「伊東深水 南方風俗スケッチ展」 市川市芳澤ガーデンギャラリー

市川市芳澤ガーデンギャラリー
「伊東深水 南方風俗スケッチ展~市川市収蔵作品より」
6/16-7/22



芳澤ガーデンギャラリーで開催中の「伊東深水 南方風俗スケッチ展」へ行ってきました。

近代日本画の巨匠、伊東深水の真骨頂といえば艶やかな美人画に他なりませんが、素描や水彩の優品をまとめて見る機会は意外と少なかったかもしれません。

深水は1943年から約4ヶ月間、海軍報道班員としてインドネシアやシンガポールへ赴き、そこで現地の風俗を捉えた素描を多数描きました。

本展はそのような深水の南方でのスケッチのみに焦点を当てています。



出品数は110点。ワンフロアのみの小さなスペースですが、思いの外に見応えがありました。

作品は時系列、ようは深水が廻った土地、島の順に並んでいます。



現地の風俗、特に建物や暮らしをよく伝える作品の一例として「マッカサル郊外にて写」(昭和18年)が挙げられるのではないでしょうか。

マッカサル郊外、水辺の上の高床式の住居を描いていますが、エメラルドグリーンの水面しかり、深水の優れた水彩表現を伺うことも出来ます。



また花のスケッチも南国ならではの鮮やかな色を伝えてくれます。

女性の肖像など、人物を捉えたスケッチには、いかにも深水らしいアクの強いタッチもありましたが、こうした風景などからは本画とは異なるあっさりとした表現を見ることが出来ました。

さて興味深いのが、深水が先住民の人々の様態を写した作品です。



中でも山岳地帯に生活の基盤を持つトラジャ族を捉えたスケッチには目を奪われます。

またここで重要なのは深水がそうした人々についての印象を言葉に残していることです。

これはトラジャ族に限りませんが、例えば衣装の色や生地、それに舟の積荷、さらには祭りの様子などを、事細かに記しています。

もちらんそれらには時にオリエンタリズム的な視点も交じるわけですが、深水がどのように南方を捉えていたのが分かる資料として重要かもしれません。

さて今回の目玉というべきなのがスケッチと絵葉書の比較です。

つまり深水が描いたスケッチと、それ元に制作された当時の軍事郵便葉書があわせて展示されています。

その数は5点。これまでに他の展覧会で葉書とスケッチがバラバラに展示されたことはありましたが、今回のように見比べられる形での公開は初めてです。

さりげなく史上始めての比較展示、ここはじっくりと楽しみました。

最後には他の島々とは明らかに風俗の異なるバリが登場します。



バロンの踊りの奇抜な衣装に仮面、そして鮮烈な色自体も深水に強い印象を与えたのではないでしょうか。

ちなみに深水は4ヶ月の滞在中、約400枚のスケッチを描きましたが、うち270枚ほどをここ市川市が所蔵しています。

深水と市川との直接的な関係はなく、あくまでも深水の訪れたスマトラのメダンが姉妹都市であることから収集が始まったそうですが、近代日本画好きにとっては嬉しい企画と言えそうです。



7月22日まで開催されています。

*図版はいずれも伊東深水「南方風俗スケッチ」(1943年)より。

「伊東深水 南方風俗スケッチ展~市川市収蔵作品より」 市川市芳澤ガーデンギャラリー
会期:6月16日(土)~7月22日(日)
休館:月曜日(7/16は開館、7/17は休館)
時間:9:30~16:30
住所:千葉県市川市真間5-1-18
交通:JR線市川駅より徒歩16分、京成線市川真間駅より徒歩12分。*市川駅北口に「市営無料レンタサイクル」(市川第6駐輪場)あり。
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「橋本雅也 殻のない種」 ロンドンギャラリー白金

ロンドンギャラリー白金
「橋本雅也 殻のない種」
7/7-7/25



ロンドンギャラリー白金で開催中の橋本雅也個展、「殻のない種」へ行ってきました。

独学で彫刻を学び、今では人里離れた無住の地にて制作を行うという橋本雅也。



乳白色を帯びた美しいスイセンやサクラなどの草花の数々。薄い花弁に緩やかな曲線を帯びた葉、いずれも精巧な彫刻自体に感心させられる方も多いかもしれません。

それがまた素材を知ってさらなる驚きへと変化します。



何とそれは鹿です。つまり橋本自身、猟師とともに足を運び、雪山にて仕留めたという一頭の鹿、その骨と角が、今回の作品の全ての源となっています。(上の鹿がまさにそれです。)

