仕事場と家との区別に、本を読んだり、花木の世話をするが、このところは中々切り替えが難しい。自分に自信が持てればいい。というものでもなく、日々悩むことばかりだ。CDも、チャイコフスキーを聴いたりし、余暇を愉しむこともしている。だがしかし、気鬱が晴れない。何かね、心底から湧き上がってくるような、予感が消えないこともある。
何だろう?この不気味さは。不安に象られたような思いがして、ぎょっと振り返る。そうかと思えば、黒い影がすっと横切ったり、目の前を過ぎ去る。この言葉にならない想いはなんだろう。悲鳴を上げようにも、言葉が出ないのだ。況してや、誰も気づかない。ああ・そうだ。何かとてつもないことが起きる前触れ、逃れられないことへの警告のように、心にのしかかってくる。
地球の自転と、月との関係。或いは、太陽と惑星間の、軌道を廻るズレの生じたこと。月齢と潮の関連に、満干潮の時間帯。遡ること数百年。江戸時代、元禄の頃にも大地震が発生している。現代は原発ですから、忠義も、大義名分もありません。即、原発を停めてもらいたい。テレビに下請け会社の、作業中の様子が映っていたが、信じられない光景だった。
薄曇りだったが、気温は上昇して、雨の降る様子もないので布団を干す。林檎の花の可憐さに、暫し見惚れる。日陰にあったチューリップを日向に移動したのが咲き始めた。クリスマスローズは、相変わらず咲き続けている。蕾も見える。撫子が背丈を伸ばした。テッセンが蔓を絡めていく。鈴蘭の蕾がついた。勿忘草満開。姫金魚草もです。
家の敷地の向こう手の手入れをする。零れ種の落ちた姫金魚草、ポピーが咲いている。薔薇の蔓も伸びて、フェンスに絡んでいる。ミントは、前の家のだが、いつの間にか我が家に侵入して、驕っているのだ。鎌で刈った。野葡萄も蔓を伸ばしていく。蔦は止まることを知らないようで刈り込んだ。枇杷の実がつき、新芽が芽吹いている。小一時間で汗びっしょりになる。
庭の枇杷葉は、新芽が出るので、黄色に変じて落ちている。実があちこちに鈴生りだ。寒冷紗は連休明けまでかけておく。朝晩が未だ寒い。流石にストーブは点けていないが、毛糸物は離せない。湯たんぽもしている。できる限り、電気は使わないように心がけている。資源の使い方を考えて、生活をするのも、被災された方々への支援になると信じる。
寒冷紗の中の、枇杷葉の成長。これでわかったのは、杏や李にもかけてやること。今年は花さえつかなかった。寒さには弱いんだ。