老後の練習

しのび寄るコドクな老後。オヂサンのひとり遊び。

Phimeanakas~Bayonの夕陽/アンコール・ワット旅行その14

2011-02-20 14:13:02 | 旅行





夕方4時を過ぎていよいよ3日目のシメ。初日はアンコール・ワット。2日目3日目はアンコール・トムとその周辺の遺跡を見てきた。4日目は遠出して5日目はその時点では何も考えていなかった。次に来るときの楽しみのためにあえていくつか取りこぼしてある。タイ国境の山岳遺跡プリア・ヴィヘアにも行きたいが、先週からまたキナ臭くなってきた。戦いは今でも続いている。この同じアジアで。平和であればこその観光旅行だ。ワレワレは探検家じゃないし。

というわけで前の日に外からだけ見たピミアナカスと、もう一度バイヨンを、今度は夕陽に染まったところを見てみようということで行った。行った、と言っても、万博で別のパビリオンに移動するくらいの距離。
ピミアナカスは11世紀初めに建てられた、基壇が何層にも積み重なったピラミッド型の寺院。3mくらいの幅の石段の、片側60cmに木の仮設階段が取り付けられている。石の部分は擦り減ったり欠けたりしていて登る人はいない。だから片側1車線交互通行状態なので団体が来たりすると10分以上逆方向には通れなくなる。タイミングを見計らってササッと登ってササッと下りた。

上からは北側に王宮跡が見える。木造だったので土台しか残っていない、とモノの本には書いてあるが、何もわからなかった。高さ20mくらいまで登ってもまわりにはそれ以上に高い木が鬱蒼と茂っている。完成当時はアンコール・トムとしては他に何もなく、途中で建設が止まったタ・ケウがやや遠くにあって、あとは初日に夕陽を見に上ったプノン・バケンが2キロ先にあっただけ。どんなふうにこの3つが見えていたのか、簡単には想像できない。新宿西口に京王プラザと三井ビルと住友三角ビルができたくらいの状態、かな。ソレも今の人には想像できないだろうけど。

そして夕陽に染まるバイヨン。当然ながらできた当時も夕陽に染まれば同じように菩薩の顔が赤みを帯びて見えたんだろう。ソレを見てみんなどう思ったのか、なあ。前に書いたようにバイヨンは死者の門からまっすぐ来たところにあるから、死んだ兵士の霊魂がこの辺りに漂って、エチゼンクラゲのようにうごめいていたのか、なあああ。ま、そういう感じがした。

3日目はコレでオシマイ。柄にもなくパックツアー並みにかけ足状態になってきた。4日目は目標をピンポイントに絞る。