ともかくも繊細でしなやかな様子、そして質感は、おおよそ本来的に曲げることすら難しい骨とは思えません。



またモチーフである花や草が持ち得ていた色は、当然ながら寡黙なモノクローム、骨自体の白へと移り変わっています。

何時か朽ち果ててしまう草花が既に「死」を踏まえた骨であるということ、それを思った時、何ともいい難い儚さを感じてなりませんでした。

それにしても会場はお馴染みのロンドンギャラリー、当然ながら古美術と交えた魅力的な展示になっています。



花の向こうにお目見えするのはまさに百花繚乱、華麗な等伯の屏風絵「四季花鳥図」です。



そして古木の上のホトトギスの間には、同じく等伯の「寒江渡舟図」が掲げられているではありませんか。



ちなみに素材となった鹿ですが、基本的には全て食し、骨や角も無駄にすることがないそうです。



生き物の死と真っ当に向き合う橋本の真摯な姿勢、それは作品の凛とした佇まいからも感じられるかもしれません。

7月25日まで開催されています。

「橋本雅也 殻のない種」 ロンドンギャラリー白金
会期:7月7日(土)~7月25日(土)
休廊:日・月・祝 *但し7/12(木)は休廊。
時間:11:00~18:00
住所:港区白金3-1-15 白金アートコンプレックス4階
交通:東京メトロ南北線・都営三田線白金高輪駅3番出口より徒歩10分。東京メトロ日比谷線広尾駅1番出口より徒歩15分。
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「ルネサンス 歴史と芸術の物語」(光文社新書)

池上英洋著「ルネサンス 歴史と芸術の物語」(光文社新書)を読んでみました。



15世紀前後の西洋において古典を復興しようとした文化的潮流。ボッティチェッリやレオナルド、そしてミケランジェロらが活躍した時代。

私自身「ルネサンス」とは何かと聞かれて思いついたのはこの程度。

しかしながら何故それが起きたのか、そもそもこの時代に古典がどうして見直されたのか、さらには文化だけでなく社会・政治的にはどのような状況にあったのか。

こう問われれば、直ぐさま回答に窮してしまいます。

そんな「知っているつもりでいるルネサンス」(P.6)を、美術の範疇だけでなく、社会構造まで踏み込んで、しかも分かりやすく解き明かしたのが「ルネサンス 歴史と芸術の物語」。

著書はお馴染み美術史家で國學院大学准教授の池上英洋先生。いつもながらの親しみやすい語り口、普段接しておられる学生とのエピソードの冒頭からぐっと引込まれました。

本書の構成は以下の通りです。

第1章 十字軍と金融
第2章 古代ローマの理想化
第3章 もう一つの古代
第4章 ルネサンス美術の本質
第5章 ルネサンスの終焉
第6章 ルネサンスの美術家三十選


いきなり十字軍に金融とくれば、有りがちなルネサンス美術解説本ではないことがお分かりいただけるかもしれません。

いわゆる「聖地」奪回のため、ヨーロッパ全土から集まった群衆は一路エルサレムを目指す。

海の通り道でもあったヴェネツィアは関税システムを整備することで富を手にし、またフィレンツェは人の移動ともに増大した物流を用いた加工貿易で栄えていく。

そうした内容から本書は出発します。


図17:ジローラモ・マジーニ「コーラ・ディ・リエンツォのモニュメント」1887年

結果的にこうした商業活動の進展を基盤に、動揺しつつあった中世の二重権力システム(教皇と教会)を隙をついたのがローマの政治家コーラです。

また彼の共和政への志向はもちろん、当初彼を支えた知識人のペトラルカや詩人のボッカッチョらが古代ローマ、またそれを通してギリシャへの熱い視座を持っていたことから、古典回帰、復興の時代の扉が徐々に開かれていくことになります。

さてルネサンスの特質とは。

まず重要なのは人文主義です。ここではその準備段階としてルネサンスの前、いわゆるプロト・ルネサンスについて語られます。

先に揚げたボッカッチョは「デカメロン」において人間の俗をこれまでにはないほど生々しく描きだしました。


図23:ジョット・ディ・ボンドーネ「磔刑像」1295年頃

美術の面においても、それまでは超人的な存在として描かれたイエスが、例えば聖フランチェスコの物語を経由して、ジュンタからジョットへと至る「人間的」なイメージへと変化していく様が紹介されます。

特に分かりやすいのが「磔刑図」の変遷、イエスがまさに人間そのものに近い形で描かれていくではありませんか。


図57:フラ・アンジェリコ「受胎告知」1440年代

第4章にてマザッチョやアンジェリコなどの作品を挙げながら、ルネサンス美術の3つの本質、「空間性」、「人体理解」、「感情表現」をひも解いていますが、こうした初期段階での表現の変化も、またルネサンス理解の上でとても重要なポイントでした。

