SAILIN' SHOES

デジタル一眼、ライカ等でのスナップ写真や、カメラ、音楽、鉄道・車、子育ての日々雑感です。

友人と東京右側周遊 その3(矢切りの渡し、新京成)

2018-06-13 | いつか来た場所
矢切の渡しは江戸時代の初期からある。
徳川幕府の直轄事業だったそうだ。
1740年ごろに幕府、松戸町、町民による半官半民の運営になった。
今でいうと第三セクターである。
昭和初期から全国の渡し船が廃止されていったが、佃の渡しが昭和39年に廃止、
汐入の渡し(千住汐入大橋付近)が昭和41年に廃止されて、東京近郊で残るのは矢切の渡しだけになった。
小説「野菊の墓」で有名になり、その後、細川たかし氏が歌った、
歌謡曲『矢切の渡し』が大ヒットしたことや、
フーテンの寅さんの映画『男はつらいよ』でさらに全国的に有名になった。
現在は明治時代から、杉浦家において、世襲制で代々運行を引き継いでいるそうだ。
ということは今は第三セクターではないということだ。
ちなみに東急多摩川線には「矢口渡」という駅があるが、
矢口の渡しは昭和24年に廃止になっている。
駅名だけ残っている。





河原に矢切の渡しが見えた。
乗ることにする。
そのまま松戸駅に行けば良いだろう。











小さいころ、渡し乗ったらしい。
松戸市の常盤平団地に住んで居た頃だ。











乗船。










片道200円。







































































松戸側に降りると、風景は昔のままという感じだ。
田園風景が支配する。
渡しの係員がバス停があると言っていたので、探す。
バス停はすぐに見つかった。
「矢切の渡し」というバス停で転回所もある。
転回所の傍らには観光案内所がある。
誰も居ない。
というのもバスの本数が非常に少ない。
そして土日祝日のみで平日は無い。
バス停の路線図を見ると、別の場所に「矢切の渡し入口」という停留所が、
もう一か所、終点らしく描かれている。
もしかしたら、そちらの停留所からはもっと便があるかもしれない。





















「矢切の渡し」バス停の出発は1時間弱も先だから、歩き始める。
田園風景にあるのは、県立矢切高校ぐらいだ。









































歩いても歩いてもバス停が無い。
ついに国道6号をくぐり、常磐線をくぐる直前だ。
しかしバスはやってきた。
「矢切の渡し入口」行きだ。
だから道は間違っていない。






























しばらく歩くとバス停を発見した。
1.5キロぐらい歩いただろうか。
見て驚いた。
そこが最初のバス停だったのだ。
要するに田園風景の中にはバス停は無かったのだ。
バス停でバスを待っていると、「矢切の渡し」行きのバスもやってきた。
「矢切の渡し入口」から来たバスとすれ違うのが見えた。




















やってきた京成バスに乗って松戸駅まで涼んだ。
とにかく真夏のような日だったので汗だくだったから、バスで生き返った。








帰宅してからネットで確認すると、
「矢切の渡し」バス停は数年前H24年に延伸されたバス停で週末のみの運行。
それまでの終点は「矢切の渡し入口」だった。
場所は私が知っていた「矢切高校」の場所だった。
ところが、既に県立松戸矢切高校は県立松戸秋山高校と統合して他所に移り
県立松戸向陽高校という名前になっている。
そして、今の校舎は「矢切特別支援学校」として改修中。
平成30年6月1日までは「旧矢切高校」という終点のバス停名称だったのだ!
先日6月2日から「矢口の渡し入口」に名称変更されているのだ。
1週間前の出来事だ。
しかし2つのバス停の名称が判りにくい。
かなり離れているし、バス停に解説を書いた方が良いかもしれない。
でも高校名が変わったりするとそれに対応する京成バスは、
学校名をそのままにする東急バスに比べて主義の違いは感じる。
現実を追うか、混乱を避けるか・・・









松戸駅にてJRホームから新京成を見る。
すっかりピンク。










この型式もピンクになったんだなあ。

まあ実は逆にオリジナルカラーに戻された1編成もあるのだが、
今回は見れなかった。








(小旅行、終わり。)








