「ビル・ヴィオラ:はつゆめ」 森美術館

森美術館港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階)
「ビル・ヴィオラ:はつゆめ」
2006/10/14-2007/1/8



ヴィデオ・アートの第一人者として知られるという現代アーティスト、ビル・ヴィオラ(1951-)の大個展です。単なるヴィデオ・アートを見るというよりも、インスタレーションとしてより楽しめるように構成されています。作品の明快なコンセプトと、鮮やかで迫力のある映像美を味わうのには、難解な解説を一切必要としません。素直にその世界観に浸ることが出来る展覧会でした。



巨大な暗室に掲げられたスクリーンに水と火が轟々とせめぎあう「クロッシング」(1996)からして、非常に迫力のある作品です。激しく燃え盛る炎と重々しく流れ落ちる水の中で、一人の人間がまるで清めの儀式を受けるかのように立っています。炎と水に包まれ、そして飲まれ行く彼は、まるで自然を支配しながら、時に人間を打ち砕く神によって選ばれた預言者です。水や火の恵みを全身で受け止め、殆ど畏怖の念すら感じさせるほど神々しく存在しています。我々は、ただその姿に服して、まさに導かれるようにこれから始まるヴィオラの世界へと進む他なさそうです。

何枚ものスクリーンを重ねて一つの場を創造していた「ベール」(1995)は、行き交う男女がまるで彼岸の場で彷徨っているような作品でした。彼らはともに両端のスクリーンでは虚しく、また何かに囚われたように一人で歩いていますが、中央のスクリーンだけはあたかも決められた運命のように出会うことが許されています。彼ら彼女らは、もはや闇を人魂のように浮かび歩く実体を失った幽霊なのかもしれません。道程を指し示すかのように差し込む光の筋だけを頼りに、行き場のない空間を外へと進もうとしていました。また、もしかしたら、二人は重なり合い続けるその呪われた永遠の時から逃れようとしているのかもしれません。ひたすらすれ違い、見えない出口を探し続けています。



これまで隠されていた(もしくは見逃していた。)人間の豊かな表情をスローモーションによってじっくりと見せる、「アニマ」(2000)や「静かな山」(2001)などは、最新のヴィオラの関心の在り処を垣間みることの出来る作品かと思います。総じてこれらの作品はストーリー性の強弱の度合いこそありますが、絶対に動かせないはずの時間を映像の力を借りてまさに神のように動かし、それまでに隠されていた人の意思や感情を時の呪縛から解放させることが描かれているようです。特に、ヒロエニムス・ボスのモチーフを借りた「驚く者の五重奏」(2000)は、その絵画自体が宿していた歴史の重みがズシリと伝わってくるような美しい作品でした。かつてボスの表現した宗教的な悲しみや苦しみの主題が、ヴィオラの手を借りて現代に甦り、もっと普遍的な形となって表現されています。それにしても感情の生成と崩壊の瞬間を、一から目の当たりにする感覚は大変新鮮です。特に「ラフト」(2004)にて、人のありとあらゆる心の内面と、その多様な発露を見ることが出来ました。



最後の展示室にて待ち構えていた「ミレニアムの天使」(2001)も圧倒的です。単に人が水に飛び込む瞬間を、スローモーションの手法(時間を巻き戻しています。)を用いて映し出した作品ではありますが、その投影のアングルや背景、または色の差異などを巧みに用いることにより、神秘的なまでの幻想世界を生み出すことに成功していました。白く飛び散る水しぶきと浮かび上がってくる人魚のような人のシルエットが、静けさの中に響きわたる水音とともに、それこそ地球上の生命が誕生した瞬間かのような偉大な時を伝えてくれます。天使の飛び出す水面が、何故か広大で深淵な海面に思えるのは、命の源は海であったという記憶がどこかに残っているからなのかもしれません。「クロッシング」においてあたかも滝の中を進むように誘われたこの展覧会は、水面から飛び上がる「ミレニアム」にて解き放たれるように完結したようです。

「ビル・ヴィオラはつゆめ/淡交社」

あまりひねりのない、シンプルな表現にこそ強い説得力があったのかと思います。普段、現代アートをご覧ならない方にもおすすめ出来る展覧会です。来年の1月8日まで開催されています。(11/19鑑賞)
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
神の視線 (テツ)
2006-12-28 14:51:43
>絶対に動かせないはずの時間を映像の力を借りてまさに神のように動かし

わたしも、ヴィオラの作品に神の視線といったものを感じました。スローモーションで、人間の表情を写しとる映像にこんなにも新鮮さがあるとは驚きでした。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2006-12-28 22:14:05
テツさん、こちらにもありがとうございます。

>ヴィオラの作品に神の視線といったものを感じました。スローモーションで、人間の表情を写しとる映像にこんなにも新鮮さ

時間を動かすことで普段見えないものが浮き出てきますよね。
シンプルなアプローチでしたが、
結果生まれた作品はなかなか深いものでした。
 
 
 
時間を操る (悠歩)
2007-01-08 08:59:14
映像芸術はあまり好きではありませんでしたが、ヴィオラの作品はたしかに素直に見られますし、深い印象を与えてくれました。それは何故かと考えれば、やはり「時間」が操作されているからか? 「キャサリンの部屋」は24時間と四季とがパラレルに進行していました。ここまでやると理解を超えそうですが、そんなに違和感なく見られました。全体にドラマティックで、人の心にしみいってくる映像芸術だと思います。
 
 
 
Unknown (あおひー)
2007-01-08 12:53:44
こんにちわ。
会期終了前に行ってくることが出来ました。
圧倒的なチカラのある作品ばかりですね。
映像アートでそういうふうに感じたのって初めてです。
マイノリティーとか作家性といったものよりもスタンダードなものなんだなあと感じました。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2007-01-08 19:40:17
@悠歩様

こちらにもありがとうございます。

>「時間」が操作されている

ヴィオラが時間の呪縛を解放してくれたせいで、
何気ない表情の一コマが驚くほど新鮮に見えました。
見せ方も仰る通りドラマテックですし、
全身で受け止めるようなアートでしたよね。
うまいなと思います。


@あおひーさん

こんばんは。コメントありがとうございます。

>圧倒的なチカラのある作品ばかりですね。
映像アートでそういうふうに感じたのって初めて

迫力満点でした。
森美の巨大な展示室を生かし切ってましたよね。
「クロッシング」などは、
まず他の美術館で出来そうもありません。
(MOTの広大な展示空間であれば可能でしょうが…。)
 
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