また面白いのが古典、ギリシャ文化は十字軍によってイスラム圏から逆流していったことです。

当時のヨーロッパにおいてギリシャを初めとする古代地中海文化は、ゲルマンの侵入により長い間遺物とされ、忘れられていました。

一方でイスラムはもちろん、ビザンティンではそれが一部継承されています。

つまり十字軍が切っ掛けとなり、既に自分たちが忘れていた古代ギリシャを再発見したというわけです。ルネサンスは単にイタリアのみではなく、イスラムをも跨いだ大きなスケールで展開していました。


図36:ヤコポ・ポントルモ「コジモ・デ・メディチの肖像」1510年代

またルネサンス美術を支えたメディチ家が言わば実力者としては後発であったこと、彼らがいかにして富と権力を集中させていたかについても簡潔に触れられています。

それに「商業の世紀」ルネサンスを経た結果、個人で商業を行う人々が増大し、結果それまで労働力として扱われなかった女性に教育の機会が与えられたという指摘も興味深いのではないでしょうか。


図68:クエンティン・マセイス「両替商とその妻」1514年

いわゆる手紙を書いたり読む女性が絵画上のモチーフとして登場するのはルネサンス以降でもあるのです。

最後は盛者必衰ならぬルネサンスの終焉です。

コジモ以降のイタリアの体制の変化に加え、大航海時代や宗教改革などがルネサンスを引導を渡します。西洋のパワーゲームに敗れたイタリアの衰退とともに、ルネサンスは終わりを告げました。

もちろん図版も多数掲載、いずれもがカラーであるのも嬉しいところです。

大きな「社会のうねり」(P.234)という変革期にあったルネサンス、かくもこれほどまでに複層的な社会構造があったとのかという発見と驚きを感じてなりませんでした。

「ルネサンス 歴史と芸術の物語/池上英洋/光文社新書」

ルネサンス美術を政治や宗教の視点から読み解く池上英洋著の「ルネサンス 歴史と芸術の物語」(光文社新書)、是非書店にてお手にとってご覧ください。

「西洋美術史入門/池上英洋/ちくまプリマー新書」

なお余談ですが池上先生、ツイッターをはじめられました。(@hidehiroikegami)こちらも要フォローです!
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「バーン=ジョーンズ展」 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館
「バーン=ジョーンズ展 装飾と象徴」
6/23-8/19



三菱一号館美術館で開催中の「バーン=ジョーンズ展」へ行って来ました。

英雄ペルセウスに聖ゲオルギウス、ピグマリオンにいばら姫と、古代ギリシャ物語や中世文学などのモチーフを取り入れ、19世紀末のヴィクトリア朝絵画の頂点を築いたバーン=ジョーンズ(1833-98)。

その耽美な画風には大いに惹かれるところですが、断片的に作品に接することはあれども、まとまった形で見る機会は一度もありませんでした。


エドワード=バーン=ジョーンズ「フローラ」1868-84年 郡山市立美術館

まさにイギリス美術ファン待望の展覧会です。

世界屈指とも言われるバーミンガム美術館のコレクションを中心に、国内外より集められたバーン=ジョーンズの絵画、資料、全75点が一堂に会していました。

冒頭はバーン=ジョーンズの制作の出発点、定番のギリシャ物語からアーサー王、モリスの長編詩などのモチーフが扱われます。

中でも圧巻なのは彼が終生手離さなかったという物語集、ディグビの「騎士道の誉」に基づく「慈悲深き騎士」です。


エドワード=バーン=ジョーンズ「慈悲深き騎士」1863年 バーミンガム美術館

教会にて木造のキリストが騎士へ祝福を与えるというこの主題、全体を覆うグリーンの美しさに目を奪われますが、甲冑の光沢感、周囲の幻想的なまでの草花など、早くも画家の魅力を味わえる作品だと言えるのではないでしょうか。

またバーン=ジョーンズとは切っても切り離せない関係にあるモリスの最初の物語詩、「クピドとプシュケ」の主題による「怠惰の戸口の前の巡礼」も力作です。

彼らは同じオックスフォード大学の学生時代、一緒になってチョーサーを読んだというエピソードも残っているそうですが、そこから一話、モリスに依頼されてデザインを手がけた「巡礼を導く愛」のタペストリーも見どころの一つとなりそうです。

さて得意とする英雄物語ではまず聖ゲオルギウスが圧巻です。

異教を象徴するという龍にまたがり、剣と槍を刺しこんで退治する「闘い:龍を退治する聖ゲオルギウス」の迫力、とりわけ剣が龍の口を突いて血の滴る様の生々しさは一種、異様ではないでしょうか。

