枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

長月・土用、望・大潮

2021年10月20日 | Weblog
 秋の土用でもある。此処数夜月の周りに巨大な輪が観えたり、虹に輝く様であったりが気になっていたら、速報の阿蘇山噴火である。はっきりしない漠然とした事例であるが、然し地震に繋がることには変わりない。毎夜、宙を観ていなければ判らない。昨日は夕方に時雨があって、晴れてきたのは遅かった。

 雨が降るというのも、耳が痒くなって来たりで分かる。地震や津波が起きる前には、日々に認められない現象が突如として観える。デマでも嘘でもまやかしでもなく、自然現象から学ぶことは大きく多いのだ。馬鹿騒ぎをしてまで満月を観ていて、災害に遇って逃げ惑う等笑止千万。日頃の心掛けが悪いのよ。

 ノーベル賞受賞者に、会ったこともないのに謝辞を述べたりも可笑しい。自然への警告を発しているのは、辺野古の埋め立て工事を止めさせたい住民の想いで、惹いては地球環境への啓陳でもあろう。地球は誰の物でもない。アメリカは余りにも傍若無人の振舞を、沖縄で繰り返している。汚染物質自費撤去。

 今回の選挙では、決して自民党を要れてはならない。裁判官も高額所得者への配慮に従う刑罰であれば、全員に辞めて貰うしかない。権力に阿る腐りきった体質を、安倍・菅の国会答弁無視の態度に審判を下したい。電気代が上がろうが燃料費に一喜一憂する訳でもないから、好き勝手が出来るんだ。許せん。

 阿蘇山が噴火して、それでも原発を再稼働させていくのか?浅間山もそろそろ活発化するかな。暑いだの急に寒くなっただのを言うてもおれんです。生きていることさえも、医療維持だけでは困難でしょう。生きていくという選択は、過酷であり情け容赦のないものにも思える。頑張るって、何を其処までに。

 今朝は、弁当配達がありブログ訪問だけは済ませて出かけた。帰路、図書館に寄り絵本を借りる。予約本なのだが、モンゴルの北斗七星の話だそう。娘が湧き水を汲みに行った話は、中国の伝説で柄杓が天に上がって星になった。星座の謂れも各国で語り継がれていて楽しみも増える。読書週間が始まるね。

 庭に残っている木通が中々熟れないのは、日照時間の問題だろうな。陽射しも随分と短くなって気温も低いからだろう、味が薄く感じられる。nasuさんには気の毒なことしたわ、食べたのだろうか?まあ、ホワイトリカーに漬けるそうなので好いかな。我が家では、食べた後の皮はジャム瓶に種は乾燥してる。

 枇杷葉茶の効果の出方にも多少の違いはみられるものの、身体中の血管の掃除を指令通りに行うため、排泄系列が著しい筈だ。夜間の頻尿がなくなり、朝までぐっすり眠れるのは覿面である。その後は、その人の悪化部分へと移り工事が始まるのだが根気必要。何事も諦めず、薄紙を剥がすようにしか治らない。
コメント (12)
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