孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

本屋というより、漫画屋。

2015年08月14日 | 日記
学生になってすぐのこと、東京に行く用事があったついでに、神田に行き古本屋を何件か見て歩いて、「広辞苑」を買い求めた。ずっしりと重い広辞苑は、当時の私にとっては高価な書物ではあったが、ようやくこれで大学生になったな、というわけの分からない満足感を味わった思い出がある。



神田の古本屋街をはしごして見るのは楽しいもので、それからも上京するたびに神田には立ち寄ったものだった。それほどの読書家でもないくせに、「何か掘り出し物はないかなあ・・」と見て廻るのはそれまで経験できなかった、「大人っぽい」行為だった。

地元の田舎町にも一軒の古本屋があって、数は少ないが、雑誌から文庫本までバラエティーに富んでいて、立ち読みするのもOKだった。その古本屋もいつの間にか店じまいして花屋に変身していた。

その頃だったと思うが、国道沿いにチェーン展開する古本屋がオープンした。本をお売り下さい、という看板が出ていたので、ある時小ぶりのダンボールに一杯の本を持ち込んだ事があった。本の査定をするから暫く待てというので、棚の本を眺めていると番号が呼ばれた。

合計で400円ほどだった。そんなものか・・と少し落胆させられたが、それよりもドイツ語の辞書とか、三島由紀夫の初版本が「買取できません」と言われ、驚いた。「なぜ?」と聞くと、ドイツ語の辞書は辞書の紙製ケースが茶色に変速しているから、三島由紀夫の本はページが黄ばんでいるからだ、ということだった。



今日、久しぶりに前を通りかかったので、何か面白そうな新書でもあったら飼おうかと思って立ち寄ってみた。「いらっしゃいませこんにちわ」という元気がいい挨拶、というより、騒々しくて投げやりな挨拶に迎えられて店内に入ったところ、ひんやりした冷気がたまらなく気持ちよかった。

前回来たのはいつのことだろう。店内の雰囲気がガラっと変わっていて、3分の2くらいは漫画が占めている様だった。新書の棚を探したのだがどうも見当たらない。文庫本は簡単に見つかったが、新書がない。

店員にきいたところ、並べ方をジャンル別にしたので、単行本と新書が混ざっているということだった。見ると、「経済」とか「健康」とか「資格」とか様々なジャンルに棚が区切られている。そして、間に挟まれるように新書も棚にあった。

しかし、これが便利なようで便利ではない。私は特にジャンルを決めてきたわけではない。値段が手頃で、バラエティーに富んだ新書を買い求めにきたわけだ。すべてのジャンルの棚を一通り見て廻ろうかとも考えたが、面倒なので帰ってきた。

この手のチェーン店がオープンすると、近隣の書店の万引き被害が急増すると言われたことがあったが、それはこの手の店が新古書といって、見た目が新しいほど高く買い取るからだった。本の希少価値とか書かれている中身ではなく、もちろん売れ筋の、しかも新しい本を高く買胃取るという方針で成長してきた店だからであった。

しかし、通常の書店にしろこの手の新古書販売店にしろ、漫画、漫画で満ちているようでは、これが世界に発信できる日本文化だ、などと喜んではいられない状況だと不安になる。


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