実はバーン=ジョーンズは画家になる前、聖職を志していたそうですが、この真に迫る描写も、何かそうした面と関係するのかもしれません。


エドワード=バーン=ジョーンズ「大海蛇を退治するペルセウス」1882年頃 サウサンプトン市立美術館

ハイライトはペルセウスとして問題ありません。

政治家の新居の装飾な基づく2点、「メドゥーサの死 連作ペルセウス」と「果たされた運命:大海蛇を退治するペルセウス」は、その動的でかつドラマティックな描写に思わず打ちのめされてしまいます。

メデューサの首を仕留めるペルセウスを描いたのが「メドゥーサの死 連作ペルセウス」です。


エドワード=バーン=ジョーンズ「メドゥーサの死」1882年 サウサンプトン市立美術館

縦長の構図を最大限に活かし、今にも飛び上がろうとするペルセウスを躍動感のある様で表現しています。

チラシ表紙にも掲げられた「果たされた運命:大海蛇を退治するペルセウス」では、ともかくペルセウスへとぐろを巻いて絡みつく怪物の描写に驚かされるのではないでしょうか。

左手で怪物を抑えながら、剣を突こうとするペルセウス、その怪物と渾然一体となった濃密な空間には全く隙がありません。

なおこのペルセウス主題でらチョークを使った甲冑の習作も魅力的です。その劇的な描写はそれこそ明日、7/4に、東京新聞で高橋館長との紙上対談が掲載される荒木飛呂彦のジョジョ風。またそちらも興味深い内容となりそうです。

さてぐっと抑えられた照明に美しく浮かび上がるのは、バーン=ジョーンズの題材でもとりわけ重要だという「眠り姫」から「眠り姫 連作いばら姫」です。


エドワード=バーン=ジョーンズ「眠り姫」 1872-74年頃 ダブリン市立ヒュー・レイン美術館

横たわって眠りこける女性はそれこそオフェイリアの姿も連想させますが、周囲の野ばらなどの草の細密な表現からも目が離せません。

また画家に特徴的な衣服やシーツの彫の深い陰影も際立ちます。永遠を象徴する砂時計を枕元に掲げて眠りこける女性の甘美な姿には見惚れてしまいました。

なおバーン=ジョーンズはイタリアに憧憬を抱いていて、実際に何度か旅をした他、特にボッティチェリやミケランジェロを讃美していたことでも知られています。


エドワード=バーン=ジョーンズ「運命の車輪」1871-85年 ナショナル・ギャラリー・オヴ・ヴィクトリア

それこそ優美な女性はボッティチェリを、また一転して「運命の車輪」などにおける隆々たる肉体美はミケランジェロを思わせはしないでしょうか。

例えばイギリスの伝統的な物語を多く取り入れた主題だけでなく、絵画表現上において彼が如何なる方向を目指していたのかを見るのも面白いかもしれません。

さて展覧会のラストを飾るのも永遠の眠りです。

バーン=ジョーンズが晩年に描いたこの「聖杯堂の前で見る騎士ランスロットの夢」、眠りこける騎士ランスロットは画家自身の姿とも重なります。

寒々しいまでの木々、そして奥の暗がり、また後ろを向いて佇む馬など、どことなく寂しげな光景は、まさに夢幻の世界ではないでしょうか。

「眠りこそ聖なる永遠性の象徴。」(図録より引用。) としていたバーン=ジョーンズは、この作品を描いた2年後、65歳の生涯を閉じました。

初めに「まとまって見る機会は一度もない。」と書きましたが、それもそのはず、実は本展こそ日本初の画家回顧展だそうです。


エドワード=バーン=ジョーンズ(原画)/モリス商会(制作)「東方の三博士の礼拝」1894年(原画:1888年) マンチェスター・メトロポリタン大学

しかしながら意外や意外、まだ会期早々だからなのか、館内は思いの外に空いています。多岐に渡る主題を整理し、充実した作品で画業を辿る回顧展、もうしばらくは望めそうもありません。

「もっと知りたいバーン=ジョーンズ/東京美術」

8月19日までの開催です。断然におすすめします。

「バーン=ジョーンズ展 装飾と象徴」 三菱一号館美術館
会期:6月23日(土)~8月19日(日)
休館:毎週月曜。祝日の場合は翌火曜休館。(但し8月13日は開館。)
時間:10:00~18:00(火・土・日・祝)、10:00~20:00(水・木・金)
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。
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「八重樫ゆい:初夏と習慣」 MISAKO & ROSEN

