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「石内都 肌理と写真」 横浜美術館

横浜美術館
「石内都 肌理と写真」 
2017/12/9~2018/3/4



横浜美術館で開催中の「石内都 肌理と写真」を見てきました。

群馬県の桐生に生まれた石内都(1947〜)は、思春期を横須賀で過ごしたのち、横浜へ転居して、写真家としての活動をはじめました。

まさにゆかりの横浜での一大個展です。石内自らが「肌理」(きめ)をキーワードに掲げ、初期から近作までの240点を展示しています。

冒頭から「横浜」でした。デビュー前に撮影された「金沢八景」のシリーズで、1975年に移り住んだ同地の風景を写しています。ここで早くも写真には、黒く細かな粒子、つまり肌理が現れていました。石内は自宅に暗室を構え、最初期の作品のみならず、のちの「Mother’s」へと至るモノクローム写真を制作しました。

同じく横浜のアパートや近代建築を捉えたのが、「Apartment」で、古びた室内や下駄箱、さらに汚れた壁やドアなどを写しています。ここでも同様に肌理が立ち上がり、ざらりとした感触を見ることが出来ました。なおこのシリーズで石内は、写真界の芥川賞とも呼ばれる、第4回木村伊兵衛写真賞を受賞しました。

さらに「yokohama 互楽荘」でも肌理が際立っていました。互楽荘は1932年、当時としては最先端の設備を伴って建設されたアパートで、石内は1986年から1年をかけ、アパートの最後の姿を撮り収めました。ここで目立つのが、やはり壁や天井の剥がれたクロスで、建物の歴史、ないし人の生活の痕跡を伺うことが出来るかもしれません。一部の壁は、何やら波打っていて、まるで人間の皮膚の襞のようでした。アパートは戦後の一時期、占領軍に摂取され、慰安所としても用いられたそうです。


石内都「絹の夢」 2011年

一転して色彩豊かな世界が現れました。「絹の夢」のシリーズです。故郷の桐生の絹織物や銘仙を撮影した作品で、美術館で最も天井高のある展示室内へ、まるで浮遊するかのように上下へ連なっていました。また壁のシルバーも効果的ではないでしょうか。色がまばゆく輝いているようにも見えました。


石内都「絹の夢」 2011年

石内が「絹の夢」を制作する切っ掛けになったのが、広島で被爆者の遺品を撮影したことでした。その遺品の中に絹の衣服があり、思いの外によく残っていることに感銘を受けたそうです。


石内都「絹の夢」 2011年

銘仙は普段着であったものの、当時の前衛芸術を取り入れたデザインでもあったため、一部を切り取れば、まるで抽象画のようにも見えなくはありません。


石内都「Rick Owens’ Kimono」 2017年

さらに「絹の夢」のほかに、アメリカのファッションデザイナーのリック・オウエンスの亡き父の着物や、徳島に戦前から伝わる阿波人形浄瑠璃の衣装を撮影した作品も、同じ空間へと落とし込んでいました。ともに昨年に制作されたばかりの新作でした。


石内都「絹の夢」 2011年

石内の故郷桐生は、絹織物の産地でもありました。そして横浜も、生糸や絹織物の輸出で発展した街でした。そこに石内は縁を感じているのかもしれません。被曝者の遺品からはじまった絹への関心は、今も続いていました。

「無垢」にも心打たれました。「人は無垢であり続けたいと願望しながら、有形、無形の傷を負って生きざるをえない。」(解説シートより)と語る石内は、1990年頃から、女性の身体の傷跡を捉えた「無垢」を制作してきました。その傷跡は生々しく、時に恐ろしくも見えますが、石内の被写体への共感が現れているのか、尊厳に満ちているかのように気高くも映りました。

90歳を迎えた石牟礼道子の手足を接写した「不知火の指」も、長きに渡って言葉を紡いできた、詩人の生きた証が捉えられています。石内は写真の中へ時間を刻み込んでいました。



ラストは「遺されたもの」でした。母の遺品を撮った「Mother’s」をはじめ、画家フリーダ・カーロの同じく遺品を捉えた「フリーダ」のほか、既に制作から10年以上経つという「ひろしま」の連作を展示していました。

中でも圧倒的に迫力があるのが、「ひろしま」で、おそらく原爆の熱線なのか、変色し、爛れ、時によれよれになった、被爆者の衣服や装身具を写しています。中には「戦時石鹸」や「広島学徒隊」と記された服もありました。いずれも質感が克明で、ディティールも際立つゆえか、1つ1つの遺品が、当時の状況を雄弁に語るようでもあります。石内は、衣服の彩色の美しさに気づいた時、「時間のかたまりとなって、同時進行中の現実」(解説より)であることが分かったそうです。

「Mother’s」の母の口紅しかり、「フリーダ」における割れたサングラスなど、使い古しで、時に壊れたものが、石内の手にかかると、何故に美しく、また輝きを放って見えるのでしょうか。もはや遺物に魂を吹き込んでいるかのようでした。



休日に出かけたものの、人出はまばらで、展示室も足音しか響かないほどに静まり返っていました。ゆっくりと写真に向き合うことが出来ました。


いつしか石内の写真に魅せられ、気がつけば、展示室を2巡、3巡していました。ここ最近で見た中では、最も感銘を受けた写真展だったかもしれません。

「石内都 肌理と写真/求龍堂」

「絹の夢」の展示室のみ撮影も可能です。またこれに続く、コレクション展での「特集展示 石内都『絶唱、横須賀ストーリー』」も見ごたえがありました。別のエントリで改めてご紹介したいと思います。

3月4日まで開催されています。これはおすすめします。

*関連エントリ(いずれも横浜美術館にて3/4まで開催中)
「特集展示 石内都『絶唱、横須賀ストーリー』」/「コレクション展 全部みせます!シュールな作品 シュルレアリスムの美術と写真」

「石内都 肌理と写真」 横浜美術館@yokobi_tweet
会期:2017年12月9日(土)~2018年3月4日(日)
休館:木曜日。但し3月1日(木)は開館。年末年始(12月28日~1月4日)。
時間:10:00~18:00
 *3月1日(木)は16時、3月3日(土)は20時半まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500(1400)円、大学・高校生900(800)円、中学生600(500)円。小学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体。要事前予約。
 *毎週土曜日は高校生以下無料。
 *当日に限り、横浜美術館コレクション展も観覧可。
住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1
交通:みなとみらい線みなとみらい駅5番出口から徒歩5分。JR線、横浜市営地下鉄線桜木町駅より徒歩約10分。
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