goo blog サービス終了のお知らせ 

三味線弾きの日常

津軽三味線弾き唄い。
ときどき地歌・上方唄。
あるときは義太夫三味線。
三味の音を一人でも多くの人に届けたい。

未来のサムライミュージシャンズ発掘コンテスト 優秀賞受賞!

邦楽ジャーナル「尺八界の今、そして未来」。

2021年10月14日 | 三味線のはなし
 
邦楽ジャーナル10月号の特集「尺八界の今、そして未来」が
言いたい放題でなかなか面白かったです。
 
 
本当はみんな古典好きじゃないよね、とか
民謡はもう行き詰まり、とか。
多くの人が内心では思っていても
タテマエとして口にするのは憚られるみたいなことを
ズバズバいっちゃってます。
もちろん、古典や民謡が本当に好きな人はいるし
そういう人たちによって、これからも続いていくだろうけれど、
それがメインではこの先、立ち行かなくなる。
時代に合った楽曲=ソフトが必要だし
そこから更に楽器=ハードの発展もあるだろう。
というような内容で、とても肯ける部分が多かったのですが、
視点を尺八から三味線に広げて考えてみると…
 
現代人に受け入れられる現代オリジナル曲というのは
結局、器楽になるのかなぁと思うのです。
尺八にしても、箏の現代曲にしても、
三味線でも津軽三味線だけが人気なのも、
全部、インストなんですよね。
日本の音楽においては、唄や語りの方がメインだったけれど
今はそこから離れないと、なかなか受け入れられにくい。
だから、自分でやっといて何だけど
義太夫も地歌も、将来何かの間違いで大人気になる、なんて
奇跡は起きないだろうと思っているし、
だからこそ義太夫三味線は語りから独立する道を開拓していいと思う。
もちろん、古典というのは、やればやるほど
その良さとか奥深さが分かってくるものだから、
もっと人口が増えればいいなとも思うけれど。
それはものすごく難しいわけで。
 
で最終的に、現代オリジナルも古典も民謡も
さらなる新しいチャレンジも全部ひっくるめて存在できる
「多様性の世界」という、ありきたりなまとめになってしまう。
何だかんだと結局そこに行き着いちゃう。
さて、そこで、私自身はどの方向へ、どんなバランスで
舵を切っていきたいのか。ということを考えなくてはいけないな。