MISAKO & ROSEN
「八重樫ゆい:初夏と習慣」 
6/24-7/22



MISAKO & ROSENで開催中の八重樫ゆい個展、「初夏と習慣」へ行ってきました。

上のDM作品を見る限りでは、とてもフラットでかつ色味の落ち着いた抽象画を連想させる八重樫ゆいの作品。

確かに抽象であることは間違いありませんが、実際に作品の前に立つと意外なほどに温もり、また生々しさを感じはしないでしょうか。

というのもその表面に塗られた絵具の質感です。

個々の色はそれぞれ薄い絵具の層になって積み重なっています。色と色、面と面の間には、図版などでは到底分からない厚み、またボリュームがありました。

また作品のモチーフとして布生地のパターンを引用することがあるそうですが、そのイメージはもちろんのこと、どこか触りたくなるような表面の質感も、生地に近いものがあるかもしれません。

形よりも色がリズムを生み出しています。丹念に塗り込まれた色同士の織りなすハーモニー、控えめながらもどことない心地良さを感じました。

7月22日まで開催されています。

八重樫ゆい「初夏と習慣」 MISAKO & ROSEN
会期:6月24日(日)~7月22日(日)
休廊:月曜、祭日
時間:12:00~19:00(火~土)、12:00~17:00(日)
住所:豊島区北大塚3-27-6
交通:JR線大塚駅北口より徒歩約10分。
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「マウリッツハイス美術館展」 東京都美術館

東京都美術館
「マウリッツハイス美術館展」 
6/30-9/17



東京都美術館で開催中の「マウリッツハイス美術館展」の報道内覧会に参加して来ました。

しばらく前から首都圏各地の交通広告を埋め尽くした「世界一有名な少女」。

最近ではブームの発端ともなった大阪の「フェルメールとその時代展」(2000年)でも出品されましたが、以来12年、再びフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が東京都美術館へとやって来ました。


第1章「美術館の歴史」展示室風景

東京では約30年ぶりの公開というこの少女のビジュアル、ともかくインパクトが強く、さもフェルメール展と思ってしまいがちですが、実際はそうではありません。

出品数50点の殆どは17世紀オランダ・フランドル絵画、うち6点をなんとレンブラントが占めています。

構成は以下の通りでした。

第1章 美術館の歴史
第2章 風景画
第3章 歴史画(物語画)
第4章 肖像画と「トローニー」
第5章 静物画
第6章 風俗画


オーソドックスなジャンルでの展示です。

都美館のスペースを鑑みればやや少ない作品数ということもあってか、会場はゆったりとした作りとなっていました。

冒頭、マウリッツハイス美術館の歴史をおさらいした後に登場するのは、オランダ絵画でもとにかく人気のある風景画の数々です。


左:ヤン・ファン・ホーイエン「ホーホエルテン近郊のライン川の眺望」1653年

そしてここではヤーコブ、サロモンのロイスダールの3点が忘れられません。

ヤーコブの「標白場のあるハールレムの風景」における水辺と帆船の美しい質感、とりわけ光を受けて透き通るような帆の繊細なタッチなどに惹かれる方も多いのではないでしょうか。

一方で山城を描いたサロモンの「ベントハイム城の眺望」も優品です。


左:ヤーコブ・ファン・ライスダール「ベントハイム城の眺望」1652年-1654年頃

このドイツの城を彼は12点ほど描いたそうですが、ともかくは堂々と聳え立つ城、そしてその下の奇岩とも言える岩の重厚感、さらには丘を覆う木々の細やかな筆遣いなど、画家ならではの物質感のある表現を味わうことが出来ました。

また一見、無人にも見えますが、実は右手方向に開ける小径には人、一番手前にはおそらくは犬を散歩する親子連れの姿が描かれています。

ロイスダールからは風景の迫力とともに、どこか箱庭を覗き込むかのような感覚を覚えることもありますが、そうした点でもまた興味深い作品でした。


右:ペーテル・パウル・ルーベンス「聖母被昇天(下絵)」1622-1625年頃

続いての歴史・物語画ではまずルーベンスの「聖母被昇天」が見逃せません。

実はこの作品は下絵ですが、だからこそルーベンス本人の素早い筆致、そしてそこから生まれる躍動感のある群像表現を味わえるのではないでしょうか。

またこのセクションでは点数からしても展覧会の主役、レンブラントの初期作、「シメオンの讃歌」も重要です。


左:レンブラント・ファン・レイン「シメオンの讃歌」1700年頃

黒に茶褐色を沈み込ませた暗がりの空間に浮かび上がるのは、幼きイエスを抱きかかえ、感極まった様子で歌うシメオンの姿です。

よく目を凝らすと背景には多くの人も描かれ、かなり奥行きがあることも分かりますが、レンブラント一流の明と暗のドラマティックな対比、そしてシメオンの着衣などにも見られる初期作ならではの細かな筆致には感心させられました。


