「ジョルジョ・デ・キリコ展」 パナソニック汐留ミュージアム

パナソニック汐留ミュージアム
「ジョルジョ・デ・キリコー変遷と回帰」
10/25-12/26



パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「ジョルジョ・デ・キリコー変遷と回帰」を見て来ました。

いわゆる「形而上絵画」を描いたことで知られる画家、ジョルジョ・デ・キリコ。東京では約10年ぶりの回顧展だそうです。出品数は100点。その殆どが海外の所蔵品、とりわけキリコ未亡人のイザベッラがパリ市立近代美術館へ寄贈した作品が目立ちます。

そして作品の8割が日本初公開でもある。個性的なキリコ画のこと、どこか受け手に作品のイメージなりが出来上がっている感があるやもしれませんが、おそらくはキリコに詳しい方でも新鮮味のある展覧会だと言えるのではないでしょうか。それに想像して見て下さい。あの汐留ミュージアムの空間に100点の作品です。絵画は所狭しと並ぶ。実に濃密な展示でした。

会場にて本展担当の萩原敦子学芸員のお話を伺うことが出来ました。

冒頭は1910年代、早くも画風を確立したということかもしれません。いきなりキリコをキリコたらしめる形而上絵画が登場する。目立つのは「謎めいた憂鬱」です。ギリシャ神話のヘルメスの像をモチーフにした一枚、独特の歪んだ遠近法による室内風景を描いたものです。

イタリア人のキリコの生まれは意外にもギリシャです。17歳で父を亡くし、母と弟でミュンへンへ向かいます。そこで美術を学び、初期はドイツのベックリンやスクリンガーの影響を受けます。またニーチェやショーペンハウアーを読み、後にドイツのロマン神秘主義に引かれていきました。

そして本作においてのヘルメス像は手前の室内からすれば大きすぎ、一種異様です。また右の箱の中にはキリコ画によく出てくるビスケットが描かれています。そして一説によるとヘルメスは友人アポリネールを表すとか。彼の死を追悼して描いた作品とも言われているそうです。

ところがです。キリコは早くもこの頃から古典主義への回帰を志向します。きっかけは一次大戦中に兵役のために訪れたイタリアです。そこで各地の美術館を渡り歩いては古典的な絵画を鑑賞した。ボルゲーゼ美術館ではルネサンス絵画に大いに感心したそうです。

その経験を踏まえての回帰。例えば「母親のいる自画像」です。まるで聖母子でも思わせる画家の親子の姿、母と画家自身は手を取り合って寄り添う。血管の浮き出た腕や顔の皺、さらには髪の毛などの質感もかなり細かく描かれています。ある意味では現実的でかつ写実的。先の「謎めいた憂鬱」の画風とは一変しています。

とはいえ何も形而上的なエッセンスを放棄したわけではありません。「剣闘士の休息」では剣闘士を中心に、特徴的な室内、さらにはお馴染みのマネキンのような人物を描いている。古典に回帰しつつも、じょじょにモチーフを増やしては、表現の幅を広げていきます。

1940年代からはネオ・バロックの時代です。時にドラクロワを思わせるような世界を描く。キリコの得意とした馬のモチーフ、そして妻イザベッラをモデルとした作品を次々と生み出します。

このセクションの展示が秀逸です。向かって左が馬、そして右が妻のモチーフをとった作品が並ぶ仕掛け。それぞれが向かい合うように並んでいました。

「エーゲ海岸の古代の馬」はどうでしょうか。二頭の馬が海岸を歩く姿を描いた作品、前脚を振り上げては力強く進む。とはいえ馬の表情はさも擬人化したかのように哀愁に満ちていて、いささか奇妙でもある。水面や地面の上に突如置かれたのはギリシャの神殿の円柱です。時代や場所を暗示するかのような仕掛け、過去と現在を一つの作品の中へ同時に表しています。

「赤と黄色の布をつけて座る裸婦」のモデルはもちろん妻イザベッラです。豊満な裸体を露わにしては座っています。バラ色と黄色の布からバロック絵画を連想しました。

それにしてもここでは妻という現実のモチーフを、まるで古代ギリシャのような海岸線を背にして描いています。イザベッラが過去に降り立ってモデルを務めているような作品、もはや時間を超えていると言えるのかもしれません。

さて何よりもキリコの画業で特異であるのが、過去の作品、とりわけ1920年代の形而上絵画を繰り返し複製して描いていることです。

うち何枚もあるとされるのが「吟遊詩人」、極めて特徴的なマネキンを中央に配した作品、キリコが1910年代後半から頻繁に描いたモチーフでもあります。

また「不安を与えるミューズたち」もキリコお得意のモチーフ、本作も1917年に描かれた作品の言わば複製ですが、それゆえか贋作が多いことでも知られるとか。実は本展でも事前に別の作品が選定されていたももの、贋作の可能性があったため、急遽この作品に入れ替わったそうです。

ミューズと同じモチーフのブロンズの彫刻も展示されています。キリコは1940年代からミューズや吟遊詩人などのモチーフを立体化しました。ちなみに彫刻の展示にはとある仕掛けがなされています。ヒントは影です。これは是非会場で確かめてみて下さい。

晩年になると作風はまた変化します。と言うのも形而上絵画に見られた不穏な気配は薄れ、色に筆致により明瞭になっていく。またパリの街への思い出を見る作品も少なくない。かつてコクトーやアポリネールの詩集のために制作した挿絵から再びモチーフを取り出しています。

「神秘的な動物の頭部」が目を引きました。背景には古代の神殿などが浮かぶ海が広がり、手前には馬の頭部が大きく描かれている。しかしその馬は同じく古代的な建物の破片で象られています。まるでアルチンボルドです。そして馬は寂しそうな眼差しで彼方を見やっている。何でもこれはキリコの最後の自画像でもあるのだそうです。

最初期の1910年代に早くも成功を収め、画風を変えながらも、終始「回帰」しては作品を描き続けたキリコ。到達点というのは果たしてあったのでしょうか。非常に長い画業です。亡くなったのは1978年のこと。90歳で生涯を閉じました。



さてさすがに人気のキリコの回顧展ということもあってか、会期早々より土日を中心に館内は大勢の人で賑わっているそうです。

その上にかの汐留の手狭なスペースです。今後の状況如何では入場規制もあり得るとのことでした。早めの観覧が良さそうです。

ちなみにキリコ展の公式ツイッターアカウント(@ChiricoShiodome)が混雑情報をこまめにつぶやいています。こちらも参考になりそうです。

NHK日曜美術館 11月23日(日)9:00~
「謎以外の何を愛せようか ジョルジョ・デ・キリコ」

率直なところキリコを今回ほどまとめて見たのは初めてでしたが、例の「回帰」しかり、時間軸で追えば追うほど、むしろ全体像を捉え難く、逆に画家にはぐらかされるように思えてなりませんでした。



それゆえの謎めいた魅力ということなのかもしれません。知れば知るほど、見れば見るほど深まる謎の奥深さ。この展覧会を通して改めてキリコの魔力にはまった気がしました。



12月26日まで開催されています。おすすめ出来ると思います。

「ジョルジョ・デ・キリコー変遷と回帰」(@ChiricoShiodome) パナソニック汐留ミュージアム
会期:10月25日(土)~12月26日(金)
休館:水曜日。但し12月3日、10日、17日、24日は開館。
時間:10:00~18:00 *入場は17時半まで。
料金:一般1000円、大学生900円、中・高校生500円、小学生以下無料。
 *65歳以上900円、20名以上の団体は各100円引。
 *ホームページ割引あり
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分。
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