SONY α7Ⅱ、TAMRON AF 28-75mm F/2.8 (Model A09) (LA-EA4経由)
AF4.5-5.6/75-300mm(LA-EA4経由)












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柏でプチ同窓会

2018-06-09 | いつか来た場所
昨晩は柏でプチ同窓会。
鉄道ファンの富田氏も来るということで楽しみにしていたけれど、ドクターストップで来れなかった。
久し振りの柏も変わりつつあったなあ。
浅野書店もそごうも無くなった。
一方、高校の頃から行っていた喫茶「うらら」はまだ有った。すごいな。
今度、ゆっくり散策に行こう。





暗くなった柏そごう。










柏駅は相変わらず乗降客が多い。










高校の同期と、1学年下。










地権者が固まらず、まだ再開発できない。










高校の頃からある喫茶うらら。
ランチセットが500円ぐらいだったから、よく行った。









SONY α7Ⅱ、TAMRON AF 28-75mm F/2.8 (Model A09) (LA-EA4経由)













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日曜日の事(子どもの居ない週末、ニトリに行き、旗の台を散歩する。)

2017-07-25 | いつか来た場所
日曜は長男は学校で行われる夏期講習へ、次男は吹部の練習へ。
まるで休みじゃない平日状態。
バアバも我が家に来て、女房と3人で昼食。




暑いから冷製パスタ。










最近できた瀬田のニトリにようやく行く。
生活必需品を買う。
男子が居るとなかなか行けないのだ。











帰宅後、私は単独行で旗の台へ。
数年前に、人が一人歩けるほど狭い路地は、その後どうなったか?
駅裏のドン付きの飲み屋はどうなったか?
池上線の木製ベンチを撮るチャンスはあるのか?
駅から離れた場所にある、あまりにも不思議な昭和な路地に行ってみたいし。

という命題。


で、写真がその木製ベンチ。
あまりにも長いので誰かが座ってるのだ。











南の方に歩く。












書房となってるが、ぜんぜん本屋じゃない。
昔は本屋だったのかな??


不思議な昭和な路地はここでは紹介しない。
今はなかなかできない時代なのだ。
まあ残念。











昭和大学側へ戻り、一人がやっと歩ける路地など探すが、
無い!
どこにも無い!!!
勘違いかと思ったが、何周しても無い。
ドン付きの飲み屋も無い。
街が大きく変わってしまったのだ。


しかし、ファミマとセブンが並ぶのもなあ。











今日は何かあったのかな?
日曜の礼拝が香蘭の隣の教会であったのかな?











新しい路地は見つけたが。

マンションの敷地を通路にして、一般人が通り抜ける。
その間にお地蔵さんがいたりする。
通る人はここで手を合わせていた。











路地を探していたら、猫がやってきた。
器量の良いネコではないが、ずっとひっついて来た。











私のカメラバックにもスリスリしていた。











大井町線にあった踏切は地下道になっていた。
東急は地下が好きだ。
トンネルの上は東急大井町線。
昔は香蘭女子の生徒が踏切を渡っていたのだが。










トンネルは駅の南口に通じる。
その途中には東急お得意の老人ホームなどができていた。
まあ、高級だけどね。









数年前に訪れた時の写真日記。

ギリギリの路地を歩く女性が怖い!!!!











SONY α7Ⅱ、TAMRON AF 28-75mm F/2.8 (Model A09) (LA-EA4経由)














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「傷だらけの天使」 代々木エンジェルビルの今  その2

2015-12-10 | いつか来た場所

代々木駅で降りたのは久しぶりかと言えば、そうでもない。
最近は大江戸線の乗換駅としてよく使う。
しかし、正面口から外に出たのは数年ぶりだ。








最初はエンジェルビルの場所が判らず、埼京線の踏切を通った。
イマドキだなあ、踏切で待つカップルのうち、女性が電車を撮っている。
ちょうど259系がやってきたのだ。







