右:ヨハネス・フェルメール「ディアナとニンフたち」1653-1654年頃

ちなみに今回、フェルメールは「真珠の耳飾りの少女」だけではなく、もう一点、同館で2008年に開催されたフェルメール展でもお目見えした「ディアナとニンフたち」も出品されています。

まるでイタリア絵画を思わせる優美な女性たち、一見するところ後のフェルメール作とは似ていませんが、手前の金色の真鍮のたらいのメタリックな質感、右手奥の黒服を着た女性のすらっとした立ち姿など、どこか中・後期作を連想させる面もあるのではないでしょうか。


第4章「肖像画とトローニー」展示室入口

そしてお次が目玉の「真珠の耳飾りの少女」です。

ともかく本作、知名度抜群、人気の一点ということで、展示の仕方も別格です。


「真珠の耳飾りの少女」展示室風景

広々とした展示室にただの一点、手前にはそれこそテーマパークばりの誘導列が控えています。

また作品は半円状の停止線の向こうのガラスケース中に収められています。やや作品との距離があるせいか、細かなタッチを味わうのは難しいかもしれせんが、幸いなことにケースの写り込みはあまりありません。作品の魅力を知るには不足ない展示でした。


ヨハネス・フェルメール「真珠の耳飾りの少女」1665年頃

さてその少女、一見して感じたのは、図版などより遥かに小柄で幼く見えること、そして定まるようで定まらない視線、特に不自然なまでに偏った左眼の向きです。

またターバンの青は思いの外に白が強く、逆に黄色く垂れるそれは、後ろ肩の影からすると、もはやあり得ないほどに光っています。

あどけない様で開いた口には小さな白いハイライトがあり、それが眼球の中のハイライトと呼応しています。

また驚くほど巨大な真珠はほぼシルバーです。襟の白とは完全に塗り分けられています。

肖像画ではないトローニーだからこそのモデルとの曖昧な関係、またさらに少女自体の捉え難い面持ち。

「フェルメールへの招待/朝日新聞出版」

フェルメールの傑作というよりも異色作とも言える本作、これまで多くの人々の熱い視線を浴びて来たのにも納得させられるような不思議な魅力をたたえていました。

さてこの少女の後こそ本展のハイライトとしても過言ではありません。

それは6点も揃っているレンブラントのうち、工房作を含む4点の肖像画、トローニーが展示されているからです。

中でもどこか達観したように穏やかにこちらを見据える最晩年の「自画像」には心打たれます。


左:レンブラント・ファン・レイン「自画像」1669年

黒服に身を纏った画家は意外なほどに力強く、目元にこそ憂いを感じるものの、引き締まった口元からは自信すら感じられないでしょうか。

確かに老いてはいるものの、ふくよかでかつ暖色を帯びた顔は死を前にしているとは到底思えません。レンブラントの最後に達した境地、その迫力すら伝わる作品でした。

静物画ではだまし絵風とも言えるファブリティウスの「ごしきひわ」から目を離せません。


左:カレル・ファブリティウス「ごしきひわ」1654年

1654年のデルフトの爆発事故により命を落とし、同時に多くの作品も失われてしまったという半ば伝説の画家ファブリティウス。

その小品ではありますが、少し離れると鳥や手前の止り木が実際浮かび上がってくるかのような迫真性を持っています。


右:アーブラハム・ファン・ベイエレン「豪華な食卓」1655年以降

もちろんではさりげなく画家自身の姿が水差しに写り込む「豪華な食卓」(ベイエレン)、また蝋燭の炎が物悲しげな「燃えるろうそくのある静物」(クラースゾーン)など、重々しい静物画も見応え十分ですが、軽妙なタッチによって描かれたこの小鳥こそ、静物画の隠れた主役として捉えても良いかもしれません。

ラストの風俗画では一にも二にもヤン・ステーン、とりわけ順路の最後に掲げられた「親に倣って子も歌う」が一押しです。


ヤン・ステーン「親に倣って子も歌う」1668-1670年頃

風俗画としては異例とも言えるサイズ、まずはその大きさに圧倒されるかもしれませんが、やはり笑いそして語り、また飲み、それこそ半ば乱れるかのように集う人々の生き生きとした表現は画家の真骨頂だと言えるのではないでしょうか。

もちろんこの作品、単に家族の団らんを描いたのではなく、「こう遊ぶと後で痛い眼にあう。」といった教訓的な意味を持ち得ていますが、それをも忘れさせるほど放蕩や怠惰の誘惑、そしてその魔力を感じてなりません。

