって言うの、あなたはとても無作法だわ。結局、あなたが何様だというの?ただの学生にすぎないわ。」
‘What a silly thing Love is,’ said the Student as he walked away. ‘It is not half as useful as Logic, for it does not prove anything, and it is always telling one of things that are not going to happen, and making one believe things that are not true. In fact, it is quite unpractical, and, as in this age to be practical is everything, I shall go back to Philosophy and study Metaphysics.’
「《愛》など、何てバカバカしいんだ」と学生が歩き去りながら言った。「《愛》は《論理》の半分も役に立たない。というのは《愛》は何も証明しないからだ。そしていつも《愛》は、起きることのない出来事のひとつを語り、また真実でないことをいつも人に信じさせる。実際、《愛》はまったく非実用的・非実利的だ。そして今の時代は、実用的・実利的(practical)であることがすべてだから、私は《哲学》にもどり、そして《形而上学》を研究しよう。」
So he returned to his room and pulled out a great dusty book, and began to read.
《感想12》学生は失恋し、「愛の神秘」(the mystery of Love)が何であるかを知る《愛に真に生きる人》(the true lover)にならなかった。
《感想12-2》《愛に真に生きる人》のみが知る「愛の神秘」が何であるかを、ナイチンゲールは知りたかったので、ナイチンゲールは《命》を捧げた。だがナイチンゲールは《愛》の幻、《愛に真に生きる人》の幻、「愛の神秘」の幻を見ただけだった。
《感想12-3》教授の娘は「愛の神秘」や「愛」の至上性を信じない。彼女は実用的・実利的(practical)である。「宝石が花よりずっと高価なことはみんなが知っているわ」と彼女は言う。これに対し「愛の神秘」や「愛」の至上性を信じるナイチンゲールは言う。「愛はエメラルドより高価で、オパールより魅力的だ。真珠でもザクロ石でも愛を買えないし、愛は市場で売られていない。愛は商人から買えないし、金(gold)の重さで価値を計ることもできない。」
《参考》『ナイチンゲールと薔薇』(オスカー・ワイルド)(1888)(その1)~(その4):表題一覧!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その1):《愛に真に生きる人》のみが知る「愛の神秘」が何であるかナイチンゲールは知りたかった!
(1)「世界の真理」以上の価値が「愛」にある!
(2)《愛》は商人から買えないし、金(gold)の重さで価値を計ることもできない!
(3)《愛に真に生きる人》のみが知る「愛の神秘」が、何であるかナイチンゲールは知りたかった!
(4)「白い」薔薇、「黄色い」薔薇においては、「愛の神秘」が開示されない!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その2):《愛》は《命(life)》以上です! Cf. さまざまの「愛」がある!
(5)《赤い薔薇》が欲しいなら、あなたは月光の音楽から形作った薔薇を、あなた自身の心臓の血で染め上げなければならない!
(6)《愛》は《命(life)》以上です!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その3):「赤い薔薇の花」を創造する秘儀は「夜」なされる! Cf. 「夜」は様々の象徴的意味を持つ!
(7)私があなたにお願いするのはただ、あなたが《真に愛に生きる人》(a true lover)になることです!
(8)「形象」(style)としての芸術に対する学生の批判:ナイチンゲールの「美しい調べ」(歌)は単なる「形象」(style)としての芸術であり、「誠実さ」はなく、「情熱」(feeling)もなく、何の「意味」もなく、何の「実践的な利点」(good)も持たない!
(9)昼が来る前に、夜のうちに、「赤い薔薇の花」を完成させねばならない!最初は青白い!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その4):ナイチンゲールは《愛》の幻、《愛に真に生きる人》の幻、「愛の神秘」の幻を見ただけだった!今は、実用的・実利的な時代だ!
(10)ナイチンゲールは「死によって完成する愛」について、「墓のうちで死に絶えることのない愛」について歌っていた!
(11)「わーすごい、何と素晴しい幸運だ!」学生は叫んだ。「ここに赤い薔薇がある!」
(12)「《愛》などなんてバカバカしいんだ」と学生が歩き去りながら言った!
(10)ナイチンゲールは「死によって完成する愛」について、「墓のうちで死に絶えることのない愛」について歌っていた!
So the Nightingale pressed closer against the thorn, and louder and louder grew her song, for she sang of the birth of passion in the soul of a man and a maid.
そこでナイチンゲールは薔薇の棘をより深く刺しこんだ、また歌声はどんどん大きくなった。なぜならナイチンゲールは男と女の魂における情熱(passion)の誕生を歌っていたからだ。
And a delicate flush of pink came into the leaves of the rose, like the flush in the face of the bridegroom when he kisses the lips of the bride. But the thorn had not yet reached her heart, so the rose's heart remained white, for only a Nightingale's heart's-blood can crimson the heart of a rose.