TVドラマの「傷だらけの天使」が1974年~1975年で、その当時に既に古いビルだったのだから、
あれから40年もたった今はもう信じられないぐらい古いビルということになる。
浪人時代に時々、代ゼミの特別講習に来たりしていたが、あれから36年もたっている。











大戸屋のあたりは喫茶「赤い三角定規」ではなかったかと思っている。
よくそこでお茶した。








こんなお店あったかなあ。
まあ、浪人生の身の上で関係なかったか。
















代々木の駅前にはおしゃれな場所が有って、
結婚式をやっていた。








これは最近の夜だな。









代々木あたりの山手線の高架はこんな感じ。
横が代々木会館。
電車内から見えるということになる。
いや、代々木駅は壁になってて、電車からは見えなんだな。










ホームの壁の向こう側がこの代々木会館なんだな。











しかし、ちょうど代々木への行き帰りに読んでいた本が「倉橋由美子」の「パルタイ」だったので、何とも変な感じだった。


これからも通りかかったら撮り続けていこう。








SONY NEX-6、SONY E 55-210mm F4.5-6.3 OSS 、16-50mm F/3.5-5.6/PZ OSS




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建て替えになる、ホテルオークラ(東京)

2015-07-02 | いつか来た場所




ホテルオークラのHPにもあるように、9月から東京本館は建て替えに入る。
1962年にオープンしたので、妹と同期か(笑)。
どちらも時が経つのは早いもんだ。(妹はいつまでも小学生か中学生のままだ。)
新幹線が1964年、東京オリンピックも1964年だから、1962年に建てたわけか。
今回も2回目の東京オリンピックに合わせて建てるのだな。
オークラは和風な雰囲気が外国人から人気が高く、建て替え中止の話も盛り上がっている。
まあ、日本は地震も多いし、湿気も雨も多いし欧米とは比べ物にならないぐらい建物には厳しい環境なんだろう。










ホテルオークラはその昔、結構利用した。
勤めていた会社のグループ会社だったので、なるべく利用したんだろう。
料理はおいしかったな。
そうそう、スイーツも美味しかった記憶がある。
結婚式もオークラでやった人も多かった。
日本はお金持ちだったんだな。
今は外人ばかりだ。
だから、外人の建替え反対意見は判らないでもない。
でも、危ないだろうし、オリンピックまでに集客力を高めたいのだろう。
きっと素晴らしいものになるよ、国立競技場よりもね。










従業員の応対は素晴らしい。
私が立ってるだけで要件を聞きに来る。











他にもたくさんの人が別れを惜しんで写真を撮っていた。









































別館は今回のリニューアルからは外れるので、
このまま営業される。
まあ、よかった。




















左が別館で正面が本館。










しかし雨がすごかったな。
それで倒れそうになった。






























あの敷地にどんなホテルが建つのか楽しみだ。
その間、従業員は他のオークラに転勤するのかな?














SONY NEX-6、SONY E16-50mm F/3.5-5.6/PZ OSS




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T君と過ごす一日(中野ブロードウェイ編)

2014-06-09 | いつか来た場所
パ紋の原田専門家さんの展示会を辞して、雨の中だがどうせなので中野まで歩く。
高円寺から中野まで線路際を歩いたのは初めてだ。




団地好きにはたまらんな。
ダストシュートの跡もある。








こんな三角地でも場所が高円寺だから、高いだろうな。









名前がすごい。
公営なのに株式会社なんだ。









中野駅が近づいて来た。
こんな一等地にある製材所もすごい。
すごい価値だよなあ。
左下には中央線が走ってるのだ。

そして、ここにも明治大学があるとは知らなかった。
その奥は帝京平成大学。









中野ブロードウェイはますますカオス化していて、すごすばらしかった。









ずっといても退屈しないだろう。









昭和だ。









最近のフィギアはもう本物そっくりで怖いほど。


















わちゃー。
すごいよなあ。
人気有ったよなあ。
当時、映画とか見たよ。









やっぱりブロードウェイはモノクロで撮るよ。










SONY NEX-6、 16-50mm F/3.5-5.6/PZ OSS




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南部だよなあ。そして明日はストーンズのliveを見るんじゃなくて、やる。