ちなみに画中でにやけた父親は画家本人なのだそうです。本人自ら悪い手本を見せるというこの作品、図録にも記載がありましたが、だからこそより高いリアリティーを生み出していると言えそうです。


第6章「風俗画」展示室風景

初めにも触れましたが、出品数は50点弱と、この手の大型企画展ではかなり少なめです。

上野といえば、もう一つの真珠を擁する西洋美術館のベルリン国立美術館展も話題ですが、そちらは北方やイタリア絵画との関係を素描から彫刻を通して横断的に提示しているのに対し、このマウリッツ美術館展は17世紀オランダ・フランドル絵画のみに焦点を当てています。

同じフェルメールを掲げながらも似て非なる二つの展覧会、ここは別々に楽しむべきものかもしれません。


ミュージアムショップ

なお速報記事でも触れましたが、ともかく本展はショップが極めて充実しています。


「青い日記帳」×マウリッツハイス美術館展コラボグッズ

定番の絵ハガキやクリアファイルから青い日記帳はじめとするコラボグッズ、さらには何と自転車へ至るオランダ関連商品までがずらりと揃っています。


ミュージアムショップ

これほどのスケールのミュージアムショップ、私自身記憶にありせん。思わず長居してしまいました。

さて早々から大変な賑わいと聞きますが、入場待ち時間の情報です。まず有用なのは公式サイトです。トップページで待ち時間が逐次更新されています。

「マウリッツハイス美術館展」公式サイト@mauritshuis2012

なお初日の土曜、また翌日の日曜ともに早速入場制限がかかり、10~40分程度の待ち時間が発生しました。

「美術手帖2012年6月号増刊/特集フェルメール/美術出版社」

初日から待ち時間が出来る展覧会など滅多にありません。幸いにも金曜日の夜間開館がありますが、この出足からすると、特に会期中盤以降は大変な混雑となりそうです。

【休室日の臨時開館と閉館時間延長のお知らせ】
・8月13日(月)は臨時開館。
・7月21日(土)~8月31日(金)の間は閉館時間を1時間延長して18時半閉館。

「マウリッツハイス美術館展:公式ガイドブック/朝日新聞出版」

まずは早めのご観覧をおすすめします。9月17日までの開催です。

「マウリッツハイス美術館展」 東京都美術館
会期:6月30日(土)~9月17日(月・祝)
休館:月曜日。但し7月2日、16日は開室。(7月17日は休室。)8月13日(月)は臨時開館。
時間:9:30~17:30 *金曜日は20時まで。7月21日(土)~8月31日(金)は閉館時間を1時間延長して18時半閉館。
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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7月の展覧会・ギャラリーetc

今年は比較的梅雨らしい天気が続くような気もします。7月中に見たい展覧会などをリストアップしてみました。

展覧会

・「紅型 BINGATA:琉球王朝のいろとかたち」 サントリー美術館(~7/22)
・「松本竣介展」 神奈川県立近代美術館葉山(~7/22) 
・「祭 MATSURI 遊楽・祭礼・名所」 出光美術館(~7/22)
・「ハラ ドキュメンツ9 安藤正子:おへその庭」 原美術館(7/12~8/19)
 #作家トーク 出演:安藤正子 7/14 14:00~ 定員80名。無料(要入館料)。要事前申込。
・「2012イタリア・ボローニャ 国際絵本原画展」 板橋区立美術館(~8/12)
・「応挙の藤花図と近世の屏風」 根津美術館(7/28~8/26)
・「村山知義の宇宙」 世田谷美術館(7/14~9/2)
 #講演会「村山知義のベルリン1922」  講師:五十殿利治(筑波大学芸術系教授) 7/21(土) 14:00~ 当日10:00より整理券配布。
・「ストラスブール美術館展」 横須賀美術館(7/21~9/2)
・「船田玉樹展」 練馬区立美術館(7/15~9/9)
 #コンサート「幻の古楽器 七弦琴コンサート」 奏者:楊鵬(中国七弦琴呉派伝人) 7/28(土) 15:00~ 要観覧券
・「藤浩志の美術展」 3331 Arts Chiyoda(7/15~9/9)
・「猪熊弦一郎展」 そごう美術館(7/26~9/9)
・「具体:ニッポンの前衛 18年の軌跡」 国立新美術館(7/4~9/10)
 #シンポジウム「『具体』再評価の過去と現在」 出演:河崎晃一(インディペンデント・キュレイター)、ミン・ティアンポ(カールトン大学准教授、グッゲンハイム美術館「具体」展共同キュレイター)他 7/14(土)13:00~ 通訳付 定員260名、先着順。
・「草原の王朝 契丹」 東京藝術大学大学美術館(7/12~9/17)
・「アール・デコ 光のエレガンス」 パナソニック汐留ミュージアム(7/7~9/23)
・「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」 横浜美術館(7/14~9/23)
 #トーク「20世紀末・日本の美術」 出演:中村ケンゴ×眞島竜男×永瀬恭一 7/28(土) 15:00~ 定員100名(先着順) 要当日観覧券
・「二条城展」 江戸東京博物館(7/28~9/23)
・「東京都美術館ものがたり/Arts&Life:生きるための家」 東京都美術館(7/15~9/30)
・「Future Beauty 日本ファッションの未来性」 東京都現代美術館(7/28~10/8)
・「ドビュッシー 音楽と美術」 ブリヂストン美術館(7/14~10/14)
 #土曜講座「ドビュッシー、印象派と象徴派のあいだで」 講師:新畑泰秀(ブリヂストン美術館学芸課長) 7/28(土) 14:00~ 聴講料400円(受付にて販売中)
・「アラブ・エクスプレス:アラブ美術の今を知る」 森美術館(~10/28)


