都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「小川信治ーあなた以外の世界のすべて」 千葉市美術館
千葉市美術館
「小川信治ーあなた以外の世界のすべて」
9/7~10/30

千葉市美術館で開催中の「小川信治ーあなた以外の世界のすべて」を見てきました。

小川信治「絵画芸術ーミューズ」 2008年 個人蔵
上に1枚の絵画があります。一見するところフェルメールの「絵画芸術」です。画家がペンを取り、キャンバスに向き合っています。床は大理石。白と黒の市松模様です。天井から豪華なシャンデリアも吊り下がっています。裕福な家だったのでしょうか。ともかく描写は細かい。フェルメール中期の傑作として名高い作品でもあります。
しかし何かが欠けていることに気がつかないでしょうか。モデルがいません。「絵画芸術」には水色のドレスを着た女性が画家の向こうに立っていたはずでした。
小川信治は「西洋名画や観光名所などの見慣れたイメージを精緻に改変し、重層的な世界の可能性を提示する作品を制作」(展覧会サイトより引用)しています。

小川信治「絵画芸術ー画家」 2008年 個人蔵
つまり小川はフェルメールの傑作を同じ油絵の手法で精緻に写し描きつつ、そこからモデルを抜き去ったイメージを新たに提示しているわけです。ともすれば本物と見間違うほどに写実的です。さらに小川は同じく「絵画芸術」において、今度は画家を消したもう一つのバージョンの作品も描いています。(上図版参照)
チラシ表紙の「ウプサラ-クラクフ」はどうでしょうか。図版はおろか、実際の作品を前にしても写真にしか見えませんが、これも小川が描いたもの。何と鉛筆画です。古写真を鉛筆で丁寧に写し、風景を一部可変。ほぼ左右対称な鏡像世界を作り上げています。
「モアレの風景」も面白い。縦3枚に横3枚、計9点の連作です。モチーフはモン・サン=ミシェルです。サン・マロ湾に浮かぶ小島の修道院。世界遺産でも有名です。とは言え、小川は何もかの遺産をただ写したわけではありません。何と全てが虚構です。一部に本来のない建築物を交え、モン・サン=ミシェルのようでモン・サン=ミシェルではない風景を描いています。中には日本の建物も加えられているそうです。
千葉市美術館のコレクションを可変させた新作もありました。鈴木春信の「鞠と男女」です。蹴鞠を持っては塀から覗き込む女性。その視線の先にはおそらく鞠を中へ入れてしまった若い男の姿があります。恋の始まりでしょうか。どこか両者には恥じらいがあるのようにも見えます。
それを小川はどのように変化させたのでしょうか。2枚の分割です。1枚は女性のみ、もう1枚は男性のみ。先の「絵画芸術」と同じ展開です。同じ舞台から異なる2つの世界が立ちあがっています。
一つの風景が解体、そして循環していくのが「干渉世界」でした。作品は映像です。約10分。3面スクリーンに異なった人物や風景が映されています。それが時間とともに変化。さも紙芝居のように左右、ないし上下へと風景が移動します。さらに一部を剥ぎ取ることにより、同じ風景の中に違った要素も現れます。ひたすらに続く空想世界。それが最後の最後で一つのリアルな風景へと繋がりました。変わり続ける景色を前にしていると、一体、何がリアルで、何がフィクションなのか分からなくなってしまいます。

小川信治「アジェ・プロジェクト1」 2004年 国立国際美術館
小さな絵葉書の中の風景にも手を加えています。「Perfect World 絵葉書」です。たくさん並ぶ世界各国の絵葉書。中には観光地もあるのでしょう。ここで小川は画面の中にある一つの事物に注目。全く同じ姿をすぐ隣に描き加えています。とはいえ、そもそもが小さな絵葉書です。描きこみ自体が小さい。何が変わったのか俄かには分かりません。ひたすらに目を近づけてはようやく変化に気がつくほどでした。

小川が一昨年、ドイツで出会ったという書籍、「グランドツアー」を元にしたインスタレーションも展示。作品を前にしていると、いつしか見る側も世界を複数の視点で俯瞰しつつ、その諸相を行き来しては旅しているような気分にもさせられます。

なお「グランドツアー」のみ撮影が可能でした。但し三脚、フラッシュの使用、ないし動画の撮影は出来ません。ご注意下さい。

首都圏では初めての個展だそうです。まるで手品のように筆を操ってはパラレルな世界を生み出す小川信治の制作。その超絶技巧とも言うべき描写力と多様な視点に強く感心させられました。
階下の岡崎和郎展とあわせると質量ともに膨大です。時間に余裕を持ってお出かけ下さい。
[関連エントリ]
「岡崎和郎 Who's Whoー見立ての手法」 千葉市美術館
10月30日まで開催されています。これはおすすめします。
「小川信治ーあなた以外の世界のすべて」 千葉市美術館(@ccma_jp)
会期:9月7日(水)~10月30日(日)
休館:9月26日(月)、10月3日(月)
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般700(500)円、大学生500(350)円、高校生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*同時開催の「岡崎和郎 Who's Whoー見立ての手法」 とのセット券もあり。(一般1000円、大学生700円)
*前売券は千葉都市モノレール千葉みなと駅、千葉駅、都賀駅、千城台駅の窓口で会期末日まで販売。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
「小川信治ーあなた以外の世界のすべて」
9/7~10/30