2014-03-07 | いつか来た場所

雪がすご過ぎる日本。
東京は今日も降ってた。
だからなのか、心はアメリカ南部にトリップ。
最近はgoogle mapでの旅行もアメリカの片田舎ばかりだ。



でも、明日の土曜日は大塚welcomebackでライブする。
ストーンズを見に行けなかったので、ストーンズばかりやる。
ストーンズ大好きなのに、メンバーは誰も行けてない。
みんな家庭があるからなあ(笑)。
ストーンズはイイ。本当にイイ。
でも歌詞はとんでもないけどね。
発禁にならないのがRolling Stonesだ。






































































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いつか来た場所11

2008-07-10 | いつか来た場所
小学生の頃、奈良の学園前に住んでいた。
もう40年近く前の話だが、既に美しく整備された町として知られていた。
近鉄奈良線の駅に隣接して手塚山学園があり、それが駅名になっている。
駅前にはロータリーがあり、北方には大規模な公団住宅があった。
私はその公団住宅の住人だった。
真新しい公団は壁面も真っ白で清潔な感じがした。

学園前という地は当時の近鉄の総帥である佐伯勇氏の豪邸のお膝元で、近鉄が開発した大規模な住宅都市である。
電鉄経営の象徴的な町で、私にとっては興味深い場所だ。
東にあやめ池遊園地、西に百楽荘が控える。

電車は当時は特急は停まらず(鶴橋の次は西大寺というノンストップ型だった)
急行停車駅だったが後に快速急行が停車し、さらに有料特急が停車する駅になった。
当時はまだ800系が走っており、8000系が増備されている最中であった。
色は勿論クリーム色にブルーのライン。

さて、そうは言っても、まだ北方の丘陵地帯は何も無かった。
今の高級住宅街、中登美ケ丘地区は森や池があり、大きな貝が取れたり、
不思議な生物がたくさんいた。
佐伯社長の豪邸の西側の地区も生駒まで続く広大な森と山で、カブトムシや
クワガタの宝庫だった。
駅から木津まで行くバスはボンネットバスで、私が虫を取りに行くと言えば、運転手さんは、わざわざ登山口までバスを回してくれた。

さて、時は経ち、大学生の頃に学園前を訪れた。
写真は、佐伯社長宅前で撮った奈良交通(=近鉄)のバス。
これとて25年以上前の写真だ。
この何千坪もの広大な邸宅は、その後、美術館になっている。
ちょうど東急の五島家の上野毛の居宅がその後美術館になったのと同様だが、
佐伯邸のまるでゴルフ場のような広大さには到底敵わない。
私のような鉄道好きには佐伯氏は他の電鉄経営者とは違って見える。
東大を卒業後、近鉄の駅員、運転手を経て、庶務課社員、総務部長から
後に7代目社長までなった稀なケースだ。


現在の学園前は、緑が多く、しっとりした落ち着きも加えて、
ますます素敵な町になっているようだ。


オリンパス OM-1、レンズは不明。
(絹目のプリントをスキャンしているので、画像がデコボコしています。)


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いつか来た場所10

2008-05-02 | いつか来た場所
暑い夏だった。
会社を休んで、車でここに来た。
誰も居ない場所であればどこでもよかったのだ。
廃線ブームはすごくわかる。
一人になれるのに、過去に思いを馳せることができるからだ。
誰かと一緒に来てはいけない。
一人で行き、そして、またいつもの場所に戻ればいいのだ。


























KONICA MINOLTA α-7D、AF17-35mm/F2.8-4.0(D)
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いつか来た場所09

2008-04-27 | いつか来た場所
海水浴に行く途中、古い街道筋を通った。
郵便局の横に細いくにゃくにゃのレールを見つけた。
駐車場に車を止めて、そのレールを伝って上へ行ってみた。
終点は、洞穴だった。

探検ごっこをしたくなった。

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