「レオナルド×ミケランジェロ展」 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館
「レオナルド×ミケランジェロ展」 
6/17~9/24



三菱一号館美術館で開催中の「レオナルド×ミケランジェロ展」を見てきました。

「宿命のライバル」(解説より)とも呼ばれ、ともにルネサンスのイタリアが生んだ稀有な芸術家であるレオナルドとミケランジェロ。意外にも国内で2人の芸術家を参照する展覧会は、今まで行われたことがありませんでした。

両芸術家の特質を、主に素描、ないし一部の油彩や手稿で検討しています。出展は約65件です。トリノ王立図書館やカーサ・ブオナオーティ、ウフィツィ美術館など、イタリア各地より作品がやって来ました。


レオナルド・ダ・ヴィンチ「少女の頭部/『岩窟の聖母』の天使のための習作」 1483-85年頃
トリノ王立図書館 ©Torino, Biblioteca Reale


チラシ表紙の素描からして、2人の個性が表れているのではないでしょうか。上がレオナルドの「少女の頭部」で、「岩窟の聖母」の天使のための習作だと言われています。少女は涼しげな目を斜めに向けていました。胸部から頭部をラフな線で象ると同時に、左上から右下へのハッチングと呼ばれる複数の斜線を用いています。左頬、ないし鼻筋が白くなっているのは、光の在り処を表すためのものでしょうか。まさしく優美な姿を見せていました。


ミケランジェロ・ブオナローティ「『レダと白鳥』の頭部のための習作」 1530年頃
カーサ・ブオナローティ ©Associazione Culturale Metamorfosi and Fondazione Casa Buonarroti


一方で下がミケランジェロです。「レダと白鳥の頭部のための習作」でした。視点はほぼ真横です。モデルは一見、女性にも映りますが、実は男性でした。やや骨ばった顔立ちで、とりわけ尖った顎が個性的でもあります。線は極めて密でかつ、斜線を交差させるクロスハッチングを多用し、濃淡によって巧みな立体感を生み出しています。その意味では彫刻的とも呼べるのかもしれません。

面白いのは、こうした肖像、ないし顔貎での比較でした。人相学にも関心の強かったレオナルドは、持ち前の観察眼を用い、人物の顔をいわば分析的、ないし解剖学的に捉えようとしました。またミケランジェロは、角度をつけた視点を採用するなど、あくまでも人の動きの中の一面を表現しようとしました。

ミケランジェロの「トンド・ドーニの聖母のための頭部習作」など最たる一枚と言えるかもしれません。ふと首を振り上げた瞬間を表そうとしたのでしょうか。顔を顎の下から覗き込むような角度で描いていました。

ルネサンスの当時、彫刻と絵画の相互の優位性を論じる「比較芸術論争」こと、パラゴーネが行われていました。レオナルドは絵画の擁護者である一方、ミケランジェロは彫刻家としての自負が強かったものの、必ずしも絵画を劣ったものとしてみなしていませんでした。


ミケランジェロ・ブオナローティ「背を向けた男性裸体像」 1504〜05年
カーサ・ブオナローティ ©Associazione Culturale Metamorfosi and Fondazione Casa Buonarroti


ミケランジェロの「背を向けた男性裸体像」は、ヴェッキオ宮殿の壁画、「カッシナの戦い」のために描かれた習作です。同作はレオナルドの「アンギアーリの戦い」の競作としても知られています。右足で立つ男性の背面はとても力強く、まさに筋肉隆々、さもジャンプの瞬間を切り取ったかのような躍動感さえあります。この肉付きのこそ彫刻家ミケランジェロならではの描写と言えるかもしれません。


レオナルド・ダ・ヴィンチ「髭のある男性頭部(チェーザレ・ボルジャ?)」 1502年頃
トリノ王立図書館 ©Torino, Biblioteca Reale


ではレオナルドの「髭のある男性頭部」はどうでしょうか。髭の柔らかく細かな線はレオナルドの筆触そのものですが、興味深いのは、男性の頭部を3つの異なる角度から描いていることです。この「他視線性」により、絵画も「彫刻のような立体性」(ともに解説より)を表すとレオナルドは考えていました。


レオナルド・ダ・ヴィンチ「大鎌を装備した戦車の二つの案」 1485年頃
トリノ王立図書館 ©Torino, Biblioteca Reale


私が最も強い印象を受けたのが、レオナルドの「大鎌を装備した戦車の二つの案」でした。いわゆる技師としても活動していたレオナルドは、数多くの武器を考案したことでも知られていますが、そのうち1つです。鎌の備わった戦車が2頭の馬に引かれながら、人々の手足を切り刻む様子が描かれています。車輪には100個もの鉤爪がついているそうです。それにしても奇妙奇天烈、とてもまともに作動するとは思えません。実際にも実現しませんでした。レオナルドの斬新な発想力を知ることの出来る作品かもしれません。


フランチェスコ・ブリーナ(帰属)「レダと白鳥(失われたミケランジェロ作品に基づく)」 1575年頃
カーサ・ブオナローティ ©Associazione Culturale Metamorfosi and Fondazione Casa Buonarroti


さて素描、版画の目立つ中、一つのハイライトとも呼べるのが油彩の2点、「レダと白鳥」でした。1つは失われたミケランジェロ作に基づいた、フランチェスコ・ブリーナに帰属する作品です。レダと白鳥が極めて密に向かいあう姿は、官能的とも呼べるのではないでしょうか。豊満なレダの肉体、とりわけ大きな臀部が目を引きました。


