毎夜、宙を観ていると僅かな異変に気付くことがある。怪我や事故もだが、命を終える事象にも出遭うもの。それを告げて信じられぬ者には、言葉を掛けない。態度が鼻で笑うという行為になり聞き入れないからで、受け入れての覚悟がないのも明白。一般的なことだと自負してい、強制しない心でもいるわ。
テレビを一切観ないし、あるが儘に与えて貰える歓びとしてなら訓えて貰える。自らの力に目覚め、甘んじて逝くことを覚悟しなければ視えても来ない。今を大切に、生きてのことには辛さも苦しさも伴うもの。それを汚れたように想え厭だとして言葉を発してしまうと、周期を得て還る。言葉に魂籠る意味。
今朝、腰の調子に気づくことがあり枇杷葉を貼る。疑心暗鬼で居るよりは、先ずは枇杷葉と心得てなのも援けて貰える有難さ。危険を察知するセンサーが、体内に組み込まれているのか?避けるようにと指示を受ける。自らを納得し、旧暦の清貧の暮らしと努めよう。禍を転じて福と為すの諺も、感謝に與る。
白昼夢という現象なのかは不明だが、瞳の向こうに視えてくる鮮明な映像と真実である確かだ。それを冷ややかに眺める我も居て、当事者に告げる気は毛頭ないのも疑いが多大過ぎるから。意思の疎通は元より、疑念の塊が判るのも離れていく要因なのよ。願うより、祈りと感謝に尽きると気づけない哀れさ。
テレビを一切観ないし、あるが儘に与えて貰える歓びとしてなら訓えて貰える。自らの力に目覚め、甘んじて逝くことを覚悟しなければ視えても来ない。今を大切に、生きてのことには辛さも苦しさも伴うもの。それを汚れたように想え厭だとして言葉を発してしまうと、周期を得て還る。言葉に魂籠る意味。
今朝、腰の調子に気づくことがあり枇杷葉を貼る。疑心暗鬼で居るよりは、先ずは枇杷葉と心得てなのも援けて貰える有難さ。危険を察知するセンサーが、体内に組み込まれているのか?避けるようにと指示を受ける。自らを納得し、旧暦の清貧の暮らしと努めよう。禍を転じて福と為すの諺も、感謝に與る。
白昼夢という現象なのかは不明だが、瞳の向こうに視えてくる鮮明な映像と真実である確かだ。それを冷ややかに眺める我も居て、当事者に告げる気は毛頭ないのも疑いが多大過ぎるから。意思の疎通は元より、疑念の塊が判るのも離れていく要因なのよ。願うより、祈りと感謝に尽きると気づけない哀れさ。