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news commentary

奇妙な果実

2006-12-31 18:14:41 | Weblog
大晦日にはベートヴェンを聴くか、はやり歌大会を見るのがこの国の習いだ。だが、きまぐれにBillie Holidayの古びたレコードをかけてみるのもいいものだ。

Southern trees bear strange fruit,
Blood on the leaves and blood at the root,
Black bodies swinging in the southern breeze,
Strange fruit hanging from the poplar trees.

Pastoral scene of the gallant south,
The bulging eyes and the twisted mouth,
Scent of magnolias, sweet and fresh,
Then the sudden smell of burning flesh.

Here is fruit for the crows to pluck,
For the rain to gather, for the wind to suck,
For the sun to rot, for the trees to drop,
Here is a strange and bitter crop.

2006年12月30日、イラクの大統領だったサダム・フセイン氏が吊るし首にされた。吊るし首を決定し執行したのは、かつてスンニ派ムスリムのサダム・フセイン大統領と彼のバース党から迫害を受け、海外に亡命していたシーア派のダワ党の指導者ヌーリ・マリキ現大統領である。

かつて迫害された方がいまになって迫害した方に報復した構図である。しかし、すべてをお膳立てしたのはアメリカ合衆国のジョージ・W・ブッシュ大統領とその政府である。そうなると、構図は大いに違って、途上国の内紛を巧みに利用して植民地の拡大を策した19世紀の西欧植民地主義列強の手口と重なり合う。

理屈と膏薬はどこにでもつく。2003年3月のイラク侵攻に先立って、ブッシュ政権は攻撃の理由としてフセイン政権がためこんだ大量殺戮兵器の排除、テロ勢力の掃討、体制の民主化などを掲げた。ブッシュ大統領をはじめ閣僚すべてが、石油との関連については「ナンセンス」と否定した。たとえば、2002年11月、当時のドナルド・ラムズフェルド国防長官は言った。「石油とは関係ない。関係ないったら関係ないのだ」

だが、侵攻してみたら大量殺戮兵器などどこにもなく、サダムとオサマは不仲で、民主化など大きなお世話とわかった。アメリカ国内のイラク侵攻・ブッシュ政権批判勢力は、 “No blood for oil” と叫んだ。2006年秋にはイラク戦争での米軍兵士・軍属などの死者が2001年9月11日テロの死者総数を上回った。

そこで、ブッシュ大統領自らが、2006年11月、アメリカ兵をイラクに駐留させ続ける理由が石油であることを公にせざるをえなくなった。「過激派が石油の蛇口を握るような世界になったら、どうなるかおわかりでしょう」「イスラエル支援をやめろ。さもないと大量の石油を市場から引きあげ、石油価格を1バレル300ドルから400ドルに高騰させるぞと脅迫するでしょう」と。

しかし、過激派テロリスト勢力が石油の蛇口を管理するというのは、政治スリラー小説の筋立てである。市民を馬鹿にした見え透いた屁理屈である。ブッシュ大統領とその周辺が懸念しているのは、イラクをはじめ中東石油産出国でこれまで圧倒的に傾斜してきたドル建て取引から、ユーロ建て取引へ切り替える動きが始まったことだ。これは世界の覇権国家であるアメリカの2つの柱である、圧倒的な核戦力による威嚇と圧倒的なドル支配による金縛り、の一方が崩れることを意味する。

ブッシュ一族は現大統領の曽祖父のころから軍需産業、石油、金融と深く関わる商売をしてきた。曽祖父はオハイオの武器製造の会社を経営した。祖父も引き続き軍需産業にかかわり、東京空襲に使われた焼夷弾などを製造した。父親もCIA長官、副大統領、大統領を務める中で兵器の貿易や、イラン、イラク、サウジアラビア、アフガニスタンのムジャヒディーンへの武器秘密提供にかかわった。

ブッシュ一族はロックフェラー一族とのかかわりが深く、祖父の代から石油産業に関わってきた。また、ブッシュ一族は20以上の金融関連会社とかかわりを持っている。20世紀末のデータによると、上位1%のアメリカ人の資産は、下位95%のアメリカ人の資産すべてをあわせた額を上回った。ブッシュ政権の顔は1%の方を向いている。もし、欧州やロシアや中国がアメリカの支配下にある中東で石油の権益を拡大し始めれば、それはアメリカ帝国の衰退の第1歩となると彼らは考えている。アメリカ帝国の衰退はそこから利益を吸い上げているアメリカ経済の上位1%の人々のふところに致命的な打撃を与えることになろう。

ブッシュ政権は発足まもなくの2001年に、ニューヨークの外交評議会(長らく海外の石油資源に関心を払ってきた)と共同で研究チームを編成して研究報告「21世紀の戦略的エネルギー政策の挑戦」をまとめた。その報告書はフセイン大統領が支配するイラクについて「当面イラクは石油の中東から世界市場への流れの阻害要因となる。サダム・フセインはまた石油を武器として用い、石油市場を操作するためにイラクの石油を使おうとする姿勢を見せている。したがって合衆国は軍事、エネルギー、政治経済、外交評価に関わる対イラク政策の見直しを早急に行うべきである」と提言していた。フセイン大統領はその前年に原油取引をドル建てからユーロ建てに切り換えていた。

かくして、ブッシュ政権とその周辺は、かつてクレマンソーが言ったように「石油の一滴は我が兵士の血の一滴に値する」と考えてイラクに侵攻した。イラクの人々と自国の兵士の流血と引き換えにサダム・フセイン氏を“奇妙な果実”にして吊るし、中東の油田に居座り続ける努力をひたすら続けているのである。

ああ、殷々と鐘が鳴る。

(花崎泰雄 2006.12.31)




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