やがてピンクの微妙な輝き(flush)が薔薇の木の葉に射した、それは花婿が花嫁の唇にキスする時、花婿の顔に射す輝き(flush)のようだった。しかし薔薇の棘はまだナイチンゲールの心臓に達していなかった。だから薔薇の心臓はまだ白いままだった。なぜならナイチンゲールの心臓の血だけが薔薇の木の心臓を赤く(crimson)することができたからだ。
And the Tree cried to the Nightingale to press closer against the thorn. ‘Press closer, little Nightingale,’ cried the Tree, ‘or the Day will come before the rose is finished.’
そして薔薇の木が、ナイチンゲールにむかって、薔薇の棘をもっと深く刺さしこむように(to press closer against the thorn)と叫んだ。「かわいいナイチンゲール、もっと深く刺しこんで」と薔薇の木が叫んだ。「そうでないと赤い薔薇の花が完成する前に、昼が来てしまう。」
So the Nightingale pressed closer against the thorn, and the thorn touched her heart, and a fierce pang of pain shot through her. Bitter, bitter was the pain, and wilder and wilder grew her song, for she sang of the Love that is perfected by Death, of the Love that dies not in the tomb.
そこでナイチンゲールは薔薇の棘をより深く刺しこんだ、そして薔薇の棘がナイチンゲールの心臓に触れた、すると恐るべき激痛がナイチンゲールを刺し貫いた。苦痛はますますひどくなり、ナイチンゲールの歌はますます激しくなっていった。というのもナイチンゲールは「死によって完成する愛」について、「墓のうちで死に絶えることのない愛」について歌っていたからだ。
And the marvellous rose became crimson, like the rose of the eastern sky. Crimson was the girdle of petals, and crimson as a ruby was the heart.
そして(青白かった)不思議な薔薇の花は、(夜明けの)東の空の薔薇のように赤くなった。花びらの輪は赤かった、また(薔薇の木の)心臓はルビーのように赤かった。
But the Nightingale's voice grew fainter, and her little wings began to beat, and a film came over her eyes. Fainter and fainter grew her song, and she felt something choking her in her throat.
しかしナイチンゲールの歌声はより微かになり、彼女の小さな翼が痙攣し始め、そして薄い膜が彼女の眼を覆った。ナイチンゲールの歌はますます微かになっていき、そしてナイチンゲールは何かが彼女の喉を詰まらせるのを感じた。
Then she gave one last burst of music. The white Moon heard it, and she forgot the dawn, and lingered on in the sky. The red rose heard it, and it trembled all over with ecstasy, and opened its petals to the cold morning air. Echo bore it to her purple cavern in the hills, and woke the sleeping shepherds from their dreams. It floated through the reeds of the river, and they carried its message to the sea.
その時、ナイチンゲールが歌の最期の一声を上げた。白い月がそれを聞いた、そして月は夜明けを忘れ、空に漂い続けた。赤い薔薇はそれを聞き、そして恍惚で全身を震わせ、ついい赤い薔薇はその花びらを冷たい朝の空気のうちに開いた。(森のニンフである)木霊(コダマ)が、ナイチンゲールの歌の最期の一声を、丘の間にある紫の洞窟に運び、眠っている羊飼いたちを夢から醒めさせた。ナイチンゲールの歌の最期の一声は川の葦たちの上をはるかに漂い、葦たちはナイチンゲールの歌のメッセージを海にまで運んだ。
‘Look, look!’ cried the Tree, ‘the rose is finished now;’ but the Nightingale made no answer, for she was lying dead in the long grass, with the thorn in her heart.
「見て、見て!」薔薇の木が叫んだ。「赤い薔薇が今、完成した!」しかしナイチンゲールは答えなかった。なぜならナイチンゲールは、薔薇の棘が心臓に達し、死んで長い草の上に横たわっていたからだ。
《感想10》「死に値する《愛》」以外に「死に値する」ものがある!
Ex.1 「万死(バンシ)に値する」:「死をもって償うべき」とか「死んで詫びるべき」という場合で、「何度も繰り返して死ぬくらいの責め苦を負うべき、そのくらい罪深い」という意味・ニュアンスを込め用いられる。
Ex.2 「死にがい(甲斐)」:「生きがい」が生きるための希望(理由・意義・意味)であるのに対し、「死にがい」は死ぬにあたっての理由・意義・意味である。例えば「特攻」で「自分が死ぬことで平和がもたらされる」なら「死にがい」があるとされる。
Ex.3 朝井リョウの小説『死にがいを求めて生きているの』では、「死に甲斐」とは、「死」において完成する「生き甲斐」だ。「死」が希望となり、「死」が美化される。「存在」(有)の意味(「生き甲斐」)が「無」(死)の意味(「死に甲斐」)へと移行させられる。
(11)「わーすごい、何と素晴しい幸運だ!」学生は叫んだ。「ここに赤い薔薇がある!」
And at noon the Student opened his window and looked out.
