「安田靫彦展」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「安田靫彦展」 
3/23~5/15



東京国立近代美術館で開催中の「安田靫彦展」を見てきました。

歴史画の名手として知られる日本画家、安田靫彦(1884~1978)。1976年に同美術館で行われた生前の展覧会以来、約40年ぶりとなる回顧展です。

出品は全100点超。(展示替えあり)全て本画です。10代から戦中、戦後を超えて晩年の作品までを網羅します。長きに渡る画業を振り返るのに不足はありません。

東京は日本橋に生まれ、僅か14歳で小堀鞆音の門を叩いた安田靫彦。早熟の才能を持っていたのでしょうか。10代から写実に優れた作品を描いています。「木曾義仲図」は15歳の時のもの。甲冑を着て馬にまたがる義仲。矢が突き刺さっています。線に迷いはなく、塗りも丁寧。透けて見える衣も細かに表しています。大和絵を連想させる画風は師に倣ったのでしょうか。馬の肉付きもリアル。風格すら漂います。とても少年の描いた作品とは思えません。

「守屋大連」も真に迫っています。モデルは物部守屋。蘇我氏に滅ぼされた豪族です。威厳に満ちた様で立つ守屋。上目遣いで睨む視線は険しい。眉間の皺も深く、どこか近寄りがたい風貌すら見せています。後に靫彦は本作を「あまりにも写実すぎる」としたそうですが、並々ならぬ迫力が感じられました。

靫彦は2年で小堀の元から離れ、門下の青邨らと結成した紅児会で活動。さらに天心に認められて日本美術院に招かれます。また奈良へ通っては日本の古い美術に親しんだそうです。

その経験を反映したのが「聖徳太子像」や「太子孝養像」ではないでしょうか。ただ靫彦の作風は必ずしも一筋縄ではありません。時に雰囲気を一変させます。例えば「五合庵の春」です。縦に大きく伸びる杉林。下には庵があります。中で休む老人。モデルは良寛です。杉の緑は大変に濃く、さも塗り潰すように色を置いています。反面に下部は透明感がありました。描いたのは大正9年。ちょうど御舟が「京の舞妓」を完成させた頃です。流行りの細密描写に感化された一枚だったのかもしれません。

さて本展、安田靫彦の芸術を示すのに3つのキーワードが挙げられています。それが「美しい線」と「澄んだ色彩」、そして「無駄のない構図」です。

うち私が強く感じ入った線の魅力です。澱みなくシンプルで美しい線。靫彦は線の画家と呼んでも良いかもしれません。

一例が「風神雷神図」です。もちろんモデルは琳派で有名な彼の作。ただし宗達画とは大きく様相が異なります。二神は溌剌としていて少年のようです。雷神は黒い雲を従え、口を大きく開けては勇ましく現れます。一方の風神は口を真一文字に閉じています。さも嵐を受け止めるかのように両手両足を広げていました。どこか軽やか。まるで踊っているかのようです。そしてともに身体を象る線に無駄がありません。端正という言葉が相応しいのではないでしょうか。一筆で多くを表現しています。


安田靫彦「黄瀬川陣」(右隻) 1940-41年 東京国立近代美術館 *全会期展示

さらに構図の妙味が加わったのが「黄瀬川陣」でした。チラシ表紙にも掲載された作品、実際は二隻の屏風絵です。右が頼朝。帳の中、甲冑を脱いでは泰然とした様子で座っています。左が義経です。今まさに馳せ参じたのでしょう。ちょうど帽子の紐を解こうとしています。鎧に刀、弓など武具の描写は極めて細密。色も美しい。帳を支える紐が右隻から飛び出して左隻へのびていました。余白を活かした構図も巧みです。義経の前には黒い草が一輪描かれています。何やら不穏です。これは後の彼の人生を暗示させているそうです。


安田靫彦「黄瀬川陣」(左隻) 1940-41年 東京国立近代美術館 *全会期展示

この「黄瀬川陣」が描かれたのは1941年頃。ちょうど太平洋戦争が開戦した年でした。全ては戦局に優先された時代でもあります。

靫彦もいわゆる「報国」的な作品をいくつか描いたそうです。「黄瀬川陣」も大政翼賛会国民指導部のポスターに採用されます。翌年の「神武天皇日向御進発」も同様です。天孫降臨の主題をモチーフに取り込みます。さらに同年には海軍省から時の司令長官である山本五十六の肖像画の委嘱も受けました。

ただ靫彦が写生を試みる前に山本は戦死してしまいます。よって写真を頼りに本画を制作。また横須賀へ出向き、戦艦を取材したこともあったそうです。ただ作品そのものは実に立派です。艦橋にて軍服姿で立つ山本の風貌を見事に捉えています。

終戦時に61歳だった靫彦。その後も94歳で亡くなるまで旺盛に活動しました。いわば歴史画の代表作の多くは戦後に描かれたものとしても差し支えありません。


安田靫彦「王昭君」 1947年 足立美術館 *3/23~4/17展示

「王昭君」も有名な一枚です。古代中国の四大美人に数えられた一人。美しいというよりも威風堂々。威厳に満ちています。つり上がった目や眉には強い自意識を感じさせはしないでしょうか。別れの一場面です。内に秘めた決意を態度で示します。厚手の黒い衣には金色の鳳凰が描かれていました。なんでも前漢時代の風俗を資料などで研究しては完成させたそうです。

「出陣の舞」は桶狭間を前にした信長の姿を捉えたもの。些か幼く見えるのは若さを強調した所以でしょうか。袴を象る線にもキレがあります。86歳の作品ですが、緩みは感じられません。

梅を装飾的に表した「紅梅」のほか、花をモチーフとした小品にも魅力を感じました。率直なところ好きな画家と問われると答えに窮するのも事実ですが、10代や戦中の展開など、これまであまり知らなかった画家の全体像に接する良い機会ではあります。安田靫彦を見る目がやや変わりました。

最後に展示替えの情報です。約半数弱の作品が入れ替わります。

前期:3月23日(水)~4月17日(日)
後期:4月19日(火)~5月15日(日)

一部の作品は上の会期とは別の期間で入れ替わります。詳しくは「出品リスト」(PDF)をご参照ください。なお切手にもなり、おそらくは靫彦画で最も有名な「飛鳥の春の額田王」は4月19日以降の展示です。ご注意下さい。

会期早々の日曜日に出かけてきましたが、館内は余裕がありました。じっくり楽しめるのではないでしょうか。

5月15日まで開催されています。

「安田靫彦展」 東京国立近代美術館@MOMAT60th
会期:3月23日(水)~5月15日(日)
休館:月曜日。但し3/28、4/4、5/2は開館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1400(1000)円、大学生900(600)円、高校生400(200)円。中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *当日に限り「MOMATコレクション」も観覧可。
 *リピーター割引:本展の半券(使用済み可)を提示する当日観覧料よりも一般100円、大学・高校生50円割引。半券1枚につき1回のみ有効。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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