ギャラリー

・「朝海陽子:Chords」 無人島プロダクション(~7/14)
・「佐藤亮太・原田郁」 アルマスギャラリー(~7/14)
・「市橋織江:IMPRESSIONNISME」 ポーラ ミュージアム アネックス(~7/16)
・「八重樫ゆい:初夏と習慣」 MISAKO & ROSEN(~7/22)
・「文谷有佳里:なにもない風景を眺める 無常の情景」 Gallery Jin Projects(~7/22)
・「デヴィッド・リンチ展」 渋谷ヒカリエ8/ARTGALLERY(~7/23)
・「藤井秀全:Staining」 リクシルギャラリー(7/2~7/26)
・「平野薫:Re-Dress」 SCAI(~7/28)
・「五木田智央:Variety Show」 タカ・イシイギャラリー(~7/28)
・「吉田晋之介:知らぬ未来と忘れる過去」 GALLERY MoMo 両国(~7/28)
・「絵画、それを愛と呼ぶことにしよう vol.3 安藤陽子」 ギャラリーαM(~7/28)
・「児玉香織:方眼紙と線」 ラディウムーレントゲンヴェルケ(7/4~7/28)
・「TWS-Emerging 伊藤純代・あべゆか・及川さとみ・唐仁原希」 TWS本郷(7/7~7/29)
・「山口藍・PIP&POP」 スパイラルガーデン(7/19~8/3)
・「多和田有希:Burnt Photographs」 TARO NASU(7/6~8/4)
・「関口正浩:絵の印象」 児玉画廊東京(7/7~8/11)
・「岡田裕子:No Dress Code」 ミヅマアートギャラリー(7/11~8/11)
・「仲條正義:忘れちゃってEASY思い出してCRAZY」 資生堂ギャラリー(6/23~8/12)
・「ペッカ・ユルハ+ハンナレーナ・ヘイスカ+サミ・サンパッキラ:AWAKENING」 エスパス ルイ・ヴィトン東京(~9/9)

さて今月は美術はおろか、音楽ファン待望の展覧会がいよいよ始まります。



「ドビュッシー 音楽と美術」@ブリヂストン美術館(7/14~10/14)

ドビュッシーの芸術を美術の観点から紹介する展覧会、先行したオランジュリーでも好評だったとのことですが、ブリヂストンではそれを超える規模での開催となります。

「ドビュッシー展」(ブリヂストン美術館)記者発表会

同館では異例とも言える特設サイトも完成し、各種イベントなども目白押しです。今月はまずこの展示を一推しにしたいと思います。

さて下のチラシの図版の作品、どこかで見覚えのある方も多いのではないでしょうか。



「船田玉樹展」@練馬区立美術館(7/15~9/9)

これぞ昨年の東近美、「日本画の前衛」展でのチラシ表紙を飾った船田玉樹に他なりませんが、その孤高とも称される画家の全容を紹介する一大回顧展が、練馬区立美術館で開催されます。

出品作は200点。いわゆる前衛だけではなく、晩年へ至る古径や御舟を思わせる作品までを網羅した展示となるそうです。ここのところ意欲的な企画の続く練馬区美です。大いに注目したいと思います。

イエローを大胆に配したチラシも目を引きます。国立新美術館での具体展も見逃すわけにはいきません。



「具体:ニッポンの前衛 18年の軌跡」@国立新美術館(7/4~9/10)

私自身、さり気なく具体好きであったりもしますが、具体表現との出会いはかなり前、確か2004年の兵庫県美での具体展のことでした。その時に受けた何とも言い難い感動は今も忘れられません。会期早々に駆けつけるつもりです。

それでは今月も宜しくお願いします。
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