そして昼、学生は窓を開き、外を見た。
‘Why, what a wonderful piece of luck!’ he cried; ‘here is a red rose! I have never seen any rose like it in all my life. It is so beautiful that I am sure it has a long Latin name;’ and he leaned down and plucked it.
「わーすごい、何と素晴しい幸運だ!」彼は叫んだ。「ここに赤い薔薇がある!このような素晴らしい薔薇は自分の人生で見たことがない。この薔薇はとても美しく、きっと長いラテン名をもつだろう。」学生は体を下に傾け、薔薇の木から赤い薔薇を摘んだ。
Then he put on his hat, and ran up to the Professor's house with the rose in his hand.
それから学生は帽子をかぶり、赤い薔薇を手にもって教授の家にまで走って行った。
《感想11》ナイチンゲールが《命》にかけて、つまり《死》とひきかえに「赤い薔薇」を咲かせた出来事の始まりは、この若い学生が「僕が彼女に赤い薔薇持って行けば、あの人は僕とダンスしてくれると言った」、「でも僕の庭には赤い薔薇がない!」と叫んだのをナイチンゲールが聞いたことにある。
☆1. ナイチンゲールは、この学生について「ついにここに《愛に真に生きる人》(a true lover)がいる!」と思った。
☆2. ナイチンゲールは「愛」の至上性について語る。「愛はエメラルドより高価で、オパールより魅力的だ。真珠でもザクロ石でも愛を買えないし、愛は市場で売られていない。愛は商人から買えないし、金(gold)の重さで価値を計ることもできない。」
☆3 . 学生は「世界の真理」を求め学んできた。彼は「賢い人々が書いた本すべて」を読み、「哲学の秘密のすべて」を会得した。だが今や彼は、「世界の真理」以上の価値が「愛」にあると思った。(Cf. 学生のこの心理状況は、「恋は盲目」と呼べる。)
☆4. 「学生は、赤い薔薇がほしくて泣いてるんだ!」とナイチンゲールは思った。
☆4-2. そして《愛に真に生きる人》(the true lover)のみが知る「愛の神秘」(the mystery of Love)が何であるかを、ナイチンゲールは知りたかった。
☆5 . 薔薇の木は、ナイチンゲールに言った。「《赤い薔薇》が欲しいなら、あなたは月光の音楽から形作った薔薇を、あなた自身の心臓の血で染め上げなければならない。あなたはあなたの胸に棘を突き刺して私に歌を歌わなければならない。一晩中ずっとあなたは私に歌い続けねばならない。そしてその棘があなたの心臓を貫かねばならない。あなたの心臓の血が私の葉脈へと流れ入り、そして私の血にならなければならない。」
☆6. 「死は赤い薔薇に支払うべき偉大な対価です」とナイチンゲールが叫んだ。「《愛》は《命(life)》以上(better than)です。」
☆7. 「幸せになって!」とナイチンゲールが心の中で、学生に向かって叫んだ。「幸せになって!あなたは赤い薔薇を手に入れるでしょう。」「私は赤い薔薇の対価として死を受け入れました。《命》を支払いました。」「お返しとして私があなたにお願いするのはただ、あなたが《真に愛に生きる人》(a true lover)になることです。」「というのは①たとえ《哲学》が賢いとしても、《愛》は《哲学》よりも賢いからです。また②たとえ《力》が強大だとしても、《愛》は《力》よりも強大だからです。」
(12)「《愛》などなんてバカバカしいんだ」と学生が歩き去りながら言った!
The daughter of the Professor was sitting in the doorway winding blue silk on a reel, and her little dog was lying at her feet.
教授の娘は玄関にいて、座って糸巻きに青い絹糸を巻いていた。そして小さな犬が彼女の足元に横たわっていた。
‘You said that you would dance with me if I brought you a red rose,’ cried the Student. ‘Here is the reddest rose in all the world. You will wear it to-night next your heart, and as we dance together it will tell you how I love you.’
But the girl frowned.
「あなたは、私が赤い薔薇をあなたにあげれば『私と踊る』と言いました」と学生が言った。
‘I am afraid it will not go with my dress,’ she answered; ‘and, besides, the Chamberlain's nephew has sent me some real jewels, and everybody knows that jewels cost far more than flowers.’
「赤い薔薇は、私のドレスに似合わないのではないかと私は心配だわ」と教授の娘は答えた。「それにまた、チェンバレンの甥が私にいくつかの本当の宝石を贈ってくれたわ。宝石が花よりずっと高価なことはみんなが知っているわ。」
‘Well, upon my word, you are very ungrateful,’ said the Student angrily; and he threw the rose into the street, where it fell into the gutter, and a cart-wheel went over it.