千葉市美術館で開催中の「小川信治ーあなた以外の世界のすべて」を見てきました。

小川信治「絵画芸術ーミューズ」 2008年 個人蔵
上に1枚の絵画があります。一見するところフェルメールの「絵画芸術」です。画家がペンを取り、キャンバスに向き合っています。床は大理石。白と黒の市松模様です。天井から豪華なシャンデリアも吊り下がっています。裕福な家だったのでしょうか。ともかく描写は細かい。フェルメール中期の傑作として名高い作品でもあります。
しかし何かが欠けていることに気がつかないでしょうか。モデルがいません。「絵画芸術」には水色のドレスを着た女性が画家の向こうに立っていたはずでした。
小川信治は「西洋名画や観光名所などの見慣れたイメージを精緻に改変し、重層的な世界の可能性を提示する作品を制作」(展覧会サイトより引用)しています。

小川信治「絵画芸術ー画家」 2008年 個人蔵
つまり小川はフェルメールの傑作を同じ油絵の手法で精緻に写し描きつつ、そこからモデルを抜き去ったイメージを新たに提示しているわけです。ともすれば本物と見間違うほどに写実的です。さらに小川は同じく「絵画芸術」において、今度は画家を消したもう一つのバージョンの作品も描いています。(上図版参照)
チラシ表紙の「ウプサラ-クラクフ」はどうでしょうか。図版はおろか、実際の作品を前にしても写真にしか見えませんが、これも小川が描いたもの。何と鉛筆画です。古写真を鉛筆で丁寧に写し、風景を一部可変。ほぼ左右対称な鏡像世界を作り上げています。
「モアレの風景」も面白い。縦3枚に横3枚、計9点の連作です。モチーフはモン・サン=ミシェルです。サン・マロ湾に浮かぶ小島の修道院。世界遺産でも有名です。とは言え、小川は何もかの遺産をただ写したわけではありません。何と全てが虚構です。一部に本来のない建築物を交え、モン・サン=ミシェルのようでモン・サン=ミシェルではない風景を描いています。中には日本の建物も加えられているそうです。
千葉市美術館のコレクションを可変させた新作もありました。鈴木春信の「鞠と男女」です。蹴鞠を持っては塀から覗き込む女性。その視線の先にはおそらく鞠を中へ入れてしまった若い男の姿があります。恋の始まりでしょうか。どこか両者には恥じらいがあるのようにも見えます。
それを小川はどのように変化させたのでしょうか。2枚の分割です。1枚は女性のみ、もう1枚は男性のみ。先の「絵画芸術」と同じ展開です。同じ舞台から異なる2つの世界が立ちあがっています。
一つの風景が解体、そして循環していくのが「干渉世界」でした。作品は映像です。約10分。3面スクリーンに異なった人物や風景が映されています。それが時間とともに変化。さも紙芝居のように左右、ないし上下へと風景が移動します。さらに一部を剥ぎ取ることにより、同じ風景の中に違った要素も現れます。ひたすらに続く空想世界。それが最後の最後で一つのリアルな風景へと繋がりました。変わり続ける景色を前にしていると、一体、何がリアルで、何がフィクションなのか分からなくなってしまいます。

小川信治「アジェ・プロジェクト1」 2004年 国立国際美術館
小さな絵葉書の中の風景にも手を加えています。「Perfect World 絵葉書」です。たくさん並ぶ世界各国の絵葉書。中には観光地もあるのでしょう。ここで小川は画面の中にある一つの事物に注目。全く同じ姿をすぐ隣に描き加えています。とはいえ、そもそもが小さな絵葉書です。描きこみ自体が小さい。何が変わったのか俄かには分かりません。ひたすらに目を近づけてはようやく変化に気がつくほどでした。

小川が一昨年、ドイツで出会ったという書籍、「グランドツアー」を元にしたインスタレーションも展示。作品を前にしていると、いつしか見る側も世界を複数の視点で俯瞰しつつ、その諸相を行き来しては旅しているような気分にもさせられます。

なお「グランドツアー」のみ撮影が可能でした。但し三脚、フラッシュの使用、ないし動画の撮影は出来ません。ご注意下さい。

首都圏では初めての個展だそうです。まるで手品のように筆を操ってはパラレルな世界を生み出す小川信治の制作。その超絶技巧とも言うべき描写力と多様な視点に強く感心させられました。
階下の岡崎和郎展とあわせると質量ともに膨大です。時間に余裕を持ってお出かけ下さい。
[関連エントリ]
「岡崎和郎 Who's Whoー見立ての手法」 千葉市美術館
10月30日まで開催されています。これはおすすめします。
「小川信治ーあなた以外の世界のすべて」 千葉市美術館(@ccma_jp)
会期:9月7日(水)~10月30日(日)
休館:9月26日(月)、10月3日(月)
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般700(500)円、大学生500(350)円、高校生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*同時開催の「岡崎和郎 Who's Whoー見立ての手法」 とのセット券もあり。(一般1000円、大学生700円)
*前売券は千葉都市モノレール千葉みなと駅、千葉駅、都賀駅、千城台駅の窓口で会期末日まで販売。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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