レオナルド・ダ・ヴィンチに基づく「レダと白鳥」 1505〜10年頃
ウフィツィ美術館 ©Firenze, Gallerie degli Uffizi, Gabinetto fotografico delle Gallerie degli Uffizi


もう1つがレオナルドに基づく作品です。一説ではレオナルドの筆頭弟子であったメルツィの手によると言われていて、おそらくはレオナルドの生きた時代に描かれたと考えられています。ミケランジェロのレダが横たわっていたのに対し、本作では白鳥を手にしなつつ、立ちながら子どもの姿を見据えています。表情は幾分、中性的で、さもレオナルドの画風を伝えるかのようです。この立ち姿のレダは人気を博し、多くの模作が生み出されました。


ミケランジェロ・ブオナローティ(未完作品、17世紀の彫刻家の手で完成)「十字架を持つキリスト(ジュスティニアーニのキリスト)」 1514〜1516年
バッサーノ・ロマーノ、サン・ヴィンチェンツォ修道院付属聖堂


7月11日より、ミケランジェロの大理石彫刻、「十字架を持つキリスト」の公開が始まりました。同作はイタリアのサン・ヴィンチェンツォ修道院付属聖堂に所蔵で、ロンドンのナショナルギャラリーでの展示を終え、会期途中に一号館美術館へとやって来ました。

高さは約2.5メートルです。少なからずミケランジェロの手の加わった彫刻で、これほど大きな作品が展示されるのは、国内で初めてのことです。なおこの彫刻のみ撮影が出来ました。


ミケランジェロ・ブオナローティ(未完作品、17世紀の彫刻家の手で完成)「十字架を持つキリスト(ジュスティニアーニのキリスト)」 1514〜1516年
バッサーノ・ロマーノ、サン・ヴィンチェンツォ修道院付属聖堂


彫刻はローマのサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂に制作した、「キリスト」の最初のバージョンと考えられています。2000年にミケランジェロとして認められました。作家は大理石像の制作に着手するものの、顔の部分に黒い傷が現れたために、一度は放棄してしまいました。よく見ると確かに鼻の向かって右下あたりに黒い線が走っていることが分かります。


ミケランジェロ・ブオナローティ「ミネルヴァのキリスト」 1519〜1520年
ローマ、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂 *写真パネル


そのローマの「キリスト像」も写真パネルで紹介されていました。解説には「類似」とありますが、確かに大きさや、右に十字架を抱える姿などこそ同一なものの、そもそも肉体表現や何よりも顔の表情などはほぼ別物で、写真からでもローマ作の方が出来栄えが良く見えるのは否めません。緊張感が異なります。実際に仕上げに関しては「ミケランジェロ以外の手が入っているのは確実」(解説より)だそうです。

とはいえ、間近で見る彫像からは、何とも言い難い迫力を感じたのも事実でした。完全に露出、360度の角度から鑑賞可能です。じっくり見入りました。

なおカタログにも掲載された、レオナルドの帰属とされる「美しき姫君」は、諸事情により、出品が中止となりました。ご注意ください。

最後に混雑の状況です。美術館に到着したのは7月16日の日曜日の14時頃。するとチケットの有無を問わず、入場待ちのための列が発生していました。おおよその待ち時間は10分でした。

規制をしていたからか、場内は初めの展示室こそ混み合っていたものの、中盤以降は概ねスムーズです。どの作品も自分のペースで鑑賞出来ました。1時間半後に出たところ、列はさらに伸びていて、屋外にまで達していました。待ち時間は15分とのことでした。


一号館美術館は会期中盤以降に混雑が集中する傾向もあります。ミケランジェロの彫刻もやって来ました。夏休み中は土日を中心に入場待ちの列が出来るかもしれません。

公式サイトのトップページに待ち時間の案内が記載されていました。そちらも参考になりそうです。

9月24日まで開催されています。

「レオナルド×ミケランジェロ展」 三菱一号館美術館@ichigokan_PR
会期:6月17日(土)~9月24日(日)
休館:月曜日。但し祝日の場合は開館。年末年始(12月29日~1月1日)。
時間:10:00~18:00。
 *祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週の平日は20時まで。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:大人1700円、高校・大学生1000円、小・中学生500円。
 *ペアチケットあり:チケットぴあのみで販売。一般ペア3000円。
 *アフター5女子割:毎月第2水曜日17時以降/当日券一般(女性のみ)1000円。
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 川端龍子「草... 「エマニュエ... »
 
コメント
 
 
 
永遠のライバル (pinewood)
2017-09-21 19:31:59
同時代なので永遠のライバルの二人ですが其の作品を並べて観ると意外に共通の美意識なのでは…、とも想えて来ます。芸術論争ではミケランジェロの美の源泉としての「素描」では絵画も彫刻も同じで対等だと言う見識も会場の言葉で紹介されていました。此れは素描そのものを仮のものとしていたレオナルドへの牽制球何でしょうか。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2017-10-14 17:43:05
@pinewoodさん

>意外に共通の美意識なのでは…、とも想えて来ます。

なるほど興味深いです。違いと共通点が緩やかに浮き上がるような展覧会でした。

ミネルヴァ聖堂のキリスト像は一度拝んでみたいです。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。