「何ということだ、あなたはとてもひどい人だ。」学生が怒って言った。そして学生は赤い薔薇を道路に投げ捨てた。それは道路の溝に落ち、馬車の車輪が赤い薔薇の上を通った。
‘Ungrateful!’ said the girl. ‘I tell you what, you are very rude; and, after all, who are you? Only a Student. Why, I don't believe you have even got silver buckles to your shoes as the Chamberlain's nephew has;’ and she got up from her chair and went into the house.
「失礼だわ!」と娘が言った。「私があなたに何を言ったって言うの、あなたはとても無作法だわ。結局、あなたが何様だというの?ただの学生にすぎないわ。」
‘What a silly thing Love is,’ said the Student as he walked away. ‘It is not half as useful as Logic, for it does not prove anything, and it is always telling one of things that are not going to happen, and making one believe things that are not true. In fact, it is quite unpractical, and, as in this age to be practical is everything, I shall go back to Philosophy and study Metaphysics.’
「《愛》など、何てバカバカしいんだ」と学生が歩き去りながら言った。「《愛》は《論理》の半分も役に立たない。というのは《愛》は何も証明しないからだ。そしていつも《愛》は、起きることのない出来事のひとつを語り、また真実でないことをいつも人に信じさせる。実際、《愛》はまったく非実用的・非実利的だ。そして今の時代は、実用的・実利的(practical)であることがすべてだから、私は《哲学》にもどり、そして《形而上学》を研究しよう。」
So he returned to his room and pulled out a great dusty book, and began to read.
《感想12》学生は失恋し、「愛の神秘」(the mystery of Love)が何であるかを知る《愛に真に生きる人》(the true lover)にならなかった。
《感想12-2》《愛に真に生きる人》のみが知る「愛の神秘」が何であるかを、ナイチンゲールは知りたかったので、ナイチンゲールは《命》を捧げた。だがナイチンゲールは《愛》の幻、《愛に真に生きる人》の幻、「愛の神秘」の幻を見ただけだった。
《感想12-3》教授の娘は「愛の神秘」や「愛」の至上性を信じない。彼女は実用的・実利的(practical)である。「宝石が花よりずっと高価なことはみんなが知っているわ」と彼女は言う。これに対し「愛の神秘」や「愛」の至上性を信じるナイチンゲールは言う。「愛はエメラルドより高価で、オパールより魅力的だ。真珠でもザクロ石でも愛を買えないし、愛は市場で売られていない。愛は商人から買えないし、金(gold)の重さで価値を計ることもできない。」
《参考》『ナイチンゲールと薔薇』(オスカー・ワイルド)(1888)(その1)~(その4):表題一覧!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その1):《愛に真に生きる人》のみが知る「愛の神秘」が何であるかナイチンゲールは知りたかった!
(1)「世界の真理」以上の価値が「愛」にある!
(2)《愛》は商人から買えないし、金(gold)の重さで価値を計ることもできない!
(3)《愛に真に生きる人》のみが知る「愛の神秘」が、何であるかナイチンゲールは知りたかった!
(4)「白い」薔薇、「黄色い」薔薇においては、「愛の神秘」が開示されない!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その2):《愛》は《命(life)》以上です! Cf. さまざまの「愛」がある!
(5)《赤い薔薇》が欲しいなら、あなたは月光の音楽から形作った薔薇を、あなた自身の心臓の血で染め上げなければならない!
(6)《愛》は《命(life)》以上です!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その3):「赤い薔薇の花」を創造する秘儀は「夜」なされる! Cf. 「夜」は様々の象徴的意味を持つ!
(7)私があなたにお願いするのはただ、あなたが《真に愛に生きる人》(a true lover)になることです!
(8)「形象」(style)としての芸術に対する学生の批判:ナイチンゲールの「美しい調べ」(歌)は単なる「形象」(style)としての芸術であり、「誠実さ」はなく、「情熱」(feeling)もなく、何の「意味」もなく、何の「実践的な利点」(good)も持たない!
(9)昼が来る前に、夜のうちに、「赤い薔薇の花」を完成させねばならない!最初は青白い!
★『ナイチンゲールと薔薇』(その4):ナイチンゲールは《愛》の幻、《愛に真に生きる人》の幻、「愛の神秘」の幻を見ただけだった!今は、実用的・実利的な時代だ!
(10)ナイチンゲールは「死によって完成する愛」について、「墓のうちで死に絶えることのない愛」について歌っていた!
(11)「わーすごい、何と素晴しい幸運だ!」学生は叫んだ。「ここに赤い薔薇がある!」
(12)「《愛》などなんてバカバカしいんだ」と学生が歩き去りながら言った!