ハノイは狭いようで広い。ワタシが普段散歩で歩いているのは南北4~5キロ、東西2~3キロの範囲。今となっては庭のようなもの。北はTay湖で南は片側6車線くらいの大通りがあって横断歩道がないのでそれより先にはなかなか行く気がしない。同じように東は空港からつながる大通りでその先には紅河があるし、西はハノイからホーチミンに行く鉄道の線路がある。そんなわけで四方が道路とか線路とかで仕切られているから世界が限定されてしまうわけだが、よくよく考えたら西のほうは行こうと思えば行けるじゃん、ということで、きのうは延々と歩いてきた。
で、西のほうは東京で言えば新宿のような新都心として開発中で、超高層のアパートとかホテルが市営墓地の墓石のように建ち始めている。焼肉店の集まったコリアンタウンとかもある。ニッポン大使館やニッポン人学校もあるので家族と一緒に来ているニッポン人は大部分がソッチのほうに住んでいる。だからワタシは日常的にはニッポン人のヒトヅマとかと会う機会はなく、たまにニッポン料理店とか、あとはオペラハウスでのコンサートとかでそういう集団に遭遇して、あの何か目に見えないオキテのもとでココロに思ったことの3割くらいを小出しに出し合う独特な会話を聞かされると、ああこの人たちも狭い世界で苦労してるんだな、と思う。
ま、それはそれとして、きのうはなぜか中華料理を食べたかったので湖の畔のレストランをいくつかまわって、ということは昼と夕方に中華系のソバを食べた。ハノイには中華料理屋は少ないがニッコーにしてもそうだが、ホテルのレストランは中華系が多いのはなぜ。写真はその散歩の途中のザンボー湖。イッキに秋の気配が水面に漂っている。
で、大通りのKim Ma通りを歩いていたらコギレイなSpaがあったので試しに入ったら値段もそこそこで、というのは安すぎず高すぎず、店内は清潔で天井にはシミ一つなかったし、お店のヒトたちはべトナム人とは思えないほどモノ静かで平和そうな顔をしていたし、BGMも静かで揉むほうは今までで一番と言ってもいいくらいウマかったので、久しぶりにココロ静かな時間を過ごした。
・・・散歩というのはいいものだなと、そういうときにあらためて思う。人の心にしか残らないもの、だからこそ何より貴重なものを、散歩は僕らに与えてくれる。その時には気づかなくても、あとでそれと知ることになるものを。もしそうでなかったら、いったい誰が散歩なんかするだろう?
ムラカミ・ハルキさまの『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』のあとがきから、「旅」を「散歩」に置き換えてしまいまシタ。
旅はもちろんいい。散歩も、日常生活の小さな冒険に過ぎないけれど、いろんなものを与えてくれる。僕らに。
で、西のほうは東京で言えば新宿のような新都心として開発中で、超高層のアパートとかホテルが市営墓地の墓石のように建ち始めている。焼肉店の集まったコリアンタウンとかもある。ニッポン大使館やニッポン人学校もあるので家族と一緒に来ているニッポン人は大部分がソッチのほうに住んでいる。だからワタシは日常的にはニッポン人のヒトヅマとかと会う機会はなく、たまにニッポン料理店とか、あとはオペラハウスでのコンサートとかでそういう集団に遭遇して、あの何か目に見えないオキテのもとでココロに思ったことの3割くらいを小出しに出し合う独特な会話を聞かされると、ああこの人たちも狭い世界で苦労してるんだな、と思う。
ま、それはそれとして、きのうはなぜか中華料理を食べたかったので湖の畔のレストランをいくつかまわって、ということは昼と夕方に中華系のソバを食べた。ハノイには中華料理屋は少ないがニッコーにしてもそうだが、ホテルのレストランは中華系が多いのはなぜ。写真はその散歩の途中のザンボー湖。イッキに秋の気配が水面に漂っている。
で、大通りのKim Ma通りを歩いていたらコギレイなSpaがあったので試しに入ったら値段もそこそこで、というのは安すぎず高すぎず、店内は清潔で天井にはシミ一つなかったし、お店のヒトたちはべトナム人とは思えないほどモノ静かで平和そうな顔をしていたし、BGMも静かで揉むほうは今までで一番と言ってもいいくらいウマかったので、久しぶりにココロ静かな時間を過ごした。
・・・散歩というのはいいものだなと、そういうときにあらためて思う。人の心にしか残らないもの、だからこそ何より貴重なものを、散歩は僕らに与えてくれる。その時には気づかなくても、あとでそれと知ることになるものを。もしそうでなかったら、いったい誰が散歩なんかするだろう?
ムラカミ・ハルキさまの『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』のあとがきから、「旅」を「散歩」に置き換えてしまいまシタ。
旅はもちろんいい。散歩も、日常生活の小さな冒険に過ぎないけれど、いろんなものを与えてくれる。僕らに。