「ボストン美術館 ミレー展」 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館
「ボストン美術館 ミレー展ー傑作の数々と画家の真実」 
2014/10/17-2015/1/12



三菱一号館美術館で開催中の「ボストン美術館 ミレー展ー傑作の数々と画家の真実」を見て来ました。

いわゆるバルビゾン派の画家として知られ、とりわけ農民の姿を描いたジャン=フランソワ・ミレー(1814~1875)。気がつけば今年は生誕200年です。ミレーの画業を紹介する展覧会が一号館美術館で始まりました。

ブロガー向けの特別内覧会に参加しました。*館内の撮影の許可をいただきました。

さて本展、確かにミレー展というタイトルが付いていますが、画家単独の回顧展というわけではありません。

というのも作品数(全64点)からしてミレーは多くはない。出展はほぼ全てボストン美術館のコレクションですが、うちミレーは25点、残りはミレー以外の画家の作品で占められています。

ではほかの画家はミレーとは関係がないのか。もちろんそんなことはありません。出ているのは同じくバルビゾンで活動したコロー、ディアズ、ルソーといった、ミレーと関わりをもった画家ばかり。さらには次世代のデュプレやレオン=オーギュスタン・レルミットらを参照します。ようは主に同時代のバルビゾン派たちの画家を踏まえながら、ミレーの制作を見ていく仕掛けとなっているわけです。

言い換えればミレーの画業を縦軸(時間軸)ではなく、横軸(同時代の画家)、さらには空間(バルビゾン村)を加えてひも解いていくもの。ずばり本展の特徴はそこにあります。


右:フランソワ・ルイ・フランセ「プロンビエール近くの小川」 1870年代
左:ジャン=バティスト・カミーユ・コロー「ブリュノワの牧草地の思い出」 1855-65年頃


バルビゾン派の優品が目立ちました。柔らかな光に包まれた森を描いたのはコローの「ブリュノワの牧草地の思い出」。どこか実景とも心象風景とも受け取れる独特の幻想的な画面が見る者を引込みます。同じくバルビゾンに滞在したのがルイ・フランセです。「プロンビエール近くの小川」で描かれているのは小さな滝でしょうか。光の差し込む森の鮮やかな緑を背景に水が落ちる。清涼感があります。思わず絵の前で深呼吸したくなってしまいました。


右:ナルシス・ヴィルジル・ディアズ・ド・ラ・ペーニャ「祭に向かうボヘミアンたち」 1844年頃

ラ・ペーニャの作品が数点出ていました。スペイン人の両親を持ち、毒蛇にかまれて左足を失ったという画家、1835年頃からフォンテーヌブローの森で制作を続けます。いわゆる成功した画家の一人です。不遇の時代のミレーへ援助の手を差し伸べた人物でもあります。


クロード・モネ「森のはずれの薪拾い」 1863年頃 油彩・板
Henry H. and Zoe Oliver Sherman Fund 1974.325
ボストン美術館 Photographs ©2014 Museum of Fine Arts, Boston


意外にもモネがありました。当然がら印象派展以前、まだ20代前半頃の作品、「森のはずれの薪拾い」です。この頃のモネは仲間とフォンテーヌブローの森の近辺を訪れていた。まさかミレー展でモネを見られるとは思いもよりません。

そしてミレーです。言うまでもなく目玉は「種をまく人」。無名の農夫を堂々たる姿に描いた一枚です。何と同作が東京に来るのは30年ぶりのことです。


右:ジャン=フランソワ・ミレー「種をまく人」 1850年

私もこの作品を初めて見ましたが、ともかく第一印象は巨大だということ。ただしそれは作品自体ではありません。つまり描かれている農夫が大きい。そして畏怖の念すら感じさせるほど力強さがあるということです。

大きなブーツをはいて闊歩する姿はもはや巨人のようでもある。深く帽子をかぶっているためか表情は伺えません。口は少し開いているのでしょうか。右手を大きく振りかぶっては種をまいている。手から種がこぼれ落ちる様子も描かれています。

大きく開いた足や腕の動きにもよるのか、思いの外に躍動感があるのにも驚きました。そして手前の大地と奥の空のコントラストです。まさにミレーを表す土色が否応無しに目に飛び込んでくる。何ともドラマテックではないでしょうか。彼の姿を「英雄」に準えることもあるそうですが、さもありなんという気がしました。


右:ジャン=フランソワ・ミレー「馬鈴薯植え」 1861年頃
左奥:ジャン=フランソワ・ミレー「羊飼いの娘」 1870-73年頃


ちなみに本展では「種をまく人」を含め、通称「ボストン美術館の三大ミレー」と呼ばれる作品(刈入れ人たちの休息、羊飼いの娘)が全てやって来ています。その辺も見どころと言えそうです。

ところでミレーを離れ、今回私が最も惹かれたのがヨーゼフ・イスラエルスの「別離の前日」です。

オランダで学んだ後にパリへと出てバルビゾンを訪れたイスラエルス、さらにハーグへと戻り、同地でハーグ派を形成します。


右:ヨーゼフ・イスラエルス「別離の前日」 1862年

暗い空間に描かれているのは母子の姿、おそらくは農民でしょう。母は顔に手を当ててふさぎ込んでいるようにも見えます。子どもは素足です。何か虚ろな様子で彼方を見据えている。物静かな空間です。画家はレンブラントにも影響を受けたそうですが、確かにオランダの室内画を思わせる雰囲気が漂っています。はじめはその漠然とした感覚にのまれてしまい、一体どのような情景であるのかが分かりませんでした。

しかし奥を見やると蝋燭に火が灯されている。さらに目を凝らせば横に黒く大きな箱が横たわっていることが分かりました。ようはこれは棺なのです。中に入るのは夫。つまりタイトルの「別離」とは妻の夫との肉体の別れを意味する言葉というわけでした。

実に物悲しい風景ではないでしょうか。呆然と彼方を眺めているように見えた少女はひょっとして蝋燭をじっと見ていたのかもしれない。そして蝋燭には父の姿、言い換えれば魂を投影していたのかもしれない。そうしたことも感じました。


ジャン=フランソワ・ミレー「洗濯女」 1855年頃 油彩・カンヴァス
Gift of Mrs. Martin Brimmer 06.2422
ボストン美術館 Photographs ©2014 Museum of Fine Arts, Boston


はじめにも触れたようにミレーばかりが並んでいるわけではありません。もう少しミレーを見たいと感じたのも事実です。しかしながらバルビゾン派などの「横軸」での展開は興味を引くものがあります。そうした意味では色々と「引き出し」の多い展覧会だと思いました。


「ボストン美術館 ミレー展」会場風景

美術館の方によれば現在は館内に余裕があるということでした。ただし一号館はいつも後半に混雑が集中する傾向があります。早めの観覧をおすすめします。

「もっと知りたいミレー/安井裕雄/東京美術」

2015年1月12日まで開催されています。

「ボストン美術館 ミレー展ー傑作の数々と画家の真実」 三菱一号館美術館
会期:2014年10月17日(金)~2015年1月12日(月・祝)
休館:月曜日。但し祝日の場合は開館。翌火曜休館。年末年始(12月27日~1月1日)。
時間:10:00~18:00。毎週金曜日(1月2日、祝日除く)は20時まで。
料金:大人1600円、高校・大学生1000円、小・中学生500円。
 *ペアチケットあり:チケットぴあのみで販売。一般ペア2800円。
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。

注)写真は特別内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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